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夕暮れに影は去る


 この世界に落ちてきてから一週間。私は結局ダンカンの小屋に居候をして、世界のことをなんとなく学んでいた。
 とはいえダンカン師匠もマッシュも世捨て人みたいなものなので、世界のことを学ぶというより単に生活の基礎を教えてもらってるんだけど。学習能力の高さが幸いして戦闘以外のことは大体できるようになった。
 ごはんもお風呂も、もはや完璧だ。畑仕事もできる。師弟が修行に出ている間、家事は私の役目だった。嫁入りまで秒読みってところだと思う。
 ついでに、この世界について分かったのはモンスターのいるファンタジー世界なのに魔法がないこと。そして科学がそこそこ発展しているということ。
 古代には魔法と呼ばれるものがあったらしいけれど、戦争が起きて滅びてしまったらしい。今はそれに代わる蒸気機関が世界を支えている。
 スチームパンク的な雰囲気なのかな……? でも、この小屋にいるとまったく蒸気機関のロマンは感じ取れない。

 レトロフューチャーも素敵だけれど、私は小屋でのスローライフが気に入っている。
 朝、目が覚めて顔を洗う。食事の仕度をしてマッシュとお義父さん(仮)を起こして、一緒にごはんを食べて、山に出かける彼らを見送り、シーツを干して、畑仕事と洗い物をして、晩ごはんの仕度をして。
「ただいま」
「おかえり、マッシュ!」
 そして帰ってきた二人を迎えるだけの穏やかな生活をずっと続けたいなと素直に思う。

「あれ、お師匠様は?」
「まだ帰ってないよ」
「おかしいな。先に戻ったはずなんだけど」
 ダンカンが気まぐれに寄り道してくるのはよくあることだ。それでいきなり熊とか猪とか持って帰ってきて夕食の予定が狂わされるのもご愛嬌。
 すごくマイペースで豪胆で、突拍子もないことをしては容赦なくマッシュと私を困らせる。でもダンカンのそんなところが好きなんだ。
 行くところがないからと小屋に引き取られたものの、二人とも私を“可哀想な迷子扱い”をしないのがすごく嬉しかった。

 それはそれとしてダンカンが一緒に帰ってこなかったので晩ごはんにしようか迷う。先に食べちゃってもいいけど、また食材を持って帰るかもしれないし、できるだけ揃って食べたいんだよね。
「……」
 なんてことを考えてたらマッシュが何やらキョロキョロと部屋を見回していた。
「どうしたの?」
「ああ、なんか部屋が綺麗だなと思って」
「掃除しておいたからかな」
 ここでの暮らしが落ち着いてきたから今日は本腰入れてやったんだ。居心地よくなってたら嬉しいな。
「俺も一応やってたんだけど全然違う。やっぱりサクラって、女の子なんだな」
 えっ、それを今さら実感するの? うーん。まだアピールが足りなかったんだろうか。
「ごはんもできてますよ」
「おお! やった。腹減ってたんだ」
 もうダンカンを待たなくてもいいや。私の嫁力を思い知らせる方が優先だ。

 もうひとつ、この世界について知ったこと。それはカレーライスが存在するという事実。今日の晩ごはんはカレーライスだ。
 スチームパンクな魔法のないファンタジー世界の山小屋でカレーライス。なんかすごく面白い。
 野菜多めの肉もっと多めなカレー(もう二杯目)をもりもり食べながら、マッシュがしみじみと呟いた。
「誰かが作った飯っていいよなあ。サクラが来てくれてほんとよかったぜ」
「じゃあこのまま結婚しましょう」
「そんなとこ師匠に感化されなくていいって」
 べつに感化されたわけじゃなくて、最初に会った時からずっと考えてることなのに。
「私、マッシュのこと本当に好きだよ。一目惚れってあるんだって思った。初めて会った時に薔薇背負ってるのが見えたもん!」
「薔薇……?」
 正直なところ今でもたまに背負ってるように見えるんだけどね。実はこっそり背負ってるんじゃないかな。

 くだらない話をしながらカレーライスを食べ終わって、洗い物が終わっても玄関のドアは開かない。
「ダンカン、帰ってこないね」
「……」
 難しい顔をしていたマッシュが立ち上がってドアの方へ向かう。
「探しに、」
 行ってみようかと彼が言いかけた瞬間、乱暴にドアが蹴り開けられた。入ってきたのはついさっき五人くらい殺してそうな目つきの男の人だ。マッシュと同じくらい背が高くて……マッシュと違って、怖い。
 彼は私を見て眉をひそめたあと、呆気にとられているマッシュに視線を移して皮肉っぽく笑った。
「拾われ子が女連れ込んで、いい御身分だな、マッシュよ」
 なんだこいつ、お邪魔しますも言わずに上がり込んできて失礼極まりない。私は連れ込まれたんじゃなくて自分からついて来たんだもん。

 強盗ってわけではなさそうだけれど、こんな粗野で性格の悪そうな男がマッシュの知り合いだなんて信じられなかった。
 早く出ていってほしいなと思いつつ念のため台所に行って後ろ手に包丁を探る。いざとなったら投げよう。
 そんな私を振り向いて、真剣な顔でマッシュは言った。
「……すぐ女の子って分かるもんなのか」
「え、突っ込むべきところそれなの?」
 マッシュにとって初対面の私はそんなにも完膚なきまでに男としか思えなかったんだろうか。今まで考えもしなかったけど、私って女としての魅力が欠けすぎてるのでは!?
 ……まあ、ダンカンもこの無礼な男も私が女だって一目で分かったんだからマッシュが半端なく鈍いだけだとは思うけれど。
 でも誰が分かってくれたって、マッシュに女として見てもらえなきゃ何の意味もないんだよね。

 不躾なお客様はずけずけと家の中に入ってきた。マッシュが止めないっていうことは、そんなに警戒すべき相手じゃないのかなと思って包丁から手を離す。
 彼はベッドの方に行って堂々とクローゼットを漁り始めた。
「バルガス、何を?」
 ……あ、兄弟子さん。えっ、これがバルガスなの? 全然ダンカンに似てない。
「自分の荷物を取りに来ただけだ。文句はあるまい」
 言葉通りにダンカンやマッシュの物には触れず、放ったらかされていた自分の荷物だけを鞄に詰め込むとバルガスはそれを肩にかけてまた玄関に向かった。
「少し待ってろよ。お師匠様もじきに帰ってくるから」
 困惑しつつもマッシュがそう声をかけたら、バルガスは侮蔑もあらわに振り向いた。……私、こいつ、嫌い。
「ハッ! いつまで待ったって帰ってこねえよ!」
「何?」
「やつは俺が殺したからな」

 バルガスが何を言ったのか、私もマッシュもうまく理解できなかった。
「何を驚く? やつは俺よりも弱かった。それだけのことだろうが」
 ダンカンはふざけた人だけどものすごく強い。こんなやつに殺せるわけがない。でも、こいつはダンカンの実の息子でマッシュの兄弟子で……あのダンカンが才能を認めた武闘家なんだ。
 そして現実に、ダンカンは未だうちに帰ってこない。
 硬直する私たちを鼻で笑い、バルガスは何の未練もなく小屋を出て行こうとしている。
「バルガス!」
「どけ、腑抜け野郎! 俺は俺の力だけで最強を目指すのだ!!」
 心臓が早鐘を打つ。あんなやつの言うことを信じたくないのに、自分でも奇妙なくらいすんなりと納得している。ダンカンは……帰ってこないんだって。

「マッシュ……」
 あいつの去っていった方を見ながらマッシュは呆然としていた。
 私はバルガスのことをよく知らないけれど、マッシュはこの小屋に初めて来た時からずっと彼と一緒に過ごしてきたんだから。怒るとか憎むとか、そんな風に単純な感情で割り切れないに違いなかった。
「サクラ、ここにいろ。俺は彼を追う」
「で、でも……」
「もしバルガスが戻ってきても何もするな。あいつは、戦えないやつには手出ししない」
 それはつまるところ、マッシュには攻撃を仕掛けてくるってことじゃないか。ダンカンにそうしたみたいに……。
「お師匠様が……、確かめなきゃいけない。この十年……本当の親子みたいに思って、暮らしてきたんだ……!」
 行かないでほしい。バルガスが立ち去ったんだから諦めて放っておけばいい。そう思うけれど、言えるはずもなかった。

「気をつけてね。マッシュに何かあったら私は死ぬかもしれない」
 私がそう言ったら、マッシュは少しだけ笑ってくれた。
「大袈裟だな。……来週には行商人も来るし、それまでに俺が戻らなかったらサウスフィガロについて行くといいぜ」
 でも言ってることは最低だ。
「それまでに戻ってきて」
「いや、だから俺がいなくても……」
「そういう問題じゃないよ。自分の行き先がどうとかの心配してるんじゃない。マッシュに何かあるのが嫌なの!」
 あいつを追っかけてマッシュが怪我でもしたら。……もし“万が一”があったら、私は絶対に死ぬ。ショック死する。この世界で生きていく宛がないとか、そんなこと関係ないんだよ。
「お願いだから無茶しないで」
「……分かったよ。行ってくる」
 走り出したら振り向きもせずにマッシュはバルガスの後を追った。そして彼も、ダンカンと同じように、帰ってこなかった。




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