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貴方だけが与えられる喜びを


 永劫不変とも思えるエボンだが、ごく稀に大きな変化があるとナギ平原にも報せが届く。
 たとえば九年前、ブラスカさんのナギ節が訪れた翌年には、ジスカル=グアドがエボンの老師に就任したとか。
 そして一月ほど前には、そのジスカル=グアド老師が急死したとか。
 己の在り方に関わることだけは寡黙な寺院もよくしゃべる。

 ジスカルが老師となったのはヨー=マイカ総老師による亜人種宥和政策の一環だった。
 お陰でシーモアの追放令も解かれ、あの荒れ果てた寺院からグアドサラムに連れ戻されることになったんだ。
 だが彼の母君は既に亡く、シーモアにとっては、すべてが手後れに思えたことだろう。
 父の死によりシーモアはグアドの族長となり、正式なマカラーニャの僧官長の地位におさまった。
 もちろんすぐ後には老師就任の報も遅れて届いた。
 正直に言うと、彼が順調に望みを叶えていることを喜んでいる部分もある。
 同時にとても恐ろしかった。

 三年前に私がアニマの祈り子像を運ぶのを手伝った時、シーモアはグアド族を連れてはいなかった。
 故ジスカル老師が妻の末路を知っていたかは定かでないが、息子と父の不仲は疑いようがない。
 少なくともシーモアには、父親を好意的に見る理由がない。
 あの急死の報……本当にただの訃報であればよかったんだけどな。

 今朝方、またひとつ重大な報告がもたらされた。それが私の心をざわつかせている。
 大召喚士ブラスカ様の娘、召喚士ユウナ。
 そしてグアドの族長、シーモア=グアド。
 この二人が……結婚するらしい。

 一体なにがあったのかと目眩がした。
 ユウナが案の定召喚士になっているのは仕方ないとしても、そのシーモアは本当にあのシーモアなのか?
 なぜユウナが彼と結婚するんだ?
 シーモアが僧官長を務めるマカラーニャ寺院で出会ったのだろうか。
 年頃の少女としてのユウナがどんな性格に育っているのかは知る由もないけれど……。
 もし、うわべは誠実そうに見えて、善良な“シーモア老師”に心惹かれたのだとしたら。
 騙されてるぞ、ユウナ!!

 はっきり言って、今すぐマカラーニャまで飛んで行こうかと思うくらい動揺している。
 だがナギ平原にベベルの動向が知らされるのは遅い。後回しにされているからな。
 結婚する“らしい”と聞いた今から問い質しに向かったのでは、おそらく事は終わっている頃だ。
 ……シーモアを信じるしか、ないな……。

 それでも気になって仕方のない私のもとに、物資補給のためホームに帰っていたリンさんから通信が入る。
 珍しく、頼みがあると言われた。

 召喚士ドナの連れていた“バルテロ”という名のガードを探してほしい、ということだ。
 それはもうお世話になりすぎているリンさんの頼みなら何でも聞きたいけれども。
 バルテロの特徴は、筋骨隆々の男性。
 おおよその居場所は、マカラーニャの森近辺、おそらく雷平原からナギ平原までのどこか。
 ……範囲が広すぎやしないか? どうやって探せというんだ!

 しかし他ならぬリンさんの頼みだ。
 渡りに船とばかりに「マカラーニャに行ってほしい」と言われたものだから、一も二もなくバハムートに飛び乗った。
 もし結婚式が済んでいるとすればベベルもマカラーニャも祝福に沸いているはずだが、上空から見る限り静かなものだ。
 ……誤報があるとも思えないけれど、破談になったということだろうか。
 それはそれで別の不安もある。

 肝心なバルテロさんだが、捜索は困難を極めた。
 なんといってもマカラーニャから雷平原にかけては人通りがほぼないので、目撃者を探すことさえできない。
 ぽつりぽつりと姿を見かける旅人を注視しては、細身だから女性だから親子連れだから違うと弾いていく。
 ようやくそれらしき人を見つけたのは、雷平原まで行って虚しく戻ってきたマカラーニャの雪原でのことだった。

 行きしなは森にいたのか見つけられなかった筋骨隆々の男性が、一人で悄然として歩いている。
 バハムートから降りて、彼のもとに駆け寄った。
「失礼、あなたはもしかするとバルテロさんだろうか?」
「ああ……、そうだけど。あんたは?」
「私はカルマという。ええと、重ねて問うが、召喚士ドナのガード……」
 言い終える間もなく彼は私に掴みかかってきた。
「ドナを知ってるのか!? あいつはどこにいるんだ!!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて!」

 ガクガクと揺さぶられ目眩を起こしながらもなんとか彼を宥めてバハムートに乗せる。
「あなたを探せと頼まれただけで、私も事情は知らないんだ。とにかくナギ平原に来てくれ」

 リンさんと親しくなるタイプには見えないんだが、一体なにをしてるんだ彼は。
 バルテロさんは召喚士ドナとやらの居場所をずっと探していたようだ。
 召喚士を見失ったガード。彼を探せとだけ告げたリンさん。
 ……身代金目当ての召喚士誘拐……いや、まさかな。
 リンさんならやりかねないと思ってしまった。申し訳ない。

 旅行公司に着くと、早速通信スフィアを起動した。
 しかし画面に現れたのはリンさんではなくスキンヘッドの厳つい中年男性だった。
「あの、リンさんはどちらに?」
『ああ!? ……おい、リン! 勝手に通信スフィアを乗っ取ってんじゃねえぞ!!』
 なんだか極悪な誘拐犯グループの親玉みたいな人物まで出てきて非常に戦々恐々としている。
 私は何に巻き込まれているんだろう。

 少し待つと画面の向こうに悠々とリンさんが現れた。
『失礼いたしました、カルマさん』
 本当に。
「バルテロさんを見つけたので、とりあえずナギ平原の公司に来てもらいましたよ」
『ありがとうございます。もうしばらくお待ちいただけますか。説明はドナさんたちから直接お聞きください。忙しいので、それでは』
「へ?」
 言うなり彼は通信スフィアを切ってしまった。
 あの……手短にでもいいから少しくらいは説明が欲しいんだけど。

「な、何だ、あれは!?」
 バルテロさんの叫び声を聞きつけて公司の外に出る。
「……え?」
 見慣れたはずのナギ平原の空に異様な光景が広がっていた。
 船が……空を飛んでいる……。

 その船は公司の間近にホバリングし、船底からタラップが伸びてくる。
 ベベル宮の地下にあるエスカレーターと同じ仕組みだろうか。
 動く階段に乗って召喚士らしき男女とそのガードが降りてきた。
 そして、その女性召喚士を見てバルテロさんが駆け出した。
「ドナ!!」
 おお、熱烈な抱擁……。

 とても感動的ではあるんだが、何がどうなってるのかさっぱり分からないままだぞ。
 ドナと他三人を降ろすと、空飛ぶ船は猛スピードで南に飛んでいってしまった。

 喧嘩と見せかけていちゃついているバルテロさんたちから目を逸らしつつ、男性召喚士の方に向き直る。
「どうも。私はナギ平原のカルマだ」
「イサールだ。こちらは弟のマローダとパッセ」
 互いに会釈し、彼らの瞳に憔悴と困惑を見る。
 疲れているところを申し訳ないけれど、ちょっと放置できない状況だった。
「何があったのか説明してもらいたい」

 あの空飛ぶ船はアルベド族の所有物だろう。そこから召喚士が降りてきたというだけで非常事態だ。
 しかもそのうち一人は、バルテロさんの探していたドナだ。
 嫌な予感が当たってしまった気がする。
 イサールは「何から話せばいいのか」と迷いつつ、事の発端を教えてくれた。

 まず、彼ら……イサールとそのガード、そしてドナはアルベド族に誘拐されていたそうだ。
 アルベドの動機は“召喚士を死なせないため”だった。
 気持ちは分かるが少々強引すぎないか。バルテロさんなんて筋肉が萎むほど疲弊しながら探してたんだぞ。
 それに、無茶をしすぎたらベベルに目をつけられる。アルベドの立場がますます悪くなるのでは。
 しかしイサールの話には、まだ続きがあった。

「僕たちはアルベドのホームに匿われていた。そこに……グアド族が襲撃してきたんだ」
「何? ……あなた方を取り戻すためか?」
「始めはそうかとも思ったが……違ったらしいな」
 消沈しているイサールに代わって、マローダが言葉を継いだ。
「助けるためなんて優しいモンじゃねーよ。召喚士に託つけて、アルベドを殺しに来たって感じだ。……それに、グアドのやつらは兄貴もあっちの姉さんも無視してった」
 その後は族長の判断でホームを捨てて、生き残ったアルベド族とイサールたちを乗せて先程の“飛空艇”で逃げてきたらしい。

 リンさんが誘拐に関わっていたのか、ホームに帰っていたところを巻き込まれただけかは分からなかった。
 しかし最早そんなことは問題ではないな。

「それで、あなた方を置き去りにしておしまいか? あの飛空艇はどこに向かったんだ」
 船の消えた南を見つめ、イサールは重く呟いた。
「グアド族は僕たちに目もくれず、ユウナ君を……ブラスカ様の娘御を連れ去った。彼女はベベル宮にいるそうだ。あの船は、ユウナ君を助けに行ったんだ」
「アルベドの船が歓迎されるわけねーし、俺らが乗ってちゃ……まずいだろ? だからここに置いてくってよ」
 ここで降りれば彼らは被害者。共にベベルに行けば反逆者の仲間にしてしまうというわけか。

 アルベド虐殺を僧兵ではなくグアド族が行ったということは、その裏にあるのはシーモアの陰謀だ。
 彼がユウナを求めている。その動機は……どっちなんだ。
「一つ聞きたいんだが、ユウナとシーモアの結婚はどうなったんだ?」
「ユウナ君が……? そんな話を聞いたことはない」
「でもよ、ガードのやつらはシーモア老師が無理やり結婚式をしようとしてるって息巻いてたぜ」
「……そうか」

 シーモアとユウナが出会い、彼に希望の光が射した可能性がまったくないわけではない。
 もしかしたら、ユウナが彼の絶望を救ってくれたのかもしれない。
 もしかしたら、彼の夢は変わったのかもしれない。
 あの青年の願いは、死による救いではなく明日への希望になったのではないか。
 そう信じられればよかったんだが。

 迫害される苦しみを誰よりも知っているあなたが、どうしてアルベドを殺すんだ。
 そんなことをしてユウナがあなたを愛するはずがないだろう。

 つまるところ彼の望みはユウナの愛情ではないのだな。
 シーモアはシンになってスピラに死という大いなる救いをもたらそうとしている。
 そしてユウナは召喚士だ。
 ……あの哀れな男がユウナに恋をしたのなら、応援してやってもいいと思ったのに。
 でも……きっと、違うんだろう。
 彼は自分に得られるかもしれなかった幸福を、自ら捨ててしまったんだ。




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