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光を捧ぐ


 日が昇り、日が沈む。昼と夜とを繰り返すこと四日間。
 たったの四日間で、ブラスカさんはガガゼト山を降りてきた。
 彼に召喚士の才能などなければよかったのに。
 究極召喚の祈り子様が、応えてくださらなければよかったのに。

「お待ちしておりました」
「ありがとう、カルマ」
「……ジェクトさんは」
 ブラスカさんも、憔悴しきった様子のアーロンさんも黙り込んでいる。
 沈黙が答えとなった。

「しっかり見届けてくれ。これを最後に、カルマの使命も終わりにしよう」
 一生のうちに送るべき大召喚士に出会えるとは限らない。
 私は身に余るほど光栄な一瞬に立ち合っているんだ。でも、ちっとも嬉しくなかった。

 記録用のスフィアを起動する。
 きっとこの姿がスピラにあるすべての寺院に伝えられ、歴代の大召喚士たちと並び立つ像が造られる。
「どんな名を記録しましょうか」
「そうだな。スピラの……ブラスカとだけ」
 アルベド族の奥方も、その血が混じるユウナも、ただ自分が自分でいられるように。
 出生など関わりなくスピラに生きるひとつの命として……。
「ブラスカ様、ご武運を」

 ナギ平原の突端で彼が舞う。現れたのはあまりにも巨大な召喚獣だった。
 あれが……シンを討ち滅ぼす唯一無二の奇跡、究極召喚。
 莫大なエネルギーと濃密な幻光虫に導かれるがごとく、シンがその姿を現した。
 同時に究極召喚を繰るブラスカさんの周囲に、無数の影が揺らめく。
「アーロンさん、コケラが!」
「ブラスカ様……ッ! くそ、邪魔をするな!」
 禍々しい気配に惹かれ、平原中の魔物まで集まってきた。

 究極召喚がシンに喰らいつく。ナギ平原を覆い尽くすほどの幻光虫が溢れ、視界が歪む。
 それでもなんとか心を保ち、バハムートを呼び出した。
「アーロンさん、こちらは私が!」
「任せるッ!」
 赤い着物がブラスカさんのもとに駆けていく。
 彼の周囲はアーロンさんが守ってくれる。ならば私は剣で届かぬ魔物を。

 シンの肉体が傷つくたびに幻光虫が舞い、それが私のバハムートを強くする。
 しかしシンが揺らぐごとにコケラもまた溢れ出た。
 泥沼の戦いだ。
 段々と、自分が何をしているのかもよく分からなくなってくる。
 ただがむしゃらに槍を振るい、バハムートを繰り、魔物を討ち滅ぼしていく。
 やがて空をつんざく咆哮が聞こえ、攻勢がおさまった。

 気づけば、シンの巨体はほとんど見えなくなっていた。
 幻光虫が行き場を失ったようにシンの周りを飛び交っている。
 その像さえもやがて薄れ、消えていく。しかし、何かが……。
 究極召喚が消え去る直前、何かが、シンの残骸から飛び立った。

 大気は未だシンが倒れた余韻に震えているようだった。
 精も根も尽き果てそうになりながら足を引きずり、ブラスカさんのいた場所へと向かう。
 シンは周囲の幻光虫を無限に汲み取り、傷ついてもすぐに甦る。
 シンを倒せるのは究極召喚のみ。
 召喚士の想いの強さだけが、シンと幻光虫との繋がりを断つことができる。
 魂のすべてを懸けて究極召喚を使役した。
 ブラスカさんは……空っぽになって、横たわっていた。

 泣いてはいけない。幻光虫は水に馴染む。ここで泣いたら、彼の未練を私に留めてしまう。
 この場に溶けた彼の魂を異界に送り届けなければ。
 どうか、彼に安息を。
 願わくは彼の一番大切な彼女も、共に逝けるように。
 地面に突き立てた太刀に縋りつき、アーロンさんは呆然と私の舞を眺めていた。

 なぜだろう。
 涙を堪えるのはきっと大変な労力を要するに違いないと思っていたのに。
 嵐の過ぎたナギ平原で、私もアーロンさんもただぼんやりと座り込んでいた。

 もはや骸も遺されてはいない。ブラスカさんがいたという証は、思い出とスフィアの中にしか存在しない。
 きっとシンの毒気のせいだ。魔物になってもいいから、留まってほしかった、なんて血迷ったことを考える。

「……本当にシンを倒せたのか」
 ぽつりとアーロンさんが呟いた。
「最後に見えた……あれは何だ? 何かが究極召喚に……ジェクトの中に入っていった。あれは何だ?」
「アーロンさん、落ち着いて……、ジェクトの中にってどういうことですか?」
「究極召喚の祈り子は、ガードだ。ジェクトが祈り子になったんだ」
「……え?」
 では、シンを滅ぼしたあの召喚獣が……。

 ガードが命を捧げて究極召喚の祈り子となる。言われてみるとすんなり理解できる。
 召喚獣の使役には祈り子との絆が必要になる。
 再生する隙も与えずシンを圧倒し、打ち倒せるほどの力……。
 長きに渡る旅を共にしてきたガードならば、これ以上ない絆を持つ祈り子となるだろう。
 理解できる話だ。でも、なぜそれが知られていないのか。
 召喚士は自らの命を捧げる覚悟のうえで旅をする。付き従うガードとて同様だ。
 隠しておく理由など、ないはずじゃないか。

「シンの残骸から何かが飛び出した……究極召喚の中に入っていった……、究極召喚の祈り子は、大召喚士のガード……」
 何が起きているのか、私には分からない。
 けれど言い様のない気持ち悪さが胸に渦巻いている。

 分かるのは、ブラスカさんがどこにもいないということ。ジェクトさんも、もういないということ。
 ……そして、五年か、十年か、もっと後か、いずれまたシンは甦るということ。
 拳を地面に叩きつけ、アーロンさんは立ち上がった。
「ザナルカンドに行く……!」
「アーロンさん! 私も、ついて行きます。少し待ってください」
 とにかく、まずはブラスカさんの名をベベルに伝えなくては。
 通信スフィアを寺院に繋ぎ、ブラスカさんの名前と姿を送る。
 じきにスピラはナギ節の到来を知るだろう。

 私には、他にも知らなければいけないことがある。
 祈り子様のお力を借りてアーロンさんの傷を癒す。私たちはすぐに北へ足を向けた。
「霊峰ガガゼトはロンゾ族の聖地です。ザナルカンドに向かう召喚士以外が足を踏み入れては……」
「今さら掟など知るか!」
「アーロンさん! 待って!」
 意外と熱くなって暴走しがちなアーロンさんを引き留めようとしがみつく。
 しばらく私を引きずったところで彼は立ち止まってくれた。……体重が足りなかった。

 ガガゼトは、ザナルカンドに通じる唯一の道であるだけでなく、ロンゾ族にとって大切な場所だ。
 みだりに足を踏み入れることは許されない。
 ……私も、ここで命を落とした召喚士のために異界送りに訪れることはできないんだ。
 無理やり押し入って、ロンゾ族と交戦になっては困る。
 聖地を守る彼らの誇りも尊重しなければ。
「バハムートを呼びます。山は飛び越えましょう」

 ロンゾの領域を侵すことのないよう、遠回りをして空を駆ける。
 まだ疲労が残っているのであまり長くは維持できそうにない。
 それに、寒さは慣れているつもりだったけれど、ガガゼトの上空は……息が苦しい。
「アーロンさん、大丈夫、ですか?」
「それは俺の台詞だ」
 バハムートの背中でふらつく体をアーロンさんが支えてくれた。
 落っこちることはないだろう。でも、意識を失ったら二人とも大怪我で済まない。
 頬を叩き、気合いを入れ直す。

 雪深い山を越えると、眼下に黄昏の荒野が広がった。
 バハムートは静かに高度を下げ、着地する直前に私の心を乱して消滅した。
 放り出されそうになった私をアーロンさんが掴まえる。
「カルマ、大丈夫か」
「すみません。もう、術を保てないです」
「じきにドームが見えてくる。あとは歩いて行こう」
「はい」

 ザナルカンドに行ってはいけない。祈り子様はそう仰ったけれど……。
 妻を亡くした悲しみと、娘が描く未来のために。
 ブラスカさんが何に命を捧げたのか、本当のことが知りたい。
 あの時、一体なにが起きたのか。真実が知りたいんだ。




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