×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
酔えないアルコール


 ナギ平原を抜けてマカラーニャ寺院にやってきた。
 飛空艇があっても着水できる場所は限られているので、また寺院を巡るとなれば結局は徒歩の旅になる。
 空を飛ぶ手段があるのに長い道のりを歩いていると、なんとなく損した気分になるのはなぜだろう。
 凍りついた細い道を抜けて寺院に向かう。清らかな歌声が聞こえてきた。
 この地では……いろんなことがあったけれど、祈り子様の声を聞くと心が洗われる気がする。

 先を行くティーダの背中を見つめてふと思う。
「エボン=ジュを倒したら、祈り子様たちはどうなるのかな」
 召喚士は祈り子像を媒体に召喚獣の力を借りる。
 同じようにエボン=ジュもガガゼトの群像を媒体にして、シンの中でザナルカンドを召喚しているんだ。
 エボン=ジュを倒せばザナルカンドは消える。では召喚術そのものはどうなるんだろう?
 ベベルでバハムートの祈り子様に会ってきたティーダは、寺院を見上げながら答えた。
「夢を見るのをやめる、ってさ」
「……そっか」
 じゃあやっぱり、祈り子様たちもいなくなってしまう、ということだろう。
 あのザナルカンド遺跡にあったゼイオンの像みたいに、ただの石像になってしまうんだ。

 氷のように美しく透き通った声。
 決して止むことなく響いていた祈り子様の歌も、聞こえなくなる日がやって来る。
 それはどうしようもない淋しさを伴った。
 きっと永遠のナギ節が訪れた日には、スピラ中の人々が同じ喪失感を抱くだろう。
 ビサイドに帰ったら、寺院に寄ってよく歌を聞いておこう。

 それと共に、マカラーニャ寺院に関してはもう一つ心配なことがあった。
「この寺院、避難指示を出しといた方がいいと思うんだけど」
 キョトンとしているティーダに、周辺一帯の冷気は祈り子様の影響によるものだと説明する。
「あー、確かに。シヴァがいなくなったら、ここは……」
 マカラーニャ寺院は凍りついた湖の中に氷の柱で支えられて建っている。
 祈り子様が消えると同時に氷は溶けて、おそらく寺院は湖中に沈む。

 でも、避難を呼びかけたところで信じてもらえるだろうか。
 シンが復活するのは当たり前のことで、召喚士が祈り子様の力を必要とするのも同じように常識だった。
 究極召喚を使わずにシンを倒す、ということからして眉唾物なんだ。
 すべてが終わったら祈り子様も力を失うなんて、なおさら説明は難しい。
 エボン=ジュの存在にしても、簡単に理解してもらえるとは思えなかった。
 まして私たちはマカラーニャの前僧官長を殺害しているから、ここではかなり立場も弱い。
 僧官様にどうやって信じてもらえばいいだろう?

 迷ったまま寺院に足を踏み入れる。ティーダは私を振り向いて、明るく言った。
「じゃあ、祈り子に頼もう。俺たちがシンと戦い始めたら、皆に外へ出るように言ってくれ、って」
「そりゃまあ祈り子様に言われたら僧官様も聞いてくれるとは思うよ? でも……」
「俺、シヴァに頼んでくるッス!」
 そう言うとティーダは早速、祈り子の間に向かうユウナの後を追っていった。

 頼んでくるとか、友達じゃないんだからさ。
 ベベル以来、普通に祈り子様と話してるみたいなんだよね、ティーダ。
 従召喚士として修行を積まないと祈り子様のお姿も見られないはずなのに。
 まとも会話するなんて、普通の人間には無理なことだ。
 僧官長や魔力の高い僧官に辛うじてお言葉を賜る機会があるくらいだろうか。

「ティーダって、召喚士の素質があるんでしょうか?」
 私と共に彼の背中を見送っていたアーロンさんに聞いてみる。
 冗談半分だったんだけど、アーロンさんは否定しなかった。
「ザナルカンドにいる時にも、あいつはよく“誰か”と話していた。おそらくはジェクトがスピラに渡り、シンになってから接触するようになったのだろう」
 まさかの事実。ティーダは前から祈り子様と話をしてたのか。

 祈り子様はザナルカンドの夢を見てる張本人だから、夢の中に行って触れることもできるってわけか。
 アルベドのホームでもヴァルファーレは彼を優しく見守っていた。
 ずっとティーダのこと、知ってたんだろう。
 千年前に絶えた町、その栄えていた頃を求め続ける夢……。
 ティーダは祈り子様たちにとって、大切な思い出であり、希望であり、我が子のようなもの。
 でもその彼が夢を終わらせてくれることを望んでいる。
 エボン=ジュを倒せばティーダもまた消えてしまうと知りながら。

「……寒いのか?」
「え?」
 言われて気づく。無意識に足踏みをしていたみたいだ。行儀が悪くて恥ずかしい。
「ごめんなさい。南国生まれ南国育ちなもので、正直この辺りの気候は厳しいんですよね」
 シンを倒した後にはここの景色も様変わりしてしまうのかと思えば淋しいけれど。
 今日は前に来た時よりも寒さが厳しく感じる。

「酒でも飲めばいい。多少は温まる」
「いやー、お酒は駄目なんです私」
「弱いのか? 意外だな」
「……強そうに見えます?」
 それってあんまり褒めてるように聞こえない。
 がさつで酒好きそうなやつだとでも思われているのだろうか。
 なんて真剣に悩んでいたら、そんな私を見てアーロンさんは笑っていた。
「南国の酒は強いだろう。若くても酒豪が多いから、メルもそうかと思っただけだ」
「ああ、なるほど。それはありますね」

 ビサイドのような田舎に住んでいると宴会くらいしかやることがないから、年がら年中お酒を飲む。
 だから自然と強くなってしまう、というのはある。
 たとえばワッカもそのくちだ。
 子供の頃はお酒が苦手だったけど、飲まされまくってる内にそこそこ強くなった。
 ビサイドを離れている時期も多かったルーはそんなに強くない。
 ……ルッツも、お酒はあんまり得意じゃなかったなぁ。
 思えば私がずっとお酒に弱いのは、酔うと問題を起こすからとワッカに止められているせいなのかも。
 少しずつでも飲んでいれば慣れるんじゃないかな?
 ひどく酔わない程度に、ほんの少量ずつ。

 このあとは森に向かわずナギ平原に戻って飛空艇に乗り込む予定だ。
 あれだけ広い草原なら、飛空艇を係留しなくてもカーゴを降ろしてもらってそこから乗り込める。
 とにかく、もうしばらく寒いところをうろうろしなきゃいけないわけだ。
「僧官様に、お酒を分けてもらおうかな」
「そうするといい。風邪を引くよりは酔う方がマシだろう」
 意外と過保護なことを言うアーロンさんにちょっと笑ってしまった。

「そういえば、ザナルカンドって未成年がお酒を飲んでもよかったんですか」
「いや……法で禁じられていた。知らずに飲ませようとして怒鳴られたことがある」
「ああ、ティーダのお母さんに?」
「寒がっていたから、よかれと思ったんだがな」
 それを思い出していたから、そんなに優しい目をしてたんだ。
 ……彼もザナルカンドの思い出を持っている。
 死にゆく人の願いを叶えるために、ずっとティーダを見守っていた。
 アーロンさんも、シンを倒したらいなくなってしまうんだ。
 それを実感するとまた寒さが酷くなった気がした。

 一杯くらいなら大丈夫だよね。いざとなったらワッカもいるし、暴れだす前に止めてくれるはず。
「アーロンさんってお酒に慣れてますよね。どれくらいなら酔わないと思います?」
「さて、酔う感覚はとうに忘れたんでな。あまり助言はできん」
「……死人って、酔えないんですか」
「成長も変化も縁遠いものだ」
 そういえばアーロンさん、毒なんかも効きにくいみたいだったなぁ。

「でも見た目は変わってますよ? 生きてる人と同じように」
「おそらくお前たちの目がそう映しているだけだろう」
 彼を見ているこちら側は、彼の時が止まっていることを知らない。
 まるで生きてるみたいに成長し、老いていると……それはただ、そう見えていただけなのだろうか。

 ザナルカンドでの十年間、アーロンさんが見守るのと同じくティーダも彼を見ていた。
 十年、成長を続けるティーダの想いに反応して、アーロンさんの外見も変化したのかもしれない。
 見ている人の想いだけが彼を変えていく。
 でも、アーロンさんは確かに死人なんだ。
「俺の時間は十年前から止まっている」
 彼自身は、もう自分では変わることができない……。

「それでも……自分自身を変えられなくても、あなたの行動はスピラを変えましたよ」
 ブラスカ様とジェクト様の想いを継いで、それをティーダに伝えてくれた。
 だから私たちはここにいる。
「あなたの行動が螺旋を断ち切るんです」

 マカラーニャはユウナの旅が変わるきっかけとなった場所。
 きっとアーロンさんもいろいろな想いが渦巻いていたのだと思う。
 ちょっとした打ち明け話になってしまったせいか、彼は照れ臭そうに目を細めて背を向けた。
「……余計な話をしたな」
「いいえ。聞かせてくれてありがとうございます」
 ティーダのことも、アーロンさん自身のことも。
 もうあまり時間がないからこそ、知りたいことは山のようにある。

 ユウナとティーダが祈り子様と話をしている間に、調理場に寄ってお酒を一杯だけもらうことにした。
 寺院に置いてあるものだから、ちょっと飲んで酔っ払うほど強くはないだろう。
 前世を振り返ればお酒に関していい記憶はないけれど、私はわりと陽気な酒なのがせめてもの幸いだ。
 ちょっとだけ気分が沈んでいるので、そういう意味でもお酒に力を借りたいところだった。

 ティーダも、祈り子様も、アーロンさんも。……ユウナの時とは違う。
 覚悟して死を選ぶのではなく、彼らはもう、本当ならとうにいないはずの存在なんだ。
 今まで留まってくれたことに感謝こそすれ……ずっといて欲しいなんて。
 ……縛りつけてはいけないんだ。

 だけど、淋しい。
 みんなただ帰るべき場所に帰ろうとしているのだとしても、淋しい……。
 今まで当たり前のようにそこにあったものがいなくなるのは辛い。
 覚悟なんて決められない。
 置いていかれるのは、嫌だ……。




|

back|menu|index