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ふつつかものですが


 メルの家から異臭がする、と気づいたのは寺院からの帰り道でのことだった。
 気になったので覗いてみたら、部屋の中には煙が充満していた。
「でえっ!?」
 なんで鍋が燃えてるんだよ!
 つーかメルはどこ行ったんだ!?

 魔法にゃ向いてない俺だが、今日ほど初歩黒魔法を習得しといてよかったと思ったことはない。
 とりあえず火はウォータで消し止めた。
 元が何だったかも分からない鍋の中身以外に被害はなさそうだ。
 そんなところで寝室からメルが駆け出してきた。
「あっ!」
「メル〜〜、あっ、じゃねーだろ!」
「えへへ、ごめん火にかけてるの忘れてた」
「可愛く笑っても駄目だ、馬鹿」
 家ごと燃やすつもりかよ。危ないなんてもんじゃないぞ。
 さすがに手後れになる前には気づくと思いたいが、この焦げ臭いのに気づいてない時点で……なあ。

 どうやら鍋を火にかけたまま本を読み始めて寝転がり、そっちに熱中してしまったというのが真相らしい。
 ちょっと説教してやる段階を通り越してる気がするぞ。
「お前もう、俺の見てない時に料理の練習すんのやめろ、な?」
「ええ〜、でもいちいち見てもらうの面倒くさいなぁ」
「面倒くさがった結果がこれだろーが!」
「……それは、はい。おっしゃる通り」

 大体、メルの作る飯がまずいのはその面倒くさがりがほとんどの原因だ。
 火にかけたまま忘れて焦がす、あるいは途中で飽きて生煮え生焼け。
 味つけは薄すぎるか濃すぎるか。とにかく極端なんだよな。
 手先は器用な方だから、手早く終わるものならそれなりにうまく作れるんだが。

「お前やっぱり、料理向いてないんじゃないのか?」
「それは思う。なんかこう微妙な空き時間がもったいなくなっちゃうんだよね。で、火が通るまで暇だから本でも読もうかなと……」
「分かった。二度と火を使う料理はするな」
 心臓に悪すぎるぜ……。絶対いつか家ごと燃やすだろ。

 料理そのものが好きで趣味としてやってたら、途中で“暇”になったりもしないんだろう。
 メルは元々料理に興味なんてなかった。たぶん今でもそうだ。
 自分には向いてないって自覚もあったし、飯は外で食うものだと割り切ってたからな。
 リュックに苦手なら特訓でもしたら、と言われたのがきっかけだが……。
 今でも特に興味がないなら無理してやることもないだろうに。

「お前、なんで急に料理の練習なんかする気になったんだ?」
 結婚を考えてるせいかと思ってたが、それは俺の勘違いだった。
 たかが料理できないくらいで破談になる野郎は願い下げ、という姿勢は今でも崩していない。
 それに俺と結婚する予定なんだから料理ができないままでもべつに関係ないだろう。
 いまひとつ上達しないのは相変わらず料理に興味がないせいだ。
 だったら、もうやめてもいいんじゃないかと思う。

「えーと……まあ、何でもいいじゃない」
 誤魔化されると気になる。
「食わせたい相手でもいたのか?」
「……」
 おい、なんだその反応……もしかして。
「俺が食いたいって言ったからかよ」
「うぅ……」
 確かにリュックとその話をした時に俺も「うまくなったら食ってみたい」とは言った。
 まさか、それが原因だったのか。俺に食わせるために?
 だとしたらもうちょっと面倒くさがらずに真面目にやってほしい気もするんだが。

 ひとまず、未だに異臭を放ってる鍋の始末をする。
 といっても修復は不可能な状態だ。新しく買い替えるしかないな。
 俺のために練習してくれんのは嬉しいが、身が入らずにこうなるくらいならいっそ止めてほしくもある。
 家が燃えてからでは遅いんだ。というか、燃えるのが家だけで済まなかったらと思うと怖い。

「第一、俺には全然食わせてくれねえよなぁ」
 今の段階で完成したものを食わされても実験台みたいであんまり嬉しくはない。
 ただ、オーラカのやつらやガッタはたまにメルの手料理を食ってるようだ。
 それで腹を壊したり「これはうまくなった」とか批評してんのを見ると、ちっと気に入らねえ。
「だってまだ美味しく作れないんだもん、ワッカには食べさせたくない」
「……」
 パッと見は健気で可愛いこと言ってんだけど、肝心の練習がこの状態だしな……。
 本当に“うまくできたもの”を俺に食わせてくれる気があるのか?

「まずくてもいいからたまには食わせろよ」
「えぇ〜! まずいって分かってるものあげるのは嫌なんだけど」
 ガッタたちにはまずいって分かってて食わせてるじゃねーか。
「ま、それが嫌ならさっさとうまくなるこったな」
「うー、ワッカのくせに正論すぎる」
 それに、たとえまずくても自分のために作ったもんだって言われたら、誰だって嬉しいだろ。
 ……まあ、まずさの限度があるとしても、だ。

 そういやあ、メルの前世もザナルカンドに似て機械技術が発達してたんだよな。
 自分で何もしなくても座ってるだけでうまい料理が出てくる環境だ。
 本当にそこで暮らしてたわけじゃないにせよ、メルはそれを夢で見て知っている。
 だから料理が面倒に感じるのかもしれないな。
 それに、向こうの世界にあってスピラにはない食い物もかなりあるらしい。
 メルはジャンクフードってやつの味がたまに恋しくなると言っていた。
 どうしたってそれが作れないから気が乗らないってのは、あるんだろうなぁ。

 とはいえ、メルが暮らしてるのはこのスピラだ。こっちの食い物で満足するしかない。
 今まで通り外で食べたっていいんだが、金もかかっちまうしな。
 特に今はオーラカのことで節約しなきゃいけない時期だ。
 とりあえずメルは、店で買ってきた魚を捌いて塩揉みした野菜と混ぜて晩飯を作り始めた。
 こういう簡単なものなら手際よく作るんだがなぁ。

 最初はすぐにうまくなるだろうと思ってたから、店でも開けりゃいいなと期待してた。
 しかしさすがにそれは無理そうだ。
 でも自分で食う分には和え物だの酢の物だのができれば事足りるだろう。
「無理に煮たり焼いたりしなくても、充分うめえぞ?」
「でもこれは料理と言えるレベルじゃない……!」
 お前な……、下手なくせにあんまり欲張るなよ。
 切って混ぜる、うまい。それで満足しとけ。というか頼むから火を使おうとするな。

 俺が思うに、メルの場合は才能じゃなくて性格が問題なんだ。
 料理に費やす時間がもったいない、と思うのに凝ったもの作るのは無理だろう。

 せっかくなので俺もこのままメルの家で晩飯を食っていくことにした。
 なんか久しぶりだな。こいつの手料理なんて最後に食わされたのは何年前だっけか。
 あの頃に比べりゃ、丸飲みせずに咀嚼できるだけすげえ進歩だよな。
 なんてしみじみしている俺を見つめつつ、メルが呟いた。
「ワッカって、私が何か作ったら絶対ちゃんと食べてくれたよね」
「んぁ?」
「ちっちゃい頃の私はおにぎりもサラダもまずくできる天才的な腕前だったのに」
 何だって? 天災の間違いか?

「お前、なんでか俺にばっかり食わせようとしただろ。食うしかなかったんだよ」
「だってワッカがおいしいって言うから、よかれと思ってやってたんだよ」
「ガキの頃だぞ? 一生懸命作って差し出してきたもんをまずいなんて言えるかよ。可哀想だろ」
 今でも思い出す。俺が「まずい」と言うかもしれないなんて考えもしない、期待に満ちたメルの瞳を。
 あれで食わないなんて人間のすることじゃねえよ。
「でもまずかったでしょ?」
「おう……」
 そりゃあもう。

 しかし、俺がうまいと言ってたせいで俺にばっかり食わせようとしたのか。じゃあ自業自得だなぁ。
「優しいというか律儀というか……いらないって言えばよかったのに」
「まあ、味についてはともかく、だ。作ってくれた気持ちは嬉しかったしな。味はともかく」
「二回も言わなくていいよ!」
 あの頃の思い出があるからこそ、今のメルが作った料理が奇跡のように思える。
 結果的にはよかったんだろう。そういうことにしておきたい。

 それに、俺の記憶が正しけりゃメルが料理にハマってたのは短い間だけだった。
 凄まじいものを創造しては俺に食わせようとしてたのが嘘みたいにプツッと絶えたんだよな。
「なんで急に作らなくなったんだ?」
「……ずっとワッカは味音痴なんだと思ってた。こんなまずい料理をおいしいって言うなんて変、って」
「お、おう」
「でも気を使ってるだけだって気づいたから、じゃあ作らない方がいいなって思った」
「……」
 やっぱりメルの料理下手を助長してたのは俺だったのか……。

 まずいもんを誤魔化してうまいって言うより正直に話して、ガキの頃に料理を教えてやればよかったかもなぁ。
 いや、しかしメルがこれで料理までうまかったらルカでさっさと誰かに結婚を申し込まれてた気がする。
 うん。べつに下手でいいよな。これを平気な顔して完食できるのは俺くらいのもんだと思うぞ。
「ってわけだから、もう特訓は止めていいんじゃないか?」
 せめて火は使わないでほしい。俺の望みはそれだけだ。

「でもワッカは奥さんがメシマズでもいいの?」
「んなもん、今さらだろ。俺がお前の飯のまずさに文句つけたことあったかよ」
「……確かに」
 そりゃうまい飯を作ってくれたら嬉しいだろうが、できないからって不満にはならない。
「メルはメルのままでいいんじゃないか?」
 好きなやつの作った飯ならまずくても嬉しいもんだ。
 そう言ったらメルは顔を赤くして思いきり俺の背中を叩いた。
「いてーな」
 照れるなら大人しく照れてくれよ、ったく。

 俺はただ、メルにはずっとそばにいてほしいだけだ。
 誰にでも優しくて、弱ってるやつにはなおさら優しくて、どんな相手でも好意的に受け入れようとする。
 誰かのために一生懸命になることを苦にしない、そういうメルが好きなんだ。
 料理がド下手だろうが、たまに口と性格が悪かろうが、そんなことはどうでもいい。
 楽しいと思わないなら料理の練習なんか止めちまえばいい。
 メルが好きなように生きていつも笑っててくれる方が、よっぽど大事なことなんだ。




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