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寂しい夜も君の歌を聞いて


 夜が明けると、ガガゼトから一人の下山者が現れた。
 途中で無惨に折られたツノが目立つ、小柄なロンゾ族の青年だ。
「キマリさん……でしたね。ベベルに行くんですか」
 彼は私を見留めると黙って頷いた。
「私も行きます」
 今頃ベベルは“大召喚士ブラスカ様”のナギ節に沸き立っているはずだ。
 彼一人いきなり訪ねても、ユウナには会わせてもらえないだろう。

 旅行公司でチョコボを借りて、ベベルに向かって走らせる。
 私の隣でキマリさんは無言だ。
 ロンゾ族はこんなものだとも聞くけれど、機嫌を損ねているのではと不安になる。
「……あの、先ほどは大変失礼しました」
 彼は誠意をもって接してくれたのに、私はそれに応じる余裕がなかった。
 でもキマリさんは、何のことかと首を傾げている。……気にしてないみたいだ。

「どうしてアーロンさんの願いを聞いてくれるんですか」
 ロンゾ族が霊峰を離れるというのは一大事だ。それもヒトの遺言を叶えるために。
 彼がここにいることに、一族の同意があるとは思えなかった。
「御山は死を受け止めた。御山の意思は、あの男と共にある」
 ロンゾ族には異界送りの習慣がない。死者は霊峰ガガゼトに受け入れられるもの。
 他のロンゾがどうかは知らないけれど、彼はその死を見届けたことでアーロンさんを仲間として認めたようだ。

「……私は、カルマです。よろしくお願いします」
「キマリだ」
 もう名前は知っているのに、律儀に名乗ってくれる彼に少しだけ心が癒された。

 ベベルの様子がどうなっているのかは、遠くからでもよく分かった。
 もう夜だというのに祝砲が鳴り止まない。
 チョコボを放してやり、大橋でキマリさんを振り返る。
「ここで待っていてください。ユウナを連れてきます」
 たぶん彼を町に連れて行っても騒ぎにはならないだろうけれど……。
 ユウナがどこでどうしているか私は知らない。
 最悪の場合に備えて、すぐ逃げられるようにしておいた方がいい。

 ベベルの町並みは私が出て行った四年前と少しも変わっていなかった。
 通い慣れた道を抜け、辿り着いたブラスカさんの家はもぬけの殻。
 酔って浮かれている近所の住民を捕まえたところ、今朝になって寺院の人間がユウナを迎えに来たらしい。
 そんな時だけ手際のいいことだと苛立ちながらベベル宮に向かう。
 そこでもユウナは見つからなかった。

「いないって、小さな子供をこの馬鹿騒ぎの中で放ったらかしてるんですか!?」
「つ、つい先程までは部屋にいたんだ。見れば分かるだろう? 私たちも忙しくて……」
 ブラスカさんの死を伝えられてすぐにユウナを連れ去ったくせに、誰も彼女を労っていなかったというのか。
 ……この祝砲はユウナにとって父親の死を知らせる音なのに。
 誰もそばについて彼女を慰めてやらなかったのか!

「もう結構、自分で探します。それから、ユウナはビサイド村に連れて行きますので」
「何? しかし、大召喚士の娘だぞ! いずれはユウナも召喚士に……」
「彼らを散々冷遇してきたくせに、今さら何を! ブラスカさんの次はユウナを殺す算段か!?」
 彼を責めても仕方がない。分かっているが、その言葉がエボンの総意であるのも事実だった。
「ユウナは連れて行く。大召喚士の遺言だ」
「ま、待て、マイカ総老師のご判断を……」
「追ってくるなら私は二度と大召喚士の名を知らせない、それとも新たな墓掘り屋を探すかとでも伝えておけ!」
 ユウナをここから遠く離れた静かな場所へ。誰にも邪魔はさせない。

 早くユウナを探し出さなくては。手分けして町に出るにしても、キマリさんは土地勘がないし……。
「キマリさん! ユウナが部屋にいなくて……」
 大橋に戻ると、彼のそばには小さな女の子が立っていた。
「ユウナ……」
 彼女はあの懐かしい瞳で私を見つめた。
 草原のごとき緑と深く透き通った海の青。いなくなってしまった人たちの色。
 でも、まだ彼女がここに残されている。
「カルマ?」
「私のことを覚えてるんですか」
「ちょっとだけ……」
 はにかむ彼女の目尻には流しきれなかった涙が留まっていた。

 バハムートを召喚し、ユウナとキマリさんを連れてその背中に乗り込んだ。
 欄干を蹴って飛び出し、漆黒の体は夜空に紛れる。
 見送る者もないまま聖ベベル宮は瞬く間に遠ざかっていった。

「ビサイドって、どうやって行くんだろう?」
「南に向かえば辿り着く」
「そ、そんな単純な……」
 うーん。
 でも、ビサイドにも寺院があるんだから、確かに南へ向かってさえいれば道を誤ることはないかもしれない。
 ブラスカさんがそうしたように、寺院を辿ってベベルから一番遠い場所へ。
 迷ったら誰かに道を尋ねて、きっとなんとかなるだろう。
 なんとかなったらいいな。

 ベベル宮が影も形も見えなくなったところで少し疲れてきた。
 昨夜もほとんど眠っていないせいで集中が乱れる。
 そろそろバハムートを送還して徒歩に切り替えるべきだろうか。
「ここはマカラーニャですね。祈り子様の力で一年中凍りついているのだとか」
 そう言ったところでユウナが「へくちっ」と可愛らしいくしゃみをした。
「さむいね……」
「……よし。雪原は一気に越えてしまおう。森まで行けば寒さも和らぐはず」
 両頬を叩いて気合いを入れる。もう一頑張りして召喚獣を維持しなければ。

 雪景色が途切れ、森が見えてくる。できればここも越えたいところだったけれど、中ほどで力尽きた。
 森の奥にあった大きな湖に降りて、今夜はここで休憩をとることにする。
 明日の朝になればまたしばらく召喚を維持できるようになるだろう。
 ユウナの小さな足でスピラの端まで歩かせるわけにはいかない。
 できるだけ歩くのが辛いところを、バハムートで越えていくことにした。

 それにしても、祈り子様の力は森まで届いているようでまだまだ寒い。
 焚き火のそばでユウナは震えていた。
「キマリさん、ユウナを抱っこしてあげてくれませんか」
 こくんと頷き、彼はその腕の中にユウナを迎え入れる。
「キマリ、あったかいね!」
 ユウナが嬉しそうに笑うので私もホッとした。
 ロンゾ族は皮膚が厚くて体温が高く、毛皮もあって寒さに強い。
 彼に抱っこしてもらえば夜を越しても風邪を引かずに済むだろう。

 これで大丈夫……、と私も仮眠を取ろうとしたところで、腕を引っ張られた。
「えっ!?」
 なんだか分からないうちにユウナと一緒にキマリさんに抱き締められている。
「あの、私は寒いのはわりと平気で、あの……」
 べつに一人で大丈夫だと言おうとしたものの、キマリさんはすでに目を閉じて休んでいた。
「……ありがとう、ございます」
 不気味なざわめきが響く暗い森。でも隣には二人分の温かさ。
 今夜は少し、眠れそうだ。

 翌朝、太陽が昇ると同時に再びバハムートを召喚し、マカラーニャ森林を空から抜ける。
 普通に歩いて寺院を巡る旅をすればビサイドまで一月はかかるそうだ。
 私の力でどれほど縮められるだろうか。

 森を抜けてしばらく進んだところで、前方に暗雲が広がった。
 かなりの広範囲で絶え間なく雷が轟いている。
 これは……噂に聞いた雷平原だろうか。
 轟音に身を竦め、キマリさんの腕にしがみつきながらユウナが尋ねる。
「ここ、通るの……?」
 私としてはできれば通りたくないな。
「ここここここを飛んでいくのは、き、危険そうですね」
 平原に差し掛かる前にバハムートが消えた。もちろんわざとだ。
 決して、雷の恐怖に混乱して維持できなくなったというわけではない。

 確か、避雷塔に近づきすぎず離れすぎずに進めば通り抜けられると聞いたことがある。
 もし私たちの真上に落ちてきたらウォータで壁を作って雷をよそへ逃がそう。
 なんとしてもユウナを守らなければと槍を握り締めていたら、ユウナが私の手を握って強い眼差しで見上げてきた。
「カルマ、大丈夫だよ。わたしとキマリが守ってあげるからね」
 キマリさんも彼女の言葉に真顔で頷いている。もしかしなくても彼にとっては私も保護対象なのだろうか。
「うぅ、ありがとう、二人とも……」

 魔物なんて屁でもないけれど、雷というものは本当に恐ろしい。
 ナギ平原にもたまに嵐がやって来るんだ。
 瞬きする間に空から落ちてきた雷が、凶悪極まりない魔物をも真っ黒焦げにして殺してしまう。
 何もない大平原では逃げ場なんてなかった。立っているだけで死の恐怖に取り憑かれる。
 嵐が去るまで身を伏せて祈り続けるしかないんだ。
 ……雷は、本当に、怖い。

 無心に進み続けてどれくらい経っただろうか。
 常に暗雲が覆っているせいで、雷平原では時間の感覚がおかしくなる。
 ユウナは少し疲れた顔を見せるようになっていた。
「この平原は一日で抜けられるものなんでしょうか」
 ナギ平原ですら、まっすぐに突っ切っても一日半から二日はかかる。
「カルマ、建物がある」
 キマリさんが指差した方向に目をやれば、確かに見慣れたデザインの建物がある。
「旅行公司……」
 問題は、私たちの誰もお金を持っていないということだった。

 公司の中に入って時間を確認したところ、どうやらすでに夕刻のようだ。
 言わなかっただけでユウナはずっと前から疲れきっていただろうに。
 私やキマリさんの感覚で歩かせてはいけなかった。

 受付の女性に声をかける。
「すみません、失礼は承知のうえで、お願いします。この子だけでも泊めてくれませんか」
 お金はないのですがと付け加えるのが非常に心苦しかった。
 しかし彼女は思いがけず私に笑いかけてくれた。
「カルマさんですよね? オーナーから聞いてますよ。どうぞ、一部屋お貸しします」
「あ、ありがとうございます!」
 リンさん! なんて手回しのいい人なんだ!
 彼には本当にお世話になっている。いつかちゃんとお礼がしたいな。

 ビサイドに着くまでにあと何度まともな宿に泊まれるだろう。
 この機会にゆっくり休んでおきたいのに、鳴り止まない雷のお陰で私もユウナもビクビクしている。
 ……本当は、ビサイドに着いてもどうすればいいのかは分からないんだ。
 伝手もないし、島の人たちはユウナを受け入れてくれるだろうか。

 ユウナが泣きそうな顔で身を寄せてくる。
 温かな彼女の体を抱き締め、頭を撫でてやりながら目を閉じる。
 祈りの歌が聞こえてきた……。どうやらキマリさんが子守唄を歌ってくれているようだ。
 耳に馴染んだ祈り子様の声とは違うけれど、キマリさんの声は低くて心地よい。
 雷の落ちる恐ろしい轟音も、彼の歌に紛れるとまるで厳かな伴奏に聞こえてきた。
 私とユウナとどちらの音か、心音がゆっくりと穏やかになっていく。
 いつの間にか眠りに落ちていた。




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