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まだ捨てられない思い


 頂上も近くなってくると皆の足並みは乱れ始めた。
 バハムートでの飛行に慣れた私とロンゾ族であるキマリ、そして死人のアーロンさんは変わらぬペースで先頭を歩く。
 体力のあるワッカと根性で耐えているユウナ、ルールーが後に続いた。
 そしてティーダとリュックは最後尾だ。
 彼らも体力根性はあるのだが、やはり空気が薄くなってくると普段通りには動けないのだろう。

 あまり急いで山酔いしてもいけないから、ティーダたちが来るのを少し待とうか。
 そんな話をしていたところで、息を切らしながらリュックが走ってきた。
「大変〜! シーモアがまた追っかけてきた〜!!」
 リュックがそう言い終える前にキマリは走り出していた。
 まずいな。私とアーロンさんは、息こそ切れないものの雪山を疾走できるほど身軽なわけではない。

 私たちが彼らのもとに戻った時には、すでに戦闘が始まっていた。
 ユウナを守ろうと立ちはだかるキマリに槍を向けられながらも、シーモアは嘲るように笑っている。
「讃えよう。実に勇敢な一族だった。彼女を守らんがため捨て身で私の行く手を阻み……、一人、また一人」
 キマリの静かな殺意が御山に満ちた。……麓のロンゾ族を殺してきたのか。
 彼ならば、無用な交戦を避けてまっすぐ追ってくることもできただろうに。

 もはやシーモアはユウナの力を手中におさめることしか考えていない。
 以前そこになにがしかの想いが芽生えかけていたとしても、それは儚くなっていた。
「スピラ……死の螺旋に囚われた、悲しみと苦しみの大地。すべてを滅ぼし、癒すために、私は新たなシンとなる。そう、あなたの力によって」
 当たり前だが、ユウナは差し出された手を拒絶した。
「シーモア。彼女とでは無理だ。あなたは嫌われている」
 究極召喚には強い絆が必要だと知っているだろうに。
 アルベドを殺し、ロンゾを殺し、ユウナ自身の生死さえ気に留めず……それで彼女の祈り子となれるわけもないのに。

 もしかしたら彼は、本当に分からないのかもしれない。
 どうすればよかったのか。どうすれば愛されたのか。
 それを一度たりとも得たことがないから、分からなかったのかもしれない。
「民の悲しみを癒したくはないのか? 滅びの力に身を委ねれば、安らかに眠れるのだ」
「あなたは……逃げているだけです!」
 自分が死に唯一の救いを見出だしたから、彼なりの優しさでそれを与えているのかもしれない。
 他の“想い”を何一つ知らなかったのか。

 ユウナは心優しい娘だ。触れ合うことさえできればシーモアに応えてくれたかもしれないのに。
 ……ただ一言でよかった。
 助けてくれと、素直にそう言うだけで、いつだって彼は救われたのに。

 シーモアの中にあった闇が溢れ出し、明確な殺意をもって頭上に降り注ぐ。
 私は防戦で手一杯だったが、幸いにもユウナにはガードが多くいる。
 ユウナを守りながら少しずつシーモアを追いつめた。
「私と共に来るがいい。私が新たなシンとなれば、お前の父も救われるのだ」
「お前に何が分かるってんだ!!」
 ティーダが斬り込んでゆく。
「キマリはお前を許さない。ロンゾの怒りが宿った槍で、討ち滅ぼす!!」
 キマリが槍を突きつける。
 この人数を相手に対応しきってしまえるシーモアも恐ろしいが、やはり時が経つほどこちらが有利だった。

「憐れなものだな。だが、その絶望もここで消える」
 死に抗う意思に切り刻まれ、血を吐きながらも彼は自分の体が傷つくことに無関心だった。
 生に執着などないから、死ぬことも殺すことも躊躇わない。
「私がすべての嘆きを断ち切ってやろう」
 魔力の奔流をユウナのヴァルファーレが受け止め、相殺して消えてゆく。
 彼女を守るガードに取り囲まれ、やがてシーモアは膝をついた。……彼の体からは幻光虫が溢れていた。

「いつ死んだ?」
 シーモアは暗い瞳で私を見上げるばかりで答えない。
「私が……」
「マカラーニャで、俺たちが倒したんだ」
 ユウナが言い淀んだところで、遮るようにティーダがそう宣言した。
 では、結婚の噂が出た頃だろう。破談になって拗れて殺されるとは、一体どんな迫り方をしたんだ?
 死人の分際でユウナと結婚したかったのか。

「錫杖はどうした」
 彼は答えない。
「もう、アニマですら応えてくれないのか」
 ただじっと私を見つめている。
「どうしてもシンになりたいのか。だから留まってるのか」
 死人を送るのは容易ではない。異界送りに抗い得る強固な“想い”がそこにあるんだ。
「その夢がそこまで捨て難いのなら、私が叶えてやる」

 バハムートを呼び出し、シーモアの前に降り立たせる。
 明らかに彼を守る姿勢だったので、ティーダたちは瞠目していた。
 シーモアは唇に歪んだ笑みを浮かべているだけだ。
「……どういう風の吹き回しで? ああ、ユウナ殿を救うためですか?」
「ヒトの側にも、あなたを受け入れる者がいたっていいじゃないか。馬鹿な望みだが……叶えてやる。シーモア、私のガードになってくれ」
 彼の腕を掴んで起き上がらせたところでようやくシーモアは驚きの表情を見せた。

「ユウナ……」
 振り返ることなく彼女に告げる。
「君ならブラスカさんの願いを叶えてくれると、私も信じるよ。ただし、ザナルカンドに行くのは私の後にしてほしい」
 年功序列ってやつだ。彼女が行ったら、シーモアの望みは果たせなくなってしまう。
「カルマ!」
「アーロンさん、ごめんなさい。……キマリ、恨むなら私を恨め」
 そんな権利はないかもしれないが、ロンゾの戦士たちに安息が訪れるよう祈っておく。

 あらゆるものに見放されたかのように虚ろな瞳をした青年に、かつて幸多かれと祈った。
 でも足りなかった。祈るだけでは駄目だった。
 もっと早く出会っていたらと思ってもそれは叶わない。
 この憐れな男は、ユウナが歩んだかもしれない道の先で立ち尽くしているんだ。
「彼が一つの望みさえ叶えられずに死ぬのが悲しい。せめて一度くらいは、誰だって、救われてもいいはずだろう……?」

 かつてのごとくシーモアをバハムートの背に乗せて、愕然とする皆のもとから飛び立った。
 ザナルカンドに行こう。
 間違っていても構うものか。
 どうせこの世には絶対に正しいことなどないのだから。




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