凛々しい横顔
大荷物を抱えたチャップがルカに現れた時は、またワッカと喧嘩して家出でもしてきたのかと思った。
もしそうなら私の家に泊めてあげてもいい。明日ワッカに取り成してあげてもいい。
今までずっとそうしてきたんだから、仲直りくらい手伝ってあげようと当たり前みたいに思ってた。
でも違ったんだ。いや、ワッカと喧嘩は確かにしたみたいだけど……。
不貞腐れて一時離れるだけじゃなく、チャップは本気でビサイドを出てきたんだ。
「本当に行っちゃうの?」
「うん。メルまで反対すんなよ? また同じ喧嘩は御免だ」
「反対はしないけどさ」
そりゃ私だってワッカに文句を言われつつルカで働いてるのに、チャップに島を出るなとは言えないけど。
チャップは討伐隊に入るつもりでいる。というか、もう既にその一員になってるらしい。
彼らの本拠地があるキノコ岩街道に向かうために昨日ビサイドを発ったんだ。
「なんでそんなことになったのかはちゃんと教えてほしいなぁ」
「ルッツに誘われたんだ。でも、入隊を志願したのは俺が自分で決めたことだよ」
寝耳に水なものだからワッカたちがどういう反応をしたのか知りたかった。
ルールーだって賛成してるとは思えない……。私がここで引き留めるべきなんだろうかと少し迷う。
若い人を中心として、討伐隊の志願者は年々増えているみたいだ。
ビサイドにも宿舎ができて、ルッツを皮切りに何人かが入隊していた。
チャップもルッツに誘われて決断したらしい。ワッカたちにバレたらルッツはかなり怒られると思う。
「今年のトーナメントはどうすんの?」
「人数はギリギリなんとかなるし、俺が抜けても戦力的には変わんないって」
「そうじゃないでしょ。優勝してルーにプロポーズするはずだったのに。……やっぱ、オーラカが弱すぎるから絶望して討伐隊に……!?」
「違うっての。失礼なやつだな」
だって他に理由が思いつかないんだもの。
「討伐隊に入るにしても、べつにビサイドを出なくてもよくない?」
「メル、兄ちゃんと同じこと言ってんなぁ」
「うっ!」
確かに、私がルカで働くって宣言した時ワッカもまったく同じことを言ってたっけね。
でも私の目的はルカで働くことそのものだったからチャップとは違う。
討伐隊に入るだけなら構わないけど、ビサイドの宿舎で寝起きすればいい話じゃないか。
ルッツだって普段はビサイドで暮らしてるんだよ。
どうしてチャップは家を出てキノコ岩街道まで行かなきゃいけないのか、分かんないよ。
私が不満そうにしていたらチャップは「近々大規模な作戦があるんだ」と言った。
詳細は言えないけど、歴史を変える大作戦なんだって。
新人は全員集まってジョゼ海岸で合同訓練に励む。だから本部に滞在しなきゃいけない。
その作戦が成功したらビサイドに帰って通常任務に就くんだろうけれど……。
討伐隊の活動がそんなに激しくなってるっていうことは、つまり。
「シンが……復活したの?」
「まだ確かなことは言えないけど、目撃情報が増えてる。ナギ節は……もうじき終わるんだ」
ナギ節の間、討伐隊の主な仕事は街道の魔物退治だ。
でもシンが復活したら彼らが直接対決しなければいけない場面も出てくる。
目撃情報が集まり始めたなら本格的な“被害”が出るのも時間の問題だった。
「いつかはこうなるって分かってたけど、悔しいよ。せっかくブラスカ様が与えてくださった平和なのにな。……なあメル、俺さ、召喚士に旅をしてほしくないんだ」
「うん……」
召喚士はシンを倒すために旅をすることが義務づけられている。
でもザナルカンドに行って帰ってこられる人なんて数十年に一人か二人。
究極召喚が得られるまで、誰かがシンを抑えなければいけないんだ。
それをやるのが討伐隊の使命だった。
私たちがブリッツボールを楽しんでる時だっていつも討伐隊の人が皆を守ってくれていた。
作戦は単なるきっかけで、チャップはずっと前からこのことを考えてたのかもしれない。
四年前のこと、覚えてるだろとチャップは言った。ルーがギンネム様と一緒にビサイドを出て行った日のこと。
「ナギ節の間でさえ召喚士は旅をするんだ。シンが復活した以上、これからは、そんな召喚士がもっと増える」
またビサイドから誰かが旅立つかもしれない。
ルールーも、またガードになってしまうかもしれない。
ギンネム様が亡くなって……ルーが帰ってきたのは嬉しかったけど、泣きそうな顔を見てるのは辛かった。
旅が成功すれば召喚士は帰ってこないし、失敗しても、誰かが悲しむ。
「ユウナだって……」
その先を言えずにチャップは口を噤んだ。
ブラスカ様のナギ節は終わった。ユウナだっていよいよ「召喚士になる」と言い出すかもしれない。
他の誰がそう言ってもおかしくないけれど、ユウナは絶対にそれを考えてるに違いなかった。
今は目撃情報ばっかりだけれど、このままシンが活発化したら、きっと……。
「召喚士の覚悟は尊敬してる。ナギ節に立ち合えたことだって光栄に思ってる。だからこそ俺、もう召喚士だけの犠牲に頼りたくないんだ」
討伐隊の力でシンを倒せるなら。究極召喚を使わずに済むのなら。誰も悲愴な覚悟で旅をしなくて済むのなら。
その希望に懸けるとチャップは言った。
「でも……ワッカが可哀想。ルーだって、チャップがそばにいてくれた方が嬉しいんじゃない?」
もちろん私だってチャップがビサイドを出て行くのは淋しい。
次のトーナメントにチャップは参加しない。家に帰っても会えない。そう思うと泣きたくなる。
「討伐隊の仕事も大事だけど、ブリッツ選手はブリッツで皆を励ますのが仕事でしょ?」
「ナギ節の間はそれでもよかったけどさ」
もう無理なんだと彼は言う。
「父さんと母さんみたいに、ある日いきなりルーがいなくなったら……兄ちゃんやメルやユウナがいなくなったら? 俺、もう笑ってブリッツなんかやれないよ」
もしユウナが召喚士になったら、彼女のくれたナギ節で、後悔せずに笑えるか?
もしまたルールーが誰かのガードになって、旅の途中で命を落としたら?
その傷をブリッツで癒せる? 無理して笑ってるワッカやチャップを見て、かっこいいと思えるの?
心を慰めるためじゃなく、悲しみを忘れるためじゃなく、ただ好きだって気持ちでブリッツをやれた方がいいに決まってる。
「ブリッツボールで皆を笑顔にするのも大事な仕事だよ。でもそれは、きっと兄ちゃんがやってくれるだろ。俺はシンと戦いたい。好きな女と一緒に、皆と笑って生きていける未来が欲しいんだ」
大切なものをシンに奪われる、そんな未来が来ないように。
反対はしないって言ったのに、結局チャップを引き留めるようなことを言ってしまった。
でも、本音を言えば行ってほしくないんだから仕方ない。
召喚士みたいに絶望しかない旅をするわけじゃないけれど、討伐隊の任務だって充分すぎるくらい危険なんだ。
「兄ちゃんのこと頼むよ、メル」
「なに言ってんの? 帰ってきてから自分で面倒見れば」
私が冷たく突き放したら、気を悪くした風でもなくチャップは笑った。
「そう言うなって。俺の義姉ちゃんになるんだろ?」
「えぇ……なんかその呼び方は萎える〜……」
「あはは!」
みんなで生きていくために戦うんだと言われたら、反対なんてできるわけがないんだ。
私だってユウナを召喚士にしたくない。ルールーをガードにもしたくない。
だからこそ、他にシンを倒す方法があるなら私もきっと……チャップと同じことをすると思う。
「ま、オーラカが優勝するよりは討伐隊がシンを倒す可能性の方が高いかもね」
「おいおい、酷いな」
「頑張って立派な男になってきなよ。んで、帰って来たら堂々とルーに結婚してくれって言うんだよ!」
「おう。でも、オーラカの優勝だって祈ってるよ、俺は。きっと今年こそ勝てるさ」
それはワッカ次第かなー。弟の反抗期にへこんでまた負けちゃうかもしれないよ。
シーズンが始まったら、討伐隊の人たちがシンをルカに近づかせないように守ってくれる。
ワッカはチャップの分までブリッツを頑張って、スピラの皆に希望を与えてくれる。
歩んでいく道は違うかもしれないけど、目指すべきところは今でも同じだ。
べつにお別れするわけじゃないもんね。
チャップは荷物を担ぎ直して町の外に通じる門を見つめた。
子供みたいに無邪気な顔で笑うくせに、黙ってると凛々しい大人の表情。
ワッカがいつまでも子供扱いするせいで少年っぽさが抜けなかったけど、いつの間にか成長してたんだ。
「チャップ……、行ってらっしゃい」
「ああ。行ってきます」
優勝カップの代わりにシンを倒した報告を携えて、帰ってきてくれるのを待ってるよ。
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