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望み叶えたまえ


 ユウナはすべての祈り子様と対話を終えた。
 祈り子様によると、エボン=ジュはもう人間だった頃の精神も残っていないらしい。
 自分がなぜそんなことをしているのかも分からずに、ザナルカンドを召喚し、シンを保ち続けている。
 彼だって始めは故郷の崩壊を悲しみザナルカンドの復活を夢に見ただけだったのに。
 ……悲しい話だ。だからこそ、なんとしても終わらせなければいけない。

 エボン=ジュとの直接対決に臨むため、私たちはナギ平原の上空でシンを待つことになった。
 究極召喚はなくなったけれどユウナは結局あの大平原でシンと戦うんだ。
 ブラスカ様と同じように。彼の望んだ、すべての大召喚士様が望んだ、本当の平穏を叶えるために。
 もう私もユウナに旅をさせたくないとは思わない。あとは全力でユウナを助けるだけだ。
 ……でもその前にもうひとつ、やることができてしまった。

 ティーダからの情報で、未だ知られていない寺院が存在する可能性が出てきた。
 彼がスピラに来てすぐのこと、どこかの廃墟で微かに祈りの歌を聞いたらしい。
 ナギ平原崖下の祈り子様やレミアム寺院の例もある。他に歴史から消えた寺院があってもおかしくはない。
 まずは飛空艇に戻って、スフィア波検索装置でその廃墟の場所を調べることになった。

 飛空艇に乗るために、まず船でルカまで戻らないといけない。
 今さらだけどワッカがどうして私に「キーリカに残れ」って言ったのかよく分かったよ。
 リキ号は狭い。顔を合わせにくい時でも逃げる場所がないんだよね。
「嫌なのか?」
「い、嫌なわけないけど……」
 機関室近くの廊下で壁に凭れながら、なんとも気まずい空気。
「じゃ、いいだろ」
 ……いや、よくない。

 ビサイドでの話は、とりあえず船に乗らなきゃで有耶無耶になったけど、まだ納得いってない。
 酔っ払ってキスなんかしたせいでワッカは私を避けまくってた。
 それはつまり“そういう関係にはなれない”ってことでしょ?
 何がどうなってワッカが私を好きだなんて言うのかさっぱり分からない。
 まあ大事に想われてる自覚はあるけど……。
「だって、ついこの間まで妹としか見てなかったのは事実でしょ?」
 実際、自分でもそう言ってたし。

「そりゃお前……」
「酔っ払って暴走して迷惑かけたのはほんと反省してるし謝る……けど、それで一時的に意識しちゃってるだけなんじゃないかって……」
 後から勘違いだったと言われるのが怖い。
 やっぱりお前を女として見るのは無理、なんてことになったら私もう二度とビサイドに帰れないよ。

 困ったように頭を掻きつつ、ワッカは盛大にため息を吐いた。
「……そもそもだな、いきなり妹になったのはお前の方だろーが」
「へ?」
「昔は嫁になりたいだの結婚したいだのしょっちゅう言ってたろ。最近になって言わなくなったから、俺もそうしてただけだ」
 それは……だって、チャップが死んじゃったから。
 当たり前のように夢見てたことが、もう決して叶わないと思い知らされたから……。

 半年前。ワッカとルールーがズーク様のガードになると言った時、私は号泣して止めたけど二人の意思は変わらなかった。
 そばにいてほしいって気持ちで引き留められないなら、今後振り向いてもらうのも望み薄だと感じた。
 それにあの時、行かないでほしいと思うのと同じだけ、ルーにはワッカがいないと駄目だと思ったんだ。
 私でもユウナでも届かないルーの心の傷をちゃんとみてあげられるのはワッカだけだって。
 もし私が無理やり引き留めたらワッカは残ってくれたかもしれない。
 だけどそれでルーがひとりぼっちになるのは、どうしても嫌だったから。

「べつに、ワッカのことが好きじゃなくなったから言わなくなったんじゃない」
「みてえだな。でもまあ、そういうことだと勘違いしてたんだよ」
 そういうことって、どういうこと?
「ガキの“好き”なんて、いつ変わっちまうかも分かんねえだろ。妙に気を持たせてメルの選択肢を狭めんのも嫌だったしな」
「じゃあ今まで、私が本気じゃないと思って流してたってこと?」
「……まあ、そうだ。んで、やっぱり気持ちが変わったんだと思って納得してたら……その、あれだろ。俺だって混乱するっての」

 だから、つまり。
 どんなに好きだとかお嫁さんになりたいとか言ってもスルーしてたのは、私がまだ子供だったから。
 幼い恋心を下手に肯定して私の視野を狭くしないため。
 私がいつか別の人を見つけるかもしれないから、その時のために大人の対応をしてただけで。
 べつに望み薄ってわけじゃなかった? むしろ私の方が態度を変えたから、合わせて妹のように扱っただけ?
 なのに酔って本音を漏らしたせいで、ワッカは私がまだ彼を好きだと気づいてしまった。
 どっちなんだよ! という混乱のもと、私を避けてたってこと……。

「あのさ。もしもの話……もっと前に私が、恋人にしてほしいって言ってたら?」
 ワッカは思いきり私から顔を背けて答えた。
「断る理由なんかあんのかよ」
 気のせいじゃなければ耳まで赤くなってる。
「……は〜〜。なんか、馬鹿みたい」
「ま、振り返ってみりゃ確かに馬鹿だな」
 どうせ叶わないなら当たって砕けるより妹としてそばにいたい。
 そう思ってたのに……叶わないと思わせる距離を作り出したのは、私だったなんて。ほんとに馬鹿だ。

 でも異性として見られてる気配はなかったんだけどな。ワッカはずっと私のこと眼中になかったはずだ。
「私が『お嫁さんになりたい』って言わなくなるより前から、扱いは変わってないと思うんだけどなぁ」
「そうでもねぇぞ」
「だってワッカ、ずっと親代わりの兄代わりだったじゃない。確かに過保護ではあったけど、私が就職する時だって……」
「そりゃ、お前が外に出て大人になるのが嫌だったんだよ」
「……ん? だって、私の『好き』は子供の勘違いかもしれないと思ってたんでしょ?」
「だから……そーゆーことだ」
 いや、分からない。どういうこと?

 お嫁さんになりたい、なんて子供の頃は誰でもわりと気軽に言うものだ。
 そばにいて、親しみを感じてる相手なら誰にでも。
 大人になってそれが恋のまま続くとは限らない。そうじゃないことの方が多い。
 だからワッカは、私が本当に恋をしてるのか見極めるまでスルーしてたのであって……。
 なのに、私がビサイドの外に出て大人になるのが嫌だった?
 ……他の誰かを見つけるかもしれないから、嫌だった?

 うぅ、なんか暑くなってきちゃった。甲板に出て風に当たるべきかもしれない。
 でも……もうちょっとだけ二人でいたいな。
「ねえ、マカラーニャで私がキスした時、ドキドキした?」
 ビックリした拍子にワッカは壁に肘をぶつけた。
「思い出させんじゃねえ!」
「だって私は思い出せないんだもん。さっきのあれは半分だけなんでしょ?」
 本当はどんなだったのか教えてとは言わないけど、でも気になる。
 あれでワッカの気持ちが切り替わったなら、今は私のこと異性として見てくれてるのかな。

 その時の記憶が蘇ったのか、ワッカは急に真顔になった。
「……メル、今まで恋人いなかったんだよな?」
「いるわけないでしょ」
 いつか正式にフラれたら他の誰かを好きになるんだろうなって漠然と考えたことはある。
 でも告白する勇気がなかったからフラれることもなく、結局のところ私はずっとワッカ一筋だ。
「じゃあ、あれか? 前世の記憶ってやつかよ。なんであんな……妙に慣れてたんだ」
 な、慣れ……?

「べつに前世でも、あんまりそういう経験なかったよ?」
 疑わしげに睨まれたので疚しいところはないと胸を張って見つめ返す。
 ワッカは「そうか」と呟いて目を逸らした。
 うーん……私は一体、マカラーニャでどこまでのことやったんだろう。

 前世の疑似体験から経験豊富なのかと聞かれたら、それはないと断言できる。
 だって“彼”の人生は本当に灰色で、恋愛の経験値で言うならワッカしか好きになったことのない私の方が高いくらいだ。
「そういえば、ワッカって私の前世のこと聞かないよね」
「ああ……前に、大したことじゃないから相談しなかったって言ったろ。ならいいかと思ってたんだが。聞いた方がよかったか?」
「そんなことはないけど」
 好奇心で根掘り葉掘り聞くような人じゃないけど、普通は気になると思うんだよね。

「お前、あの時まだ七つだったっけか。ガキの頭に三十年の記憶なんてデカすぎると思ってたけどよ。よく考えりゃ、短すぎるよな……」
 どうしてその記憶がたったの三十年で途絶えたのか。聞かない方がいいと思っていたと、ワッカは言った。
「そうだったんだ。……ありがと」
 気づかないところでいろいろ配慮してくれてたんだなぁと思うと、なんだか嬉しくなってしまう。

「あー、ただ……その、いっこだけ聞いていいか」
「何?」
 言いにくそうに口籠りつつ、意を決したような顔でワッカはこんなことを聞いてきた。
「結婚は……してたのか」
「え? してないよ」
 恋愛経験もないのに結婚してるわけない。……とは限らないけど、とにかく彼は未婚で生涯を終えた。

「その人ね、なんていうか……幸せになりたいって思う気力もなかったんだ。ただずっと楽になりたくて……誰かを好きになったこともないんだよ」
 もし好きな人がいて、その人と結婚したいって思えていたら、彼の人生も少しは違ってただろうに。
「……なら、生まれ変わったのがメルでよかったな」
「うん……、そうだったらいいなぁ」
 私は彼とは違うから、明日も生きていたい、明日はもっと幸せでいたいって思う。
 そんな欲が彼の魂を安らかにしていればいいなと願う。

「あ、でもそういうことの経験は何回かあるけど」
「うっ!? ……そ、そういうことってのはどこまでの話だ?」
「キス以上の話?」
 私が答えたらワッカはピシッと固まってしまった。
「ただ相手も素人じゃなかったし、印象に残ってないし、私とは性別も違うからあんまり実感できないけど」
 それを体験した記憶があるっても知識だけのことで、単に大人のビテオでも見たような感覚だ。
 他のこととは違って、今の自分に当てはめられないからよく分かんないんだよね。

 ワッカはなんだかものすごく複雑な顔で俯いていた。ああ、前世で結婚してたのかっていうのは……。
「それが聞きたかったの?」
「……」
 経験があるかどうか。確かにちょっと気になるよね。
 人格はともかくとして、その記憶のせいでやたらと慣れてたら私だって嫌かも。
「……お前の前世ってのが男でまだよかったぜ」
「そういうの気になるんだ」
「まあ、別人だとしてもだな……いい気はしねえよ」
 言われてみると私も、前世が女の人だったらいい気はしなかったと思う。
 その記憶を今よりもっと現実的に感じてしまってただろうから。

 私がワッカを好きになったのは、もしかしたら刷り込みなのかもしれない。
 ずっとそばにいたから。私を守ってくれていた人だから。
 勝手な定義で分類するならそれは恋じゃないという人もいるかもしれない。
 でも私にとっては、この人が唯一無二なんだ。死ぬまで一緒にいたいと望むのはワッカだけなんだ。
 ……他の人との記憶なんて欲しくない。
「私の初めてはワッカだから安心してね」
「お、お前な、そういうこと言うんじゃねえよ!」

 永遠に憧れはあるけれど、私は人の身に余らない幸せでいいかな。
 死ぬ時に「素敵な人生だった」と思えたらそれで満足だ。
 いろんな悲しいことがあった。これからも苦痛や絶望はあるだろう。
 でも、ワッカが一緒にいてくれるなら、私のささやかな望みはそれだけで叶うんだ。




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