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なんでもない日


 晩飯も食い終わってあとは寝るだけってところで、チャップが神妙な声でこんなことを言い出した。
「兄ちゃん、しばらくメルの家に泊まってくれないか」
「あん? なんだそりゃ……」
 どうして俺が出てかなきゃいけないんだ、と言いかけて、消沈した顔に気づく。
「一人になりたい、ってか」

 ルールーがいないからって俺に淋しそうな顔は見せないが、たまには気を抜いて泣きたいこともあるだろう。
 なんて考えてるのを察したのか、チャップは苦笑しながら首を振った。
「違うって。……いや、違わないかもしれないけど、それより……メルのやつ、かなり落ち込んでるからさ」

 ユウナの家には、淋しさが和らぐかどうかはともかくキマリがいるからまだ安心だ。
 しかし、確かにメルは夜になると一人きりだった。
 メルは日頃から隣に入り浸ってた分、ルールーの留守が特に堪えてるかもしれない。
「メルとユウナをしばらくうちに泊めようかとも思ったんだ。でも、あいつら……俺の前では笑おうとするから」
 そりゃあルールーがいなくて一番堪えてんのはチャップだろうよ。
 あいつらの目から見ても落ち込んで見えるってことだ。
 いつも笑顔で元気づけてやらなきゃいけないくらいに。

「ったく、しゃーねえなあ、ガキのくせに周りのことばっか考えやがって」
「うん。あの二人はちょっと、人間ができすぎてるよな」
 お前もだろーが、馬鹿。
 淋しいならそう言って、ついて行きたけりゃ無理にでも追っかければよかったんだ。
 ひっそりそんな顔してるくらいだったらな。
「お前も一人でうじうじしてんじゃねえぞ。なんか吐き出したかったら、俺に言えよ」
「……うん」
 揃いも揃って我儘なんか言いもしない。
 こっちからはどうしてやればいいか、分かんないだろーが。

 もう夜も更けてるが、メルはまだ起きていた。
 寝室にも行かず玄関を開けっ放しで本を読んでいる。
 まあ、どう見ても淋しそうだよな。誰かが家に来るのをずっと待ってるんだ。
「あれ? ワッカ、どーしたの?」
「よぉ。今日こっちに泊まってもいいか」
 俺がそう言ったらメルは、目をまん丸くして飛び起きた。
「チャップとケンカしたの!? たぶんワッカが悪いよ! いっしょに謝ってあげるから行こう!」
「なんでそうなんだよ! べつに喧嘩してねえっての」
 大体“たぶん”で俺が悪いとか決めつけんなよ。失礼なやつめ。

 そういえば何年か前にチャップと喧嘩した時は、落とし所が見つからなくて何日も口をきかなかった。
 見兼ねたメルが俺を、ユウナがチャップを説得してお互いに謝らせて仲直りさせたんだよな。
 こいつらの方がずっと大人だと、ルールーに呆れられたのを覚えてる。
「……ルールーがいないから淋しくなっちゃったの?」
「あー、そうそう」
 適当に返事をして寝室に移動すると、メルは素直についてきた。
 やっぱり一人で寝るのが嫌なだけか。
 いつもなら、淋しくなったら隣に潜り込めばよかったもんな。

 メルもユウナも……チャップも、誰にも知られないところでは一人で泣くくせに。
 肝心なところでは強がって、全然平気だって顔をする。
 俺に素直に甘えてはくれないんだよな。やっぱ“代理”じゃ頼りないってか?
「チャップは一人で大丈夫なのかなぁ」
 布団を被るなりメルは心配そうに呟いた。
「子供は余計な心配すんな」
 頭をぐりぐり撫でてやると、頬をぷくーっと膨らませて怒る。
「子供じゃないもん!」
 その仕草が完全に子供だっつーの。

 メルが十歳をこえてからはあんまり泊まりに来ることもなくなった。
 こうやってメルの家で一緒に寝るのは久しぶりだ。
 とはいってもメルがうちに泊まりに来ることは多々あったんだが。
「あーあ、ワッカが来るならユウナもお泊まりに誘っておけばよかったなぁ」
「そうだな。明日は呼んでやれ」
「ワッカ、明日も泊まるの?」
「悪いかよ」
 精一杯「こっちにも都合がある、迷惑ですよ」という顔をしつつもしきれず、にへっと笑ってメルは言った。
「仕方ないなー、淋しがりなんだから、もう」
 やっぱ、どう見ても子供だろ。

 前々から島の外に出てみたいとは言ってたが、まさか召喚士のガードになるなんて思いもしなかった。
 ……ルールーが急にいなくなって、メルもユウナもよく笑うようになった。
 悲しいとか淋しいとか、そういうことを言ったら自分で引きずり込まれてしまいそうになるんだ。
 でも無理して笑って、相手も笑って、心が慰められるならそれもいいのかもな。
 チャップといる時のメルたちは確かにずっと笑顔を絶やさない。
 あいつを励まそうと頑張ってるうちは、自分も気力を保っていられるんだろう。

「ねえワッカは結婚しないの? できないの?」
「へ? な、何だよいきなり」
 はしゃぎすぎて目が冴えてるのか、メルは寝る気配がない。
 だからってなんでそんな話が出てきたのかと思ったら。
「お昼に、じい様たちが『ワッカを早く片づけないとな』って言ってた」
「俺は荷物か!」
 片づけられる筋合いなんかねーよ。

 大体、売れ残るのが前提か。せめて二十歳になるまではとやかく言われたくねえぞ。
「しないんじゃなくてできないんだったら、私が結婚してあげるね!」
「あー、そりゃありがとよ」
 メルの方こそいつまでもそんなこと言っててちゃんと結婚できるか心配だけどな。

 結婚なんて、まだ考える段階じゃない。
 手のかかる弟と放っておけない妹が二人……ルールーを入れたら三人もいるんだ。
 こいつらの行く末をちゃんと見届けるまで、自分のことなんかどうだっていい。
「……ルー、帰ってくるよね」
 天井を見上げたままメルがぽつりと呟いた。

 ガードになるとあいつが言った時、メルとユウナに意味が分かってしまうかどうか心配だった。
 案の定、二人ともその意味をしっかりと理解していた。
 ユウナは何も言わずに強張った笑顔を見せて、メルは親父さんたちの墓に行って一人で泣いた。
「ルー、外で結婚しちゃったりしないよね?」
「メル……お前、んな心配してたのかよ」
 俺はてっきり……。いや、“べつの心配”をしたくないからあえてそういうことを考えてるのかもな。

 召喚士様は旅が終われば……もう帰ってこられない。
 ガードとしてその旅に同行するのだって決して生易しいものじゃない。
 もし、旅の途中で何かあって、帰ってこられなくなったら。
 ……そういう想像をするくらいなら、ルーが知らないやつと結婚しないかと心配してる方がまだいい。
「ま、それはないだろうけどな。チャップも待ってるんだしよ」

 俺とは違って、ルールーは両親のことを少しは覚えている。
 シンに奪われた生活がどんなものだったのか、うっすらと記憶が残ってるんだ。
 ガードになろうなんて、いつから考えてたんだろうな。
 黒魔法の習得に熱心だったのも、最初からそのためだったのか?
 いつかきっと、ナギ節が終わったらユウナは召喚士になると言い出すんじゃないか。
 そんな不安はいつもあった。
 だからルールーも、ガードになったんだろうか。もしかしたらメルもいつか、そんなことを考えるんじゃないか。

 ギンネム様がザナルカンドに到達したら、その後はナギ平原でシンの復活を監視することになる。
 途中で諦めでもしない限り、ルールーは何ヵ月か……下手すりゃ何年も、帰ってこない。
 永遠に帰らない可能性は、考えない。
 どうやったら引き留められたのかをぼんやりと考えていた。

「チャップとルールー、早く結婚すればいいのにね」
「そうだなぁ」
 あいつらが結婚してたらルールーも旅になんか出なかっただろうか。
「オーラカが弱すぎるからいつまでもプロポーズできないんだよ」
「……」
 ちょっと待て、その言葉はさすがに鋭角すぎるぞ……。かなり深く突き刺さった。

「お前、もう寝ろ。寝なさい。頼むから」
「えー! まだ眠くないのに」
「俺が泊まるくらいではしゃいで寝ないのはガキの証拠だぞ?」
「……」
 言うなり目をギュッと瞑って寝る体勢に入ったもんだから、扱いやすすぎて笑いそうになった。

 ……きっとルールーは、結婚してたら迷いはしても、やっぱり旅に出たんじゃないかと思う。
 シンの恐怖が身に染みてて、メルの故郷が破壊される様も目の当たりにして。
 奪われる痛みも、生き残ってしまう淋しさもあいつはよく知っている。
 大事なやつが不意にいなくなることのないように……戦うことを選んだんだ。
 チャップがそろそろ結婚を考える歳だからこそ、申し込まれる前に行っちまったのかもな。

 このままシンが復活しなければいいのに。
 故郷まるごとなくしたメルも、父親が大召喚士になっちまったユウナも。
 平穏を守るために旅立ったルールーも、あいつがいなくなって耐えてるチャップも。
 失うだけ失って、苦しむだけ苦しんだはずだ。
 やっぱり、下の世代のガキどもにこんな想いをさせてる昔のやつらは許せない。
 そろそろベベルのお偉いさんが出てきて「人間の罪は消えました!」ってもいい頃だろうよ。
 償いが必要だとしても、こいつらにはそれを押しつけたくないんだ。

 もっと、メルやユウナや、チャップが、気楽に笑って生きられるように。
 ……シンが復活したら、俺もガードにでもなるかなぁ。




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