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相変わらずの君


 明日は開幕トーナメント。いよいよ今年もブリッツシーズンの到来だ。
 ルカの町は心なしか明日への期待で浮き足立っていて、静かだけれどそわそわしている。
 そんな時にワッカは私の働くカフェに初めてやって来た。

 ……淋しくなったらシーズン外でも来て、って言っといたのに、結局一度も来なかった。
 働くって言い出した時はあんなに怒ったくせにさ。
 私がビサイドから出て行っても淋しくなかったっていうの?
 こっちは朝起きるたびに「あー、今日も会えないのか」ってへこんでたのに……。
 ブリッツの試合っていう大事な用でもない限り、私に会うためだけにルカには来ないってことだ。
 なんかすごくムカつく。

 自然と接客態度も悪くなる。べつにいいよね、ちゃんとしたお客さんじゃなくてワッカだし。
「らっしゃいませー」
「……んだよ、そのなげやりな態度は」
「べつにー!」
 ワッカが今まで来なかったからって拗ねてるんじゃないです。
 でも立派に働いてるところを見せるって宣言した手前、まずかったかな。
 そんな不真面目な態度なら仕事なんかやめちまえ、って言われるかもしれない。

 慌てて取り繕って営業スマイルを見せたら、思いきり顔を背けられた。
 失礼だなぁ、もう!

「しっかし本当に流行ってねえな」
「さすがに明日からはもうちょいマシだよ」
 ルカの人たちは明日に備えて鋭気を養ってるんだ。べつにうちの店が致命的に不人気なわけじゃない。
 今日は一人もお客さんがいない。店長もいない。店を開けたものの来客があるなんて思ってもみなかった。
 それでも明日になれば少しは賑わう予定……賑わうはず、という希望。
 表通りの人気カフェほどじゃないけど、一応ここにも中継モニターがあるからね。
 流行りの店から溢れた人たちはこういう静かなカフェで試合を楽しむんだ。

 貸しきり状態の店内で、ワッカは私をじっと見つめている。というか、睨みつけてるって方が正しいかな。
「なにその目は」
「……」
 ちょっと待ってよ、どこ見てんの。
「その服はどうしても着なきゃなんねえのか?」
「そりゃそうでしょ、制服なんだから」
「……」
「なんか文句ある!?」
「なんも言ってねえだろ」
 全然似合わねえなって顔に書いてあるんですけど。

 ビサイドではずっとズボンだったから始めはスカートに困惑してた。
 前世の影響なのか、なんとなく抵抗があったんだよね。
 でも何日か穿いてるうちに慣れてきたし、たまにお客さんに似合ってるって誉められると嬉しい。
 せっかくルカで暮らすようになったんだから、おしゃれに目を向けてみようかと思ってたところだ。
 ただまあ、中身の野暮ったさはどうしようもなくて服に着られてるみたいなのは自分でも分かってる。
 ……そのうち着こなせるようになるんだよ!

 ワッカは相変わらず私が独り立ちするのが不満らしくて、むっつり押し黙って目を合わせないようにしてる。
 働いて一人暮らしでもすれば大人として認めてくれるんじゃないかと思ったけど、まだ先は長そうだ。
 いつまでも手のかかる子供扱いは終わらない。
 ……早く一人前になって対等なんだって認めさせないと恋人候補になんか見てもらえない。
 チャップだってさっさとワッカに結婚してもらって自分もルールーにプロポーズしたいはずだ。
 そのためにも、私が頑張らないと。

 今のお給料は節約して生活費をやっと賄える程度だ。
 足が出ないだけマシではあるけれど、このままじゃなんともならない。
「この店は近いうちに辞めちゃう予定だけどね」
「そうなのか?」
 若干ながら機嫌を回復してワッカが振り向いた。た、単純……。
「だって私がカフェに勤めても仕方ないじゃん」
「なるほど、そりゃ尤もだ」
 そこですんなり納得されるのも嬉しくない。どうせ調理関係の仕事はできませんよ!

「じゃあ、そのうちビサイドに帰ってくんのか?」
「違うよ。ブリッツ関係の仕事がしたいって言ったでしょ。私はスタジアムで働くの!」
 独り立ちしたての私を雇ってくれた感謝はあっても、一生をこの店に捧げるつもりはない。
 ていうか、おっさんが趣味でやってるカフェに一生を捧げてる暇はない。
 流行らないカフェでも穴場好きのアンバスみたいにブリッツ選手がたまに来るという利点がある。
 そこを利用しようかと思ってる。この店に就職したのは伝手を得るためだ。
 私の目的地はルカの外れじゃない、ブリッツの中心地なんだ。

「やっぱ目指すはフロント係だよね。選手と関わることも多いし、ゴワーズへの差し入れに毒でも盛ればオーラカを有利に……」
「いらねーよ! むしろチームが解散させられんだろーが!」
 まあそれは冗談としても、だ。
 選手になれないのなら他のところからオーラカを、ワッカをサポートしたい。
 ずっとそう考えていた。

 フロント係はスタジアムの顔だ。選手とも、お客さんとも、大会スタッフとも関わりが深い。
 そこで有名になれば多方面でブリッツに貢献できるんだ。
 ちょっと前に結婚して辞めちゃったけど、美人で評判のフロント係のお姉さんがいた。
 彼女は珍しいことにグアド・グローリーを贔屓にしてた。
 その影響力は絶大で、これまで影の薄かったグアド・グローリーにファンクラブまでできたんだ。
 最近ジスカル老師の御子息が表舞台に出てきたのも手伝って、地味ながら今も一定の人気は保たれている。

 私も彼女のようなフロント係になりたい。
 シーズン開幕の日、ルカにやってきた人が最初に見る顔になりたい。
 そして皆にオーラカをアピールするんだ。
 あのメルが贔屓にしてるビサイド・オーラカってどんなチームだろう、と。
 自分も応援してみようかな、と思ってほしい。
 そんな流れを起こして、ゆくゆくはスポンサーを捕まえる。
 という壮大な野望を、ずっと抱いているのです。

「メルに勤まるとも思えねえけどなぁ」
 しみじみと呟くワッカにムッとしつつ、自分でもそこまで自信過剰にはなれないので少し不安になる。
「……私ってそんなに駄目?」
 そりゃ確かにあのお姉さんみたいに人目を惹く美人じゃないし、まったく同じようにはできないだろうけれど。
 長いこと一緒にいたワッカに「無理だ」と思われてるとしたら、ちょっと悲しい。
 でもワッカは慌てて「そうじゃない」と言ってくれた。

「お前が駄目とかそんな意味じゃねえよ。メルは誰にでも好かれるし、器用だし、まあ……大丈夫だろ。何だってできると思うぜ」
「そ、そうかな」
 誉められたら誉められたでなんか恥ずかしいな……。
「カフェの店員だろうがスタジアムのフロント係だろうがメルならこなせると思ってる。でもそれとこれとは別だ。俺はなぁ、お前が外で働くのに反対なんだよ」
 できないと思ってるんじゃなく、できると分かってるから嫌なんだとワッカは言った。
「何でもできるんなら、ビサイドで働きゃいいじゃねえかよ……」
 でも、ビサイドで働いたって助けになれないんだもん。

 心配だから島の外に出したがらないだけで私のことはそれなりに認めてくれている。
 そんな本音が垣間見えて、嬉しいというよりなんだか照れくさかった。
「ところで、何も食べないの?」
 恥ずかしさを隠してそう聞いたら、ワッカはあからさまに目を逸らす。
「腹減ってない」
「私は厨房立ち入り禁止だし、今あるのは店長の作り置きだから大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ一番安いやつくれ」
「……正直者だね、ワッカ!」

 特に安くもなく食事がおいしいわけでもないけれど、コーヒーは最高、とアンバスが前に言ってた。
 でも店長いないから私はその最高のコーヒーを淹れてあげられない。
 仕方なく、作り置きのサンドウィッチとジュースを持って席に戻る。
「……フロントならカウンター越しだからカフェよりゃマシか? けどスタジアムなんか人が多いし妙なやつに絡まれたら……」
「何言ってるの?」
 一人でぶつくさ言ってたワッカの前に食事を並べる。

 相変わらず他にお客さんが来る気配はなくて、店員である私としても「今日お休みだっけ?」と疑いたくなるほど暇だ。
 でも、二人きりなのでそれは嬉しい。
「へへへ〜」
「なんだよ、気持ち悪ぃな」
 サンドウィッチを頬張りながらワッカは不審そうにしている。
「久しぶりに会っていっぱい話したから嬉しい」
 ルカでの暮らしは楽しいし、目標に向かって頑張るのも苦にはならない。
 でも、ビサイドが恋しくなるのも確かだ。

「帰ってくれば毎日会えんだろうが」
「ワッカが遊びに来てくれればいいでしょ」
「用もないのに何度も来られるかよ」
 まあ、そんなにしょっちゅう往復できるお金もないもんね。
 本音を言えば私に会うこと自体を大事な用にしてほしいんだけど。
「せめてシーズンの時はご贔屓にね、キャプテン」
「安くなるんならな」
「この店にそんな余裕あると思う?」
「……確かに」

 ビサイドにいれば毎日好きなだけ一緒にいられる。でもそのままじゃ、何も変えられないんだ。
 だから私はここで私なりに頑張っていく。
 ブリッツボールを盛り上げてビサイド・オーラカを支える。
 そうやってワッカがずっと、ブリッツのことだけ考えていられるように。
 それが私のささやかな野望だった。




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