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 浜辺に座り込んでボーッと水平線を眺める。こう穏やかな時間も随分と久しぶりだ。
 ビサイドに戻ってしばらく、妙に気持ちが安らいでるのを感じていた。
 そりゃ無事にシンを倒してもう二度と蘇らないって喜びもあるんだが、そういうんじゃなくてだ。
 自分の家で朝を迎えて浜に出てブリッツの練習して飯食って家に帰って眠る。
 久しぶりのそんな生活の中で、ふと隣を見ればメルがいる。
 メルが帰って来てんだよな……と、しみじみ思うたびに腹の底から幸福感が沸き上がってきた。

 以前だってしょっちゅう島に帰ってたが、そうじゃなくて朝も夜もちゃんと会える。
 昨日もメルがいて今日もいて明日もいるのが分かってる。
 たぶん、そのことが俺に安らぎを与えているんだ。そういう安心感は、ここ最近は得難かった。

 シンとの戦いのあとメルはルカで復職せずビサイドの家に帰ってきた。
 当たり前に顔を合わせる日常ってのはいいもんだよな。
 それにメルの態度もルカで働き始めてからとは違っていた。変な距離感もなくなって昔に戻ったみたいだ。
 屈託がなさすぎて微妙に困るんだが。
 昔と同じくらい無防備なくせに昔と違ってこいつが女に見えるのが、ちっとばかり問題だったりする。

「ねえワッカ、オーラカのことどうするの?」
「んぁ? ……何だって?」
 考え事に耽ってて完全に聞いてなかった。メルは気を悪くした様子もなく再び尋ねてくる。
「オーラカをどうするのかって。ティーダが戻るまでメンバーがずっと足りないでしょ?」
 ああ、そうなんだよなぁ。
 シンを倒してガードをやめちまえば、あいつもブリッツに専念できると思ってたんだが。
 俺が抜けてティーダも休場中だ。ポジションを埋められない今の状態じゃトーナメントに出場申請できない。

「ま、しばらくは俺が補欠で入るしかねえな」
 引退するっつってはやっぱり出場を繰り返してカッコ悪ぃ気もするが、仕方ない。
 俺がまたプールに入ると聞くとメルはめちゃくちゃ嬉しそうな顔をして俺の腕に抱きついてきた。
 思わずビクッとなっちまって、バレないように身動ぎする。
「またワッカがブリッツしてるとこ見れるの、嬉しい」
「そ、そうかよ」
 んなことより俺はすげえ居心地が悪いんだが、どうしてくれる。

 ここ一年……いや、メルが島を出てからはこんなスキンシップもなくなっていた。
 それ以前なら俺はメルのことを妹として見てたし、抱きつかれようが何ともなかったんだ。
 今は違う。そうやって素直に慕ってこられると、なんつーか反応に困る。
 もう妹としては見られないのに気安さだけ変わらずに触れられると本当に困る。
 嫌なわけはねえから振り払うこともできないのが、本っ当に困る。

 腕に当たってる柔らかい感触から強いて意識を逸らしつつ別のことを考えた。
「お前って、ほんとにブリッツ好きだよな」
 というよりブリッツをやってるやつが好きなのか。
 ブリッツやってる姿がかっこいいってのはメルの口癖だった。

 メルが喜ぶなら、また試合に出んのもいいなと素直に思う。
 かっこいいなんてその時くらいしか言ってもらえねえしよ。
 ただメルは、何やら不満そうに考え込んでいた。
「うーん。特別ブリッツが好きってわけじゃないけど?」
「どこがだよ。だってお前、」
「だってワッカがブリッツ好きだから私も好きになっただけだし」
 なんだそりゃ、どういうことだ?

「ワッカがブリッツやってなかったら私も別の何かを好きだったと思う。もしワッカが寺院に勤めてたら『僧官って世界一かっこいい!』とか言ってたんじゃないかな」
「……へ、へぇ」
 あー……なんだ。今日は特別に暑いな、ビサイドの浜辺は。マカラーニャにでも出かけたい気分だ。
「照れてる?」
「っせえな」
 恥ずかしいことを馬鹿正直に言うせいだろーが。

 無邪気に慕ってくれりゃ、兄代わりだって自制してるうちは普通に嬉しかったんだが、今は違う。
 好きだのなんだのって言葉にお互い純粋とは言い切れねえ下心があるんだ。
 ちょっと触れただけで、いちいち動揺させられる。
「はぁ……」
「なんでそこでため息つくの?」
 さっさと結婚しちまわねえといろいろ耐えられそうにないんだよ。

 今はティーダのこともあるし、何よりナギ節のおめでたい雰囲気でややこしい話はできそうにない。
 もうちっと日が経ってユウナの周りが落ち着いたら……と思ってたら、メルはとんでもないことを言い出した。
「あ、そうそう。私やっぱりルカで再就職しようかと思うんだけど」
「はあ!?」
 お前それは、その話は、終わったんじゃないのかよ!

 あれ? 俺こいつと結婚したいって言ったよな?
 つーかそもそもメルの方でも俺の嫁になりたいんだよな?
 なのに何だってまたビサイドを出るって話になるんだ。

 俺が呆然としてると、メルは「お金が必要な状況に変わりはない」と真顔で言った。
「大金持ちになりたいってんでもなけりゃ、ビサイドの中だけで充分暮らしていけるだろ」
「暮らしには充分だけど、オーラカのことがあるでしょ」
 チームのことも今まで通り細々やってく分にはなんとでもなるはずだが。
「もう最弱チームじゃないんだよ、期待がかけられてるんだから。ちゃんとしたスポンサー見つけてトレーニング積んで、もっと強くなるためにはお金がいるの!」
 また最弱王に舞い戻ってゴワーズに馬鹿にされたいのかと言われると、返事に窮するのも事実ではある。

「でもお前、その、お、俺と結婚すんだろーがよ。それとも俺にもルカに住めってか?」
「ワッカは練習があるから島を出るの難しいと思う。でもビサイドでお金を稼ぐのは無理だし」
 だったらもうルカで働くって話もナシだろ。金のことは二の次だ。
「俺は反対だ」
「は、反対ったってさ、現実問題……」
「うるせえ。お前が外で働くのは嫌だ。朝起きてお前がいねえのも嫌だし、俺の知らねえところでお前が泣いたり笑ったりしてんのも嫌だ!」
 我が儘以外の何物でもない俺の言葉に、メルは困惑しつつも頬を染めてちょっと嬉しそうだった。

「俺はお前に一日会えねえと淋しい。だから反対だ!」
「なんか、やけくそ?」
「こんなこっ恥ずかしいこと自棄でもなきゃ言えっかよ!」
 会えないのが淋しいから嫌って、自分で言っときながらいくつのガキだよ。だがそれは、偽らざる俺の本心だった。
「分かった。じゃあやめる」
「お、おう」
 にしてもそんなにあっさり諦めるとは思わなくて驚いた。
 単に俺が嫌がってるってだけで引き下がってくれるなら、三年前の俺は本当に何やってたんだって感じだな。

 オーラカの件に関しても、一応チームのやつらと話してはいるんだ。
 のんびりやってく分には今まで通りでいいってのが結論だった。
「あいつらとも相談したけどよ。そんなに強くなる必要もねーかってな」
 優勝したい気持ちがないわけでもないが、勝つことに必死になりすぎても俺たちらしくない。
「ティーダのお陰で優勝ってもんを味わえたし、あいつの休んでる間にもたまには勝てるようになったろ。精一杯頑張る、時々はマジになる。それでいいんじゃねえか?」

 穏やかなビサイドの海を見つめながら、メルはうーんと唸った。
 あんまりかっこいいところは見せらんねえけど、これが俺たちのオーラカだろ。
「そうかもね。がむしゃらに優勝目指すより、楽しくやるのが皆らしさだもんね」
 優勝を目標にすればやる気は出るが、敗けた時にキツい気持ちも味わわなきゃなんねえ。
 それはそれでブリッツの醍醐味でもあるんだろうけどよ。

 俺が生まれて二十三年間オーラカは万年初戦敗退だった。
 それでも、先代も先々代もその前からずっと楽しくやってたんだ。勝てりゃ喜べ、敗けても楽しめってな。
 優勝しなきゃ価値がないってわけでもない。自分らしく、ブリッツを続けてられるならそれで充分だ。
「ってわけだから、お前がルカに行くって話はナシだ」
 そう念を押したらメルは噴き出した。

 しかし、こいつ自身ルカで働くのが夢でもあったんだよなぁ。
「やっぱ……そんでもブリッツ関係の仕事がしたいってか?」
「ワッカの支えになりたいだけだから、ルカに拘りはないよ」
「……そうか」
 なら、よかった。俺もメルの夢を諦めさせたいわけじゃないからな。

 それと、もう一つ前から言おうと思ってたことがあるんだとメルは居住まいを正した。
 何だよ、なんか緊張するな……。
「私がビクスンに部屋借りるって言ったのはあいつの持ってるアパートのことで、ビクスンの部屋に転がり込もうとしたわけじゃないから」
 そ、そうだったのか。
「……んなこたぁ分かってんだよ」
「ふーーん、そう?」
 胡散臭そうに見るんじゃねえ!

「でもビクスンと付き合うってのは何だったんだ。その気になりゃあいつと……そういう関係になるくらい、仲いいってこったろ?」
「仲はいいけど、ビクスンはフロント係なら誰とでも仲良くしてるよ。男の人でも」
 それは意外だな。あいつはチーム以外の野郎には無関心だと思ってた。
「フロントやってると他チームの情報が入ってくるし」
「ああ、そういうことか」

 あいつらトレーニング以外でも勝つことに熱心だもんな。
 ブリッツへの熱意は負けないつもりだが、あの勝利への執念には頭が下がると思ってる。
 まあとにかく、メルがあいつを特別に感じてるわけじゃないってのは……正直ホッとしたぜ。

「大体、ワッカが私のこと好きだって知らなかったからフラれるの前提でとりあえず飛空艇を降りる口実にしただけだし」
 本当に他の誰かと付き合うつもりなんて最初からなかったとメルは言う。
「そ、そんなら、べつにいいんだけどよ」
 ああくそ、顔が勝手にニヤニヤしやがる。

 引っかかってたことが一つ解決して力が抜けた。
「えへへ〜」
「んだよ」
「妬いてくれて嬉しい」
「……」
 そんなんじゃねえ、と言えないのが辛いところだ。

 俺がビクスンに嫉妬したのがそんなに嬉しいのか、またメルは俺の腕に抱きついてくる。
 途端に意識が集中して、変な汗が出てきた。
「お前な……あ、あんまくっつくんじゃねえよ」
「やだ」
「やだって」
 俺の知らない三年の空白でメルは随分と育っちまった。一部が特に。
 昔から抱きつかれるのなんて慣れてたはずなのに、その感触には全然覚えがないから慌ててしまう。
「もうガキじゃねえんだ、ちっとは自覚しろよ」
 俺がそう言ったらメルはますます柔らかいところを押しつけてきた。
 こ、こいつ……わざとやってんのか?

「ちっちゃい頃から気軽にくっついて、ワッカは私のこと全部知ってるから、余計に女として見てもらえないんだろうなって思ってたんだ」
「へ?」
「だから一旦離れようと思ったのが三年前に島を出た理由。知らない面がある方が、ちゃんと見てくれるでしょ?」
 その言葉は俺の困惑を的確についてて何も言えなくなった。

 見ればメルは俺の腕を抱いたまま、昔だったらあり得ない色っぽい笑顔を浮かべている。
「体つきも変わってからこうしたら、ちゃんと意識してもらえるかなって」
 ……本当にわざとだったのか? 俺を煽ってんのかよ、おい!
「諦めかけた時期もあったけど、結果的には私の作戦勝ちだよね」

 なんてこった。俺はこいつの掌で転がされてたのか。
 昔と違うメルに戸惑ってんのも全部分かってたってか。それで俺が困ってんのも。
 むしろ、困らせるためにわざと自分が“女”だってことを、見せつけてたのか。
「もっとドキドキして、困ってね!」
「……」
 ……で、でも、まあ……困らされるのも、悪かねえかも、な。




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