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勘違いしないで


 どうして私はワッカの家で正座させられてるんだろう?
 いや、させられてはないけど。「座れ」って言われてつい正座しちゃったんだ。
 ユウナと話していた私を無理やり連れてきたくせに、ワッカはなぜか埃を被った鍋を睨みつけてる。
 盛大にため息を吐いてから、ぼそっと呟いた。

「あのな、俺がキーリカで言ったのはそんなんじゃねえ。ただ船賃ももったいねえし、ビサイドに行って戻る間くらい留守番してたらどうだって聞いただけだ」
 ……言葉の真意は問題じゃないんだよ。
 ずっと一緒に来たのに、船賃がもったいないなんて建前にもならない。
「ガードがどうこうってのは、ほんとの理由じゃない。だってワッカが、私を避けたいみたいだから」
「う!?」
 案の定ワッカの顔が引き攣った。腹立つくらい分かりやすいよね。

 気づけばキノコ岩街道からまともに話してない。ワッカはずっと様子が変だった。
 よくよく考えたら、避けられるようになったのはあの時からだ。
「マカラーニャで酔っ払ったせいでしょ?」
「!! お、お前……おもおも思い出し、た、のか?」
「ううん」
 ほらその反応。薄々そうかなとは思ってたけど、もう間違いない。

 マカラーニャの寒さに耐えられなくて寺院でお酒をもらい、私が酔っ払った時。
 後で聞いたらあれは気付け用のお酒でめちゃくちゃ度数が高かったらしい。
 どこで記憶が飛んじゃったのかも分からないけど、気づくと私はワッカの腕の中で爆睡してた。
 ワッカは「床で寝ただけだ」と言ってたけど、あの時も少し挙動不審だった。
 暴れ出しても止めてくれるって安心してたけど、私きっと……。
 きっと、寝てる間もずっと抱えてないといけないくらい、ものすごい暴れ方をしたんだ。

「今まで私が酔っ払って、練習用のボールを全部割った時も、干してある魚を全部海に返しちゃった時も、木の上から飛び降りてワッカの家を潰した時も、寺院に肥やしを撒き散らかした時も、」
「おう……よく覚えてんな」
「こっぴどく怒られたもん。だけど、すぐ許してくれたし、こんなに避けられたりしなかった……」
「うっ、い、いや、それは」
「説教もできないような、よっぽどのことしたんでしょ? あの口喧しくて口煩いワッカが説教もできないほどのことを」
 自分が何をやってしまったのか、覚えてないのが怖かった。

 そりゃあワッカは口煩い。
 説教し始めたら死ぬほど長いし何度でも同じことを言う。たまに理不尽なことで怒ったりもする。
 だけど、ちゃんと何が悪かったのか教えてくれて、まともに向き合って叱ってくれる。
 そしていつも根底にあるのは私を心配する気持ちだった。
 でも今のワッカは叱ってくれない。ただ私を避けるだけ。

 私が飛空艇を降りると言い出したことに責任を感じてるのか、ワッカは困った顔で頭を掻いた。
「けどよ、船降りてどうすんだ。ビサイドに残るのか?」
 そんなのべつに考えてないけど……。
「ルカに戻る。前に借りてた家はもう他の人が住んでたけど、友達がいつでも部屋貸してくれるって言ってたし」
 ユウナレスカ様と戦って究極召喚がなくなった時に、私が一緒に行く理由もなくなってたんだよね。

 ワッカはどうやら私がルカに行くのが気に入らないみたいでムッとしている。
「友達って……女か?」
 睨まれて、疚しいことなんてないのについ目を逸らしてしまった。
「男かよ」
「い、いいでしょそこは」
「誰だ?」
「……ビクスン」
「お前……あいつと付き合ってんのか」
 ……はあ?

「違うよ! 友達だって言ってるじゃん」
「付き合ってもない男の部屋に住む気かよ」
「そ、そういう話じゃないから!」
 ん? なんか勘違いされてる。ビクスンと一緒に住むなんて言ってないのに。
 ビクスンはルカにいくつか家を持ってて人に貸し出して小遣い稼ぎしてるんだ。
 だから友達価格でそれを借りようかなってだけのこと。
 ゴワーズには有力なスポンサーもついてるのに自分でチームのトレーニング器具買ったりしてる辺り偉いよね、あいつも。
 まあそんなことは今どうでもいいんだけど。

「とにかく、これ以上の迷惑はかけられないから、私もう……」
 もう避けられるのも嫌だし飛空艇を降りたい。そう言おうとした私をワッカが遮る。
「ルカには行かなくていい。妙な態度とっちまったのは……まあ、俺が悪かった」
 って言いつつ、やっぱり顔は横を向いてるし。
「無理しなくていいよ。顔も見たくないようなこと、私がしたんでしょ?」
 今まで散々お酒で失敗してるのに反省もせず寺院で泥酔して。
 あのワッカが説教もできないほどのドン引き行為に及んでしまったなんて、私だって合わせる顔がない。

 私が俯いてたらワッカは私の両肩を掴んで顔をこっちに向けた。
「ほら、見たぞ。もう平気だ。だから気にすんな」
 無理してるくせに、どこが平気なんだよ、ばか。
 話しかければ逃げられる。私が何をやらかしたのか教えてくれない。こんな状況は耐えられない。
「だって、ワッカをこんなに怒らせちゃったことないもん! もう無理!」
「怒ってるわけじゃねえよ!」
 どう見ても怒ってるじゃん!

「じゃあ私あの時なにしたの?」
「う……」
 有耶無耶にして表向きだけ許してもらうのは嫌だ。
 自分が原因なのにそれを知らないまま、ただワッカに我慢させて元通りにはなれない。
「た、大したこっちゃないって」
「だったら教えてよ」
「お前な、本当に聞きたいか? 本っ当に聞きたいのか? よく考えろ!」
「聞かなきゃ謝ることもできないじゃん!」

 根気強く待ってたら、ワッカはものすごく葛藤した末にヤケクソみたいに吐き捨てた。
「……ただけだ」
「え?」
「キスしただけだ!」
 たったの七音がうまく処理できなかった。
 今なんて? キスしただけ。キスしただけ? 私が? ワッカに? キス……した……?
「なっ、大したことじゃないだろ。そうだ。ガキん時だってよくしてたしな。あれとなんにも変わらな、」
 顔面が爆発したような気がする。ワッカは私の顔を見て、呆然としていた。

 予想外すぎた。予想外に最低だった。
「ううぅう」
「おい……」
「うぅう〜〜、なんにも、覚えてない〜〜!」
「だから……もういいだろ。べつに悪いことしたわけでもないし、お前も覚えてないんだし」
 充分すぎるくらい悪いことだ。ワッカが怒って私を避けるのも当然だ。
 付き合ってもない人に酔っ払って無理やりキスして、しかもキレイさっぱり忘れてるなんて。
 ……変質者じゃん!

 そんでもって何より私の心を抉ったのは……。
「初めてだったのに〜〜!!」
 っていう事実だった。前世の記憶があまりにも灰色だったから今生に懸けてたら、この仕打ち。
「そりゃ悪かった……ってなんで俺が謝らなくちゃいけねーんだ」
 酔って正体をなくしてる時に、よりによってワッカにキスするなんてそれは間違いなく潜在的な願望だ。
 酔った私の近くに無防備でいたワッカが悪いなんて酷い思考まで浮かんでくる。
「私のファーストキス返せーーー!」
 ほんと最低な八つ当たりだけど、何にも覚えてないのが悔しくて泣きそう。

 せめて意識がはっきりしてる時に自分の意思でやったなら、避けられても怒られても仕方ないと思える。
 その時のことを少しも思い出せないから謝ることもできなくて混乱していた。
 そんな私にもういい加減にしろって感じのワッカの顔が近づいてきて、顎を掴まれて、なんか……近っ?
「……!?」
「ほら、返したぞ。半分もないけどな」
 いまのやわらかいかんしょくはなんだ?

 半分……半分もないって? く、唇が触るのが半分もないなら、倍にすると何になるの!?
 ていうか返してって余計に奪われた気がするんだけど。
「ワッカは私にキスなんかしちゃ駄目」
「あぁ!? ……だ、だから、先にやったのはお前だっての」
「ワッカだけは絶対に駄目!」
「……」
 酔って暴挙に及んだのは絶対に私が悪い、分かってる。でもそれは私にとってすごく重大なことなんだ。
 たかが妹代わりだからって、そんな簡単にキスなんかしないでよ。

「とにかく、ちゃんと何があったかも言ったんだ。船を降りるなんて話もなしだな」
「付き合ってない人の部屋に住むのが駄目なら私ビクスンと付き合うからいいよ」
「……何だって? 聞こえなかった」
 過去最高に怖い顔で睨まれて、思わず身を竦めた。
 でも、好きだって想ったまま打ち明けもせず心に秘めてたからこんなことになったんだと思う。

「わた、私、ビクスンと付き合う。考えてみたら顔もそれなりに好きなタイプだし、ちょっと性格悪いけど女の子には優しいし、ブリッツやってる時はかっこいいし」
 いつまでも中途半端なことやってた私が悪い。さっさと諦めて早くこうしてればよかった。
「ま、まあ、あいつモテるから、フラれるかもしんないけど……でも他にも宛はあるし」
 なのにワッカは、さっきまでが嘘みたいにまっすぐ私の目を見つめてこう言った。

「駄目だ」
「だ、駄目って」
「俺は許さねえからな」
「私が誰と付き合おうとワッカには関係ないでしょ!」
 妹なら妹でいいんだよ。だけどその立場を確定しないとまた勘違いして悲しい思いをする。
「……関係ある」
「ないよ! 昔ならともかく……私だってもう子供じゃないんだから」
 ちゃんと諦めないといけない頃だ。

 酔ってキスして避けられて、それだけでもういい機会なのにワッカは更なる爆弾を落とした。
「お前は俺が好きなんだろーが」
「なっ、な、なに、いっ、てん、の!?」
「キスした後に言ってたぜ。『えへへ、ワッカ大好きぃ』って」
 私そんなことまで言ったの!?
「真似しないでよキモい! てかそれはその、あれだ……妹的な意味でのやつじゃないかな?」
「じゃあなんで顔真っ赤なんだよ」
「変なこと言うから恥ずかしくなっただけだもん」
 キスしただけじゃなくてそこまで言ったとか、ああ……もう駄目だ。

 妹でしかない私が、兄だと思ってるワッカに、大好きとか言ってあれの二倍なコトしていいはずがない。
 もう妹だなんて言い訳はできない。きっちりフラれる選択肢しかないんだ。覚悟を決めなきゃ。
「お前がどう思ってようと、俺はお前が好きだ。だから俺以外の男の部屋なんかに行くな」
 そう、ワッカは私が好きだから他の……うん? なんですと?

 ちょっと頭がフリーズしてた。今日は新情報が多すぎる。
 ワッカが私を好きって? ああ、はいはい弟亡くしたのに妹までって話ね。
「それはそういうあれじゃないよ」
「そういうあれってどれだよ?」
「妹みたいなものなんでしょ」
 だってワッカ、私がどんなに好きだとかお嫁さんになりたいとか言ってもスルーしてたじゃない。
 そこにあるのは恋ではなかった。だからチャップが死んだ時に私は妹になったんだ。

 ワッカはなぜかガックリと肩を落として、心底から困ったように呟いた。
「あのなぁ、妹みたいなもんに、うっかり襲いかかりそうになって必死で堪えたりすると思うか」
「へあっ?」
「こないだの葛藤をまたやれってのか? 頼むから、あんまり惑わせんなよ」
「……だ、だから、惑わせないように、船を降りるって、言ってるのに」
 兄代わり妹代わり、一緒にいられるならそれで満足。今さら変わるのは……怖いんだ。

「じゃあ、惑わせてもいい。だからそんなこと言うな」
 そっちこそ、惑わせていいとか意味分かんないこと言って惑わせないで。
「一緒にいろよメル。好きなんだ」
 兄だろうが妹だろうが、私はワッカが好きだから、それでいいはずだったのに。
 それ以上なんて望むべくもないのに。
「……ど、どうしてこうなった」
「知るか、そんなこと」
 望めないって諦めてたけど、本当はずっと、それを望んでたのに……。
 一人でいきなり変わんないでよ。準備してた心がひとつも間に合ってない。もう、勘違いはさせないで。




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