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君が笑うから


 幻光河に向かう道中、少し皆から遅れた隙にティーダがこっそり聞いてきた。
「なあ、メルも俺と会った時、チャップに似てると思った?」
 それは意外な質問だったけれど、よく考えたらティーダは気にしていて当たり前だ。
 むしろ今までそこを気づいてあげられなかったこと、少し後悔した。

 彼の顔がチャップに似てること。チャップが一年前に死んだワッカの弟だってこと。
 全部、ティーダは知ってるんだ。
 キーリカでも困ったようにワッカとルーの口論を聞いてたもんね。
 そしてミヘン・セッションのお陰で、私もワッカもルールーもチャップのことを思い出してる。
 ただでさえスピラに拠り所のないティーダが、いなくなった人の面影を重ねられるのは、困るだろう。

「会った時はべつに。ルールーに指摘されて『あー、そういえば!』っては思ったかな」
 それは私の本心だった。
 だけどその言葉はワッカやルールーが時折ティーダに向けてしまう視線の強さと一致しない。
 だからティーダは首を傾げた。
「そんなもんなのか?」
 彼とチャップが似てるのかどうか、自分ではあんまり考えたことがなかった。

「顔の作りってより表情とかが似てるのかもね。ああでも横顔は……」
 よく見るとそっくりだ。決心を秘めた力強い眼差し、凛々しい横顔。
 少年っぽさが残るのにどこか大人びて、ビサイドを出た日のチャップも、こんな顔をしてたっけ。
 ド田舎で過保護な兄に育てられた素朴なチャップと大都会ザナルカンドからやってきたティーダ。
 顔は偶然としても性格だって仕種だって似てるはずがないのに。
 一体どうして繋がってしまうんだろう。

「でもね、ティーダを助けたのは弟に似てるからじゃないよ。そりゃ顔見た時に似てるなと思ったかもしれないけど、あの時ワッカが助けようとしたのは、チャップじゃなくて君だから」
「……ん」
「君が全然チャップに似てなくても、ワッカは面倒見てやるって言ったと思う。面影を重ねることはあるかもしれないけど、代わりにしてるわけじゃないよ」
 顔が似てたお陰で助けられただけ、なんて思わないでほしい。
 ティーダはティーダだ。それだけで助けようと思う理由になるんだから。

 彼が今ここにいて笑ってるのは、チャップとは関係ない。
 そういうところを“誰かの代わり”にしちゃいけない。
 ティーダの人生はティーダにしか歩めないんだ。
 そしてチャップの人生は、もう誰にも歩めない。

 私が必死で言うのがおかしかったのか、ティーダは少し笑った。
 でもすぐに顔をしかめて考え込んでしまう。
「やっぱり、死んだ人に似てるのは嫌?」
「嫌なわけじゃないんだ。ただ、ワッカもルールーも……ユウナとメルも、キツいんじゃないかって思ってさ」
 似てるってことは、悲しいことまで思い出しちゃうんだろ、と彼は小さく呟いた。

「……ティーダって優しいね。女の子にモテたでしょ」
「そりゃまあね」
「あはは、否定しないんだ! でも同性にもモテそう。反感買わないタイプのイケメンだよねー」
「ま、モテたけど彼女いなかったッスからね。野郎とブリッツやってる方が楽しいし」
「まだまだガキってことっすね」
「う……。てーか俺の話はどうでもいいッスよ!」

 ティーダの声はあんまりチャップと似ていない。
 彼の声は明朗で快活で、いかにも“チームのエース!”って感じのパワーが漲っている。
 世話焼きだけど頼りない兄を支えながら育ったチャップの声は、いつも穏やかで落ち着いていた。
 そういえば私……チャップの声は、ちゃんと思い出せるんだ。
 だからティーダが似てるって最初は気づかなかったのかな。

「私ね、チャップの顔がうまく思い出せなかったんだ。幼馴染みなのに酷いよね」
 あの頃はワッカもルーも大変だった。
 お互いに気を使って相手を慰めることで自分を抑えようとしていた。
 しっかりしないと、悲しんでる場合じゃないって無理に心を奮い立たせていた。
 でも本当は二人とも弱り果ててたから、相手の優しさを受け止めきれなくて顔を合わせるたびに喧嘩になった。
 チャップがいなくなった悲しみを持て余して、いつも……ずっと、自分に怒ってた。見ていられなかった。

「いろいろあって、それどころじゃなかった。思い出してる暇がない間に、ほんとに忘れちゃったのかな。ティーダの顔見てもホントに全然気づかなかったんだよ」
「……仕方ないって。だって、メルは生きてんだから」
「そうだね」
 生きてるから、明日を生きることを考えるだけで手一杯なんだ。
 死者を懐かしく思い返しはしても、引きずられてちゃいけないから。
 でも、記憶を掘り返しても思い出が見つからないのは悲しかった。

「絶対に忘れるはずないのに、チャップの楽しそうな顔とか、笑える思い出とか、心のどっかに隠れちゃって……そういうのは、忘れたくないのに」
 懸命に生きようとして、その中で時々チャップのことを大切に思い出してみたくても。
 あの真っ赤な夕焼けがすべてを焼き尽くしてしまうんだ。
 笑ってたはずの彼の顔が悲しい気持ちに引きずられて真っ暗な夜に沈んでいく。
 ティーダがチャップと似てるって気づくまでは、ずっとそうだった。

 似てるから、思い出してキツいんじゃないかって? ……逆だよ。
「ティーダの笑顔はチャップに似てるよ。見てる人を元気にさせてくれる」
 彼のお陰でチャップがいないってことを思い出しても、悲しいだけじゃなくなってきたんだ。
 チャップもあんな風に笑ってた、チャップはもうちょい間抜けだったな、楽しかったなって……。
「……ごめん、メル」
「謝るとこじゃないよ」
「でも、なんか……」
「悲しいんじゃなくて、懐かしいんだ」

 もしチャップが生きてたら、ティーダと似てるなんてそんなに思わなかったのかもしれない。
 そう考えたらやっぱり面影を重ねられるのは迷惑だろうと思う。
「でもま、チャップよりティーダの方が断然ブリッツうまいし、都会的でかっこいいし、バトルの才能もある。ちょっと似てるけど、それだけだよ」
「そう、かな」
「私とアーロン様だって似てるとこはあるよ? 二本足で歩くし、指の数だって同じだし」
「いや、そういうことじゃないだろ!」
 誰だって誰かに似てるよ。そこに何かしらの意味を見出だしてしまうのは、私たちの弱さだね。

 全然違う人間なんだってちゃんと分かってるんだよ。
 ただ君が笑ってくれるお陰で、私たちは救われるんだ。
 似ててよかった。でも別人でよかった。それだけのことだ。

 悲しい気持ちになるのが嫌で無理やり忘れようとしてたこと、ティーダの笑顔が消し去ってくれる。
 チャップはもういないんだ。甘えんなよ。でもお前は生きてるだろ!
 そうやってうちのエースが叱咤してくれる。
 でも時々、優しい記憶をそっと心に甦らせてもくれる。
「懐かしい気持ち、思い出させてくれてありがと」
「……ん。どういたしまして」
 きっとチャップもようやく安堵の息をついてる頃だと思う。
 ワッカもルールーも、彼のいない世界を歩いてるってこと、ちゃんと受け止められるようになったから。




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