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理想の土地へ


 ジョゼ寺院で一泊し、充分な休息をとって出発する。
 ここから先の道程はキノコ岩街道を抜けてミヘン街道を通って、と迷いようがない。
 ただ道なりにまっすぐ進むだけだ。
 問題が起きそうなのは、ルカだろうか。
 そこからポルト=キーリカを経由して船でビサイドに渡ることになる。
 ……船の運賃、どうしようかな。

 キノコ岩街道をしばらく進むと、何やら深刻な顔をした一団が海岸の方から歩いて来た。
 なんとなく道を譲ってしまう。どうやら全員グアド族のようだ。
 彼らはグアドサラムからほとんど出てこないはず。どうしてこんなところを歩いているのだろう。
 ブリッツボールのシーズン……とか。でも、選手には見えないな。
 青い髪の青年が私を一瞥し、その視線をユウナに向ける。何の感慨も示すことなく彼らは去っていった。
 どうしてあんなに荒んだ目をしているんだろう。私とそう変わらない年齢のようだった。
 彼の身に何があったのかは知らないけれど、その行く先に幸多かれと祈っておこう。

 街道の始めこそ変わった岩の形にいちいち喜んでいたユウナだけれど、さすがに飽きてしまったようだ。
 ミヘン街道に差し掛かる頃には、歩き疲れて眠そうに瞼を擦り始めた。
「ユウナ、キマリの背におぶされ」
 こくんと頷いたユウナが背中に抱きつき、彼女を背負って立ち上がろうとしたキマリさんはなぜか硬直した。
 んん……? あ、槍が邪魔でユウナをおんぶできないのか。
「槍、持ちますよ」
「……」
 ちょっと迷ったものの、彼は素直に槍を預けてくれた。

 そういえばロンゾ族にとって自分の槍はかなり特別なものだった気がする。
 迂闊に言って悪かったかな……。

 刻々と変わりゆく景色も風情があっていいものだけれど、やはりユウナにはつまらないのだろう。
 背負われてすぐに眠ってしまった。
 彼女が目を覚ましたらバハムートを召喚して、ミヘン街道は空から眺めることにしよう。
 私はユウナを背負ったキマリさんの隣を黙々と歩く。
 彼も特に無駄話をするでもなく黙々と歩く。
 会話がないのって気詰まりだと思っていたけれど、彼の前では不思議とのんびりできる。

「そういえば……聞きそびれてたんだけど、キマリさんっていくつなんですか?」
 私がそんなことを尋ねたら、彼は足を止めて俯いてしまった。
「……」
 もしかして歳を数えてる? 自分の年齢って忘れるものなんだろうか。
 やがて彼は顔をあげ、私をまっすぐに見つめて答えた。
「十五になった」
「……」
「……」
「……と、年下!!」
 いや、一つしか違わないのだけれども、驚いた。

 やっぱりロンゾ族の年齢ってよく分からないんだなぁ。
 性格の落ち着きっぷりも大人びて感じられるし、見た目もいくつか年上に見える。
 私だって体格はそれなりにいい方だけれど、彼はもっと上背があって筋肉質だ。
 頼り甲斐も抜群で男らしくて非常に羨ましい。
「……キマリって呼んでいい?」
「構わない」
 即答してもらえて顔がゆるむ。
「嬉しいな。同世代の友達なんて初めてだ」
 キマリは不思議そうに私を見つめた。あ、あれ?
「……友達じゃ、なかったかな?」
 不安になって聞いたら、キマリは「友達だ」と頷いてくれた。

 バハムートに乗ってミヘン街道を一気に飛び越える。
 空から眺めると本当に長大な道程だ。これを歩いていくのはちょっと大変だろう。
 現在使われている“ミヘン街道”は、実は数百年前に作られた新道だ。
 その下にところどころでミヘン様の通った旧道が見え隠れしている。
 使われていないだけあって草木に覆われ、そろそろ道ではなくなってしまうのじゃないかという荒れ様。
 便利な新道はそれとして、英雄の道である旧道もなんとか守り抜いてほしいなと思う。

 そんな歴史の勉強も交えつつ、ルカの手前でバハムートを降りる。
 スピラの大都会でありながら、ルカの町はわりと静かだった。
「あんまり、にぎわってないね?」
「まだブリッツボールのシーズンじゃなかったみたいだな。残念」
 どうせならユウナに試合を見せてあげたかったけれど、仕方がない。
 店を覗こうにもお金がないので、さっさと港に向かうとしよう。
 ナギ節の到来を祝って定期連絡船の一部が無料解放されているようだ。

 目印も何もない海の上をバハムートで飛び回らずに済んでよかった。
 ビサイドの方角さえ知らないんだ。
 島を探している最中に力尽きて落ちたらどうしようかって、ずっと悩んでいた。
 ポルト=キーリカに到着したのは夕刻だった。寺院で泊めてもらい、翌朝すぐにまた船に乗る。
 召喚術を駆使し、ベベルを発ってから約一週間。私たちはビサイド島に到着した。

 召喚士である私と、ガガゼトから出ないはずのロンゾ族の若者に、小さな女の子。
 私たちは一体何者だと思われているのだろうか。
 島の人たちの視線が突き刺さる。
 強いて言うなら、ナギ節に沸く人々に気づかず南端まで旅してきた間抜けな召喚士一行、ってところか。

 ひとまずは寺院に向かう。
 こんなにベベルと離れていては名乗っても通じるかどうか、と思ったら僧官長の方から私に声をかけてくれた。
「送儀士様!」
 祈り子様に呼ばれた時も驚いたけれど、現代の人がその名を知っているのは珍しい。

「今代の送儀士様では?」
「カルマと申します。……私のことなど、よくご存じですね」
「このような僻地の寺院ではベベルの出来事も伝わって参りません。あなた方には感謝しております」
 礼儀正しく謝意を示され、少し胸が熱くなってしまった。
 自らの誇りのためにやっていることとはいえ、やっぱり誰かに仕事が認められるのは嬉しい。

「ナギ節の到来は伝わっていますか?」
「はい。ベベル宮のブラスカ様が成し遂げたと」
 ベベル宮の、か……。
 ちゃんとブラスカさんの言葉通りに伝えたのだけれど、案の定ベベルにねじ曲げられたようだ。
 彼が結婚した時に厄介払いのごとく除籍しておいて、よく言う。
 しかしビサイドの僧官たちには関係のないことだ。
 エボンの中枢から遠く離れた地には、比較的純粋な信仰が残っていた。

 ユウナの肩に手を置いて、誠実そうな僧官長に向き直る。
「彼女はブラスカさんの娘、ユウナです。どうか……彼女をこの島に置いてやってください。それが死者の願いです」
「ブラスカ様の……?」
「彼は旅の最後にビサイドを訪れた折り、ユウナがこの地で静かに暮らすことを望みました」
 僧官長は胸を衝かれたような顔になり、目を伏せてエボンの礼をした。
「承りました」

 できれば寺院と関わりすぎることなく、ユウナはユウナとして生きてほしい。
 でも、さすがにそれは望みすぎだろう。私が口を噤んでいると僧官長は意外なことを仰った。
「彼女の暮らす家を用意しましょう。あとのことは子供たちに任せます」
「子供たちに……ですか?」
「年下の面倒を見るのは年長者の役目ですから」
 ここでどのように暮らしていくかはユウナ自身の問題だ。そう言った彼に、思わず頭を下げた。
 本当にブラスカさんは……、こういう人を見つけるのが得意だったな。

 寺院を出ると風が頬を撫でた。知らぬ間に汗をかいていたせいか、建物の外に出ただけで気持ちがいい。
 様子を窺っていた子供たちの中の一人が、ユウナを見て手招きをする。
 ユウナは恐る恐る私を見上げた。
「行っておいで」
「……うん!」

 元気に駆けていく背中を見送りながら、キマリが呟いた。
「キマリはここでユウナを守る」
「うん。お願いする」
「カルマは残らないのか」
「私は……ナギ平原を守るのが、私の使命だから」
 ブラスカさんのくれたナギ節は、いずれ終わる。そしてジェクトさんが新たなシンになるのだ。
 また繰り返し召喚士が旅に出て、究極召喚を求め、命を落とす。
 黙って見ているわけにはいかなかった。

 私はナギ平原に帰る。そして、召喚士をそこから先に行かせない。
 祈り子様の言う螺旋を断ち切る術は思いつかないけれど……。
 とにかく、まずは究極召喚を拒絶することから始めようと思う。
 新たなシンを生み出さなければ螺旋は途切れる。それからきっと、その先に何かが……。
「あれ……?」
 きっと、何かが。……考えがまとまらない。
 頭がふらつき、ふと空を見上げれば太陽が燦々と輝いている。目が眩む。
「カルマ!?」
 キマリの叫びを聞いたのを最後に私の視界は暗転した。




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