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さよなら、愛せなかった人


 召喚獣を維持しながら祈り子様に声を届けるのは至難の業だな。
 二つのことに集中しなければいけない。
 ただでさえ召喚の才能がない私は、祈っても祈ってもシーモアの傷を癒せなかった。
 というかよく考えたら彼が自分で回復した方がいいのではと思い、そう告げる。
「……カルマ殿が癒してくださるのではないのですか」
「甘ったれるな。ガードなら召喚士を守らなければいけない立場だろう。自分の傷は自分で癒せ」
 彼が白魔法を唱えると、瞬く間に傷は完治する。嫌味なほど魔力が高いな。

 雪の吹き荒ぶガガゼトを飛び続ける。
「なあ、どうしてユウナだったんだ? 彼女がヒトとアルベドの混血児だったからか?」
 しばらく黙り込んでいたが、やがて観念したのか彼は口を開いた。
「……ヒトとロンゾの青年に慈しまれ、守られながら、心より安らいだ笑みを浮かべていた」
 なんだそれは、もしかしたらキノコ岩街道でのことか?
「しばらくして振り返ると……彼女はロンゾの背におぶさって、眠っていた」
 思い出したのか、それとも本当は覚えていたのか。
「あの少女がユウナ殿だったのでしょう?」

 シーモアと同じく迫害を受ける似た立場でありながら、ユウナは幸いにも愛を知っている。
 幼い頃に母を亡くしたものの、父親の愛情をたっぷりもらって育った。
 ブラスカさんも彼女を置いて逝ってしまったが……それでもビサイド村はユウナに優しく、暖かかった。
 一方でシーモアには迫害の傷の他に何もなかった。
 心を寄り添わせた唯一の存在でさえ、幼い彼を連れて死に救済を求めたんだ。
 己がいなくなった後、一人遺される子供のことを憂えたのだろうとは思う。
 しかし……シーモアに死の眠りでしか救われないという想いを植えつけたのは、他ならぬ彼の母君だった。

「愛されるユウナが羨ましかったのか?」
「さて、どうなのでしょうね……」
 あるいは、彼女に自分と同じところまで落ちてほしくてアルベド族を殺したのだろうか……。
 ユウナと絆を結ぶことを望みながら、彼女が死んでも構わないと嘯く。
 相反する想いが彼に執着をもたらした。
 同じ痛みを知るユウナに愛されたくて、彼の知らない愛を知るユウナが憎かったのか。

 十年前。私とキマリがユウナを救うために旅をしていた時、シーモアとすれ違った。
 彼はユウナを見ていたんだ。
 自分に欠けたものを彼女が持っていると、ずっと知っていたんだ。

 麓が見えてきた。急に降りると気分が悪くなるから少しスピードを緩めよう。
 私がバハムートを維持している限りユウナはヴァルファーレの他に飛ぶ手段がない。
 どちらにせよあの人数は足枷になる。ヴァルファーレに全員は乗れないからな。
 少しくらいゆっくりしても、追いつかれることはないだろう。

 遠くにザナルカンドの地が見える。シーモアはそれを見据えて吐き捨てるように言った。
「究極召喚の祈り子が新たなシンとなる。それを私に教えたのは父だった。あの男は知っていたんだ」
「……酷な話だな。それなのに父親を殺したのか?」
「いけませんか」
「いや。偉いなと思って。ムカつく男に安息を与えてやったんだろう」
「はっ……随分な皮肉ですね」
 でもそうじゃないか。ジスカル=グアドが妻の行動に気づいていたのなら……、止めるべきだった。
 愛していたのなら、せめて止めようとするべきだったんだ。

 ブラスカさんはユウナが暖かく静かなビサイドで暮らすことを望んだ。
 シーモアの父親は己の子を守りきれずうら寂しい廃墟へ追いやった。
 ユウナが召喚士になると言えば彼女を愛する者が必死で止める。
 シーモアが母に連れられて死のうとしている時、ただ一人それを知っていた父は止めなかった。
 何が彼らを隔てたのか、私には分からない。
「あなただってユウナと同じだ。慈しまれ、守られ、愛されなくてはいけなかった。いっそ憎めばいい。理不尽に傷つけられたあなたにはその権利がある」

 振り返ってみると山頂近くの岩肌に妙なものが見える。あれは何だろう。
「老師となり、エボンの高みで私が知った真実をお話ししましょうか」
「ああ、シンの生まれた秘密か?」
「シンはただの鎧に過ぎない。螺旋を作り出しているのは中にいるエボン=ジュです」
「……それは何者だ?」
「千年前の、ザナルカンドの召喚士。機械戦争でベベルに敗れ、絶望した彼は町中の人間を集めて“夢”を召喚したのです。終わらぬ栄光……眠らない街、ザナルカンドを」
 よくよく見れば岩肌に刻まれていたのは、おびただしい数の祈り子の群像だった。

 なくした故郷を召喚する。途方もない話、壮大な夢物語だ。
 しかしエボン=ジュとやらはそれをやってのけ、その夢を守るためにシンを作り出している。
 祈り子の見る夢の街がザナルカンドの正体。ジェクトさんはそこから来た。
 スピラを守るために故郷を諦め命を捧げてくれた人が、今は夢の故郷を守るためにスピラを破壊している。
 ……酷い……話だな……。

 あの群像を通じてエボン=ジュはザナルカンドを召喚している。シンはエボン=ジュを守る鎧。
「永遠の夢を維持するためにエボン=ジュはシンを身に纏い、破壊をもたらす。夢見る者がいる限り、シンは必ず甦る。それがスピラを取り巻く螺旋の真実……」
 聞いてみれば、至極単純な真実だった。
「じゃあ、そいつを倒せばシンは蘇らないんじゃないか」
 私がそう言うと、シーモアは微かに笑った。

「もしエボン=ジュに手が届くならば、究極召喚などなくてもシンを倒せるでしょう。しかしシンを倒したところで、スピラから悲しみが消えることはない」
「……そうだな」
 彼を傷つけたのはシンではなかった。シンがいなくなったところで彼の苦痛は終わらない。
 生きること自体が苦しみなんだ。ならば死に救いを求めるしかない。

「生きてゆく希望ではなく、あなたはただ、死の先にある永遠が欲しいんだな。母君と同じところへ行くために」
「この私に、他に何があるとお思いですか?」
 それが彼の持つ唯一無二の“想い”だった。
「私がいるだろう、と言えればよかったんだが、友人を名乗るにはもう遅すぎるか……」
 ただの一度も生きる喜びを感じられなかった彼に何をしてやればいい。
 絶望に囚われた時、彼に手を差し伸べた者などいなかったんだ。
 今さら誰が何を後悔したとて手後れだ。

 雪深い山を越え、黄昏の荒野に差し掛かる。もうじきだ。
 ずっと死に触れてきた者として、その安らぎは知っている。シーモアの言い分もすべて間違いではない。
 しかし私もまだ眠れないことに変わりはない。
 それでも……。

「……私が新たなシンになりたいと言ったら、カルマ殿はどうしますか」
「叶えてやるよ」
「私をあなたのガードに……祈り子に、してくれますか?」
「ああ」
 無頓着に頷く私を見て、彼は不思議そうにしていた。

「あなたを召喚して、シンを倒してやる。そうしたら私は死人として留まり、シンとなったあなたを止めるんだ」
 アーロンさんのように、ユウナたちの歩む道を見届けて手伝おう。
 皆でエボン=ジュを眠らせればシーモアの望みを叶えたうえで螺旋も断ち切れる。
 私が究極召喚を使って死んでも私を送る者はいない。
 やることがあるなら、死人になって留まってしまえばいいんだ。なぜ今まで思いつかなかったんだろう?

「死が救いだとして、あなたを虐げた者には与えてやらなくていい。自分が安らかに眠ることを考えろ」
 シンになりたければしてやるが、後のことは別問題だ。
 死者の眠りは安らかでなければいけない。
 シーモアがシンに変わったら、御親切に他人を救って回る前に終わらせてやる。
「それと、あなたの祈り子像は母君のところに運んでおくから安心し……、」

 振り向けば、シーモアの体からは止めどなく幻光虫が溢れ出していた。
 彼もまた自分の異変に気づいたようで、力なく笑う。
「カルマ殿は召喚よりも異界送りの方が得意なのですね」
「馬鹿……誰も異界送りなんかしてない。望み通りシンにしてやると言ってるんだ。すぐエボン=ドームに着く! もうちょっと頑張れ!」
 ドームを見据えて更にスピードを上げる。背中に何かが触れた。
「……もういい。眠りたい」
 私の背に凭れかかり、シーモアは小さく呟いた。

 バハムートを送還し、ザナルカンドの地に立つ。
 もはや死人としての執着心もなく、シーモアの表情は悲しいほどに穏やかだった。
 シンになり死と破壊をもたらすという願いが彼を繋ぎ止めていたのなら、それを断つのは果たしていいことだったのか。
 死人としての彼は歪ながらもまだ“ここに在りたい”と願っていた。
 ……死を甘受させるのではなく、一度くらい思うようにさせてやりたかっただけなのに。

「知っていますか。シンが生まれる前……エボンの秘術が生まれる前には、異界送りこそが真に尊ばれるあなた方の使命だったらしい」
「ああ。知っているよ」
 昼のあとに夜が来るように、夜のあとには必ず朝が来るように、物事には終わりがある。
 ……悲しくとも辛くとも、死者は眠らなければいけない。彼の生は終わったのだ。

「エボン=ジュの夢を終わらせれば、祈り子も安らかに眠れるだろう。あなたの母君も必ず同じところへ送り届ける」
 祈り子を異界送りできるのか? できなくてもやってやる。それが私の使命だ。
 彼は困惑したように尋ねた。
「カルマ殿もいらっしゃいますか」
「まあ、あと五十年もしたらな。大人しく待っててくれ」
 絶望が消えた今、シーモアはやけに幼く見えた。
「五十年か。永遠よりは短そうだ」
 ……できることならその笑顔を、生きているうちに浮かべてほしかった。




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