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鮮やかに色づいたあの頃


 裸足で砂の上に立っていた。固い土や頑丈な石畳の感触とはまったく違う。
 風に流されて足元の地面が微かに動く。
 とても奇妙だけれど悪くはない気分だった。
 後ろから誰かに肩を叩かれる。
 彼女は「裸足で立ってたら火傷するわよ」と笑った。
 その言葉を聞いた途端、足の裏が熱くなってくる。
 私が思わず飛び跳ねると今度は別のところから、「だから言ったのに」と笑う声。

 空も海も美しいだろう。ずっとこの風景を君に見せたかったんだ。
 ナギ平原から出ることなく生涯を終える君に。
 もう、君は自由だ。
 どこへ行ってもいいんだ。
 死に向かう人々の背中を見送り続ける必要はなくなった。

 ……でも、ブラスカさん。私はずっとナギ平原で暮らしていてもよかったんだ。
 シンを倒し、共に消えてゆく召喚士を見送るのはさぞや辛かろうけれども。
 時々でいい、あなたたち家族が私を訪ねてくれたなら、それでよかったんだ。

――悲しくとも、辛くとも、死者は眠らねばならぬ。

 かつてはビーカネル島での暮らしを夢想したこともある。
 彼がいて、彼女がいて、ユウナがいて、私もそこに……混じっていられたらと。
 でもそれは夢だ。いずれ覚まさなければならない幸せな夢だ。
 ここは私が夢見た熱い砂漠ではなく、ビサイド島だ。私はキマリと一緒にユウナを連れて来たんだ。
 ブラスカさんの……そしてアーロンさんの、最期の願いのために。
 もう、目覚めなければ。

 召喚術を行う時は祈り子様が見守ってくださるので倒れる前に召喚獣が消える。
 この感覚は黒魔法の使いすぎで意識を失った時と似ていた。
「気がついた?」
 目を開けると黒髪の少女が私を覗き込んでいた。……ユウナがいきなり成長したのかと思った。
 起き上がろうとすると、まだ駄目だと寝台に押し返される。
 少女は部屋の外に出て、そこにいるらしい誰かに声をかけた。
「チャップ、召喚士さまが起きたから、ワッカを呼んできて!」
「わかったー!」
 元気な少年の声と二つの軽い足音が駆け去っていく。

 確かに頭の中が混沌としていて、うまく思考がまとまらない。
 しばらく天井を眺め、それから自分のいる部屋を見渡した。
 ビサイドの内装は色彩豊かだ。
 ナギ平原で一面の緑を見た時にも驚いたけれど、ここにはもっと多くの色が溢れている。
 幼い頃を過ごしたベベル寺院に不満があったわけではないけれど、比べるとあの頃は灰色に霞んで見えた。

 目眩が治まり、起き上がれるようになったところで赤茶色の髪をした少年がやって来た。
「だいじょーぶか? そんな格好してっから倒れるんだよ。ちゃんと水分とらなきゃダメだぞ」
「そうだね……、ずっと寒いところに住んでたから、勝手が分からなくて。体が驚いたみたいだ」
「ま、ゆっくりしてけよ。ここ俺んちだから!」
 しっかりした子だな。ワッカと名乗った彼は、飲み物や果物を持ってきてくれた。
 恐縮しつつもありがたく頂いた。また倒れたら、その方が迷惑をかけてしまう。
 それにしても、親御さんが現れないということは……しっかりせざるを得なかった、のか。

 目覚めた時に見た少女が布の束を抱えて戻ってきた。
「これ、僧官さまがくれるって。着替えた方がいいよ」
「ありがとうございます」
 ビサイド織物を使った僧衣だ。模様は豪華で厚く見えるけれど通気性が高く、着てみると意外にも涼しい。
 思い返せば、ナギ平原の寒さに耐え得る服で南国を歩き回るなんて正気の沙汰ではなかったな。
 寺院を訪ねるまでは気を張っていたから暑さも感じなかった。
 僧官長に会ってユウナの未来を預けて、緊張の糸が切れてしまったんだ。

 浜辺に向かうというワッカたちについて行く。
 来た時にはそんな余裕もなかったけれど、改めてビサイドの風景を眺めてみた。
 ナギ平原の崖から臨む荒海とは違って、ここの海は静かで優しい。
 打ち寄せる波が砂浜を洗っているかのようだった。
 強い風とは肌を刺す冷たさを持っているものと思っていたのに、ビサイドでは吹きつける風でさえ暖かい。
 そして太陽の光を浴び黄金色に輝く砂浜。
 海なんて、ベベルでもナギ平原でも、ジョゼでもルカでも見てきたのに。
 どうしてこんなに違って見えるんだろう……。

 ユウナはもう子供たちに混じって遊んでいた。彼らの屈託のなさに救われる。
 私の足元にボールが転がってきて、「パスして」との声が聞こえてくる。
 ……投げるのか? それとも蹴るのかな?
 ちょっと自信がなかったので、ボールを拾ってそのまま彼らのところに持っていった。
「ごめん。ブリッツボール、初めて触ったんだ」
「ええええっ!?」
 ワッカが、「そんな生物が現存したとは!」という顔で私を凝視している。

 生まれた時から召喚士になることは決まっていたから、こういう遊びとは縁がなかった。
 ブリッツボールについても知識として頭の中にあるだけだ。
 ワッカはブリッツボールの選手だという。
 五歳から始めて今年ようやくチームに入ったのだと笑う彼はとても誇らしげだ。
 彼は私が異界送りを身につけるよりも早くから自分の道を見つけていたんだ。
 素直に尊敬する。

「ちょっとやってみろよ。召喚士様にも……息抜きが必要だろ」
「うーん。できるだろうか」
「簡単だって! こうやってボールを持って、手を離して、蹴っ飛ばすだけだ」
 なるほど、それくらいならできそうかな。
 水中で息を切らさず泳ぎ回りながらボールを操るなんて高度な技術だ。
 でも基本動作だけなら。……うん、ちょこまか動き回る魔物を蹴っ飛ばすのには慣れている。

 ナギ平原を転がるシュレッドの丸い体に見立ててボールに意識を集中する。
「よっ!」
 クリティカルヒット。
 蹴っ飛ばしたブリッツボールは弾丸のように飛んでゆき、離れたところにある崖に穴をあけた。
「うわっ、すっげえ」
「馬鹿力……」
 周りで見ていた少年たちが驚くというより呆れ果てている。
 今さら遅いけれど、召喚士のイメージを損ねてしまったんじゃないかと焦った。

「あんた、なんで召喚士になったんだ?」
「ははは……なんでだろう?」
「兄ちゃん、失礼だよ!」
 呆然と呟いたワッカを弟らしき少年が嗜める。
「いやいやいや、その体格、その脚力、あんたは絶対ブリッツ選手になるべきだっ!」
「でも私、泳いだこともないんだよな」
「もったいねえええ!」
 頭を抱えて「スカウトしたい!」と嘆くワッカに笑う。

 もし、私の素性が違っていたら、そういう未来もあったんだろうか。
 正直に言って魔法は得意じゃない。
 破壊力のある黒魔法は得意だけれど、精密に魔力を調整するのは苦手だ。
 白魔法も遂に習得できなかった。
 召喚術だって祈り子様との相性がよかったからすぐに会得できただけで、私の魔力はそう高くない。
 ……戦闘でも、自分の体と槍を使う方が楽なくらいだ。単純な筋力には自信がある。
 今からでも泳ぎの特訓をして水中で活動できるようになれば、ブリッツの選手になれるだろうか。

 空と海と砂浜と森。
 ビサイドはとても色鮮やかで、ここにいると心が解放されてゆく。
 色とりどりの未来を思い描く。
 同じ年頃の子供たちと波打ち際で遊んでいたユウナが私に手を振った。
 少し離れたところで彼女を見守っていたキマリも私に目を向ける。

 ……いいところだ。ブラスカさんがビサイドを選んだのも、分かる気がする。
 だけど私はやっぱり、ナギ平原に帰ろう。
 この平穏は確かに尊いものだけれど、所詮は束の間のまやかしだ。
 ブラスカさんたちが命を賭して得たナギ節を永遠のものにするために……。
 やるべきことは未だ終わっていない。

 ユウナ。どうか、心を自由に。
 君が笑って生きられることを祈ってるよ。




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