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いつかの夕焼け


 オフシーズンのスタジアムは各チームの練習場として解放されている。
 でも、レンタル料が高すぎるので実質ゴワーズ専用の練習場と化しているのが現実だ。
 スポンサーがしっかりしてるから、トレーニングに湯水のごとくお金を注ぎ込めるもんね。
 そりゃチームが強くなるわけだよ。

 もちろん、強者の座に留まり続けるために彼らが努力してきたこともちゃんと分かってる。
 お金を出してもらえるのはゴワーズが充分な見返りを保証できるほど強いってことだもん。
 だけどやっぱりお金持ちはずるいと思ってしまうのが、オーラカ贔屓な私の本音だった。
 海っていう天然の練習場を抱えたビサイド・オーラカやキーリカ・ビーストだって、その点では恵まれてるんだけどね。

 ゴワーズの面々がスフィアプールから出てくると同時、北東の空が一瞬強く光ったような気がした。
 一陣の風が吹く。髪が目に入ってあたふたしてる私に、ビクスンが声をかけてくる。
「おい、今ちょっと揺れなかったか。地震か?」
「そう? 気がつかなかったけど」
 スフィアプールからあがってすぐは目眩に似た感覚に襲われることもある。
 ビクスンがそういう症状に見舞われるのは珍しいけど、体調でも悪いんだろうか。

 グラーブたちも続いて水からあがり、それぞれに不調を訴える。
「さっきから変な感じがするよな」
「ああ……寒気がするっていうか。風邪かなぁ」
 トーナメントまであと少し、大事な時期には違いない。
 ゴワーズは今日の練習を早めに切り上げて帰っていった。
 珍しいこともあるものだと思う。いつもはちょっと体調悪くてもギリギリまで練習してるのに。
 不遜で尊大なビクスンがあんな顔するなんて、なんだか私にも不安が伝染してしまう。

 その違和感の正体が分かったのは翌々日のことだった。

 私は家で休日の朝を貪るように眠っていた。そこにルッツが駆け込んできたんだ。
 ビサイドから朝一の船を乗り継いで慌ててやって来たらしい。
「おはよー、どしたの?」
「メル……」
 深刻な顔をしてルッツは言った。
 ジョゼ海岸に展開していた討伐隊がシンと対峙して、全滅したのだと。
 私はそれを寝惚けた頭で聞いていた。

 言葉が頭のてっぺんを通りすぎて、気が遠くなるようだった。
 全滅? 討伐隊が、全滅……。
 そんなはずないじゃない。だって……だって、あそこには、チャップがいたんだよ。
 だけど先日の記憶が脳裏に蘇る。
 空が不気味に光ったのは確かにジョゼの方角だった。スタジアムに吹いたあの、湿った嫌な風……。
 ビクスンが感じた揺れは本当にただの目眩だったのだろうか。
 あの頑丈で神経図太いゴワーズの面々が揃って不調を訴えたのは。
 近くでシンが殺戮を繰り広げていたから……?

 どくんと心臓の音が激しくなる。まるで今まで忘れてたみたいに、急に動き始める。
「そ、んなの、でも、待ってよ、違うよ。大丈夫だって」
 自分でも何が言いたいのか分からないまま必死で否定していた。
 全滅なんてルッツの勘違い、でなきゃ討伐隊の誤報だ。
 そうに決まってる。そうでなければ、いけないんだ。

 ルッツは「見てられない」とでも言うような顔で私から目を逸らした。
「……とにかく、俺はジョゼ海岸に行ってくる」
「わ、私も行く」
「お前はここにいろ」
「こんな状態で待ってられないよ」
 眠気なんて吹っ飛んでしまった。
 今の精神状態でルッツが報告を携えて帰って来るのを待つなんて、耐えられない。

 ルカの出口でチョコボを借りて、ルッツと並んでミヘン街道をひた走る。
 二人とも無言だった。
 全力疾走させすぎて潰れたチョコボを途中で乗り換えながら、ジョゼ海岸に辿り着いたのは夜のこと。
 そこにあったのは信じられない光景だった。見慣れたはずの海岸は抉れて歪んでしまっている。
 まっすぐ伸びていたジョゼの海岸線が、波に侵食されたように弧を描いていた。
 戦いの跡と言っていいのかどうかもよく分からない。
 ただ、シンに破壊された……生々しい傷痕だけが残されていた。

 討伐隊の人たちが忙しく動き回っている。召喚士様の姿もあるようだ。
 どうしてこの場に召喚士が必要なのか、考えたくなくて立ち尽くす。
 ルッツは討伐隊の本部に呼ばれていた。
 彼が戻ってくるまで、私はその場から一歩も動くことができなかった。

 やがて真っ青な顔をしたルッツが戻ってきて、思わず駆け寄る。
「ルッツ……ねえ、チャップは?」
 きっと本部にいて無事だったんだ。でなきゃ哨戒任務でここにはいなかったとか。
 生きてるんでしょ? お願いだから、そう言って……。
「ねえ……」
 ルッツは、まるで息をするのも忘れてるみたいだった。
「本部で戦死者を確認して、昨日から異界送りが行われてる」

 喉がカラカラに渇いていた。声を出そうとすると口の中がピリついてうまく話せない。
 聞きたくない。でも、聞かなくちゃいけない。それはもう起こってしまったことなんだ。
「チャップは?」
「名簿にあった。昨日の夕刻に……発見されて、送られたそうだ」
「……」
 そう、とか、分かった、とか、何か返事をしたはずなんだけれど、自分の声が遠くて聞こえなかった。

 こんなことになる可能性はあったんだ。覚悟してるつもりだった。でもそんなの、何にも役に立たない。
 チャップがいないっていう冷たい現実の前で、過去に決めたつもりの覚悟なんて意味を為さない。
「俺はビサイドに帰る。……お前も、落ち着いたら一度帰って来い」
「ワッカたちになんて言うの」
「分からないが……、伝えないと」
 なんだかルッツは罰を受けたがっているようにも見えた。
 チャップを討伐隊に誘ったのが自分だから責任を感じてるんだろうか。

 いっそ責められれば罪悪感も薄れる?
 だけどそんなの、ワッカやルールーにも傷を残すだけだ。
 今は事実を受け入れるだけでもきっと精一杯で、そんなこと打ち明けるべきじゃない。

「今日、私も帰る。ルーには私が言うから」
「俺の仕事だ」
「駄目。ルッツ、抱え込まないでよ。私だって、ワッカやルーだって、チャップの意思を尊重して引き留めなかったんだから。みんな同じなんだよ……」
 誰かのせいにしないで。自分のせいだと思わないで。それはいつか他の誰かにも返ってくる。
 討伐隊に誘ったから、止めなかったから、そのせいでチャップは死んだなんて……。
 少なくともワッカとルーにそう思わせてはいけないんだ。絶対に。
「そう……だな。すまん。一緒に来てくれると……助かるよ」

 異界送りの続いているジョゼ海岸をあとにする。
 飲まず食わずでチョコボを走らせ、街道を行く間に夜が明けて朝になっていた。
 スタジアムで今日の休みをとってその足でウイノ号に乗り込む。
 船を乗り継いで、ビサイド島の桟橋に着く頃にはまた夕方になっていた。
 いつも通りオーラカのメンバーがのんびりと練習に励んでる。
 ゴワーズとは違って必死になることはなく、ただ自分たちでブリッツを楽しめれば満足っていう緩さ。
 のどかな風景。つい数ヵ月前まではチャップもここにいた。

 彼が討伐隊に入ってから、島に帰ってもブリッツの練習をしてる姿を見ることはなくなった。
 だから、いないことには慣れてるはずなのに。
 今日はどうしてか……“いつもの光景”が辛くて堪らない。
 欠けたものを見落としてるだけなんじゃないかって、目であちこち探してしまう。

 船から降りるとワッカが私たちに手を振った。
「ルッツ、もう帰ったのか? 慌ただしいな」
 黙り込むルッツには気づかず、ワッカは私を見下ろして頭を撫でた。
「メル、お前も帰ってきたのか」
「……うん」
 オフシーズンなら私がしょっちゅう帰ってくるのは珍しくもない。
 だけど心が乱れてるのは隠しようもなくて、私たちの蒼白な顔を見てワッカは眉をひそめた。

「……どうしたよ」
「話があるんだ。少し時間をくれ」
 ただならないルッツの様子に気づき、ワッカは練習をやめて家に帰るようメンバーに指示した。
 私も一緒にいるべきかと思ったけど、ルッツに目で促されて先に村へ戻ることにした。
 二人とも冷静に話し合えるわけがないんだ。あんまり、誰にも見られたくないと思う。

 家を覗くとルールーは夕食を終えたところだったみたいだ。
 いい匂いが漂ってきて、そのあまりにも正しい“日常”に涙が出そうになる。
「メル? おかえり。帰ってきてたのね」
「ただいま」
「どうしたのよ。酷い顔色」
 体調でも悪くしたのかと心配そうに駆け寄ってくる。
 ルーが私の額に触れる。彼女の手は温かかった。むしろルーの方が、私の体温の低さに驚いていた。

 唇が上と下でくっついてしまったみたいだ。言わなきゃいけないのに、口を開くのも一苦労だった。
「あ、あの……」
 どうせもうすぐ討伐隊宿舎に報告が入る。それでなくたって……いつかは知ることになるんだ。
 ちゃんと伝えないと。知るのが後になればなるほど痛みは深くなる。
「……ルー、ジョゼ海岸の防衛作戦が終わったんだ」
 討伐隊は全滅した。
 そんな短い言葉を、どうしても言えない。
「……」
 ルーは押し黙っていた。私は俯いて顔を上げることができずに、彼女がどんな表情を浮かべているのかも分からない。

「い……、異界送りは、通りがかりの召喚士様がしてくれたって、だから大丈夫」
 いったい何が大丈夫だっていうんだろう。
「チャップは……」
 ……チャップは、もういないのに。

 しんと静まった部屋の中で、ルールーの声が静かに響いた。
「言わなくていいよ」
 驚きも悲しみも怒りも、何もない声だった。
「もう分かったから、あんたが無理して言わなくていい」
 こんな時くらい鈍感になってほしいのに、彼女は相変わらず察しがよかった。
「ねえメル。ごめんね……一人にしてくれない?」
「……うん」

 スピラを焼き尽くすみたいな夕日がビサイドの海に沈んでいく。
 昔はこうやって日が沈むまでよく一緒に遊んだよね。
 チャップはそんなに運動が得意な方じゃなかったから、私がついていくのにもちょうどよかった。
 そのくせ、お兄ちゃんの後を追っかけてブリッツの選手になって、ルーにかっこいいとこ見せるんだってはりきって。
 オーラカはのんびり屋ばっかりだから俺がしっかりしなきゃって、夜までずっと練習してたね。

 溢れて止まらないくらい、たくさん思い出があるはずなのに、なんでだろう。
 チャップの顔が、うまく思い出せない。
 つい数日前まで彼がどんな風に笑ってたのか……忘れるはずないのに。
 あの夕焼けを浴びながらどんな風に声をあげて、どんな風に笑ってただろう。
 チャップはどんな顔をしてただろう。

 当たり前みたいに抱えていたはずの記憶がいきなり塗り潰されてしまったみたいに真っ暗だ。
 もう、この悲しい色の夕焼けのことしか、永遠に思い出せない気がする。




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