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ガラス玉はきらきらと


 砂漠で野宿なんてしたら現代っ子な私は死んでしまうのじゃないかと不安だったけれど、意外にも屋根があり警備兵のいるまともな建物の中で夜を過ごせて嬉しく思う。モンスターの跋扈する砂漠でテントに宿泊することになっていたらきっと一睡もできなかったに違いない。
 今いるような旅人の休憩所が砂漠の中に点在しているらしい。ゲーム上のマップではサウスフィガロの他に町のひとつも存在しなかったが現実は違うのだ。考えてみれば当たり前の話だった。旅の中継点となる場所がなければ砂漠の真ん中にあるフィガロ城は孤立してしまうものね。
 第一、フィガロという国に城ひとつ町ひとつなわけがない。ロックとの会話から察するところによると実はナルシェにもあの炭坑都市以外に交易用の町がいくつかあるようだ。
 ゲームでは容量の都合上、というかシナリオの無駄を省くために削られた大小の町や村がここにはきちんと存在している。あくまでも現実として生きている。
 ここは地下水が湧き出してできたという泉のそばに建てられた小規模な休憩所で、ちゃんと管理人がいて来客用のベッドがあって食事もできる。いわば登山者のための山小屋みたいなものだ。もう少し北に行けば雪解け水を引いた巨大な貯水池を持つオアシス都市があるのだとか。
 私たちの案内人であるロックが組んだ旅の予定では、ナルシェからひたすら南へ向かってテントで一泊したあとフィガロの真東から砂漠に入ることになっていた。かなり遠回りだがなるべく砂漠を避けて私たちの負担を減らすための道程であり、方角を分かりやすくして迷わないようにするためでもある。
 でもたぶん、表向き帝国と同盟関係にあるフィガロの都市に立ち寄りたくないという理由もあったのだろう。大きな町なら追っ手の帝国兵やフィガロの兵士が立ち寄る可能性も高くなる。

 休憩所の屋上からは聞いた通り遠くに監視塔らしきものが見えている。ロックは言葉を濁していたけれどあの塔は『この先フィガロ城』の目印であり場合によっては『潜行中につき進入禁止』の看板でもあるのだと思う。旅行者が通過中に城が浮上なんてしたら大惨事だから、それを防ぐために城と外部の連絡所として監視塔が建っているんだ。
 ゲームで知っていたはずの景色は実際に足を踏み入れて目の当たりにするとまったく違って見えてくる。無数のドットで表現しきれないものがここで呼吸していた。なんだか妙な感じだ。
 頬を撫でる冷たい夜風。空を見上げれば煌々と輝く月、満天の星。言うなれば私はあの空の上から世界を見つめていたはずの者だ。いや、今でも同じか。私はこの世界に生きていない。ここにある現実を俯瞰的に見ている。……それでいいのだろうかと、思い始めている。
 そんな無意味なことを考えてはいけない、答えが出ないのは分かりきってるじゃないか。ただひたすら苦悩して足踏みするなんて時間の無駄だ。私は生き延びる努力をするだけ。ゲームをクリアして、元の世界に帰れる日まで。

 言い知れない不安から身を守るように両の腕で自分の体を抱き締める。背後に人の気配を感じて振り返ると、不思議そうな顔をしたティナが立っていた。
「ミズキ、寒いの?」
「ああ、うん。さすがに冷えたね。そろそろ部屋に戻るよ」
 明日は一気にフィガロ城まで行く予定だとロックが言っていた。その後も強行軍は続くはずだ。なるべく疲れをとっておかないといけない。
「ティナもそろそろ寝よう。チャンスがある時にゆっくりしといた方がいいよ。この先どうなるやら分かんないからね」
「ゆっくりする」
 噛み締めるように私の言葉を繰り返し、ティナはなぜだかスローモーションでこちらへ歩いてきた。……ゆっくりと。ああ、ゆっくりするって言ったから?
「ぶふっ……そ、そういう意味じゃないから!」
 ちょっと何が起こったのかと思ったわ。どうやら彼女は“ゆっくりする”の意味が分からなかったらしく、今も笑っている私を不思議そうに見つめている。
 きっとゆっくり休むとかまったり寛ぐとかほっこり癒されるとかそういう言葉とは無縁の忙しなく殺伐とした生活だったんだろうな。ふかふかを趣味とするようになるのも無理はない。
 ティナにも癒しと休息が必要だ。
「ゆっくりするってのは、眠れる時にしっかり寝て、体の疲れを取っておけって意味だよ」
「そういうことなのね」
 神妙に頷いて、だけど彼女はそのまま私の隣に立ち尽くしていた。じっと顔を覗き込まれると居心地が悪くてついつい目を逸らしてしまう。

 少し気になっていたんだ。砂漠に入った辺りからだったと思うけれど、ティナはなにやら熱心に私の挙動を観察しているっぽい。
 私はそんなに不審だろうか? それとも私の嘘に、私たちが本当は知り合いなんかじゃないってことに気づいてしまったんだろうか。最初はそんな風に考えてビビっていたけれどティナの視線に疑わしげな雰囲気はなかった。まるで犬か猫か小さな子供のように純粋な目で興味深げに見つめているだけだ。
 勇気を振り絞って顔を上げてみる。まだ見られていた。ああなんか気まずい。
「えーと、どうかしたのかな?」
「ミズキは何を見てるんだろうと思って」
 何をっていうか今はティナさんを見ていますが。なぜかといえばそれは君が私を見つめまくっているからだ。これじゃあ堂々巡りになってしまうな。
「何を、か。まあいろいろ見てるね。初めてのものばっかりだから面白いよ。砂まみれの部屋も保存のことしか考えてない無味な食事も、こんなたくさんの星も。……地平線だって初めて見た」
 夜の寒さもナルシェとは一味違う。あっちは雪風に包み込まれて押し潰されるような寒さだったけれど、砂漠の風はまるで冷たくて細い糸が服の隙間から忍び込んでくるような鋭さがあった。
 見るものすべて、見えるだけではなく肌で感じて体験することすべてが新鮮で、楽しい。それは確かに感じている。年甲斐もなくはしゃいでしまっている自覚はあった。ティナにはそれが不思議だったのかもしれない。
「本当は観光気分じゃいけないんだろうけど、今のうちにちょっとのんびりしてもいいと思うんだ」
「観光……」
 ロックだってそうしていいと言うはずだ。神経をすり減らしながらでも正体を隠して北の大きなオアシス都市に寄っていれば、チョコボに乗るなりしてもっと安全かつ迅速にフィガロ城へ行けただろう。でも彼はその道を選ばなかった。その理由は果たして追っ手を避けるためだけだろうか?
 フィガロでエドガーに会って……リターナーのアジトへ連れて行って、そこでティナがどんな扱いを受けるかロックは分かっている。彼女の人格などお構いなしにその魔導の力を以て戦いに加われと言うのは帝国もリターナーも同じこと。
 だからこそ追われる身である彼女をせめて今だけは自由にしてあげるため、ろくな補給もできない代わりに人目に晒されずに済む、この小さな休憩所を選んだ。口には出さないけれど、そういう思惑があったのだろうと思っている。ここまでの道中でロックが気遣いの人だというのは充分に感じていたから。

 無表情で私を見つめていたティナが不意に目線を空へと向けた。
「ミズキは私の世話をするためにずっと帝国にいたのよね」
 彼女の瞳のなかに無数の星が輝いている。帝国ではこんな風に夜空を見上げた夜なんてなかっただろう。そして彼女は未だ、何かに感動するということを知らない。この美しい星空も彼女にとってはただの無機質な灯りでしかなく、ガラス玉みたいに見えたものをただ映しているだけだ。
「ミズキは、私のために閉じ込められていた」
 虚ろな呟き。それで腑に落ちた。彼女は私がこの世界をろくに知らないのを自分の責任だと思っているようだ。私の吐いた嘘のせいで。そばにいる理由を失うのが怖くて、彼女に「気に病まなくていい」と言ってあげられない。
「……私がティナのそばにいるのは私がそうしたいからだよ。自分の意思でそうしてるんだ」
「自分の意思?」
「たとえ追い込まれてやむを得ず選んだ道だとしても、私は限られた選択肢の中で自分の思うようにやってるよ。私自身がティナのそばにいたいと思ってるから」
「……ミズキ自身の、意思……」
 見るものすべてが初めてなのは彼女も同じ。そしてティナの方が私よりも多くの体験を必要としている。それくらいなら私にも協力できるだろうか。彼女の心は未だ閉じている。もっと世界を見て、興味を抱いて、堪能してもらいたいんだ。

「ところでティナ、寒くない?」
「分からないわ」
「動くのが億劫で、このままじっとしていたいとか思う?」
「……少しだけ」
「そりゃ寒いってことだよ。じっとしてても寒さは軽減されないよね。じゃあどうする?」
「寒いから、あったかくなるために、布団を被る……」
「正解。それが自分の意思で行動するってことの第一歩ですね」
 手を握ってみるとティナは確かに冷えきっていた。もっと寒がってもいいはずなのに彼女はそんな素振りも見せない。自分の欲求に目を向けないから鈍いのだ。
「今までティナは、ただ『布団を被れ』と命じられて従うだけだった。これからは、自分で寒さを感じて、それをなんとかしたいと思った時に、自分の意思で布団を被るんだよ」
「……そう……寒いかどうかを、自分で考えるのね」
 この無垢さはある意味で魅力的だとも言えるけれど。いずれ世界から魔法の力が消えてしまう時にティナの命が奪われないためには、人間として大切なものを得ることが重要だ。この無感動無関心をなんとかしなくてはならない。
 ティナにもっと我儘を言ってほしい。そして私は必ずそれを叶えるだろう。




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