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諦めきれない無様さ


「これが、エボン=ドームですか」
 究極召喚を求めて召喚士が最後に辿り着く、極北の寺院。
 シンとの戦いに負けず劣らず大量の幻光虫が舞っていた。
 けれど、ここはとても穏やかだ。
 幻光虫の存在感は酷く稀薄で、生者に干渉することなく周囲を漂っている。

「まるで異界のようだな」
「グアドサラムの異界もこんな光景なんですか?」
「ああ……。美しいが、目を背けたくなる」
 それは、なんとなく分かる気がした。
 異界送りを舞う時、遠ざかってゆく魂の向こう側にうっすらと景色が見える。
 流れが絶えることのない滝、舞い上がる幻光虫が咲き乱れた花のうえを飛び交う。
 昼と夜が連なる不思議な空……。あれが死者の眠る場所、異界なんだろう。

 不意に幻光虫が人の形を作り出す。彼は遠くを見つめながら優しく囁いた。
『ナギ平原は確かに美しい。でもスピラにはたくさんの風景がある。カルマも、ビサイドまで旅をしてみればいい……』
 微かに残された思念が私の胸に木霊する。

 思わず足を止めてしまった私の背中を、アーロンさんがそっと押した。
「ナギ節が来たのだから、外に出たらどうだ?」
「……そうですね」
「俺はユウナをビサイドに連れて行くつもりだ。……頼まれたんでな」
「私も……、ついて行っていいですか?」
 ブラスカさんの足跡を辿ってみるのもいいだろう。彼がどんな風景を見てきたのか。
 ユウナと一緒に。アーロンさんと一緒に。

 幻影の消えた辺りを見つめ、アーロンさんは頷いた。
「お前のことも頼まれている」
「……ふふ。何でも簡単に押しつけて、あの人わりと、自分勝手なところがありますよね」
「俺も随分と振り回されたものだ」
 思い返せば今は悲しみで押し潰されてしまいそうだ。
 けれどきっとこの悲しみもいつか、優しい思い出に変えられる。
 そう、思っていた。

 エボン=ドームの中にはベベル宮と同じように祈り子の間があった。
 力を失った祈り子様の石像が安置されている。
 その向こうに、究極召喚の秘術を授けてくださる方がいるという。

「ユウナレスカ様……?」
 千年前の死人。これだけの幻光虫が漂っていれば想いが留まるのも道理だろうか。
 生者を妬む邪悪な意思は感じられない。ユウナレスカ様の魂は穏やかだ。
「シンは倒れました。よく使命を果たしましたね」
 けれど、労いの言葉を受けてアーロンさんの表情は明らかに強張った。

「ブラスカ様は死んだ。ジェクトも……。シンはどうなる? もう、甦らないのか?」
 このナギ節が永遠であるように。召喚士は誰しもそのように願って命を捧げる。
 もう千年だ。皆がそれぞれに苦しみ、耐え忍んできた。
 いつになれば許されるのか。
 ユウナレスカ様の答えは、私たちを凍りつかせた。
「シンは不滅です。シンを倒した究極召喚獣が新たなシンと成り代わり、いずれ復活を遂げるでしょう」

 どういうことなのかと、問う声が掠れる。
 見ればアーロンさんも私の隣で拳を震わせていた。それは怒りか、絶望か。
「シンは人の犯した罪の証。罪が消えることなどありません。なれど戦う者の勇気は民に希望を与えましょう」
「そんな……」
「希望は慰め。究極召喚の奇跡こそが、悲しき宿命を諦め、受け入れる力となる」
 だが、その究極召喚こそが新たなシンを生み出すと彼女は言った。
 ……シンを倒すために祈り子となったジェクトさんが、次のシンになるのだと。

「ふざけるな!」
 魂を振り絞るような慟哭に身を竦める。
「ただの気休めではないか! ブラスカは教えを信じて命を捨てた! ジェクトはブラスカを信じて犠牲になった!! それが……ッ」
 何の意味も、なかったというのか。
 シンは必ず甦る。許される日は来ない。
 ならば、彼らの犠牲は何だったんだ。
「信じていたからこそ、自ら死んでゆけたのですよ」

 ユウナレスカ様の言葉に理性を切らし、アーロンさんは太刀を手に斬りかかった。
 しかし刃は彼女に届かず弾かれる。
「アーロンさん!」
 なおも斬りつける彼を、ユウナレスカ様は腕の一振りで吹き飛ばした。
「エボンの教えはスピラを照らす希望の光。希望を否定するのなら、生きていても悲しいだけでしょう?」

 慌ててアーロンさんのもとに駆け寄る。彼の刃がそのまま跳ね返されたように全身から血を流している。
「アーロンさん、しっかり……っ!」
 召喚魔法が使えない。祈り子様の声が、聞こえない。
 乱れる心を宥めて祈っても、声が届かない。
 奇跡は起きない。

「ど、どうして……」
 早く傷を癒さなければアーロンさんが死んでしまう。焦るほどに、祈り子様の気配は遠ざかった。
――ザナルカンドには行っちゃ駄目だよ。
 言いつけを破ったから……助けてはくださらないのか。

「恐れることはありません。悲しみは、じきに解き放たれます。命が消えるその時に悲しみもまた消え去ります」
「死に救いを求めるしかない……そう仰るんですか……?」
 ナギ平原の風に溶けたブラスカさんの心。
 異界に送る時、舞いながら彼の魂に触れた。
 ユウナの未来を祈りながら、愛しき人と共に去ろうとする、彼のぬくもり……。
 散っていく命は確かに穏やかで、安らいでいた。

 呻き声さえあげずに倒れ伏すアーロンさんを抱えあげた。
 まだ息をしている。彼の命は、まだ温かい。
「ユウナレスカ様。どうか、お慈悲を……」
 抗いはすまい。けれど見逃してほしい。私の懇願に、ユウナレスカ様は困ったように微笑んだ。
「あなたは未熟、究極召喚には値しません。立ち去ることを許しましょう」
「……ありがとう、ございます」
「束の間の凪ぎに心を慰めなさい」

 背が高くなったと誉めてくれた。ブラスカさんに、追いついたと思っていた。
 でも足りない。瀕死のアーロンさんを抱え、荒野を抜け、ガガゼト山へ……。
 急がなければいけないのに、私には力が足りない。
 もっと大きければ、もっと強ければ、すぐにも彼を助けられるのに。
「カルマ……ブラスカの娘を……」
「その前にあなたの傷でしょう。とにかく誰か、人のいるところへ」
 遺言なんか聞くものか。アーロンさん、あなたまで勝手な頼み事をしないでくれ。

 ガガゼトの雪に足を取られる。ナギ平原まで持ちそうにない。
 ……どうにか彼らと交渉できればいいのだけれど。御山を侵した罪は私がいくらでも償おう。
 どうか、どうか、誰か……助けて……!
 その心の叫びに呼応するかのごとく、小柄なロンゾ族がこちらを見ているのに気づいた。
「そこのロンゾ族の方! 癒し手はどちらに!?」
 鋼の肉体を持つ彼らは白魔法も薬学も未熟だ。それでも傷の手当てくらいは望めるだろう。
 けれど……彼は肌を蒼白に染めたアーロンさんを見て、首を振った。

「手後れだ」
「そんなことはない!!」
 駄目だ。やはり強者のみを尊ぶ彼らに助けを求めることはできない。
 ロンゾ族の青年は、鈍重に歩みを進める私の背中に声をかけた。
「願いはあるか」
「……ベベルに……ブラスカの娘……、ユウナを……ビサイド、に……」
「……聞き届けた。死に行く者の願い、キマリが必ず叶える」
 やめてくれ。死に行く者だなんて言わないで。私が背負っている命には、温かな血が通っているのに。
「祈り子様! ナギ平原に、連れていって……!!」

 何をどうやったのか自分でも分からない。
 気がつくと私は、アーロンさんを抱えたままバハムートにしがみついていた。
 凄まじいスピードで空を駆ける。
 頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられなかった。
 やがてナギ平原の真ん中にポツリと佇む公司の屋根を見つけ、一心不乱にそこへ飛び込んだ。

「おや、カルマさん。一体どう……」
「リンさん!!」
「これは酷い怪我ですね。部屋にお連れしましょう」
「リンさああああん!!」
 言語機能を失った私の代わりに、リンさんがてきぱきと従業員に指示を飛ばす。
 寝室に運ばれ、そっと寝かされたアーロンさんに回復魔法が唱えられるのを見て、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「なんで、なんで白魔法を習得しなかったんだろう! 私は馬鹿だあああ!!」
「落ち着いてください、カルマさん」
 至極冷静なリンさんに「治療の邪魔だから」と追い出され、私は公司の外で一頻り泣き喚いた。
 白魔法が使えたら。祈りが届いていたら。アーロンさんを止めていたら。もっと力があれば。
 私がもっとちゃんとしていたら……、きっと、助けられたのに……。

 月が空のてっぺんで光っている。寝静まった公司に戻り、アーロンさんの眠る部屋を訪ねた。
「アーロンさん……」
 彼は寝台に腰かけていた。
 ザナルカンドからずっと彼を抱えてきたんだ。
 ……治療が功を奏したわけじゃないって、痛いほど分かっている。
「カルマ。異界送りは……するな」
 命が消える時に悲しみも消えるなんて大嘘だ。

「俺は……ザナルカンドに行かねばならん」
「もう無理ですよ……ユウナレスカ様には勝てないです……」
「違う。あの遺跡ではない。眠らない街、ザナルカンドに……。ジェクトと約束したんだ」

 夜の静寂の中、影から溶け出すようにフードを被った少年が現れた。
『送ってあげて』
「で、でも……」
『大丈夫。シンは傷を癒しに、これからザナルカンドへ行くんだ。一緒に……連れて行ってあげる』
 シンは不滅。シンを倒した究極召喚獣が新たなシンと成り代わる。
「本当に、ジェクトさんがシンに……?」
『ごめんね……』
「……祈り子様のせいじゃ、ないです」

 眠らない街ザナルカンド。あの遺跡ではない場所。
 どこにあるのか私は知らないけれど……やり方は同じだ。
 私はグアドサラムの異界だって見たことがないけれど、ただ死者の望む場所に導くだけだ。
「アーロンさん……」
 幻光虫が螺旋を描いて舞い上がる。
 彼が、ブラスカさんと違う場所へ旅立ったことだけは感じ取れた。




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