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私だけの扉


 見慣れた後ろ姿を見つけたので走って追いかけてその腕を捕まえる。
「ルッツ! 奢ってあげるからデートしない?」
「メル……いや、遠慮したいな」
 何だと〜? こんなにかわいい女の子がデートに誘ってくれてるっていうのに断るとは失礼なやつ!
「お前が奢ってくれるなんて、絶対ろくでもないこと企んでるだろう?」
「絶大な信頼を寄せてくれて嬉しいよ」
 まあ遠慮しないで、ということで近くのカフェに引っ張りこんだらルッツも諦めてついてきた。

 適当にコーヒーを二人分注文して、早速本題に入る。私は急いでいるのです。
「あのさ、討伐隊って入隊試験とかあるのかな」
「ん? いきなりどうしたんだ」
「私も、」
「ちょっと待った」
 私の言葉を遮って、顔を引き攣らせたルッツは体ごと横を向いてしまった。察しがいいね。
「なんか、あんまり聞きたくないな……」
「大体ご想像の通りだよ」
 私は討伐隊に入りたい。というか入る。そのためにルッツを探してたんだ。
 仮に断られたらガッタに頼むか、直接キノコ岩街道に行くつもりだけどね。

「実はもう仕事辞めちゃったから、ルッツに見捨てられたら路頭に迷っちゃうんだな〜」
「おいおい、行動が早すぎないか? 辞めたって、それワッカには……言うわけないよな」
「言ったら止められるに決まってんじゃん」
 どうせシーズン開幕まではワッカたちがルカに来ることもないし、言わなきゃバレないから大丈夫だよ。
「……黙って入隊するのはどうかと思うぞ」
「いいんだよべつに。強いて喧嘩したくもないし」
 全部終わってから報告すればいいんだ。死ななければできるでしょ。

 きっとチャップを討伐隊に誘った時のことを思い出してるんだろう。
 ルッツは、すごく困った顔をしていた。ちょっと申し訳ないとは思うけど諦めてあげるつもりもない。
 一年前にチャップは討伐隊の作戦に参加して死んでしまった。
 以来ルッツは、ビサイドから入隊志願者が出るのを快く思っていないんだ。
「なんで急にそんなこと言い出したんだ?」
「ルカにいるといろいろな話が聞こえてくるんだよね。浮かれて大事なことペロッとこぼしちゃうやつも多いし」
「……ミヘン・セッションのこと、聞いたのか」
 極秘のはずなのにとルッツはため息を吐いた。

 もうね、作戦開始は開幕トーナメントのすぐあとだってことまで知ってるよ。
 だからまあ、それまでワッカに隠し通せたら問題はないはずだ。
 シーズン前の今は連日ビサイドでトレーニングに励んでるはずだから、帰郷しなければ平気だと思う。
「止めないでしょ?」
「俺に止める権利はないだろう……」
 そりゃそうだよね。だってルッツもミヘン・セッションに参加するんだから。
 危ないから駄目だと言いたくたって、それなら私にも彼を止める権利があるんだもん。

 ミヘン・セッションはジョゼ海岸で展開される非公式の作戦だ。
 寺院に禁じられた機械兵器を持ち込み、アルベド族と合同でシンに真っ向勝負を仕掛ける。
 ……チャップが死んだのと同じ戦いだった。ワッカが私の参加を認めてくれるはずはない。
 でもだからこそ私はここで勝ちを拾いたいんだ。
 巡り合わせが悪かっただけで、チャップがやろうとしたことは間違ってなかった、ちゃんとシンを倒せたんだって。
 そう、証明したい。
 チャップが死んでしまったのは機械を使ったせいじゃない……ワッカが止められなかったせいじゃないって、ことを。

 聞くところによると、一年前の作戦では狙撃ポイントまでシンを誘導するのにかなり手こずったらしい。
 その反省が活かされて、今回はコケラを囮にしてシンをジョゼ海岸に誘き出すんだ。
 戦いはこちらのタイミングで始められる。今度は不意をつかれることもない。
 そしてスピラ全土からコケラを集めるために、討伐隊は新しい入隊者を大々的に募集している。
 だから私も問題なく参加できるだろうとルッツは言った。

「メル、ちょっとこれを見てみろ」
「はいはい、何?」
 ルッツが差し出したのは、何やらスフィアが嵌め込まれた板状の物体だった。
「スフィア盤だ。メルは戦いに慣れてないから、自分の素質を理解しておいた方がいい」
「ほほー、これが噂のスフィア盤かぁ」
 魔物と戦うことを生業にする人には必須のあれだね。

 手を触れれば体内の幻光虫と板に埋め込まれたスフィアが反応する。
 そうして自分のフィジカルパラメータを数値化して読み取ることができる代物だ。
 討伐隊やベベルの僧兵、召喚士とガードなんかが使っている。
 この盤面をもとに自分の才能に合った武器を選んだり、向いてる魔法を習得したりする……らしい。

 スフィア盤はその人の成長に応じて姿を変える。
 基礎体力をつければ体力のスフィアに光が灯り、魔法を覚えればそれに応じたスフィアが点灯するんだ。
 そして点灯していない部分の構造を見れば、未だ開花していない自分の才能を知ることもできた。

 試しにルッツが触れると、彼のスフィア盤が表示される。
 体力や筋力を示すスフィアが多いみたいだ。魔法に関するものはあんまり見当たらない。見事に脳筋だね。
 たとえばルールーなんかが触れたら、魔道士って感じの盤面になるんだろうと思う。
 その人の才能によって浮かぶ紋様はいろいろなので、見ているだけでもわりと面白い。
 なんだか各家によって伝わる柄が違うビサイド織物みたいだ。

 で、早速私も触れてみた。スフィア盤の表面が揺らいで表示が切り替わる。
 ルッツの盤面とはかなりデザインが違っていた。
「……なんか私、光ってるの運関係ばっかなんだけど」
 あんまり鍛えてないから体力とか筋力とかが点灯してないのは、まあ分かるとしてもだ。
 まだ光ってない部分でも、戦闘能力に関わるものがほとんど見当たらないのはどういうことだろう。
「これってつまり?」
「メルはバトルの才能が全然ないみたいだな」
「……」
 めっちゃくちゃはっきり言うよね、ルッツ。ちょっと傷ついちゃったなぁ。

 今はスフィア盤に表示がなくたって、がむしゃらに鍛えまくれば体力馬鹿になることもできる。
 私がキマリみたいな筋肉モリモリになるのも不可能ではないんだ。
 ただそれは、ものすごく険しい道のりになるっていうだけで。
 それに力任せの戦闘に向かないならテクニックを磨いてスピードファイターになるという手もある。
 ……それが定石なんだけど、盤面を見る限り私は素早さもあんまり伸びないみたいだった。
 手先の器用さなら結構自信があったのに、それもいまひとつ。
 日常生活で役立つ器用さではあるけれど、基礎的な筋力がないから武器を自在に操ることはできないんだ。

 う、うーん。
 運動が苦手だっていう自覚はあったけど、ここまで才能がないとは!
「なあ……やめた方がいいんじゃないか?」
 さすがのルッツも渋っている。
 そりゃあ素人以下の才能なしを大事な作戦に加えたくはないよね。気持ちは分かるよ。
 でも、もう決めたんだ。今さら引く気はない。

「脳筋バトルには向いてなくたって私には私のいいところがあるもん。……ミヘン・セッションには、向いてると思う」
 だって私はアルベドの兵器に抵抗がないし、前世の記憶のお陰で機械にも慣れている。
 たぶん、昨日今日いきなり寺院の教えに背く決意をした人よりはうまく兵器を扱えるはずだ。

 シンに対抗するため、自分にできることを精一杯やる。討伐隊の理念には適してる。
 そう言ったらルッツは、諦めが籠るため息を吐く。そんなんじゃ幸運を掴めないよ?
「今回の作戦が、非難を浴びるものだっていうのは分かってるよな」
「分かってるからワッカに内緒にしてるんじゃん」
「……あいつに嘘ついてまで参加して、いいのか? こんなことは言いたくないが……お前がチャップと同じにならないとは、言えないんだ」
 もしそうなったら、そういう運命だったってことだ。

 シンは人の犯した罪の化身。機械を使ってはいけないという戒め。
 召喚士の命を犠牲にしなければ人間は救われないという、証。
 私はそんな世界は嫌だもの。
「死にたくないし、死なせたくないから戦うんだよ。どんなに危険な目に遭っても、私は生き延びてみせる」
 チャップの選んだ道が間違ってなんかいなかったって確かめたい。
 彼は罪人なんかじゃなかったんだと、私が生き延びることで証明してみせる。




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