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やり残した仕事


 村のどこにも姿が見えないと思ったら、メルはやっぱりここにいた。
 小舟で一時間もかからない、今は陸地のほとんどが崩れてしまった小さな島。
 彼女の……故郷だった場所に。

 あちこちの地面が脆くなっているうえに、魔物が多くて危険だからと数年前まで立ち入り禁止だった。
 討伐隊とビサイドの大人たちが協力して魔物を倒して、随分と安全になったと思う。
 生き残った島の人たち皆でお墓を作って彼らの魂を慰め、今は魔物もほとんどいない。
 それでもメルは普段、あまりここに来ないようにしていた。
 ただどうしても辛いことがあった時だけ、ご両親のお墓に会いに来る。
 彼女の家族、故郷の人たちは異界送りをされなかったんだ。
 だからグアドサラムの異界に行っても、きっと会えない。
 今は何もない朽ちかけた島だけれど、メルのように家族と会うため舟に乗る人は時々いた。

 お墓の前で踞っているメルに声はかけず、隣に腰かけた。
 メルも私を振り返らずに黙っている。
 目許がまだ赤いけれど、ここに来てずっと泣き明かしていたわけではないみたい。
 ワッカさんたちの前で大泣きしてしまって、もう涙も尽きたのかもしれない。
 ……打ち明けるなら今のうちだという気持ちと、このうえ更に泣かせたらどうしようという気持ち。
 二つが混じりあって複雑な気分になる。

「メル、やっぱりルカに帰っちゃうの?」
 結局は当たり障りのない会話を始めてしまう。メルはそっと頷いた。
「うん。もうすぐシーズンだし、仕事休めないから」
 今年の試合にはワッカさんが出場しない。ルールーも、応援には来ない。
 二人とも……召喚士ズーク様のガードになって、旅に出てしまった。

 チャップさんが亡くなってから、メルは都合をつけて何度もビサイドに帰ってきたけれど。
「しばらく……島にいたくない……」
「……うん」
 今のビサイドにはワッカさんもルールーもいない。
 朝起きれば顔を見て、他愛ない言葉を交わして笑い合う。当たり前のようにあった風景がない。
 二人が帰ってきてくれるまで、メルはずっとルカにいるんだと思う。

 ふとメルの腕に赤い染みを見つけた。
「怪我、してるの?」
「ん……。ああ、さっき引っ掻けたかな。戦闘の傷じゃないから大丈夫だよ」
 魔物が減っても破壊のあとが残るこの島はとても危険だ。
 普段ならメルも、ワッカさんに怒られるから一人では来ないのに。
 ただ誰かがいなくなるだけで世界はうんと暗くなる。

 父さんが旅に出た時、私は本当のことをよく分かっていなかった。
 もう帰って来ないんだ、二度と会えないんだということだけぼんやりと知っていたけれど……。
 それがどういう意味なのかは分かってなかった。

 ベベルがお祝いに沸き、キマリが私を迎えに来て、ビサイドに住むようになって、“ブラスカ様の娘”になって。
 私はきっと、父さんが二度と帰って来ないということ、未だちゃんと悲しめてないんじゃないかな。
 よく……分からないまま、すべてが終わって通りすぎていった。
 父さんが旅に出た時に私は泣かなかった。笑顔で行ってらっしゃいと、そう言った。
 そのことがずっと引っかかってて……。
 だから、メルがあの二人に泣いて縋った時に、ちょっとだけ救われた気がしたんだ。

 心に歌を想い、この気持ちが祈り子様に届くようにと願う。
 魔力を介さないのに癒しの力が現れ、メルの小さな傷を消し去った。
 血の染みはあとでしっかり洗濯してもらうしかないかな。
「ユウナ……それ、白魔法じゃない……」
「……うん」
 愕然とした顔でメルが私を見つめていた。
 そうだよね。ビックリしちゃうよね。
「まだ私が声を聞くことはできないけど、祈り子様は私の声を聞いてくれるんだよ」
 そして僅かながら想いに応えてくれる。それは、召喚士としての第一歩。

 本当は寺院で寝起きをして毎日修行を積んで、ちゃんと僧官長に教えを請わなければいけない。
 でも例外的に寺院に所属せずそうなった人も何人かいる。
 祈り子様と対話するだけの力があれば、それで従召喚士と認められるんだ。
「ユウナ……」
「ルールーたちが帰ってきたら、私、召喚士になる」
 帰ってきたら。二人が帰ってきてくれたら。
 きっと大丈夫。父さんの時とは違う、ルールーもワッカさんも、死んでしまうと決まったわけじゃない。

 ルールーたちは、私がいつかそれを言い出すんじゃないかと警戒してた。
 でもメルはどうなんだろう。
 昨日あんなに泣いたあとで、私のせいでまた泣かせるのは嫌だった。
 私が召喚士になろうとする気持ち、彼女は分かってくれるかな。
 恐る恐る彼女の顔を窺う。
「……駄目、かな?」
 決断を覆すつもりがないのに、そんなことを聞くのはずるいかもしれないけど。
 私……メルに分かってほしいのに、駄目だとも言ってほしい。我が儘だよね。

 呆然と私を見つめていたメルだけれど、やがてご両親のお墓に視線を戻して呟いた。
「私はね、ブラスカ様に感謝してるけど、それでも、ユウナに会ってからは酷い父親だなって思ってたんだ」
「……そっか」
「守るためだとか言って勝手に死んじゃうよりそばにいてくれた方がずっといいのに、って」
 父さんはスピラにかけがえのない時間を与えてくれた。
 シンに怯えずに暮らせる時間を私にくれた。
 でも私が過ごしたのは、父さんのいない十年間だった。
 もし今、父さんが生きていて、これからシンを倒しに行くって言い出したら……私、止めるのかな?

「……ユウナがそうしたいと思うなら、反対はしないよ」
 メルはそう言って、立てた両膝に顔を埋める。肩が小さく震えていた。
「メル……ごめんね」
「謝るくらいなら最初からそんなこと言わない!」
「うん。……ごめん」
 きっと私は、父さんを止めはしなかったと思う。
 メルが私を止めないみたいに。

 母さんのことはあまり覚えていないけれど、母さんがいなくなって父さんがどんなに落ち込んだかはよく覚えてる。
 そして、チャップさんが亡くなった時のワッカさんたち。
 昨日ガードになった二人に泣いて怒ったメルのこと。
 二度とこの悲しみが繰り返されないように。
 大切な人がシンに奪われることのないように。
 私は、旅に出た父さんの気持ちがよく分かる。
 だからどんなに悲しくても……止められないんだ。

 顔を上げないまま、涙声でメルが言う。
「ワッカたちは猛反対すると思うよ」
「そうだね」
 これまでも父さんと同じ道を歩みたいと思ったことはある。
 寺院での修行に興味を示したのも一度や二度じゃなかった。
 そのたびにワッカさんたちが飛んできて邪魔して、どうにか私の口からその言葉が出ないようにと誤魔化した。
「二人とも、帰ってきたらすごく怒るんだろうなぁ」
 ルールーは普段から怒りっぽいけど、お説教は短い。でも本気で怒った時はすごく怖い。
 ワッカさんは私には滅多に怒らないけど、その分だけ私が悪い時のお説教は数日がかりだ。

 召喚士になってはいけないと言ってくれる。父さんと同じ道を歩むなと。
 死なないでと、怒って、泣いてくれる。
 そういう人たちがいるからこそ、彼らが愛しいからこそ、私はスピラを守りたいと思う。
「ルーの雷もワッカの説教も、私は庇ってあげないからね」
 メルの怒ったような声に申し訳なさと嬉しさが込み上げてきて、つい笑ってしまう。

 私がシンを倒したら、メルはきっとまたここに来る。また泣かせてしまう。
 そんなのは辛いけど、嫌だけど……でも、それでも、私はシンを倒したい。
 当たり前の日常が崩れ去る、あの瞬間を二度と見ずに済むように。
 チャップさんのように、メルやルールーやワッカさんが急にいなくなるかもしれない。
 そんな恐怖に怯えなくてもいいように。
 たとえ一時は悲しませたとしても、そのあとに続く喜びの未来を与えられるように。
 でも……私に生きていてほしいと願ってくれる人たちを、どうしようもなく傷つける。
 そのことはちゃんと覚えておかないといけない。

 父さん、私は父さんのこと、誇りに思うよ。
 きっと同じ気持ちだったんだよね。
 母さんがいなくなって、自分まで死んで、私を一人にしてしまうって、悲しませるって、それでも。
 それでも生きてさえいれば、いつか私は心から笑えるようになるから。
 そう願ってくれたんだよね。
 ……本当は涙も出ないくらい悲しかった。
 だけど、父さんが守ってくれたお陰で私には今も大切な人たちがいる。
 父さんのくれたナギ節、終わらせないよ。私が継いでいくから。
 いつかそっちに行ったら、いっぱい褒めてね……。




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