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どんな思い出だって忘れずに


 私たちの眼前には広大な幻光河が横たわっている。
 バハムートで飛び越えてしまってもいいのだけれど……。
 ちらりとユウナを窺えば、彼女はキラキラした瞳で私を見上げてきた。
「わたし、シパーフ乗りたい!」
「そう言うと思った」

 とりあえずユウナをその場に残し、キマリさんと二人でシパーフ乗り場に向かう。
「どうしよう。私たちは一ギルも持ってないんですよ」
 道中の食事もキマリさんが捕まえてくれた獣の肉と私が摘んだ草で凌いでいるほどだ。
 雷平原の公司で厚意に甘えて朝食は頂いてきたけれど。
 シパーフに乗る金があるくらいなら先のために置いておきたいのが本音だった。
「……」
 キマリさんは無言で槍を見つめた。
「脅迫は駄目です!」

 どうにか交渉できないかと彷徨いていたら、乗り場から少し離れたところに隔離されているシパーフを見つけた。
「こっちの子はどうしたんですか?」
「怪我してるから、の〜んびりお休み中〜」
 なんでも旅の酔っ払いが魔物と間違えて斬りつけたそうだ。
 酷い人もいるものだな……。
 その事件が起きたのは一月ほど前だというけれど、まだ動けないほどの深傷なのだろうか。

 シパーフのそばにしゃがみ込んで祈り子様に願う。
 どうやら応えてもらえたようで、優しい光が刀傷をそっと撫でた。
 新しい皮膚ができあがり、傷口が周りの皮膚に馴染んでいく。
 痕は残ってしまったけれど、もう痛みはないはずだ。

「……腑に落ちない」
 結局、シパーフの傷を治療した礼にということでタダで乗せてもらえた。
 それはとてもありがたいのだけれど……。
 善意でやったつもりなのに、まるで下心があったかのような形になってなんとなくスッキリしない。
「すごい! 街が沈んでるよ! カルマ、キマリ、ほらっ!」
 ……まあ、ユウナが喜んでいるから、いいか。

 幻光河の下には千年前の都市が沈んでいる。
 水面の向こう側には、ベベルよりずっと立派な都市が揺らめいていた。
 ガガゼトから出たことがないであろうキマリさんも心なしか目を輝かせて覗き込む。
 そうして私たちが油断した隙をついてのことだった。
 ボチャンという大きな音に慌てて振り返る。
「ああっ、ユウナ!?」
 ユウナがいない! 落ちたのか!?

 キマリさんと二人して立ち上がったところで、シパーフがその長い鼻でユウナを抱えて掬い上げてくれた。
「身を乗り出しちゃ〜、駄目だ〜よ〜?」
「す、すみません! ありがとうございます!」
 全身びっしょり濡れつつもユウナは悪びれずに笑っていた。
「ユウナ、大人しく座ってないといけないよ」
「ごめんなさい……」
 ……で、でも、はしゃぐ気持ちは分かる。
 私もキマリさんも目を離していたのだし、あまり叱ってはいけないな。

 なんて甘い顔を見せたのが悪かったのだろうか。
「ユウナーーー!!」
「気をつけてね〜」
「ゆ、ユウナ!」
「もう落ちないで〜ね?」
「ユウナ……」
「……」
「すっ、すみませんすみませんすみません」
 シパーフに抱っこされるのが楽しかったらしく、ユウナは何度も何度も何度も幻光河に飛び込んだ。
 さすがに御者さんの視線が冷たくなってきて、キマリさんにユウナを捕まえておいてもらうことにした。

「な、なんかすごく疲れた……」
 やっぱりバハムートを呼んでさっさと飛び越えてしまうべきだった。
 精神的な疲労が濃くて、しばらくまともに召喚できそうにない。
 ジョゼ寺院で少し休ませてもらうとしよう。寺院なら食べ物も分けてもらえるはずだ。

 シパーフ乗り場を後にして、ユウナはキマリさんと手を繋いで跳ねるように歩いている。
「楽しかったね!」
「ユウナが楽しいとキマリは嬉しい。でも、カルマを疲れさせてはいけない」
 優しさと厳しさがちょうどいい。キマリさんは大人だなぁ。
 ……でも彼はいくつなんだろう。ロンゾ族の年齢ってよく分からない。
 ユウナは一応反省したらしく、私を見つめてしおらしく頭を下げた。
「カルマ、ごめんなさい」
「大丈夫だよ」
 シパーフと御者さんには少し悪いことをしたけれど、ユウナがいっぱい笑ってくれてよかった。

 急ぐことばかり考えていたけれど、ゆっくり歩いていくのもいいかもしれないな。
 ユウナをビサイドに連れていくのはもちろんだけれど、ブラスカさんは、私にビサイドまで“旅”をするようにとも願っていた。
 スピラにあるたくさんの美しい風景を、一緒に眺めながら……。

 ジョゼ寺院が見えてくると、ユウナは目を丸くしてそれを見上げた。
「寺院に岩がくっついてる!」
「雷キノコ岩というやつだね。召喚士が祈り子様に会っている間だけ岩が開くらしい」
 一体どういう仕組みなのかは分からないけれど、祈り子様の心に感応しているんだろうか。

 ふと隣から熱い視線を感じた。
「……」
「えっ」
 ユウナ、何その期待に満ちた瞳は。
「……」
「み、見たいのか?」
「うん!」
 民に希望を与えるのも召喚士の使命だよな、うん。

「祈り子の間に行ってもよろしいですか」
 否と言われる理由もないのだけれど、あとで食事も頂きたいので下手に出ておく。
「おお、召喚士様! もちろんですとも。……して、ガードの方は……?」
「えっと、外で待っています。雷キノコ岩の開くところが見たいそうで」
 しばし沈黙の後、僧官長は曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
「さ、左様でございますか」
 自分のガードに蔑ろにされてる可哀想な召喚士……だと思われてるかもしれない。

 力強い歌声の通り、ジョゼ寺院の祈り子様は屈強な男性だった。
『……』
「……」
 な、なんか緊張してしまう。
 ベベルの祈り子様は初対面という気がしなかったのだけれど、彼のことは何も知らないんだ。
 いや、それ以前に……。

『そなたはザナルカンドに行かぬのだろう?』
「……はい」
『何故ここに?』
「……」
 雷キノコ岩の開くところをユウナに見せたくて……とか……言えない……。

「あの、祈り子様。私はザナルカンドでユウナレスカ様にお会いしました。……究極召喚の真実を、聞きました。なぜ祈り子様は召喚士をザナルカンドに向かわせるのですか」
 それは救済になり得ない。召喚士が修行を重ねて究極召喚を得ても、新たなシンを生み出すだけだ。
「シンが倒せぬものならば、戦わなければよいではないですか。なぜ……徒に死者を増やすのですか」
 全部やめて、投げ出してしまえばいい……。そう思う心もある。
 でも、それでは悲しみが終わらないんだ。

『シンもまた夢を見ているに過ぎぬ。我らと同じように、我らとは異なる夢を』
「シンの夢……?」
『悲劇の螺旋に囚われながら、自らの滅びを夢見ている』
 その行いがスピラを救うと信じて命を捧げた。しかしそれはまやかしだった。
 己がシンと化した絶望に囚われ、彼らはまた破壊を繰り返す。
「その螺旋を断ち切ることはできないのですか?」
 祈り子様の表情が苦痛に歪み、私の胸も痛んだ。
『我らは夢見る死人。もはやどこへも行けぬ』

 彼らもまた、シンを倒すために身を捧げて祈り子となったんだ。ジェクトさんのように。
 千年もの昔からこんなことが繰り返されている。
 それでも終わらないのか。シンはどうしても甦るのか。本当に人の罪は消えないのか。
『非力な送儀士よ。そなたの道は正しい。異界送りこそが真実の使命。悲しくとも、辛くとも、死者は眠らねばならぬのだ』
 夢を終わらせることができたらきっと祈り子様もシンも、安らかな眠りにつくことが叶うのに。
「祈り子様。どうすればいいのかは分からないけれど、私は少し、考えてみます」
 ザナルカンドには行かない……私にもできることが、きっとあるはずだ。




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