醜くくとも、願いは、一つ
シーモアの求める祈り子像はエボン=ドームの奥にひっそりと安置されていた。
究極召喚といえども仕組みは他の寺院にある祈り子像と同じだ。
やがて他の召喚士が訪ねて来れば、この……アニマというらしい召喚獣を誰でも呼び出せてしまう。
シンをも打ち倒すほどの強い絆で結ばれた相手。
取り戻したい、誰にも触れさせたくないと願うシーモアの気持ちは理解できた。
バハムートの力でなんとかザナルカンドから運び出し、ひとまずナギ平原まで移動させる。
大変なんて言葉では済まない。かつて崖下の祈り子像がどうやって盗まれたのかと甚だ疑問だ。
ユウナレスカ様の邪魔が入らなくて本当によかった。
おそらく、アニマを究極召喚として使役できるのはシーモアだけなのではないだろうか。
彼女と絆のない者には他と同じ、普通の祈り子像でしかない。
だから、彼がシンと戦わないのであれば像をどこに持ち去ろうと咎めない……そういうことだと思う。
真意はともかく、今は邪魔する者のいないことを喜んでおこう。
旅行公司に戻ってリンさんに物資運搬用の船を借りた。
どう見ても教えに反する船だけれど、マカラーニャの僧官長補佐殿は何も言わなかった。
これがなければ祈り子像を運べないのだから当然か。
操縦法を教わったところで、祈り子像を乗せてシーモアの指示する島へと向かうことにした。
もちろん人で賑わう町を想像していたわけではない。
しかしそれにしたって、予想を遥かに越えていた。
「ここは?」
「懐かしき我が家です」
……この荒れ果てた廃墟が?
船旅の間に、ひとつ思い出したことがある。
シーモアがグアド族に受け入れられたのは七年前の出来事だ。それまで彼は、一族からの追放者だった。
そうだ。彼の母君は……ヒト族だった。シーモアはヒトとグアドの混血児なんだ。
なぜ親子はこんなところに住んでいたのか。それは一族に拒絶されたから。
なぜザナルカンドに旅するはめになったのか。それは親子の地位を向上するため。
なぜシーモアの究極召喚はあれほど禍々しいのか。……おそらくあれは彼の母君。
なぜ、彼女は我が子を遺して永遠の苦痛に喘ぐ祈り子となったのか。推して知るべしだ。
エボンの教えは異端者に対して風当たりが強い。排他的なグアド族もまた同様だった。
あるいは同様以上だったかもしれない。
「それもある種の“エボンの賜物”だな」
「おや、随分な皮肉ですね」
私はブラスカさんたちがベベルでどういう扱いを受けていたのかよく知っている。
彼らはエボンからもアルベドからも白眼視されていた。
エボンとグアド、秩序を乱す存在に対しての攻撃性がより強いのはどちらだったのか。
そんなことを考えてもあまり意味はないけれど。
シーモアと母君が死を覚悟でザナルカンドを目指すくらいだ。
……死んだ方がマシだと、思ってしまったのだろう。
「……あれ?」
七年前。ブラスカさんがナギ節をもたらした年にシーモアの追放令は解かれた。
もうひとつ思い出したぞ。
「ユウナをビサイドに連れて行く道中、私はあなたを見かけている」
「……ユウナ?」
「ブラスカさんの娘だ。キノコ岩街道ですれ違ったんだ。こちらは三人連れだった」
「覚えていませんね」
「まあ、そうだろうな」
でも私は覚えている。絶望と憤怒で荒みきった瞳の青年。
あれは……、この廃墟から連れ出されてグアドサラムに向かうシーモアだったんだ。
アニマの祈り子像は、誰も知らない廃れた寺院に帰ってきた。
シーモアの気が変わらない限り、彼女が究極召喚獣としてシンに挑むことはないだろう。
すなわち、彼女がシンになることもない。
「しかし……ここでいいのか? あなたが彼女に会いに来るのも大変だろう」
さすがにマカラーニャ寺院に置くのは難しいだろうけれども、他に静かな場所を探した方がいいのではないか。
何ならナギ平原に隠しても構わない、普段は代わりに見守ってやれる。
私がそう言うと、シーモアは静かに首を振った。
「構いません。どのような地であれ私の“想い”はここにしかないのです」
「……そうか」
辛く悲しい思い出であってもそれが彼女の生きた証だ。
シーモアがそう言うのなら、この廃墟こそが彼らの家なのだろう。
彼女はこれからここで、他の祈り子様たちと同じように永遠の夢を見る。
それは孤独で苦しい夢となるだろうけれど、新たなシンとなるよりはマシだったと思いたい。
もしも仮にシーモアがシンを倒していたら、ブラスカさんたちは死なずに済んだ。
その代わりにシーモアが死んで、彼の母君が新たなシンとなっていたわけだ。
なんだか、すごく複雑な気分だった。希望なんてどこにもないのではと疑いたくなる。
微かながら歌が聞こえ始める。心を震わせるような……悲しい声だった。
「あなたは、これからどうするつもりなんだ?」
母君の宿る像を見下ろしながら、シーモアは無感動に答えた。
「父はグアドにエボンの教えを広めました。私もそのあとに続こうかと。おそらくはエボンの中枢に、シンの生まれた秘密も隠されていることでしょう」
なるほどな。確かに老師であれば私たちには知り得ない秘密も知ることができるかもしれない。
追放が撤回されたとはいえ、元異端の身で老師の地位にのぼりつめるのは大変なことだ。
しかし彼には異様とも言える熱意がある。きっと偉業を成し遂げるだろう。
死を以て購う名誉ではなく、生きて我が身を認めさせようという……。
「私が新たなシンになりたいと言ったら、カルマ殿はどうしますか」
「は?」
シーモアの評価を見直そうとしていたところでそんなことを言われ、呆気にとられた。
何だって? シンになりたい? ……正気か?
「この世に希望などありはしない。死のみが唯一の安らぎをもたらすのなら、すべて滅びてしまえばいい」
彼はまっすぐに私を見つめてそう言った。一分の狂いもなく冷静、かつ正気だ。
「しかし自暴自棄だな。まあ、あなたには恨む権利もあるだろう」
「恨んでいるつもりはありませんが? 私はスピラを愛していますよ。なればこそ苦しみから救いたいのです」
……うーん。どこまでも本気に聞こえるから怖い。
そうか。エボンの中枢にのしあがろうとするのは、独力で自分の存在を認めさせるためではなかったか。
シンの秘密を探り、己が新たなシンとなって、死を以てすべての苦しみを終わらせようというわけだ。
ちょっとどころじゃなく狂って聞こえるな。
「苦しみながら生きるよりは死んで楽になった方が幸せか? 彼女を……祈り子を見てもそう思うか?」
「祈り子もまた私が救うべきスピラの民。彼らには、永遠の眠りこそが救いでは?」
夢を終わらせるには、眠らせてやるには、死こそが唯一の救い。
……異界へ赴く死者はいつも安らかだ。彼の言葉に僅かでも納得してしまう己が憎い。
シーモアは得体の知れない闇を抱えている。止めなければ大変なことになるのは分かりきっていた。
だが、やめておこう。私だって正解を見つけたわけじゃない。
私も彼も、未だ歩むべき道を探しているだけなんだ。
「それがあなたの望みなら、ここで殺したところで恨みを遺すだけだろう」
「カルマ殿が私をガードにしてくださればよいのですが」
「いろんな意味でお断りだ」
「……残念です」
とりあえずエボンのもとで出世するという目標に邁進してくれ。
そしてそこで彼が希望を見つけるよう願っておこう。
見つからなければ……その時は、悲しいことになるだろうな。
シーモアにとっては死こそが唯一の救いなのかもしれない。だが私には違うんだ。
死の安らぎは知っているけれど、今のままでは眠れない。
ジェクトさんを解放し、螺旋を断ち切り、悲しみを終わらせる。
それを成し遂げなければ、ブラスカさんの眠る場所には行けないから。
← | →