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偽りだけの世界


 生で見たフィガロ城は想像していたよりも小さかった。潜行機能があるのであまり大規模な城は建てられなかったのだろうか。まあ、今の今まで見渡す限り何もなくだだっ広いばかりの砂漠を歩いてきたせいで私の感覚がおかしくなっているだけかもしれないが。
 いかにもファンタジー世界の城という感じの堂々たる佇まいではある。以前よく似た城の写真を見たことがあった。それは四方を堀に囲まれた水上の城で、水を砂に置き換えてみればフィガロ城にそっくりだ。確かイギリスにある古城だったと思うけれど名前は忘れてしまった。今となっては調べる手段のないことがもどかしい。
 それにしても、この城は始めから地中に潜ることを想定して建設されたのだろうか? あれは一体どういう仕組みで動いているのか未だに謎だ。
 神出鬼没の城と恐れられたというからには自由自在に砂中を掘り進むのだろうけれど掘った砂はどうしてるんだとかくだらない疑問がいろいろ浮かぶ。今までは「ゲームだからね」と片づけてきたものが現実に目の前にあるものだから。

 で、城と同じく初めて生で見たフィガロ国王陛下ことエドガーは、男前だった。ゲームキャラクターなんてみんな死ぬほど美しいに決まっているという思い込みがあったけれど、その予想を遥かに越えて美形だ。
 正直、ティナもロックも際立った美形ではない。ティナは確かに神秘的な雰囲気のある印象の強い女の子だし、感情が芽生えて物腰が柔らかくなればもっと魅力的になるのは間違いないが、美少女ではなく可愛らしいお嬢さんだ。ロックだって美青年というよりは親しみやすい平凡な兄ちゃんといった方がしっくり落ち着く。
 そこへきて十才児にさえ色男と称される女好きのエドガーさんは、紛うことなき美形なのであった。さすが王様、一般人とはオーラが違う。俳優みたいなんて陳腐な言葉も喉に詰まって出てこない。
 そしてふと気づいたんだけれども、この世界の人たちの顔はあまり西洋風ではないな。といって日本人的な顔でもないが、ちょっぴりアジアンテイストな雰囲気は感じられる。やはりキャラクターデザインの影響だろうかなどと馬鹿なことを考えていたら、なぜかエドガーが悄気た様子で踵を返してその場を去ってしまった。
 ……あ、あれっ? 会話イベント終わったの? いつの間にかロックもいないぞ。待って顔に気をとられてセリフ聞いてなかった、もっかい最初からやり直して! でも残念ながら現実はリセットできないのだった。
 内心焦りまくっているとティナが困ったように私を見上げてくる。
「普通の女の人なら、今の言葉に何かを感じるものなのね」
「いや大丈夫、私も特に何も感じなかったよ」
 だって聞いてなかったからな!

 腑に落ちないのか頻りに首を傾げるティナを尻目に私は王様を無視してしまった事実をどうすればいいのかで頭がいっぱいだった。
 たぶん何事か話しかけられただろう。名前とか前職とかティナとの関係とかいろいろ聞かれたと思う。それにまったく無反応だった私。やばい、初対面の印象は最悪だ。ロックがフォローしてくれたと思いたいが、それさえも定かでない。
 しかしイレギュラーな存在である私には厳しい尋問があるのではないかと構えていたのに、さっくり流されて城に入れたので拍子抜けしてるのも確かだ。ロックが連れてきたという時点である程度の保証は得られているのかもしれない。不審だが危険ではない、というくらいには。
 とはいえロックがこれまで築いた信頼にただ乗っかっているのも気が引けるのでエドガーにはあとで自分の口から言い訳しておくとしよう。無視したんじゃないんです、陛下が男前すぎたので見惚れてましたとか。べつに嘘ではないのでその辺は心も痛まない。
 それにしても本当に美形だったなあ。性格はともかくこれから一緒に行動するわけだからとても素晴らしい目の保養だ。マッシュに会うのも今から楽しみになってきた。

 このあとは確か適当に城を見てまわってばあやたちの話を一通り聞いてるうちにケフカがやって来るという展開だったか。例の「ほれ、靴の砂!」ってやつだな。その場はエドガーが追い返してくれて、ティナは案内された部屋で眠りにつく。夜……もしくは明け方に襲撃があり、ブラボーフィガロで脱出してからリターナー本部へ向けて出発。
 よしよし、細かいところは曖昧だけど大筋は覚えているようだ。攻略本があれば安心して進めたのにと残念に思う。
 エドガーと話すならティナが城内をうろついてる間に別行動をするか、ケフカが一旦帰ったあと夜までの自由時間を狙うことになるだろうか。ちゃんと話を通しておかなければ、もしかしたらロックは私の処遇をエドガーに任せるつもりかもしれない。
 非戦闘員である私は、追い出されはしなくてもフィガロ城に置いていかれるという可能性がかなり高い。この先で足を引っ張ることはあっても役に立つことはまずないからだ。なんとしてもエンディングまでついて行きたいのだということを女好きのエドガー陛下にアピールしておく必要があった。
「さて」
 傍らに立つティナに動く気配なし。彼女には自意識というものが欠けている。自由時間だけど「これからどうしようかな?」という考えそのものが浮かばない状態だ。だから何の疑問も抱かず私を受け入れ、言われるがままロックについてここまでやってきたわけだが。

「私は先に休んでるけど、ティナはちょっと探検でもしてきたら?」
 この提案を拒否も受諾もせずティナはじっと黙って私を見つめている。その無表情が心なしか不安そうにも見えた。彼女の本音としては、城の様子に興味があるわけでもないから一人で行動するよりはミズキと一緒に部屋へ行きたい、ってところだろう。
 そう縋るような目をされると「お供しやすぜ、お嬢さん!」と言いたくなるのをぐぐぐっと堪える。
 あまり彼女にベッタリくっついているわけにはいかないのだ。このままではティナは私の思考をもとに動くようになってしまう。せっかく操りの輪が外れたのに私がケフカの代わりになってはならない。
「自由時間を堪能してくるといいよ」
「何をすればいいか、思いつかないわ」
「自分のことが分からないんだからそれは仕方ないな。とりあえず図書室にでも行くのをオススメする。それからいろんな人と話すこと」
「でも、普通の人ならどういう反応をするのか、私には分からないの」
「あーだめだめ“普通の人”なんて考えなくていいって。エドガーと話してよく分からないことがあったんでしょ? 分からないと知るのも大切なんだよ。それを繰り返せば経験になる。そのうちにティナの人格ができてくる。だからたくさんの人の話を聞いて、相手はなぜそうしたのか、もし自分だったらどうするか、それはなぜか、そんなことを考えてみてほしい」
 エドガーに口説かれても喜ばない、それどころか『嬉しくない』とさえ思わないのはティナがまだ空っぽだからだ。褒められて嬉しいとか貶されて腹立たしいとか、なにがしかの感情は自分と相手の差異から生まれてくるもの。まずは他人を知ることでティナの自我を確立させるところから始めよう。
「自分と他人の同じところや違うところ、分かることや分からないことを知るうちに、今は見失ってるティナ自身をきっと見つけられるよ」
 元々どうしても私と一緒にいたいという意思もなかったらしいティナは、素直に提案を聞いて城内探検に出かけていった。

 そして私は「ロックの連れですが迷子になりました」とそこらにいた人を捕まえて、一足お先に例の部屋とやらに案内してもらった。
 この部屋ベッドが一つしかないのですが。まあティナは気にしないと思うからいいんだけど。さすがにロックは別室を用意されているようだ。
 まず私の目を引いたのは本棚だった。恋愛ものやミステリーに児童書まで広く浅く取り揃えられている。資料的なものでは異国からの旅人向けにフィガロの歴史を紹介したガイドブック、帝国やドマ王国の本もある。試しにドマ観光案内と書かれた背表紙を抜き取りページをめくってみた。
 ……と、流し読みのつもりだったのにいつの間にやら没頭してしまった。
 本によるとドマは水資源の豊かな国だそうだ。確かに王城の見た目からしてもそんな感じだった。まさにそれが悲劇に繋がるのだと知っているから嫌な気持ちになる。あとは国内にいくつも温泉があるのだそうだ。行きてえ。でもいま重要なのは本の内容じゃない。
 そう、字が読めるのだ。っていうか普通に日本語で書かれてある。これまで会話が通じているのだから当たり前といえばそうだけれども改めてこの世界の言語が日本語だと分かるとそれはそれはおかしな気分になった。
 こういう場合は『聞いたことのない異国語』や『英字に似ているが見知らぬ異世界文字』なんかが使われているのがセオリーじゃないのか?
 あるいは異世界に転移する時になんらかの力が働いて言語は自動的に翻訳されている、というパターンもあり得る。その場合この本に書かれている文字やティナたちの話している言葉は実際には見たことも聞いたこともない異世界語で、私の脳内でフィルターがかかり自動で日本語に翻訳されてるということになる。
 どっちなんだろう? もし翻訳機能がついているとしたらふとした時にカルチャーギャップが問題になりかねない。
 たとえば、ファンタジー系のゲームによく出てくる太陽のない地下世界。地底生物やドワーフが暮らすその世界で「おはよう、こんにちは、こんばんは」の挨拶が通用するのかと疑問に思ったことがある。太陽が昇らないなら朝昼晩の区別がそもそも存在しないはずだ。
 存在しない言葉をうっかり使ってしまったら私が異世界人だと即バレるだろう。そうしたギャップを埋める術がない。直面してみなければ私が“何を知らないのか”も分からないのだ。自分の素性を隠しておきたい私にとっては危険なことになる。

 では、翻訳機能など最初から働いていないとしたらどうなるのか。
 ティナたちが話し、本に書かれているのは本当に日本語だとしてそれは“なぜ”なのか? ……端的に言えば、それはこの世界を作った人たちが日本人だったからだろう。でもこの世界の歴史と言葉のなりたちがどうやって噛み合っているのか?
 フィガロ城の潜行機能はあちらの世界で神出鬼没と表現されていたが、ここでは鬼神の概念が日本とは違ってくるので「神出鬼没」という言葉も成り立たないはず。日本語を操るが日本ではないこの世界で神出鬼没なんて言ったら三闘神の信者かと思われかねない。日本以外で日本語は生まれてこないのだ。
 ……そして、そんなことを言い始めたらエクスカリバーやらグングニルやら天の叢雲やら由来も所在もバラバラな品々がちゃんぽんされた世界をどうやって説明する。アーサー王もオーディンもヤマトタケルもこの世界には存在しないのにそれらはどこからどうやって生まれそのように名付けられたのか。
 ここは現代日本じゃない。遠い外国ですらない。にもかかわらず私の居た場所と奇妙な縁で繋がっている。私の知ってるものが存在し、私の知る言葉が呼吸している。ただし異なった形で、だ。
 見知ったはずのものがこの世界では全く別の歴史を持っている可能性がある。どこから私の素性が怪しまれるか分からない。これではますます迂闊なことを言えない。考えれば考えるほど頭痛がしてきた。
 私は私の知ってることを隠し通してエンディングまでいけるのだろうか。




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