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- ナノ -
07


 連絡船ウイノ号は、何の問題もなくルカに入港した。
 あの惨状が何だったのかと虚しくなるほど平穏無事の船旅だった。
 入港後にはティーダがやらかして一騒動あったけれども、私はカメラが向いた瞬間キマリに隠れたので問題はない。
 それにしてもさすがスター選手というか、ティーダはスピーチ慣れしていた。
 オーラカの皆に必要なのはあの肝っ玉だと思う。

 さて、あとは預けておいた装備を受け取って、ルッツたちと合流する準備をして、試合を観戦して、終わり。
 長いお見送りもここまでかな。
「そうだ、ワッカ。早めに選手登録を忘れないでね」
「あ? んなもん、とっくに終わって……」
「じゃなくてティーダの」
「いっ!? わ、忘れてた」
「……」
 途端に慌てふためくワッカを見てると、全部任せるのはちょっと不安だった。
 仕方ない、別行動する前にもう少しだけサポートしよう。

 とりあえずオーラカのメンバーを連れてフロントに向かった。
「な、なあメル、俺たちの控え室ってどっちだっけ?」
「東側の地下フロア。暗証キーはこれ、なくさないでよ」
「荷物はどこに預けるんだ?」
「そんなの控え室のロッカーに……」
「トーナメントの抽選っていつだ?」
「先に弁当を買っときたいなあ」
「やべえ、試合用のサンダル忘れた! フロントで借りられるっけ!?」
 ………………。
「なんで今さらそんな基本的なことばっか聞くんだお前らはー!」
 ブリッツ初心者か! 新人選手か! 十年もやってんだからそんなに緊張しないでよ、もう。
「まずい、なんか俺も緊張してきた……」
「ワッカまで!」

 頭痛くなってきた。これは私用どころじゃないな。
「しっかりしてよ。私もうスタッフじゃないんだからさぁ」
 フロント係だった時ならまだしも、給料もないのに選手の面倒を見させられるなんて。
 思わずため息を吐くと、眉をひそめてレッティが聞いてきた。
「メル、辞めたのか? なんで?」
「せっかくフロント係になったのに……」
「やるならやっぱ受付よね、って喜んでたよなぁ」
 ダットやボッツも続き、メンバーの不審の眼差しが私に集まる。
 ていうか、ビサイドに帰ってきた時点で辞職してるのは分かるでしょ。今さら気づいたんかいっ。
 シーズン直前でスタッフがルカを離れられるわけないじゃん。

「いやあ、フロントで御贔屓のチームがいるってのも、どうなのかなと思うようになりまして。オーラカのサポーターとして、客席で応援したいなと、切に思ったわけです、はい」
「メル……お前って、意外と一途ないいやつだよな!」
「こんなに応援してもらってんだ! 今年こそ優勝だ!」
 た、単純なやつらー! めんどくさい言い訳しなくて済むのはありがたいけど。
 テンション上がって控え室に駆けていくメンバーを見送ると、ワッカの胡乱な視線だけが残された。
「なーんか怪しいよな……」
「あっ、ほらあそこのカウンター。早くティーダの選手登録しなきゃ時間ないよ」
 余計なこと考えてないで急げ急げ。

 フロントにいたのは私の元同僚だった。
 総老師の在位五十年記念トーナメントだということもあり、いつも以上に忙しそうだ。
「すみませぇん、選手の登録手続きをしたいんですけどぉ」
 しかし私が声をかけると彼は鬼の形相ですっ飛んできた。
「メル!? お、お前っ、試合見に来る余裕があるならどうして転職なんかしたんだよ! この忙しい時期に辞めやがって! それもよりによってみへんもがっ」
 カウンターに身を乗り出すようにして彼の頬っぺたをぐぐっと掴む。
 それ以上しゃべったら潰すという意思を籠めて。
「選手の登録手続きをしたいんですけど。用紙の場所は分かりますよね?」
 私の笑顔がよっぽど素敵だったのか、元同僚は高速で何度も頷くとすぐに用紙を取りに行ってくれた。

「転職……?」
「はいワッカ、用紙が来たよ。ここに名前書いて、こっちはティーダの名前とポジション」
 ワッカは書類に向き合いつつもチラチラと私に疑いの視線を寄越してくる。
 くっ、しつこい!
「どこに転職するって?」
「誰かいい人のところに永久就職っていうか、花嫁修行でもしようかなーっと」
「……」
「……」
 なんでそこで二人して黙り込むのかな。むかつく。

 登録が完了し、これでティーダも正式なオーラカのメンバーになった。
 でも今回のトーナメントが終わったらどうするんだろう?
 もし彼もユウナのガードになるなら、また一人足りなくなってしまう。……まあ、後で考えたらいいか。
「まったく、シーズン開始直前にいきなり辞めるし、試合開始当日のギリギリに選手登録なんかするし、ほんと迷惑だよな……」
 ぼそぼそと愚痴が聞こえたので元同僚にアルカイックスマイルをお見舞いする。
「そんなに仕事が嫌なら君も辞めさせてあげようか?」
「いっ、イエ、スミマセン……ナンデモナイデス……」
「おいメル、スタッフを脅すなよ」
 脅してないもん、労ってあげたんだもん。

 あとはトーナメントの抽選だ。
 くじ引きだからどうしようもないけど、本気で優勝を狙うならここはかなり重要になる。
「な、なあ、どこなら勝てると思う? やっぱ一勝でも狙うならグアド・グローリーとアルベド・サイクス辺りか? どっちにしろルカ・ゴワーズとは絶対当たるんだよなぁ……」
 このタイミングでワッカが弱気になるのもいつも通り。
 宥めてもすかしても叱り飛ばしても、なるようにしかならないんだけどね。

「あー、ワッカ? これ見て」
 中指と人差し指を重ねて、フィンガーズクロスでガッチガチに緊張してるワッカの右手に触れる。
「幸運がここに留まるようにっていう、おまじない」
 エボン教のじゃないけど、異世界のジンクスくらいは許してくれるよね。
「いってらっしゃい!」
「お、おう」
 いいのを引いてきてね。

 メンバーは控え室で待っている。私は抽選の模様をちょっと離れたところから見守っていた。
 あ、ワッカがくじを引いた。顔がヤバイ。何だろう、とんでもなくキツい対戦が組まれちゃったとか?
 一回戦でルカ・ゴワーズ、二回戦でロンゾ・ファング、三回戦でキーリカ・ビースト、なんて。
 ……わ、私のジンクスがまずかったかな? やっぱりエボンのおまじないにすればよかった。
 ワッカは、なんだか呆然としたままフラフラと戻ってきた。
「どうだった?」
「ひ、控え室、行くぞ……」
「ええっ、何なの? どうなったのー!」

 控え室にはティーダも合流していた。ルールーたちは客席に行ってるんだろうか?
 とりあえず、ワッカにトーナメントの抽選結果を発表してもらう。
「初戦の相手はアルベド・サイクス。その後は……決勝だ!」
「シード権とったの!?」
「おう。つまり、二回勝てば俺たちの優勝だ!」
 二回……二十三年連続初戦敗退のオーラカにはそれでも厳しいけれど、たった二回の勝利でそこに届く。
 優勝って言葉が急に現実味を帯びてきて、メンバーは沸き立った。

 基本ルールの復習にストレッチ、入念なミーティング。
 もうあと少しで試合が始まってしまうので、できる練習も僅かだ。
 動き回れなくてティーダが退屈し始めていたところへ、ちょうどユウナが駆け込んできた。
「ねえ、カフェでアーロンさんを見た人がいるって!」
「えっ!?」
「会いに行こう!」
 はしゃいで腕を引くユウナに戸惑いながらティーダが立ち上がる。
 アーロンさんって、あのアーロン様? まさか、ティーダをシンのところへ連れて行ったのも同一人物?

 期待のエースが試合直前に控え室を出ようとするので、ワッカを始めメンバーらが大慌てだ。
「おいおいおいおいおい! し、試合開始は、すぐだ。はっ、早く戻ってきてくれよ?」
「任せとけよ」
「う、うっす」
 声すっごい裏返ってる。
「あー、ワッカ? 固い。顔怖いよ、固い。リラックスリラックス! そうそう、そ〜ゆう感じ」
 馬鹿みたいな寸劇にユウナが噴き出して、メンバーの緊張も少しだけ解れたようだ。
「はぐれないように気をつけてね〜」
「はーい!」
「行ってくるッス!」
 うんうん、若いっていいよね。

 なんつって、和やかに見送ったものの。
「遅ーーい!」
 何やってんだ、あの二人。もう出て行ってから三十分以上経ってるのに戻らない。
「ど、ど、ど、どうすんだ? 試合が始まっちゃうぜ」
「おっ、落ち着け! 最悪の場合でも、この六人でなんとか……」
 みんなパニックで、ワッカはずっと固まっている。
 期待を寄せるのはいいけどティーダに頼りすぎるのは良くないぞ。

 と、足音が廊下を駆けてくる。ティーダが帰ってきたかと思ったら、飛び込んできたのはルールーだった。
「ワッカ!」
 珍しく慌てた様子で紙切れを差し出してくる。
「これ、アルベド・サイクスから……」
 なになに、「召喚士ユウナを攫った。返してほしければ一回戦で敗けろ」とな?
「はああああ!?」
 なんじゃそりゃという怒りの後には、メンバーの顔に絶望が広がっていく。
 二回勝てば優勝、そんな希望が見えた直後だっただけに……。
「ど、どうするの?」
 さっきまで緊張MAXだったワッカの表情が、ガードのそれに変わっていた。

「もう試合が始まる。考えてる時間はねえ。ルー、頼んだ」
「分かった。メルはここにいて、キマリたちが戻ってくるかもしれないから」
「う、うん」
 私はユウナを探しに行くと言ってルールーは背を向ける。
 ユウナはキマリやティーダと一緒にいたはず。合流すればきっとすぐ助け出せるだろう。

「見つけたら合図をくれ。それまでなんとかして時間を稼ぐ」
 勝たないように、でも敗けないように、反撃の時までじっと耐える。……そんなこと、できるんだろうか。
「なぁーに、こんな卑怯な真似しなきゃ勝てねえようなやつら、大したことないって!」
「確かに……万年最下位のあんたたちに『負けてくれ』なんて、よっぽど切羽詰まってなきゃ言えないよね」
「お、おいルー、もうちょい言葉を選べよ!」

 メンバーの腹が決まると、今度は私が緊張してきた。
 控え室のブザーが鳴る。
「試合開始だ」
 ティーダはいないし、ユウナは攫われてて、勝てるか微妙な相手に全力で当たることもできない。
 でもワッカは私を安心させるように右手をとって笑った。
「心配すんな。幸運はここに留まってんだろ?」




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