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限り無きものなど信じられるはずも無く


 リンさんが里帰りをしているので気分的になんとなく退屈だ。
 里帰りというか、厳密に言うと物資の補給という淡白な“仕事”らしいけれども。
 ナギ節の到来から五年、この平原を訪れるものは皆無と言っていい。
 公司も宿としての機能は果たさず、ただのんびり屋の従業員が暮らす住居と化している。
 あとはマカラーニャと雷平原の店舗に運ぶ物資の中継地点を兼ねているくらいだろうか。

 もともと僻地に点在している旅行公司、必要物資を用意するのはなかなかに難しい。
 リンさんは利便性からホバーを使っているが、そんなものを大っぴらに乗り回せるのはこの平原の周辺だけだ。
 ホームから船でナギ平原に荷物を運び、ここからホバーを使ってマカラーニャや雷平原に届けることになっている。
 もちろん、ベベルには見つからないように。

 旅行公司の事業自体は順調らしく、今や遠くミヘン街道にまで店舗を設けているとか。
 あちこち飛び回っているリンさんがナギ平原に長く滞在することは少なくなっていた。
 それはまあ、構わないんだが、ホームにはもう少し頻繁に帰った方がいいんじゃないだろうかと思う。
 なんとなくだけれど少しずつ族長との距離が開いてきている気配を感じる。
 従業員も皆、口には出さねど心配している。

 いつものように平原のパトロールをしている最中、北の登山口に人影を見つけて慌てて飛んでいった。
 僧衣を纏った女性と黒魔道士と思しき女性。
 ……五年ぶりに召喚士とガードが訪ねてきた。
 離れたところでバハムートの背中から降り、崖下に通じる横道を窺っている彼女らに声をかける。

「何をしているんだ?」
 気の強そうな黒髪の女性が警戒心も露に振り返る。
 彼女を宥める召喚士は穏やかそうな顔をしていた。
「こちらから、祈りの歌が聞こえるように思うのですが」
 実際に音として聞こえるはずもないのだが、彼女は感応能力が高いのだろう。
 そもそも、ここまで来る時点でかなり才能に溢れた召喚士に違いない。
「崖下に祈り子像がある。かつて寺院から盗み出されたものだが……参拝は、お勧めしない」
 そう言ったものの、召喚士の心はすでに崖下にあるようだった。

 捨て置かれた祈り子がいると聞けば、放ってはおけないだろう。
 その気持ちはよく分かる。私だってたまに降りて話をしたくなるのだから。
「召喚士ギンネムと申します。祈り子様と、対面させていただいても?」
「……それは私が許可を与えることではない。行きたいのなら、どうぞお好きに」
「ありがとうございます」
 横道に向かう彼女の後に続いたガードに念を押す。
「中は魔物の巣窟だ。充分に注意してやってくれ」
「はい。ご忠告ありがとうございます」

 剣士がついていないのが気になったが、私自身を鑑みるにギンネムも肉体派の召喚士なのかもしれない。
 ……大丈夫かと尋ねるのは、やはり無礼にあたるだろう。
 ビサイドからベベルまですべての寺院を巡ってきたのだ、そう簡単には倒れるまい。
 それよりも考えるべきは、彼らが出てきたらどうやって帰らせるのか、だ。

 盗まれた祈り子像についてベベルに報告する義務がある、とでも言おうか。
 なぜ私がしないのだと言われそうだな。
 女性の二人連れ。力ずくで追い返すのも少しばかり気が引ける。
 いざとなったら、そうするつもりだけれど。

 公司には帰らずに、ガガゼトの入り口で彼女らが出てくるのを待つことにした。
 たまに迷い出てきた魔物をいつものように崖下に落とそうとして、今ギンネムが下にいたら大変だと思い止まる。
 真正面から戦って槍で倒すのもいい鍛練だ。私の場合、肉体よりも魔力を鍛えなければいけないのだが。
 仕方なしに時折は黒魔法を交え、バハムートやイクシオンを繰る練習も重ねる。

 ……もう日が暮れる。
 ギンネムとガードは未だに戻らない。
 あの祈り子様は偏屈だから、対話に長時間を費やすだろうとは分かっていた。
 それにしても遅すぎる気がする。
 普通、召喚士と祈り子の交信が叶うまでにどれくらいの時間が必要なのだろう。
 私は自分の例しか知らない。しかもベベルとジョゼの祈り子様としか会ったことがない。
 ブラスカさんは、かなりの時間を費やしたと言っていたな。

 ……様子を……見に行くべきなのだろうか。
 ガードでもないのにしゃしゃり出るのも悪い気がするけれど……。

 崖下に降りて洞窟に入る。すぐに奥へ向かって走り出した。
「ギンネム様!!」
 祈り子像の安置された場所からガードの悲鳴が聞こえてきた。
 倒しても倒しても祈り子様のエネルギーに惹かれて魔物はこの洞窟に入ってくる。
 そいつらすべてが召喚士の命を食むべく集まっていた。
 ガードがありったけの黒魔法を唱えているが到底追いつかない。

 奥にバハムートが消えたあとの残照が漂っている。
 私に気づいたガードが叫んだ。
「どうか……、ギンネム様を!」
 そこで倒れているギンネムも、ついさっきまでは召喚獣を繰って応戦していたんだ。

 ギンネムと祈り子の繋がりは既に断たれていた。
「……もう、手後れだ」
 黒魔法の雨が止み、ガードは呆然として膝をついた。
「危ない!」
 放心している彼女に襲いかかったクァールを殴り飛ばす。魔物は何体も残っている。
「しっかりしろ! まだあなたは生きているだろう!」
 彼女の腕を掴んで立ち上がらせ、無理にも戦わせた。
 このままでは異界送りも儘ならない。

 おそらくは祈り子との交信を試みた隙に襲われたんだろう。
 ここは袋小路になっているから、数で押されてはガード一人で守りきるのも難しい。
 ギンネムは祈り子像に背を向けて事切れている。途中で対話を中断し、ガードと共に戦ったんだ。
 しかし間に合わなかった。
 対話中、召喚士の精神は肉体とは別の場所にある。そう簡単に臨戦態勢には移れない。

 祈り子様が、倒れ伏したギンネムを見つめている。
 いつかこういうことが起きるかもしれないと危惧していた。
 ……祈り子像を洞窟から運び出そうかと提案したこともある。
 けれど彼のもといた寺院も遠い昔にシンが破壊し、魔物の巣窟となっているそうだ。
 どこへ行こうと同じだと彼は言った。
 何も変えられないのだと。
 祈り子が在る限り、召喚士は必ずそこに訪れる。シンを倒すために。

 魔物を一掃し、彼女はギンネムのそばで跪いていた。
「送っても構わないか」
「……はい。……ありがとう、ございます……」
 近くでよくよく見れば、まだ少女と呼ぶ年頃だ。彼女は俯いて涙を流し続けていた。
 異界送りを舞い、ギンネムの魂に触れる。やはり安らかにとはいかなかった。
 ギンネムの心は彼女のもとに残っている。
 迷ってしまうかもしれない。……でも、泣き止めとは言えなかった。

 彼女の涙が乾くのを待ち、洞窟を出る。もう月があんなに高いところに。
「悪かった。もっと早く様子を見に来ていれば……」
「いいえ。私の……ガードの責任です。私が守らねばならなかったのに」
「あなたのせいじゃない」
 とにかく、まずは旅行公司に連れて行こう。今夜は眠っておかなければいけない。
 明日には彼女も一人で家に帰るのだから。

 バハムートの背中で、気になっていたことを尋ねてみる。
「どうしてナギ節なのに旅をしていたんだ?」
 ぼんやりと夜空を眺めながら彼女は答えた。
「ギンネム様は……、ブラスカ様のくださった平穏を、絶やしたくないと。いずれシンが甦る時、すぐに倒せるよう……他の誰も犠牲にならなくていいように」
「……そうか」
 だが、ギンネム。もしザナルカンドに辿り着いていたら、あなたはこの娘を……捧げられたのだろうか。
 束の間のナギ節を購ったところでそれは次の悲劇を紡ぎ出すだけだ。
 どうするのが一番いいのだろう。私には未だに分からない。

 公司の屋根が見えたところで彼女はポツリと呟いた。
「ユウナを召喚士にしたくなかった。そんな気持ちでギンネム様の覚悟を利用した、罰かしら」
「……」
 何……?
「あなたはビサイドから来たのか?」
 集中が乱れたせいでバハムートが消えた。低空飛行をしていてよかった。
 放り出されてつんのめった彼女を抱き留める。

 黒髪に赤い瞳、気の強そうな顔つき。……そうだ。五年前に会ったことがある。
 彼女も思い出していたようだ。
「……あなた、あの時の……キマリと一緒に、ユウナを連れてきた人……?」
 熱中症で倒れた私をワッカの家で看ていてくれた少女だ。
「美人になってるから気づかなかった」
 正直にそう言うと、彼女は少しだけ笑ってくれた。

 今さらではあるが、お互いに自己紹介をする。
 彼女……ルールーは、島に住む友人たちやユウナの未来を想い、ギンネムのガードとなった。
 ナギ節を噛み締めるたび、幼い頃に両親を亡くしたことを思い出すらしい。
 この平穏は永遠ではない。
 いつかシンが蘇り、また大切な者が奪われる。
 いつかユウナが父親の跡を継ぎ、犠牲になると言い出すかもしれない。
 そんな恐怖がルールーを旅に駆り立てた。

「……ユウナは召喚士を目指してるのか」
 そう尋ねると、彼女は弱々しく首を振った。
「無邪気に育っているわ。ブラスカ様のことを誇りに思って、島の皆のことが大好きで、」
 だからきっとシンが甦ったら、自分も父のようにスピラを守るのだと言い出すだろう。
 彼女は、ブラスカさんの娘だから。

 ルールーは不意に顔をあげ、私をじっと見つめた。
「カルマ……あなたはどうしてビサイドに残らなかったの?」
 どうしてザナルカンドに行かないの、ではないんだな。
「私はここで召喚士がザナルカンドに行くのを邪魔してるんだ」
「……え?」
「向いてないと言った祈り子様の言葉は、まったくもって正しかったな」
 こんなにも才能のない召喚士は他にいないだろう。

 いつかシンが……、ジェクトさんが戻ってきたら、ユウナはたぶんルールーの懸念通り旅に出る。
 それは仕方のないことだ。
 ブラスカさんの望んだ通り、ユウナが彼女自身の自由な心で選んだ道ならば。
 私はただ、ここで彼女の邪魔をする。それもまた私自身が選んだ道だ。
「さあ、今日はゆっくり眠って、夜が明けたら平原の出口まで送ろう」

 ナギ節の間ですら未来を憂えた召喚士がここを通ろうとする。
 永遠の平穏は儚い夢なのか。
 夢を終わらせるには、それを叶えるしかない。
 でも、どうすればいい……?




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