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この身は永遠ならずとも


 究極召喚などなくてもシンを倒せるとシーモアは言っていた。
 鍵を握っているのはエボン=ジュだと祈り子様も言っていた。
 所詮シンは高密度の幻光虫を実体化して作り上げられた鎧に過ぎない。
 要するに究極召喚獣並みのパワーがあればその鎧を引き剥がすことは可能なんだ。

 しかしながら、ひとつ大きな問題がある。
 正しい方法……究極召喚を使ってシンに致命傷を負わせれば、力を使い果たした召喚士は死ぬ。
 そうして無防備になった召喚獣にエボン=ジュが乗り移り、新たなシンを形成する。
 我々の知るナギ節とはシンが傷を癒して生まれ変わる休息期間に過ぎなかったわけだが……。
 究極召喚を使わずに傷つけた場合、憑依対象がいないのでエボン=ジュはジェクトさんの中から出てこない。
 エボン=ジュを引きずり出せなければシンは再生を続けるため、どんなに傷つけても倒す隙がないというわけだ。

 飛空艇による砲撃とユウナたちの応戦で両腕をなくし、シンは夕暮れのベベルに墜落した。
 幸いにも市街地ではなく聖堂方面だったので、大した被害は出ていないだろう。
 だがシンの周囲には無数の幻光虫が舞っており、両腕もすぐに再生された。
 ……飛空艇の主砲は故障中だ。
「復活、するかな?」
「たぶんな」
 ユウナとティーダが苦々しげにシンを見つめる。
 究極召喚なしでシンを倒すことは可能だ。しかし、現実的にそれだけのパワーを用意するのはほとんど不可能だった。

 シンは鎧に過ぎない、それは事実だが、自動修復機能のついた頑強な鎧なんだ。厄介だな。
 進まない飛空艇の修復作業に苛立ちながら、シドが怒鳴る。
「おい、俺たちゃどうすりゃいい。もうできることはねえぞ!」
 シンの体に風穴を開けてエボン=ジュを引きずり出す予定だったが、それは叶わなかった。
「どうもこうもないだろ。正面から行く!」
 あとはもう、船ごと中に入ってしまうしかないな。あれの中がどうなっているのかなど知る由もないけれど。
 エボン=ジュの座所に通じていると信じるしかない。

 再び甲板に出たところで、眼下のベベルが目に入る。
「コケラが……!」
 シンは依然としてベベル宮に縋るようにして傷を癒している。
 その周辺に無数のコケラが蠢いていた。
「お、おい、あれまずくねえか!?」
「今のベベルに町を守るだけの力はないわ!」
 四老師も全員いなくなった。指揮系統もめちゃくちゃな僧兵を誰がまとめきれるのか。
 それ以前に、仮にマイカ様がいたところで町のすべてを守りきれるのか。
「エボン=ジュと戦ってる間、コケラは湧き続けるうえにシンもすぐ復活してしまう……」

 迷っている時間はない。
「お互い、やるべきことをやるしかないな」
「私は大丈夫。すぐに終わらせるから……カルマ、お願い」
 召喚士がシンと戦うのを見届けるのが私の使命。エボン=ジュに挑む彼女を守るのは、ガードの役目だ。
 彼女が心配だからとくっついて行くくらいなら、最初から私もビサイドに残っていた。
「頼りにしてるぞ、ユウナ」

 バハムートを召喚する。
 飛空艇がシンの内部に突入し、エボン=ジュとの戦いが始まれば祈り子様には頼れなくなる。
 もうじき……夢は終わろうとしている。
「……アーロンさん」
 別れは十年前に済んでいた。しかし、こうして目の前にいると離れ難い。
 彼は私の肩を叩いて苦笑した。
「行ってこい」
 あと五十年もすればきっと私も後を追う。……今度は異界で会いましょう。

 バハムートに乗り込む前に、油断して私を見ていたティーダを思い切り抱きしめた。
「ぶわっ、なんで俺ッスか!?」
「手近にいたからだ。ユウナを頼むぞ、エース君」
「……お、おう。任せとけって!」
 終わったら君は消えてしまう。なのに笑っていてくれてありがとう。
 本来ならば、こんなことを押しつけられる筋合いなどないのに。
 勝手に生み出され勝手に消滅させられ、なのにスピラを想ってくれて……。
 いや、消えさせはしない。彼もまたスピラの住民だ。
「……また会おう」

 バハムートに乗り込み、飛空艇の甲板から飛び出した。
 ユウナたちはすぐに私から目を逸らし、シンと向き合う。私も彼らに背を向けてベベルの町を見据えた。
 轟音が響く。シンの内部に突入するため攻撃を始めたのだろう。
 私も気合いを入れないと。

 聖ベベル宮にシンが墜落し、コケラが町のいたるところに出没する緊急事態。
 町は控え目に言っても大混乱の真っ只中だった。
 秩序だって動いている僧兵の中心に見知った顔を見つける。
「イサール!」
「カルマ……よかった、北側の手が足りないんだ! 加勢してくれ!」
「分かった!」
 示されるがまま町の北門へと向かう。確かに兵の姿が他より少ない。市街地を優先したのか。
 こっちはナギ平原に向かう道だ、一般の住宅はないからな。

 北門近くにも見知った顔を見つけた。
 マローダ……ガードが召喚士のもとを離れて戦うとは、本当に深刻な人手不足だな。
 バハムートの咆哮で何体かのコケラを吹き飛ばしながら着地する。
 ちょっと壁が崩れたけれど、コケラがやったことにしよう。
「よお、カルマか! やっぱ召喚獣がいると助かるぜ」
「残念だがそろそろ使えなくなる」
 言うなりバハムートは幻光虫となって消え散った。
 振り向けば飛空艇の姿もなくなっている。いつの間にかシンの中に入ったようだ。

 私が槍を振るって戦い始めるとマローダは「魔法は?」と聞いてきた。無視しよう。
「兄貴も祈り子様と繋がらないってよ。どうなってんだ?」
「今頃はイサールも祈り子様から聞いていると思う。シンはいなくなる。もう二度と甦らない。そうなれば、召喚獣も呼べなくなるんだ」

 シンは召喚の秘術から生まれた。
 祈り子が夢を見る限り、その召喚獣に乗り移ってエボン=ジュもまた夢を紡ぎ続ける。
 今頃シンの中では……ユウナが召喚獣を呼び出し、彼らに取り憑いたエボン=ジュと戦っているはずだ。
「よく分かんねーけど、シンが二度と甦らないってのはいいな。こいつらの顔も見納めか!」
 コケラが消滅し、幻光虫が舞い上がる。
 すべての祈り子が眠りについたあと、ようやく螺旋の終着点に辿り着ける。

『カルマ……』
 フードを目深に被っているから表情はよく分からない。
 けれど、彼は確かに微笑んでいるようだった。
 見た目は十を過ぎたか過ぎないかの幼い少年、でも彼は、本当は千年もの長きに渡ってスピラを見守ってくれていた。
 聖ベベル宮の祈り子様……、今までずっと、ありがとう。
「おやすみなさい。どうか、安らかに」

 コケラはあらかた片づいただろうか。そう思って周囲を見渡し異変に気づく。
 シンがそこにいる限りコケラは湧き続けるはずだ。もしやエボン=ジュを倒したのではと空を見上げる。
 ……違う。再生が終わったんだ。シンが飛び立とうとしている。
 そして私の隣に見覚えのある人影が現れた。
「ジェクトさん!?」
 彼は私の顔から足の爪先までをじっくり眺め、困ったように頭を掻いた。
『カルマ……あん時のチビだよなぁ。こんなデカかったっけか?』
「十年前の時点でもチビではなかったんですが、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」
 こんなところで何をやってるんだと問えば、彼は『悪ぃな。ちっと手伝ってくれや』と私の腕を引いた。

 コケラの攻勢がおさまったのでマローダは兵を率いて兄のもとに戻っていった。
 私はジェクトさんに連れられ門の近くのチョコボ屋に向かう。
 レンタルチョコボ屋には店員がいなかった。それはそうだろう、住民は避難しているんだ。
 幸いと言ってはなんだが不安そうな顔をしたチョコボたちは取り残されている。
「すみません。覚えてたら後で料金を持ってきます」
『覚えてたら、かよ』
「たぶん忘れます」
 比較的頑丈そうな者を選び、その背中に飛び乗った。

 って、私は何をやってるんだ? というかジェクトさんが何をやっているんだ!
 祈り子様と交信できないということは、彼も既にエボン=ジュの呪縛から解き放たれているはず。
「し、死人になっちゃったんですか?」
 どいつもこいつも未練がましく留まりすぎだ。……また会えたのは本当に嬉しいけれども!
『あー、町にいるわけにもいかねえだろ。ザナルカンドに行こうと思ったんだが、もう自分で移動もできねえんだ』
 背後からは繋がりが消えゆく祈り子を追うようにシンがついてくる。
 正直ものすごく怖いし、チョコボも怯えながら全力疾走している。

『シンはナギ平原で倒れるもんなんだろ。ま、ちょっくら頼むわ』
 気軽になんて頼み事をしてくれるんだ、この人は。チョコボに乗ってシンに追われる身にもなってほしい。
「……でも、まあ、なんとかしてみますよ」
 シンは高密度の幻光体だ。異界送りの要領で導いてやれば多少は誘導できるだろう。できるといいなぁ。
 ユウナ、早くエボン=ジュを倒してくれ。

 兵器を用いて対峙しているわけではないからか、シンも飛空艇に向けたあの重力波を放つ気配はない。
 しかし毒気とコケラは健在だ。死と破壊をばら蒔きながら平原に辿り着く。
 ちょうどブラスカさんが戦ったあの突端に立ち巨体を見上げる。
 ナギ平原の真ん中で、シンは断末魔の咆哮を放った。

『異界ってのはよ、俺たちも行けんのかねえ』
「行けますよ」
『おぉ、自信満々だな』
 ジェクトさんはシンになったのが……幸いしたとは言いたくないが、彼の魂は既にスピラの螺旋に取り込まれている。
 留めおかれた祈り子としての命が尽きれば、おそらく死者と同じように導くことができる。
『……うちのガキも、送れんのか?』
「やろうと思えば大体のことはやれるものです」

 千年前に滅びた都市の夢。
 夢見る者がいなくなれば仮初めの肉体は幻光虫に還り、彼らは消える。
 だが、そんなのは私たちだって同じじゃないか。
 この身は永遠ならずとも、生きてゆく人の想いが死者の存在を明日へと繋いでゆくんだ。

 無数の幻光虫が行き場を失ったようにシンの周りを飛び交っている。
 その像さえもやがて薄れ、消えて失せる。
 シンの残骸から飛び出してきたのは空飛ぶ船だった。
「あなたたちを生み出したのは、この大地に満ちた幻光虫と、スピラに生きた人々の想いだ。行き先は同じだと信じています」
『そうか。異界送り専門の召喚士サマが言うんだ。……俺も信じてみるぜ』

 錫杖代わりの槍を手に異界送りを舞う。
 彼は幻光虫となって空へと昇り、終わりを告げた大きな夢と共に遠ざかっていった。
 ブラスカさんの眠る場所へ。
 いつか私も訪ねるところへ。
「行ってらっしゃい……」
 肉体は風に溶けて消え失せるかもしれないけれど、魂はいずれ同じ場所に旅立つだろう。




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