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喜びも悲しみも


 今日のビサイド村は珍しく騒がしい。大人たちみんなで寺院に集まって、朝からずっと話し合いをしてる。
 それというのも昨日の夜、珍しい来客があったらしいんだ。
 私は寝ちゃってて知らなかったけれども。

 広場で寺院の方を見ていたワッカに駆けよって、腕を引く。
「ねえねえ、ロンゾ族ってどこにいるの?」
「メル……お前、勝手に出てくるなって言ったろ」
 お客さんが来てるのに家の中でじっとしてなんかいられないよ。
 だけど昨夜ここにやって来たというロンゾ族はどこにも見当たらなかった。
 なんでも、村の外にある峠の辺りで待つように言いつけてあるらしい。

「えぇ〜、なんで村に入れてあげないの?」
「そりゃ危ないからだろ」
「危ないの?」
「さ、さあ……知らねえけど、分からないから入れないんじゃねーのか」
 分からないなら話し合えばいいのに、どうして本人を放ったらかしてみんな寺院に集まってるんだろう。

 ロンゾ族っていうのはここから果てしなく遠い、ベベルの町よりもっと北にある大きな山に住む一族だ。
 青い肌に獣の顔立ち、尻尾やツノが生えている、いわゆる獣人ってやつ。
 普段は住み処であるガガゼト山から用もなく降りてきたりしないらしい。
 ビサイドとおんなじで、ロンゾ族もしきたりが厳しいんだって。
 だからこんなところに来るはずないんだけど……。
 来ないはずの人が来たから、大人はみんなビックリして右往左往してるんだ。

「メル、ちゃんと家に入ってろよ」
「ワッカだって外にいるじゃん」
「俺はお前らを見てるように言われてんの!」
「……せっかくおめでたい雰囲気なんだから、お客さんにも優しくすればいいのに」
 昨日までナギ節の到来で何日もお祭り騒ぎだったのに、ロンゾ族の来訪で村は静まり返ってしまった。
 いつもだったら、お祭りの日のお客さんにはたくさんお酒を振る舞って宴会に加わってもらうのに。
「外にはいろんなやつがいるんだ。祭りに紛れて妙なこと企んでたら困るだろ?」
「ふ〜〜ん……」

 ワッカが何度も何度もしつこく言うので仕方なく家に帰る。……ふりをする。
 島の外にはいろんな人がいる。そんなこと私だって知ってるよ。
 この世の中にはいい人も悪い人も溢れてるんだって、ワッカよりずっと知ってるんだから。
 それに、顔を合わせて話してみなきゃなんにも分からないってことも私は知ってる。
 誰だって、自分に優しくしてくれる人のことは好きだし、自分を嫌ってる人のことは嫌いになる。
 せっかくスピラの反対側から来てくれたんだ。そのロンゾ族さんにもビサイドを好きになってほしい。
 だから私は隙を見て村の外に脱出した。

 魔物に会わないかとドキドキしたけれど、無事に峠まで辿り着いた。
 ふふん、一人でここまで来られるなんて私も完全に大人だね。
 って淋しく自分で自分に自慢してる場合じゃないんだ。
 峠には確かに見慣れない姿形の人が立っている。
 そしてその横には、私と同い年くらいの女の子が座り込んでいた。
 ロンゾ族が来たってのは聞いてたけど、女の子が一緒にいたなんて誰も言ってなかった。
 村のみんなはちゃんと知ってるのかな?

 ロンゾ族の人が私をじーっと見つめてる。女の子は気づいてない。
「こんちには」
 私が挨拶したら、彼女はパッと顔をあげた。あれ? 目の色が左右で違うみたい。
 オッドアイってやつだ。……かっこいいなぁ!
「こんにちは……」
 おそるおそる頭をさげた彼女を安心させるように笑いかける。
「私はメル。あなたたちのお名前は?」

 いきなり村の外に締め出されたせいで戸惑ってるんだと思う。
 彼女はちょっとの間だけ迷ってたけど、根気強く待ってたらちゃんと名乗ってくれた。
「ユウナ、です」
 隣に立つロンゾ族さんは押し黙ったままで、ユウナが困ったように彼の顔を見上げる。
 私を警戒してる……のかな?
「えっと……、こっちはロンゾ族のキマリ」
 仕方なくユウナが彼を紹介してくれた。
 べつに敵意を向けてくる様子はない。たぶん、私がユウナに危害をくわえないか観察してるんだ。
 そして私の様子で、二人に対する村の態度も判断しようとしてる。

 キマリって野良猫みたい。
 自分が接触して、頼っても大丈夫な相手かどうか全身で探ってる。
 そう考えるとなんだか見た目も可愛く思えてきて、ちょっとだけ緊張してたのもきれいになくなった。
 もこもこの毛皮に忙しなく動いてる獣耳、そして尻尾。目の前にいるのは本物の獣人なんだ。
 あーっ、もふもふしたい! という欲求を必死で押さえ込む。

「ユウナにキマリ。どうしてビサイドみたいな田舎に来たの?」
 私がそう聞いたらユウナは、また困ったようにキマリを見上げた。
 お兄ちゃんか、お父さんに相談してるみたいだ。
 ロンゾ族がヒト族の保護者になるなんてこと、あるのかな。

 とにかく、二人がビサイドまでやって来た理由が分からないことには村の大人も安心できない。
 悪いようにはしないから話してほしいともう一回言ってみたら、キマリが口を開いた。
「キマリがユウナを連れてきた。これは死にゆく者の願いだ」
「死にゆく……者?」
 誰かの遺言でユウナを連れてきたってことかな。でも、誰がどうしてそんなことを?

「あの……ごめんね。誰が亡くなったのか、聞いてもいい?」
 ユウナは弱々しく頷いた。
「父さんが、死んじゃったの。だからベベルにいられなくなって、いちばん遠いところへ行かなきゃいけないって」
「え、ベベルから来たの!?」
 キマリが最北から遙々やって来たっていうのは、その頑強な体つきでまだ分かる。
 でもユウナはほんの子供だ。私と同じか、少し年下。
 十歳にも満たない……たぶん前世の記憶だってない、本当の小さな子供なのに。

 なんかワケありだっていうのは間違いない。
 でもこの二人を、特にユウナを村の外に放り出しておくのが正しいとは思えなかった。
 早く家に入れて休ませてあげたい。
「えっと、どうしてお父さん亡くなったのか、聞いても大丈夫?」
 また弱々しく頷いて、ユウナは話してくれた。
「父さん、召喚士だったの。シンを倒して……だから、もう……」
 もう二度と帰ってこないんだ、って。

 召喚士はシンを倒すために旅をする。シンを倒したら召喚士は死ぬ。
 死んだら人は二度と帰ってこない。お父さんとお母さんみたいに。私の前世の彼みたいに。
 私の家族を、生まれ育った我が家を、すべてを呆気なく壊していったシン。
 それが倒されたって僧官長さまに知らされたのは数日前のことだった。
 生きてるうちにナギ節に立ち合えたって、じい様たちが泣いて喜んでた。
 いずれ尊い御方の像を迎え入れるために、寺院は何日もかけてみんなの手で清められている。今もずっと。

「ユウナのお父さんって、ブラスカ様……?」
 シンを倒した大召喚士様の娘。
 ……お父さんがいなくなって、一人になってしまった小さな女の子。
 なんでビサイドまで旅をしてきたのかはよく分からないけれど、それがブラスカ様の望みだったんだ。
「メル? ど、どうして……泣いてるの……?」
 気づくとユウナを抱きしめていた。

 一年前のこと、思い出してしまう。お父さんとお母さんと島のみんながシンに押し潰されて死んだ日のこと。
 ほんのちょっと立ってる場所が違っただけで、私は助かったのに、みんな異界に旅立ってしまった。
 私を置いて……。
 ブラスカ様は私たちにナギ節を与えてくださった。
 でもそのせいで、ユウナは一人になってしまったんだ。

 急に泣き出した私をユウナが必死で慰めてくれていたところに、バタバタと慌ただしい足音が駆け寄ってきた。
「メル! お前っ……外に出るなって言ったろーが、馬鹿!」
「……ワッカ、見つけんの早い」
 瞼を赤くしてる私を見てギョッとしたワッカは、ちょっと腰が引けつつキマリを睨みつけた。
 違う違う、泣かされたんじゃないってば。

 ユウナは私に隠れるように小さくなっていて、ワッカは彼女に気づいてない。
「ワッカ、この子、ユウナっていうんだって。……ブラスカ様の娘さん」
「へ?」
 今初めて視線を落として、ユウナに気づく。
 ワッカは混乱したようにキマリとユウナを見比べた。
「ブラスカ様の遺言で、キマリがユウナをここまで連れてきたんだって」
「は……?」

 ブラスカ様たちがビサイドに来たのは、一ヶ月前くらいだったかな。
 召喚士様が寺院を訪ねてくるのは数年に一回くらいあるし、残念なことに私は無関心だった。
 その彼らがナギ節をもたらしてくれたんだと思うと、なぜもっと感謝の言葉をかけておかなかったのかと罪悪感が募る。
 ブラスカ様は、なぜだか分からないけれどユウナがここに来ることを望んだんだ。
 自分がいなくなったあと、一番大切な娘を預けるのに、ここを選んでくれたんだ。

「ワッカ、村に入れてあげてよ……」
 もう一度キマリと、そしてユウナを見つめて、ワッカは頷いた。
「寺院に伝えてくる。メル、二人を村まで案内してやれ」
「う、うん!」
「言いつけ破ったのはあとで説教だからな!」
「う……うん」
 そこは有耶無耶にしてほしかったと思いつつ村の方に駆けていくワッカの背中を見送り、ユウナを振り返る。
「もう大丈夫だよ。おいで」
 私が手を差し出したら、ユウナは心細げに自分の手を重ねた。

 喪っても壊されても、しぶとく蘇る強さがビサイドにはあるんだ。
 故郷をなくして押し潰されそうになってた私も、この村に来て元気に生きてる。
 両親を亡くしたワッカやルールーだって頑張って生きてる。
 ユウナの悲しみを消してあげることはできないけど、もっとたくさんの喜びをきっと与えてあげられるから。
「ビサイドにようこそ、ユウナ。今日から私たちが一緒にいるよ」
 ひとりぼっちになんて、させないから。




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