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混じり合う白と白


 山に入る前にエドガーさんから大袈裟すぎるほどの防寒着を押しつけられて辟易したのだけれど、ナルシェが近づくに連れてそのことに感謝し始めた。
 すごく寒い。うっかりすると立ち止まった拍子に死んじゃいそうなくらい。
 あと半月もすれば春が来る。だから世界は最後に思い切り寒くなっておこうというつもりらしい。
 ナルシェの町は、雪の中に埋もれていた。

 町の入り口で堅牢な門が行く手を阻んでいる。見張りをしていた人たちがこっちの姿を見て剣を抜き、駆け寄ってきた。
「貴様、この前の帝国兵!!」
「待たれよ。我らの話を、」
「ナルシェには近寄らせんぞ!」
 バナンが前に出るものの完全に無視されている。ざまあみろなんて言ってる場合じゃなかった。彼らはティナを狙っているんだ。
「私たちは敵ではない。私はフィガロ国王、エドガー……」
「嘘をつけ!」
 エドガーさんも駄目だった。
 交戦になりそうなほど距離が縮まり、騒ぎが起きる前にと私たちは慌てて撤退した。

 少し前にもティナはナルシェを訪れている。帝国に操られ、氷漬けの幻獣を奪いに来たという作戦の時に、ナルシェの人たちと戦ったんだ。
 それは彼女の意思ではないし、彼女はその時のことを覚えてもいない……と言っても彼らは納得しないだろうけれど。
「聞く耳持たないって感じだな。男はこれだから好きになれない」
「ごめんなさい。私のせいで……」
「先輩のせいじゃないよ。この人たちが胡散臭いから追っ払われただけだよ」
「手厳しいな、サクラは」
 でも実際、帝国と同盟してた国の王様と帝国に刃向かうテロリストの親玉が二人で連れ立ってきたら誰だって「偽者だな」って思うんじゃないのかな。
 仮にティナが同行してなくても追い払われたに違いない、と私は思う。

 門から堂々と入ることはできないけれど、坑道から町の裏に回り込めればリターナーの同志が暮らす家があるそうだ。ティナに連れられて秘密の通路があるという町の外れに向かう。
「以前は、この辺りから出てきたのだけれど」
「ロックに聞いたことがあるな。どこかに隠し扉があるとか」
 見たところただの岩壁が続いている。ロックさんの本職は冒険家だと言ってた。だからきっとなんかそういう感じの仕掛けがあるかな、と壁に手を触れてみたら、音を立てて扉が開いた。
 一発で引き当ててしまって自分でも呆気にとられる。
「君には幸運の女神がついているのかな?」
「その幸運はマッシュのために置いておきたいですね……」
 こんなどうでもいいところで使うよりもマッシュに運を捧げられたらいいのに。不貞腐れる私にエドガーさんが苦笑した。
「君が待ってるんだから、あいつもすぐに戻って来るさ」
 ……マッシュはたぶん、私が待ってることはあんまり気に留めてないんじゃないかな。

 背後で隠し扉が閉ざされると坑道の中は真っ暗だ。ティナが壁の燭台に備えられていた松明に魔法で火をつけてくれて、ようやく足元が見えるようになったけれどそれはそれで影が揺らめいて恐怖感が倍増した。
「サクラ、大丈夫?」
「あい……」
「怖いのね」
「いえ……だいじょうぶです……」
 エドガーさんが松明を持って先頭を歩く。たまにモンスターが飛び出してくる。暗闇とそこに敵が潜んでいる恐怖。不意にティナが私の右側に回り込み、剣を持っていない左手を差し出してくれた。
「手を繋いで行きましょう」
「先輩……好き……!」
 マッシュがお嫁さんにしてくれなかったら私、ティナのお嫁さんになりたい!

 体感で一日くらい経った気がするけれど、複雑に入り組んだ坑道を抜けてようやく光が見えた。洞窟の外に出て雪景色の町を見下ろす。
 たとえ凍死しそうなほど寒くても、見晴らしがよくて明るいってやっぱり素晴らしいことだよね。

 同志の家とやらは洞窟を出てすぐのところに建っていた。町からは外れているようだ。
 中立都市であるナルシェをリターナーに引き入れるべく勧誘しているわけだから、ちょっと煙たがられているのかもしれない。
 バナンがノックして名乗るとすぐに扉が開き、壮年の男性がドアを開けた。顔繋ぎ役だけあって穏和な顔立ちの親しみやすそうな人だ。バナンみたいにやたらと人を威嚇してこない。
 彼はまずエドガーさんに気づいて丁寧に礼をする。
「エドガー王、わざわざご足労を……」
「お邪魔させていただくよ」
 そう言いつつもエドガーさんは私とティナを先に家の中へ入れてくれた。そしてリターナーの人とは思えない彼はティナを見て破顔する。

「ティナ、無事だったか! 記憶はどうだ?」
「まだ、何も……」
「そうか。まあ、焦ることはない。無理に思い出そうとせず、ゆっくりと今過ごす時間を味わうことだ」
 彼がティナに嵌められた操りの輪を外して介抱してくれた人らしい。
 バナンじゃなくてこの人がリーダーをやればいいのになぁ、なんて思いながら見つめていたら、彼は私に視線を移した。
「君は?」
「あ、サクラです」
「サクラか。わしの名はジュン、よろしく頼むよ」
「はい、よろしく……です」
 ほんと、この人がリーダーをやればいいのになぁ。

 ナルシェはリターナーと組むことにかなり否定的らしい。炭鉱資源という強味を持つナルシェはリターナーやフィガロと違って独力で帝国と対等な立場を得ているからだ。
 いい関係を築いているのにわざわざ強国と敵対したくない。リターナーに加わる旨味がない。ティナの時と同じく、リターナーが一方的にナルシェの協力を必要としている状況だった。
 門で少し揉めたのもあって、ほとぼりを冷ますために二晩ほどジュンさんの家に潜伏してから長老の家に向かった。
「大体の話は分かった。わしらにも血を流せということであろう? ナルシェに戦争を持ち込むつもりならば……」
「そうは言っておらん!」
「同じことじゃ」
 エドガーさんがリターナーに身を投じても、幻獣との対話を試みるという話を聞いても、ナルシェ長老の態度は変わらなかった。

「ハッハッハ! その通り! わしらは、あんたに血を流せと言っておる」
 いきなりバナンが大きな笑い声をあげたのでビクッとしてしまった。物騒なことを言い出したバナンにジュンさんが青褪める。
「ガストラは更なる魔導の力を得るべく画策しておる。この都市で見つかった氷漬けの幻獣を狙ったのもそのためじゃ。帝国の野望を阻止できねば、過去の過ちを繰り返すことになるぞ」
 脅迫にも似たバナンの言葉に、ナルシェの人たちが怯え始める。
「魔大戦……」
「あの世界を破壊し尽くしたという伝説の戦いが、また起こるというのですか?」
「人間はもっと、知恵のある生き物ではなかったのか」

 帝国が魔導の力を独占するなら内戦でもない限り戦争は起こらないと思うけれど。
「もはやどの国であろうと無関係ではおれんぞ、長老」
 一国だけが強大な力を有しているのは不公平で危険だ。でも、そうやって戦争の恐怖を使って人を脅迫し、自分の意のままに従わせようとするバナンのやり方はやっぱり好きになれない。
 吐いた言葉がそのまま本心だとは限らない、リーダーとはそういうものだとマッシュが言ってたから、もう文句は言わないけれど。

 ジュンさんの家に滞在すること、そして対話のために長老の家を訪ねることは許された。説得は長引きそうだ。どっちにしろ私はマッシュを待っているだけだから、勝手に話し合えばいい。
 そう思っていたのだけれど。
「おぬし、リターナーの者ではなさそうじゃが、何故ここに?」
 町をぶらぶら歩いていたら長老に声をかけられて少しどころじゃなく驚いた。
 なぜ、か。たぶん成り行きとしか言い様がない。私はただマッシュに置いて行かれたくなくて、少しでもそばにいたくて半ば無理矢理ついて来ただけ。
「正直、私は帝国に恨みも何もないんです。だから帝国を倒さなきゃいけないって言われても今一つピンとこなくて」
 本当はこんな話に首突っ込むのも怖くて仕方ない。リターナーのアジトでバナンに口答えできたのは、そんな勇気を持てたのは、隣にマッシュがいたからなんだ。
「……戦争なんてしない方がいいに決まってる。でも大事な人がリターナーに加わってるから、私はここにいる。それだけです」

 魔法が滅びて蒸気機関が発展した世界……、ここに来て初めてそれを実感している。ナルシェではあちこちで蒸気が吹き出し、町の外ほど寒さを感じない。
 この町は蒸気機関と共に生きてきたんだ。それじゃあ帝国が魔法を復活させたら、代わりに発展したはずの蒸気機関はどうなってしまうんだろう。
 長老は静かに町を見渡した。あちこちで生活の音がする。降り続ける雪が蒸気と混じり合う。家の窓から零れるやわらかな明かりがとても暖かそうで、人恋しくなる。
 綺麗な町だった。

「確かに帝国は各地に戦争を仕掛け、領土を拡大しておる。恨みを抱く者もおろう。しかし帝国のお陰で豊かに暮らしておる者に、罪があると言えるか?」
 敵対してる国から見れば悪逆非道かもしれないけれど、支配下に置かれた国だって今も普通に人が生きてるわけだし、べつに帝国が天下を取ったからって世界が滅びるわけじゃない。
 長老の言うことは分かる。でも、恨みを抱く人の気持ちも分かる。
 ガストラ皇帝の政治の是非を私が判断するのは不可能だった。善とか悪とか語るには、この世界のことを知らなすぎるんだ。
「このナルシェは炭坑で栄えた都市……帝国はナルシェの資源を必要とし、我々は帝国の資金を必要としている」
「リターナーには、同じだけのお金は出せないでしょうね」
「血を流し、倒れるのはこの町の者たちかもしれん。簡単には……決断できまいよ」

 ここに着いてから二週間ほどが経つ。事態は何も進展していない。
 ナルシェの人々は帝国を敵に回したくないと言う。リターナーは帝国と戦えと言う。マッシュは未だ帰らない。
 なんだか修練小屋で一人ぼんやり過ごした三日間を思い出してしまった。ダンカンやバルガスの遺体は、どうなってしまったんだろう。
 私、あの小屋に帰りたいな。マッシュと一緒に帰って、のんびり過ごしたい……。
「あ……」
 雪が降り頻る曇天を見ていて不意に思い出した。私の誕生日、いつの間にか過ぎてる。もうすぐだって話をしたら、ダンカンは「盛大に祝わんとな!」って言ってくれてたのに。
 誕生日が来たら18歳になると言ったら、何を企んでかマッシュには内緒にしておこうと笑っていた。私の誕生日なのにマッシュにサプライズって、よく考えたら意味が分からない。
 ……随分、予定と変わっちゃったな。




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