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望みあらば立ち止まるべからず


 バルテロさんとドナは旅をやめ、彼らの故郷に帰っていった。
 イサールは召喚士の使命を放り出す気がないようだが、グアド族の所業を問い質さねばならないとベベルに向かった。
 その翌朝、召喚士ユウナがキノック老師を殺害して逃亡したとの報せがナギ平原に届く。

 彼女をザナルカンドに行かせるなと、寺院が私に命じたのだ。
 どんな皮肉かと笑えてくる。
 頼まれるまでもなく行かせるわけがないじゃないか。
 もちろん処刑の命令は無視させてもらう。
 あの船に乗っていた連中が何をやらかしたのか、ベベルは大混乱に陥っているようだ。
 有耶無耶のうちにユウナを追い返してしまおう。

 少なくとも三人、キマリとルールーとワッカは必ず付き従っているはずだ。
 そしてユウナ本人も、知られざる祈り子を除くすべての召喚獣と契約している。
 不意をつかないと勝てないだろうな。
 私は登山口の崖上に陣取り、隠れて彼女らを待つことにした。
 が、結論から言うとそれは失敗だった。

「止まれ、シーモア様がお呼びだ。共に来てもらおう」
 グアド族の兵士がユウナたちの前に立ち塞がる。先を越されてしまった。
 結婚は有耶無耶になったようだが、シーモアは未だユウナを狙っているのか。
「シーモア老師と話すことなどありません」
「ちゅうわけだ、どけよ」
 彼女のそばについていた少年が剣を抜く。若いせいか、喧嘩っ早いな。
「シーモア様の命令は絶対だ。必ずお連れする」
 それに応じるグアド族は冷静だ。

 グアドは召喚術に似たやり方で幻光虫を集め、擬似的な魔物として実体化することができる。
 ユウナ一行の前に巨大なゴーレムが立ち塞がった。
「シーモア様は仰られた。死体でも構わぬ、とな」
 あれは頑丈さと馬鹿力が取り柄の護法戦機だ。妻とするべき女の子に差し向けるようなものではない。
 もちろん、その言葉も許し難い。
「構うに決まってるだろう、馬鹿が」

 崖から飛び降り、ユウナたちと護法戦機の間に着地する。
「カルマ!?」
 立ち上がる勢いで戦機に槍を突き立てるが、岩より硬い皮膚には刺さらない。
「あ、危ない……ッ」
 私を押し潰すべく振り下ろされた両腕はバハムートが止めた。そのまま抱え込ませ、私は敵の足元を掬う。
「ふんっぬうぁあああああああッ!!」
 巨体を持ち上げて崖下に向かって投げ捨てれば、一瞬の後に破壊音が響き、やがて大量の幻光虫が舞いあがってきた。
 よし、楽勝。

「ええっ! あんな戦い方ありッスか!?」
「召喚士なのに、相変わらず体力馬鹿ね、あの人……」
 そう言うが、あれと真っ向勝負するなんてただの馬鹿だ。
 巨大な魔物は崖に追い込んで落とすというのはナギ平原で暮らすうえでの必須戦法だぞ。
「ユウナと結婚したいならもう少し口説き方を考えろとシーモアに伝えてほしい」
 護法戦機を操っていたグアド族は無表情に私を見つめると、踵を返して去っていった。

「カルマ……」
 懐かしい声に呼ばれて振り返る。
 成長したユウナの声は、彼女の母親によく似ていた。
 それにしたって、よくもまあぞろぞろと多くのガードを引き連れてきたものだ。
 ザナルカンド行きを邪魔しようとしてる私に対する嫌がらせか?
 当たり前のようにいるキマリ、ルールーとワッカに、見慣れない金髪の少年少女。それから……。
「え?」
 彼らの背後に控えていた人を見て息を呑む。

 歳にそぐわない白髪が混じった黒髪と、ボロボロの赤い着物、身の丈ほどもある巨大な太刀。
「アーロンさん……?」
 二度と会えないはずの人が、そこに立っていた。
「久しいな、カルマ」
 彼は死んだ。死んだはずだ。私がこの地で確かに送ったんだ。
 しかし思い返せば、アーロンさんが旅立ったのは異界ではないどこか別の場所だった。

 あれから十年……、アーロンさんの姿形は変わっていた。十年分の時が流れていた。
 私が送りきれなかったせいで死人と化したのか。
 彼自身の執着に私が縋ってしまったのかもしれない。
 魔物でも死人でもいい、行かないでほしい、あの時……そう願ってしまった。

「お前はユウナのガードになっているかと思っていた」
「なるわけないでしょう?」
 バハムートの巨体が登山口を塞ぐ。
「ユウナ。再会を喜ぶ間もなく悪いが、ここから先に行かせるつもりはない」
「カルマ……」
「究極召喚は諦めろ。ビサイドに帰るんだ」

 キマリがユウナを守るように立ち塞がった。
 最初にブッ飛ばすとしたらルールーかあの小柄な少女だな。確実に一撃で意識を奪える。
 ワッカたちは怒るだろうが、その方が冷静さを失ってくれるからありがたい。
 ユウナは強い眼差しで私を見据えた。
「私、帰りません。たとえ命を捨てることになっても」
「そうか。私は死んでも君をザナルカンドに行かせない。通りたいなら死体を踏み越えていくことだ」

 バハムートの咆哮を背にして跳躍する。
 目の前に赤が躍ると同時、私の槍は地面に叩きつけられた。
「アーロンさん! どうして……」
「あの娘が自分で選ぶことだ。分かっているだろう」
「召喚士の犠牲には、何の意味もない! あなただって……!」
 知っているはずだ。共にユウナレスカの話を聞いたじゃないか。
 ブラスカさんの購ったナギ節の儚さを。ジェクトさんが辿った末路を。知っているくせに!
「ユウナにあの人と同じ道を歩ませる気ですか!!」

 槍を手放して殴りかかるが、軽く往なされる。アーロンさんは私の腕を掴んだまま告げた。
「信じろ」
「……アーロンさん。あなたは何を見てきたんですか」
 十年前、祈り子様と……シンと化しつつあるジェクトさんと共に、どこへ旅立ったのか。
 なぜここへ戻ってきたのか。
 どうしてユウナを止めてくれないのか。
「信じろと言うなら、教えてほしい……」

 心が乱れ、維持できなくなったバハムートが幻光虫となって消え失せる。
 アーロンさんはユウナたちを振り返り、ガガゼトを示した。
「先に行っていろ。俺はこいつと話がある」
 ユウナは迷うように私を見つめた。
「あの……、カルマ……」
 彼の話を聞いて納得できるかは分からない。
 内容次第では問答無用でユウナの邪魔をするつもりだ。その意思に変わりはない。
 でも……とりあえず、聞こう。
「ユウナ。その前に崖下の洞窟へ行ってくれ。そこに祈り子様がいらっしゃる」

 崖下へと降りるための横道に目をやり、ルールーが困惑したように私を振り返った。
「なぜ……」
「ルールー。あなたも行ってほしい。……彼女はあなたを待っている」
 彼女がナギ平原を訪れた五年前から、私の巡回ルートに洞窟内部も加わっていた。
 召喚士ギンネムは今でも迷っている。何度送っても、戻ってきてしまう。
 アーロンさんのように時が動くこともなく、あの時と変わらぬ姿のままで心を失ってしまった。

 ユウナたちが孤独な召喚士の魂と偏屈屋の祈り子様を訪ねる間、私とアーロンさんは吊り橋の近くで座り込んでいた。
「ユウナのガードになったんですか」
 いつ帰ってきたのか。なぜ戻ってきたのか。
 ギンネムのように心をなくしてはいないけれど、彼も迷っているだけなら……送らなくてはいけない。
「彼女をザナルカンドに連れていく気ですか」
 十年前のアーロンさんなら決してそんな選択はしなかったはずだ。
 なぜユウナを止めないのかと問う私に、アーロンさんは静かに答えた。

「あいつの物語を動かすのはあいつ自身だ。ユウナは自分の意思でビサイドを発ったのだろう。召喚士の使命を果たすために」
「それは彼女が事の次第を知らないからです」
 ブラスカさんのように、自分の命で平穏を購えると信じているからだ。
 本当はずっと知らせたくなかった。
 彼女が召喚士になどならず、静かに暮らしていてくれればよかったのに。
「なら私は、究極召喚の真実を彼女に話します」
「それでどうなる? どのみちあの娘は、自分の目で確かめなければ気が済まむまい」
「……それは」
 反論、できないかもしれないな……。

 ザナルカンドに行っても究極召喚の祈り子像があるわけではない。
 そこにいるのは千年前の絶望に囚われた死人だ。
 かの地ではシンを倒すために尊い犠牲が求められる。召喚士と、苦難の旅を共にして絆を結んだガードの命。
 気高き覚悟と引き換えにした凪も束の間……。
 その犠牲が次のシンを生み出すのだ、与えられた希望は一時のまやかしに過ぎないのだと、そう伝えたとしても。
 ユウナは真実を確かめるためザナルカンドに向かうだろう。
 彼女の父親が何に命を捧げたのか、知るために。……かつてのアーロンさんと、私と、同じように。

「でもユウナが、ブラスカさんと同じ選択をしたらどうするんですか。彼女は知らないのに。ブラスカさんだってジェクトさんがシンになってしまうと知ってたら、違う選択をしたはずです」
「ああ。俺もそう信じている」
 だからユウナに真実を見せるのだとアーロンさんは言った。
 父親の歩んだ道を見せて、そのうえで彼女自身に選ばせるために。
「あいつは自分の意思で辿り着くだろう。何を選ぶかは分からん。だが俺は、あいつらが一時の気休めになど縋らないと信じている」
「……ブラスカさんの娘だから」
「それと、ジェクトの息子だな」

 思いがけない言葉に目を見開き、ユウナたちが去った崖下を覗き込む。
 さっき……ユウナの隣にいた威勢のいい少年が?
「ザナルカンドからジェクトが連れてきた。……考えなしに喧嘩を吹っ掛けるところがよく似ているだろう」
「それはアーロンさんも同じですけどね」
「……」
 そのせいで命を落としたことを忘れたのかと睨みつければ、彼は口をひん曲げてそっぽを向いた。

 十年前の私は自分で思っているより無力な子供だった。
 大柄なアーロンさんを抱えて走ることさえできなかった。
 もし今なら……今、あの時に戻れるなら、きっと助けられただろうに。
「アーロンさん、背が低くなりましたね」
「カルマが育っただけだ」
 もし本当のことを知っていたら、もっと違うことができたはずなんだ。

 私はユウナたちが希望を見つけ出せると信じるべきなのだろうか。
 信じて黙って見送れとでも?
「自分にできなかったことを誰かに託すのは嫌だな……」
「なら、お前も一緒に来い」
 ……それもいいか。アーロンさんのように、彼女たちの決断を見届けるのも。
 そして、ユウナがブラスカさんの本当の意思を理解してくれたなら。
 まやかしや気休めになど惑わされず、悲しみの螺旋を断ち切る道を探すのなら。

 覚めない悪夢を終わらせるために、ナギ平原を出て、彼女の行く道を手助けしてみようか。




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