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日が沈んだら旅に出る


 心労で禿げそうな三日間だった。マッシュが小屋を出て帰らないまま荒ぶる心臓を宥めすかして時間をやり過ごしていた。
 神経が研ぎ澄まされすぎて、玄関の前に誰かが立っているのを感じた瞬間ノックの音が聞こえる前にドアを開けていた。
「マッシュ……!!」
 じゃ、ない! 誰? あれ、でもなんか……似てる? というか顔が同じだ。マッシュなの? でも彼よりは背が低いし髪は長いし体格も全然違う。
「き、君は?」
「あなたこそ何者ですか?」
 ちょっと混乱したけれど、声を聞いたらやっぱりマッシュじゃない。……このややこしい時にややこしいな! 誰なんだ一体!

 マッシュ顔の男は呆然として小屋の前にある小さな花壇と私を交互に見つめた。
 ちなみに花壇はマッシュの趣味だ。彼の好きな花、冬の寒さと乾燥にも負けない花が今も健気に咲き続けている。
「私は……エドガー。あいつの双子の兄だ」
「え?」
 マッシュの、本当の家族……。
「どうして今になってここへ?」
「この小屋に来たのは偶然なんだ。コルツ山に向かう途中で、あいつの好きな花を見かけたから」
 家を出た弟がこの小屋に住んでいるのではと思い、足を向けたのだそうだ。

 マッシュがどうして家を出てダンカンのもとに身を寄せたのか、私は知らない。聞こうとも思っていなかった。
 彼のまっすぐな性格から家族との仲違いとかではないだろうと思っていた。
 このエドガーさんはマッシュの好きな花を切ないような懐かしいような目で見つめている。だからやっぱり、望んで家を飛び出してきたわけじゃないと思う。
 どういう事情があったのか気にならないわけじゃないけど……。

「それで、君は誰だい? マッシュはここにいるのか?」
「私はサクラです。先日から居候してて、マッシュは」
 まだ帰ってこない。……エドガーさんはコルツ山に向かう途中だと言っていた。マッシュがいるところへ。
「三日前にダンカンが……、マッシュのお師匠様が殺されたんです。それで師匠を殺したバルガスを探すために、マッシュは山に登って……あ、あの」
 エドガーさんが驚いてコルツ山を振り向いたのと同時、離れたところにいた青年が彼を呼んだ。

「何やってんだよエドガー、早く行くぞ!」
 バンダナをした男の人と軍服姿の女の人。どういう用事でコルツ山に行くのかは知らない。でもそんなことどうでもよかった。
「あの! 私も連れて行ってください!」
「え?」
 慌てて家の中に戻り、鞄に詰め込んであった荷物を抱えてエドガーさんのもとに駆け寄る。
「マッシュを探したいんです! もう待てない!」
 一人で行こうと思ってた。でもそんな無茶をしたらきっと怒られる。だからこれは逃してはいけないチャンスなんだ。
 マッシュが帰ってこないのに彼のお兄さんが偶然小屋を訪ねてくるなんて、もう運命が「行け」と言ってるとしか思えない。

 エドガーさんの連れはロックさんとティナさんと言うらしい。彼らは帝国に反抗している地下組織リターナーのアジトに向かっているところだ。
 私はコルツ山でマッシュを探したいだけでそこまでついて行くつもりはないけれど、素性も知らない相手にそんなことポロっと話していいのかと心配になった。

「それにしてもエドガーは、どこからでも女の子を見つけてくるよな。ちょっと感心するよ」
「サクラに関しては私が連れ出したわけじゃないぞ。第一、彼女を口説くことはできないと思うがね」
「え!? お前、レディに手を出さないこともあるのか!」
「……失敬だな、ロック」
 どうやら実の兄であるエドガーさんはマッシュと正反対でとても女好きらしい。その要素をもう少しマッシュにも分けてくれていたら私もさっさと手を出されていたかもしれないのに。
 顔はそっくりだけれど本当に双子なんだろうかと疑わしく思いながら眺めていたら、エドガーさんは私を見て綺麗な笑顔を浮かべた。
「君は、マッシュの奥さんではないのかい?」
「まだ違います」
「そうか……早く君の兄になれるといいんだけど」
「!! 私、頑張ります、お義兄さん!」
 ひとつ確かなことは、私、この人、わりと好きだな。

 コルツ山を登りながら観察しても三人の繋がりが見えなかった。
 身内の身内ということで仲間判定されたらしくロックさんが説明してくれたところによると、エドガーさんはフィガロ王国における現在の国王陛下で、彼がリターナーと同盟を結ぶためのパイプ役がロックさんらしい。
 さりげなくマッシュの生家が判明してしまったけれど、本人に聞いたわけじゃないから聞かなかったことにしておいた。
 それよりも気になるのはティナさんの素性の方だ。彼女はこの世界で失われたはずの“魔導の力”を生まれ持った戦士で、それゆえに帝国からつけ狙われている。
 寡黙な女軍人だと思っていたら、帝国で操りの輪というものをつけられ精神を支配されていた影響で、記憶と感情がないのだそうだ。
 酷い話だ。酷い話なのだけれど。

「またモンスターだ! ティナ、そっち頼む!」
「分かった」
 無造作に頷いて剣を振るう。白刃から炎が迸り、モンスターを焼き尽くす。失われた力“魔法”を操る記憶喪失の女戦士。
「かっこよすぎる……」
「え?」
 しかも剣を抜いてない時の彼女は儚げな美少女なのだから反則ものだ。
「ティナ先輩……素敵です……」
「せん、ぱい?」
 マッシュより先に出会ってたら危なかったかもしれない。

 個性的な人たちに囲まれながら頂上に辿り着く。まだマッシュの姿はなかった。足跡とか匂いとか残していってくれればいいのに……。
 その代わり、探してないし会いたくもないやつが現れてしまった。
「マッシュの手の者か?」
「バルガス……!」
 最初から殺気立っている彼を前にして真っ先にティナ先輩が剣を抜く。エドガーさんとロックさんもそれに続いた。
「貴様らごときに捕まるわけにはゆかん。俺に出会った事を不運と思って死ね!」
 こんなやつにダンカンが殺されてたまるかと思っていたけれど、確かにバルガスは、腐ってもマッシュの兄弟子だったようだ。
 牽制代わりに放たれたティナの魔法を拳圧で掻き消しながら一気に距離を詰めてきたバルガスは、真っ先に私を狙った。
 ……戦えない者は相手にしない。そんな頃もあったんだろう。けれど今の彼は、もう違うんだ。

 足が竦み、逃げなければいけないのに目を閉じてしまう。けれど痛みはいつまでも訪れなかった。
「やめろッ、バルガス!!」
 来るべき衝撃の代わりに感じたのは、この世界に落ちてきた時と同じく私を支えてくれる力強い腕の感触だった。
「マッシュ!」
「やはり来たか」
 私を背後に庇って立ち、マッシュはバルガスと向かい合う。
 彼の背中は怒りに満ちていた。……やっぱりバルガスの言葉は真実だったんだ。ダンカンは、もう……。

「バルガス! なぜ……、なぜだ。なぜダンカン師匠を殺した? どうして父親を殺したんだ!」
「父親がどうした。やつは俺ではなく拾い子のお前を継承者に選ぶと吐かしたのだ!」
「違う! 師はあなたの……!」
「どう違うんだ? 違わないさ、そうお前の顔に書いてあるぜ!」
 ダンカンはただ、バルガスに選択肢を与えただけだ。彼は息子に技を伝えたいと言っていた。でもバルガスの選ぶ道が別の場所にあるなら、血で縛ることはないって……。
「師は、俺ではなく……バルガス! あなたの素質を……!」
「戯言など聞きたくないわ!」
 殺気と呼ぶのか闘気と呼ぶのか、バルガスが気合いを放つと辺りに強烈な突風が舞い起こった。這いつくばって耐えようとしても体が引き上げられる。
「マッシュ!」
 吹き飛ばされ、彼の背中が遠ざかっていくのに目を開けていることさえできなかった。

「サクラ!」
 誰かに腕を引かれて、次の瞬間どこかに落下していた。目を開けるとエドガーさんが私を抱え込み庇うようにして倒れている。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ……君さえ無事なら、俺は平気だよ」
「元気そうでよかった!」
「ちょ、ちょっと待っ……」 
 頂上から結構転がり落ちてしまった。他の人がどこに吹き飛ばされたかを確かめる余裕もなくマッシュのもとへ駆ける。二人は、まだ向かい合っていた。でも……もう決着はついている。

 バルガスは膝をついてなおマッシュに対して闘志を剥き出しにしていた。
「貴様……その、技を……!」
 肋骨が折れたのか、息も絶え絶えだ。対するマッシュはといえば、掠り傷は負っているけれど冷静そのものだった。
「あなたの傲りさえなければ……お師匠様は……」
「黙れえッ!!」
 もう技もなにもなく捨て身で飛びかかったバルガスはマッシュの渾身の拳に敗れ、崖から転がり落ちていった。

「マッシュ!」
 いろんな気持ちが溢れてきて、耐えられなくなってマッシュに駆け寄り、抱きついた。どうしてか遠く離れてしまった故郷のことを思い出した。
 この人は今……父親のように感じていた人と、兄のように慕っていた人を、亡くしたんだ。
 だけど無事でよかった。マッシュが無事で、本当によかった。
「無茶しないでって……言っ、たのに……」
「無茶はしてないだろ。お前こそ、どうしてここにいるんだよ」
 そんなの、マッシュが心配で死にそうだったからに決まってる。

 風を食らって登山道を転がり落ちていた三人も順に這い上がってきた。そのうちの一人、エドガーさんを目に留めてマッシュが我に返る。
「兄貴?」
「久しぶりだな、マッシュ」
「じゃあ、例の……双子の弟か?」
「弟さん……わ、私てっきり大きな熊かと……」
「熊ァ!?」
 ティナ先輩の辛辣な評を聞いてショックを受けた。確かに今のマッシュは髭がモジャモジャで髪もボサボサで、体格が良すぎるのも相俟ってちょっとどころじゃなく熊っぽい。
「熊か。そりゃあいい!」
「良くない! 三日間も山を駆けずり回ってるからそんな姿に……!」
 慌ててティナに「普段はもっとカッコイイんです!」とフォローすると、彼女は分かってない顔で「そうなのね」と言ってくれた。

「ほら、着替えとか髭剃りとか持ってきたから!」
「お、おう。ありがとう……じゃなくて、そんなもんのために来るなよ。小屋で待ってろって言っただろ」
「そんなもののためじゃないよ……マッシュが心配だったから……」
「それより兄貴。何だってこんなところに?」
 ……ううっ。それよりって言われた。私の心配はどうでもいいんですね。そうですね。
 だけど久しぶりの兄弟再会なら、仕方ないか。エドガーさんに会えてマッシュが嬉しそうなことの方が大事だもの!

 なぜだか私に微笑ましげな視線を向けつつ、エドガーさんが三人の経緯をマッシュに説明する。
「俺たちはサーベル山脈に行くところだ。リターナーの協力を得るためにな」
「それじゃあ、とうとう動くのか! このままフィガロは帝国の狗になっちまうのかって、冷や冷やしてたぜ」
「反撃のチャンスがようやく訪れたんだ。もう大臣たちの顔色を窺って帝国にへつらう必要もない」
 なんだか当たり前のように国が絡む話をしていて困惑してしまう。マッシュは本当に……王様の弟なんだ。
「俺の技もお役に立てるかい?」
「来てくれるか、マッシュよ」
 だから……帝国に抗うなんて戦争紛いのことにも、躊躇なく突っ込んでいくんだ。
「俺の技が平和の役に立てば、ダンカン師匠も浮かばれるだろうぜ!」

 愕然として見上げる私に気づいてマッシュがこっちを見た。
「サクラは……」
 もし「小屋で待ってろ」って言われたら地面に仰向けに倒れて手足をジタバタさせながら嫌だー! って泣いてやるんだから。
 そういう意気込みで睨みつけたら、何かを察したらしくマッシュが狼狽えた。
「わ、分かったって。一緒に行こう」
「いいの?」
「一人で町に行かせるわけにもいかないだろ」
「うん!」
 よかった。今度は置いて行かれない、一人ぼっちで待ってなくてもいいんだ!




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