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この瞬間を、まっていた


 祈りの歌がいっぱいに響き渡るこの部屋が大好きだった。
 慣れない人はあまりにも荘厳な雰囲気に畏縮してしまうらしい。
 でも私にとっては、幼い頃から慣れ親しんだ空間だ。
 心の奥まで研ぎ澄まされ、自分の意思がよく見える。そんな気がしてくる。
 涼やかに響く歌声が心を穏やかにさせる……。
 ずっと彼の声を聞いていた。そして今日、初めて彼の姿を目の当たりにした。

『本当に、いいの?』
「迷いはありません」
 フードを目深に被っているから表情はよく分からない。
 けれど、なぜか彼は困っているようだった。
 見た目は十を過ぎたか過ぎないかの幼い少年、おそらく私と同じくらいの年頃だ。
 でも彼は、本当は千年もの長きに渡ってスピラを見守ってくれている。
 聖ベベル宮の祈り子様……、私は今日、彼の力を借りに来た。

『君は召喚士に向いてないと思うよ、カルマ』
 うーん、その自覚は確かにあるのだけれど、祈り子様に言われてしまうとはかなり絶望的だ。
 でも、それでもいい。諦めはしない。
「私はザナルカンドを目指しません。だから、向き不向きはあまり関係ないと思う。……これも召喚士としての大切な使命です。どうか、力を貸してください」
 跪き、請い願う。祈り子様は「やれやれ」とでも言いたげに軽くため息を吐いた。
 どうにも人間染みていて親しさを感じるんだよな。
『何かあったら呼んで。僕は君を助けるよ』
「ありがとうございます!」

 嬉しさのあまり御辞儀に勢いがつきすぎて、錫杖代わりの槍に頭をぶつけてしまった。
 ……うぅ、祈り子様が噴き出したうえにそれを誤魔化そうとそっぽを向いてらっしゃる。
 栄誉あるこの場面で失態を晒すなんて、やっぱり私は召喚士の才能がないんだろう。

『だけどカルマ、忘れないで。……ザナルカンドには行っちゃ駄目だよ』
「祈り子様がそう仰るのなら、分かりました」
 召喚士に対して「ザナルカンドに行くな」と命じる祈り子なんて聞いたことがない。
 尤も他の召喚士との対話を見る機会はないから、皆そう言われながらも極北を目指してるのかもしれないけれど。

 ともあれ、今日ここに私カルマは、晴れて召喚士として認められたわけだ。
 本当なら今すぐにもナギ平原に行きたかった。しかしまだ許可が降りていない。
 召喚士になったとはいえ私は未だ九歳の子供だ。
 これからは町の外で魔物と戦って修行を積み、一人で暮らしていけるだけの力を得なければならない。
 目標は……十三歳くらいにしておこう。四年以内にベベルを出て、ナギ平原に行く。
 今日はその第一歩を踏み出した記念すべき日。

 そしてもうひとつ、おめでたいことがある。
 宮殿を駆け出して町に向かった。
 聖ベベル宮から祈りの歌も聞こえないほど離れ、裏通りにひっそりと佇む一軒家。
 扉をノックすれば、ブラスカさんがすぐに私を迎えてくれた。
「いらっしゃい、カルマ。待っていたよ」
「急いで来ました! あの、会っても大丈夫ですか?」
「もちろん。さあどうぞ」

 そっと寝室にお邪魔する。
 寝台のうえには奥方が寝そべり、その隣にユウナが寝かされていた。
 ブラスカさんの第一子。今朝、無事に生まれたという話を聞いていた。

 ユウナは私に気づいて不思議そうに見上げてくる。
 瞳の色が左右で違っている。右目は奥方と同じ緑色、左目はブラスカさんの青色だ。
 両親の色をそれぞれ受け継いでるなんて、可愛くてたまらないだろうなぁ。
「可愛らしいですね! それに、瞳がとてもきれいです!」
 ついついはしゃいで大きな声を出してしまい、慌てて口を塞いだ。
 二人とも笑っていたのでホッとする。

「えっと、トレベソフ、ゾバミヤヌ」
「アリ、ガトウ……カルマ」
 私がお祝いの言葉を告げると、奥方はにっこり笑ってくれた。どうやらちゃんと通じたみたいだ。
 お互い言語がまだあやふやなので、あまり長居すると彼女を疲れさせてしまう。
 もう一度だけユウナの顔を覗き込んで微笑み、早々に退散することにした。

 宮殿に戻るだけなのに、ブラスカさんは私を送ってくれた。
 奥方のそばにいたいだろうに、と思ったら「無駄にうろうろして邪魔だから散歩でもして来い」と言われたらしい。
 相変わらずの仲良し夫婦だ。

 ベベル宮の鐘が見えてくる。
 幸せそうな顔をしていたブラスカさんは、それを見て表情を曇らせた。
「カルマ……従召喚士になったそうだね」
「いえ、ブラスカさん。“従”はつきません。今朝、私は祈り子様とお話をしてきました」
 もう正式な召喚士だと言えば、彼はますます神妙な顔つきになってしまった。
「ザナルカンドに行くのかい?」
 あれ……知らなかったんだろうか。

「私はザナルカンドには参りません。先代が亡くなったとのことなので、しばらくしたらナギ平原に移り住む予定です」
 私の一族は代々召喚士になる定めだ。しかし誰一人として、ザナルカンドには向かわない。
 普通の召喚士とは、少し違った役割を担っているんだ。
「先代は……君のお父上だったのでは」
「はい。顔も名前も存じません。でも私は、彼を誇りに思っています」
 私の使命はナギ平原にある。父も、祖父も、この血に連なる者は皆そうしてきたんだ。

 ザナルカンドに赴き、究極召喚を授かり、その尊き犠牲をもってスピラに平穏をもたらしてくださる召喚士。
 彼らの戦いを見届けて記録し、その偉業をベベルに伝え、讃えるのが私たち一族の使命だ。
 そしてまた、シンを倒して命を散らした大召喚士様……彼らを送り、弔うのも私たちの役目だった。
 ナギ平原は召喚士が最後に辿り着く場所。
 私は、かの地を守るために生まれ、召喚士たちの戦いを見届けるために育てられた。

 ブラスカさんの表情は硬いまま。
 彼の気持ちも分からないではない。
 唯一無二の使命だから権威と名誉は与えられる。けれどそれは実体のないものだ。
 私たちは一度そこに行けば生涯ナギ平原から出ることはない。
 ただ召喚士がザナルカンドに赴くのを見届け、帰ってくるのを迎え、そして……。
 そして、彼らの死を記録するだけ。

 墓穴掘りなんて陰口を叩く者もいる。死者を送るだけの、辛い仕事だと私も思う。
 それでも私は……。
「シンを打ち倒したにもかかわらず名を知られないまま時の流れに消えた大召喚士様がいます。私は、それが辛いです。彼らに感謝を捧げようにも名前すら分からない」
 スピラのため、エボンの民のためにその命が捧げられたというのに。
 誰も彼らの死を見届けられなかった。
 彼らが何者であったのか、誰も知らない。
 彼らはひっそりと散り、その魂は魔物と化しただろう。

「死に赴く人の背中を見送ることしかできない……それはきっと、すごく、悲しいと思う。それでも私は……彼らの名を忘れたくない。彼らの生きてきた跡を、スピラに残したい」
 私たちのために戦ってくれた人。私たちにナギ節を与えてくれた人。
 その人が確かにいたのだと、スピラ中に知らしめたい。
 そしてその魂が異界で安らかに眠れるよう、送ってあげたい。
 これも召喚士としての……大切な使命だ。私はそう思う。

 仏頂面をしていることに気づいたのか、ブラスカさんは自分の頬っぺたを軽く揉んで苦笑した。
「カルマ……、ナギ平原に、遊びに行くよ」
「え?」
「大きくなったらユウナも連れて。私たちは、ずっと友達だ。君が淋しくなったらいつでも呼んでくれるね?」
 ブラスカさんは確か、もう二十代も後半だ。
 その年齢でまだ十にも満たない私を当たり前みたいに“友達”だと言ってくれる。
「……ありがとう、ブラスカさん。是非ユウナと一緒に来てください。安全に快適に、ナギ平原を案内します!」

 私は彼のそんなところが大好きだった。
 そして彼のそんなところが、彼をベベルから追いやってしまった原因だ。
 誰に何と言われようとも寺院に戻る必要はないと思う。
 彼には自由でいてほしい。結婚してからのブラスカさんはとても楽しそうだから。

 ……ナギ平原では、誇り高い使命と孤独だけが待っている。
 先代も先々代もそうだったように、私もひたすら使命に邁進するはずだった。
 でも私は彼に出会った。こんな私を対等に見てくれる、かけがえのない友達に。
 ブラスカさんのお陰で未来に怯えなくて済んでいる。
 私には永遠の友情がある。きっと旅立ちの日にも、前を向いて歩いていけるだろう。




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