×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
世界は私のためにある!


 三歳の女児に一体どんなものをプレゼントすれば喜ばれるのか、私にはさっぱり分からない。
 始めはぬいぐるみにしようと思っていた。
 でも店主に「三歳児がそんな子供っぽいモン喜ぶかい!」と一蹴されてしまった。
 三歳児は子供じゃないっていうのか……。
 そして店主の子供が生意気盛りで腹立たしい、しかしそんなところも可愛いという長い惚気話に付き合わされた。

 時間を無駄にしてしまったけれど、結局は積み木のおもちゃを購入した。
 ひとつひとつのブロックに文字が刻まれていて、並べ替えると文章を作ることができる。
 形を作って遊びながら言葉も学べるというわけだ。
 随分と会ってない気がするけれど、ユウナはもう真っ当な会話ができるようになっている頃だ。
 たぶんこれでも遊べるはず。
 せっかくなので、こっそりアルベド語も書き加えておいた。

 今日はブラスカさんが寺院に来ている。
 僧官の地位を剥奪されても彼は祈り子様への敬意を忘れていない。
 そしてその帰り、いつものように私にも会いに来てくれる。
 ちょうどよかったと買っておいたプレゼントをブラスカさんに手渡した。

「ユウナに? ありがとう、きっと喜ぶよ」
「年齢に見合うものが分からなくて。役立てばいいんですけど」
「遊び盛りの学び盛りだからね。カルマは一番素敵なものを選んでくれたな」
 そう言ってもらえると私も嬉しい。

 ユウナは健やかに育っているそうだ。
 三歳の誕生日を迎えてからは特に成長が目覚ましく、いろんな遊びをするようになったらしい。
「ほら、見てくれ。絵も描けるようになったんだよ」
「おお〜、うまいものですね」
 これは聖ベベル宮の絵かな? 優しい色使いだ。
 ユウナは手先が器用なんだなぁ。将来は絵描きにだってなれるかもしれない。
「よく描けてるだろう。私の似顔絵なんだ」
「……う、うまいものですね!」
 どう見ても建造物の絵だった。
 しかし何も持ち歩かなくたっていいだろうに。
 ブラスカさん、順調に親馬鹿の道を歩み始めている。

 会話できるようになり、絵も描けて、日がな一日そこら中を駆け回って遊んでいるという。
 奥方は大変だろう。でもきっとブラスカさんがしっかり支えているはずだ。
 忙しかったし、小さな子供のいる家に何度も押しかけるのは気が引けた。
 だから三年ほど会っていないけれど、今日ユウナの様子を聞けてよかった。
「カルマ、うちに寄って行かないかい?」
「ごめんなさい、ブラスカさん。私はこれからナギ平原に行くんです」
 私がそう言ったら、ブラスカさんは目を見開いて固まってしまった。

 まだ十二歳の誕生日を迎えてそう日が経っていない。目標は余裕でクリアしていた。
「今日が……旅立ちだったのか」
「はい。会えてよかったです」
 ユウナへのプレゼントも誰かに届けてもらうつもりだったんだ。
 直接渡せれば一番だったけれど、それでもこうしてブラスカさんに預けることができてよかった。
「すまない。そうとは知らず、私は自分の話ばかり……」
「いつも通りにしていてくれた方が嬉しいです」
 永遠のお別れというわけでもないのだから。
 私が笑いかけたら、ブラスカさんも「そうだな」と頷いて笑ってくれた。

 途中まで一緒に歩き、ベベルの大橋でバハムートを召喚する。
 わざわざ門をくぐると大回りだ、ここから飛んで行くとしよう。
「チョコボを借りて遊びに行くよ」
「はい。待っていますね」
 漆黒の背中に乗り込む。私が合図を送るとバハムートは欄干を蹴って空に飛び出す。
「カルマ、近いうちにまた!」
「はい! ユウナたちによろしく!」

 壮大なベベル宮を背に、ブラスカさんが大きく手を振っている。
 耳に馴染んだ祈りの歌と一緒に彼の姿も遠ざかっていく。
 ……永遠の別れというわけじゃない。でも、やっぱりちょっと淋しいなぁ。

 さすがにずっと飛んでいては魔力が持たないので、適当なところでバハムートを送還し、徒歩に切り換える。
 歩くこと約一日……視界が一気にひらけて、目の前に草の海が広がった。
「わっ、すごい!」
 遥か遠くにガガゼトに向かう登山道の入り口が見えた。
 それも、小指の爪ほどの大きさもない。

 ナギ平原の端があんなに遠いなんて。
 再びバハムートに乗って空を駆ける。今日からこの大草原すべてが私の家なんだ。
 寂寥感なんて吹き飛んだ。無限の自由がここにある気がした。

 思う存分バハムートで駆け、遭遇した飛行系の魔物を倒してまわる。
 やがてナギ平原の真ん中にポツリと佇むテントのようなものを見つけた。
 もう召喚士が来ているんだろうか? それにしては大きいな。
 まるで大人数でここに住んでるみたいだ。

 気になったので近くに降りてみる。
 入り口にかけられた“旅行公司”という看板を見上げていたら、背後から声をかけられて飛び上がった。
「マギレヤキセ」
 アルベド語!
 というかこの人、どこから現れたんだろう。上空から見た時、外には誰もいなかったのに。
 いや、それより早く返事をしなくてはいけない。
「は、マギレヤキセ。カサキマ、カルマ、ベヌ。えーと……ゴフボモノキル」

 少しの間だけ驚いていた彼は、やがてにこりと笑ってくれた。
 日に焼けた肌がなんとなく威圧的で怖かったけれど、笑うと優しそうだ。
「失礼。新任の召喚士様でしたか。アルベド語がお上手ですね」
「アルベド族の友達がいるので……、そちらこそ、お上手で」
「このような商売をしておりますから」
 そう言って彼は例の看板を指差した。
 旅行公司。……どういう商売なんだろう? まさか旅人向けの宿? よりによってナギ平原で?

「旅行公司のオーナー、リンと申します。カルマさん、以後よしなに」
「は、はい」
 本当に語学が堪能だなぁ。それにベベルの僧兵よりもよっぽど礼儀正しい紳士だ。
 そしてやっぱり、看板の字は旅行公司で正解だった。
 こんなところで宿を営むなんて、奇特な人もいたものだ。

 ナギ平原に普通の旅人が訪れることはまずあり得ない。
 では、この旅行公司はザナルカンドに向かう召喚士のためだけにあるということだ。
「ここは私も利用できるんでしょうか?」
「料金さえ支払っていただければ、どなた様でも」
「お金!」
 うわ、どうしよう、まったく考えてもいなかった。
 そもそも私にできるのはここで召喚士がやって来るのを待つことだけだ。
 お金なんて必要になるとは思っていなかったし、稼ぐ手段もない。

 一応、食べられる野草図鑑は持ってきた。
 宿があるなんて知らなかったから、野生的に暮らすつもりでいたんだ。

「……ゾレンハラミ。私はお客さんになれないみたいです」
 もしかしたら思ってたより人間らしい暮らしができるかもしれない。
 そう期待した後だっただけに、落胆は大きい。
 肩を落とした私を見てリンさんはおかしそうに笑った。
「トコキノミアサガ」
「えっ?」
 面白い方って……。な、なんか、馬鹿にされた気がする。

 やっぱり、ベベル側もしくはガガゼト側の入り口どちらかで野宿して暮らすしかなさそうだ。
 屋根は木の枝、寝台は大地、食べ物は草。
 ……ちょっと涙が出そうになってた私の肩を叩き、リンさんは優しく微笑む。
「平原の南北を往復して巡回任務に就かれるのでしょう。公司周辺の魔物を倒して守ってくださるなら、それを以て料金といたしましょう」
「えっ、いいんですか?」
「あなたが守ってくだされば、人件費が浮きます」
 なるほど、そういうことか。

 平原を縦断する人にとってはありがたすぎる公司だけれど、魔物が親切にも襲わずにいてくれるわけじゃない。
 彼らも身を守る術は必要だ。でも、ここでお金を稼ぐのが厳しいのはリンさんの方だって同じだろうから。
 私が魔物を退治する。彼は高いお金を払って護衛を雇わなくて済む。
 持ちつ持たれつってわけだ。
「分かりました。頑張ります!」
「期待しております」

 滅多に訪れない召喚士を待ち続けるのはさぞ淋しいだろうと思っていたけれど、どうやら未来は明るい。
 ここに私と同じく召喚士を待つ人がいる。
 そしておそらく時々は、友達が訪ねてきてくれる。
 先代もきっとこんな風に暮らしていたんだろう。そして最期まで使命を全うしたんだ。
 私もそうありたい。
 やがて来る召喚士たちのためにも、旅行公司を守り、ナギ平原の平穏を保つんだ。




|

back|menu|index