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06


 昨日の夕刻までは宿だった建物の残骸で夜を過ごし、翌朝。
 キーリカの人たちが厚意でくれた干物をかじって腹ごしらえをする。
 まずいなあ。
 いや、干物がまずいわけではなくて。
 数日後にはミヘン・セッションが控えてるっていうのに、体力は落ちて疲労が溜まるばかりなのは、とてもまずい。
 やっぱりうだうだ迷ってないで、ルカの宿で分厚い肉でも食べて英気を養っているべきだったかも。

 簡素な朝食を終えて港に向かう。町の人たちはすでに気持ちを切り替え、復興作業に取りかかっていた。
 ブリッツシーズンでまだよかった。ひたすら悲嘆に暮れる日々は、残された人からも活力を奪ってしまう。
 昨日の怒りと悲しみはキーリカ・ビーストの糧になるだろう。

 ウイノ号の到着を待っていると、後ろからガッと首を掴まれてグエッとなった。
「メル、お前も寺院に行くだろ」
 ワッカだった。ちょっと、首しまってる!
「嫌だよ! 私はガードでもオーラカの選手でもないんだし」
 なんとかバックチョークから抜け出して振り返ると、オーラカのメンバー全員とティーダが揃っていた。
 今からキーリカ寺院に行くところらしい。
「一緒に祈願くらいしてくれてもいいんじゃないか?」
「あの脳筋階段をのぼるのがヤダ」
 そうか……と呟くワッカに、分かってくれてよかったと背を向ける。

 その隙をついてガッシと腰を掴まれ、ズルズルと引きずられた。
「黙って一緒に来る!」
「ぎゃー、ワッカの鬼畜! ひとでなしー!」
「大変ッスね」
「いつもの光景だよな」
「うん、もはや安心感すら覚える」
 いたいけな一般人女性が無理やり引きずられてるっていうのにオーラカのやつらは誰も助けてくれない。
 薄情者どもめ。

 結局、寺院に続く森まで来てしまった。
 入り口ではユウナとルールーとキマリが待っている。
「あれ、なんか深刻な雰囲気?」
 どうしたとワッカが尋ねたら、ユウナは意を決したように顔を上げてティーダを見つめた。
「あの……。ガード、お願いしちゃ駄目かな」
「ええ?」
「おいユウナ、冗談よせよ。こいつブリッツはできるけど、戦いは素人だぞ」
 ワッカの言い様にティーダはムッとしているけれども、事実なので言い返さない。
 そしてユウナも引かなかった。
「ガードじゃなくてもいいの。そばにいてくれれば……」
 ありゃまー。そうなっちゃうのか。

 もしかしたらリキ号の甲板で、ザナルカンドの話でもしたのかな。
 ユウナだったらきっと信じてくれるし、当たり前のように受け入れてもくれるだろう。
 そしてここじゃない別世界なんてのは、ユウナが気負わず憧れを抱ける便利な対象にもなり得る。
「何それ? どゆこと?」
「えっと……」
 いまいちピンときてないティーダに口籠るユウナ。
 見兼ねたルールーが、渋い顔をしつつも割って入った。
「どうせみんな寺院に行くんだから、話は後でいいでしょ?」
 とりあえず、その話は祈り子様との対話が終わってからということに。
 キマリは分かんないけど、ワッカとルールーはユウナの依頼にかなり否定的みたいだ。

 気まずい雰囲気に困惑しつつ森を抜ける。
 視界が開けたところで、どどんと眼前に聳え立つのが例の石段だ。
 私も何度か一緒にのぼったけど、そのたびに二度と来るもんかと思うほど辛かった。
 オーラカの皆は、キッパ以外はりきってストレッチをしている。

「ふっふっふっ。この石段はな、由緒正しき石段なのだ。なんと大召喚士オハランド様が現役時代、ここでトレーニングしてたのだ!」
 だから? って顔をしつつ、ワッカの意図は察したようでティーダも不敵な笑みを浮かべている。
「勝負ッスね。俺に勝てると思ってんの?」
 スターターはユウナ。横一列に並んだオーラカメンバーの横に立ち、片手を上げる。
「よぉーい!」
 小さな笑みが溢れ、ユウナはそのまま黙って走り出した。
「あ!? ずっけえぞユウナ!」
 メンバーもわらわらと彼女のあとを追って石段を駆け上がっていった。

「元気っすね〜」
「ゆっくり行けばいいわよ」
 ルールーは服装もあれなのでかなりきつそうだ。後ろにまわって裾を持ってあげることにする。
 なんかベールガールみたい。
 キマリもマイペースに歩いて石段をのぼっていた。
 ……のだけれど、急に上を睨みつけたかと思うと三段飛ばしてのぼっていった。

「何だろ? 上の方、騒がしくなったけど」
「シンのコケラが出たみたいね」
「マジか〜」
「……」
「……」
 キマリも向かったし、ユウナとワッカとティーダもいるから大丈夫でしょう。
 ということで合意して、私とルールーはゆっくり行くことにした。

 石段の途中、踊り場で皆と合流した。結構でっかいコケラがいたようだ。寺院に侵入されなくてよかった。
 ティーダが活躍したようで、バトルの才能もあるんじゃないか、なんてからかわれている。
 ……ガードになっちゃうのも、悪くないんじゃないかなぁ。
 ユウナと一緒に行けばスピラ中を巡ることになるし、ザナルカンドに帰る方法も探しやすくなるし。

「そういや……あれだ、ザナルカンドにも魔物はいるのか?」
 唐突なワッカの問いに首を傾げる。
「あんまいない。たまに出ると大事件だな」
 何気なく答えてからティーダも気づいたようで、振り向いてワッカを詰った。
「ザナルカンドから来たなんて信じてないくせにさ」
 うん。本人にとって真実だってところは納得してたけど、結局ワッカはそんなの夢か妄想だと思ってるもんね。
 まあ無理もないんだけど。

「考えたんだけどよ……」
 なんか嫌な予感がするなぁと思ってキョロキョロしたら、ルーの眉間にものっすごいシワが刻まれてるのを見てしまった。
 余計なことは言わないでという私の願いも虚しく、ワッカが宙に向かって呟いた。
「シンにやられた人間は、死ぬんじゃなくて……シンの魔力で、1000年前だか後だかの世界でまた生まれんのかなって。んで、ある日ひょっこり帰って来たりしてさ」
「いつもながら感心する。自分を騙す方法、よく次から次へ思いつくわね」
 自分の気持ちごと切り捨てるための強い言葉を吐いて、ルーはこっちを見もせずに石段を上がっていく。
「シンはチャップをどこへも運ばなかった。彼を押し潰してジョゼの海岸に置き去りにした。あんたの弟は、二度と帰って来ない」

 あれから一年、まだ一年。忘れるには早すぎて、だからその言葉は、あまりにも生々しく記憶を蘇らせた。
 もうやめて。今の言葉はなかったことにして、早く寺院に行こう。そう思うのに、ルーはだめ押しのように振り向いた。
「あんたがどんなに望んでも、誰もチャップの代わりにはなれない。ジェクト様の代わりもどこにもいないし、ブラスカ様の代わりだって同じ。……そんな考え方、悲しくなるだけよ」
 言うだけ言って先に行ったルーに背を向けて、ワッカはその場に座り込んだ。
「俺だって、弟の代わりなんてできねぇんだよ……」

 困惑しつつもユウナはルールーの後を追いかけ、キマリが続く。
 ティーダはどうしたものかとワッカを見て頭を掻いた。
「まあ、いろいろあってな。気にすんな」
 シンはチャップをどこへも運ばなかった。でも、ティーダをスピラに連れてきた。
 死んだ人間の代わりなんていない。でも、どこかの世界で死んだ誰かが“メル”としてここに生まれてきた。
 本当に……いろいろ、ありすぎて、心がまとまらない。

「っし、行くか!」
「もういいのか?」
「いつまでも座ってられないしな」
 立ち上がって寺院に向かう二人をよそに、私は石段の端に腰を下ろした。
「いってらっしゃい」
「メル」
「私ここで待ってるね。なんか疲れちゃった」
 今度は無理やり引きずっていくこともせず、ワッカは黙って頷いた。
「まだコケラがいるかもしれねえ、気をつけろよ」
「へいへい」
 二人の背中を見送って、小さく息を吐く。
 誰にも誰かの代わりなんてできない。そんなことは分かってる。でも……。
 怒りとか悲しみとか、辛い気持ちを無理して振り切るのは、大事なことを忘れてしまうみたいで嫌なんだ。

 ぼーっと森を見下ろしていたら、後ろから足音が響いてきた。
「ん?」
 祈り子様と対面してるはずなのに早すぎるな、と思えば皆じゃなくて偉大なるゴワーズの皆さんだ。
 ちょうどコケラに遭遇せずに済んだなんて、ほんと強運。
「ビクスン選手じゃないですか。サインくださーい!」
 書くものないけど。
 ビクスンたちが近寄ってくる。寺院で皆と会っちゃったかな。
 私みたいなのにはそうでもないけど、ブリッツのライバルチームにはとことん感じ悪いんだよね、こいつら。

「メルじゃねえか。何やってんだ、大会準備はいいのかよ」
「フロント係は辞めたから準備なんてないよ」
「はあっ!? 辞めたのか? なんで」
「討伐隊に入ったのさ。臨時要員だけどね」
 ブリッツに関わる職業は万人の憧れだ。特にルカではその傾向が強い。
 スタジアムの清掃員ですら黄色い声援を受けるのに、フロント係がシーズン直前で契約を切るなんて意味不明の所業だろう。
 でも、代わりに討伐隊へ行ったと聞けば納得せざるを得ないらしい。
 楽しくブリッツボールに励めるのは討伐隊のお陰だから、天下のゴワーズ様も彼らには敬意を払っているのだ。

「大会前に美女と会えなくなって残念ですな〜」
「まったくだな」
「おっ?」
 軽口を否定されなかったのでちょっと調子に乗る。
 でもすぐ叩き落とされた。
「黙ってフロントカウンターに立ってる時だけは美人なんだけどな、お前」
「あはは、そこの階段から突き落とすぞ」
 失礼しちゃうよ、もう。

 ビクスンをここから転がしとけばオーラカの優勝に一歩近づくかなぁ、なんて黒いことを考えてると、後ろに控えていたアンバスに声をかけられる。
「討伐隊の臨時要員って、もしかしてミヘン・セッションに参加するのか?」
「あー、うん」
 知ってたのかー。ビクスンはそういうのまったく興味なさそうなのに。
「ミヘン・セッションってのは何だ?」
 ほらね。

 彼らに話しても、そっからバレることはないだろう。たぶん。
「アルベドとの共闘作戦だよ。シーズン開幕戦のあとにジョゼ海岸で展開する予定」
「ふん……。まあ、なんだ、気をつけろよ。嫌になったらルカに帰ってくればいい。うちのマネージャーとして雇ってやらなくもないぜ?」
「ありがと。でもごめん、私はオーラカ一筋なんで」
 オーラカと聞いて、ビクスンだけじゃなくグラーブや他のメンバーまで途端に機嫌が悪くなる。
「報われたきゃ今年はゴワーズって叫べよ。じゃあな」
「うん。みんなも頑張ってねー」
 優勝カップにはオーラカの文字を刻ませてもらうけど。

 ……はあ。ユウナはそろそろ祈り子様と対面してる頃かな。
 またえっちらおっちら石段を降りてく前に、しっかり休憩しておかないと。




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