04
ティーダが寝室に移るのを見届けて天幕を出る。そこでワッカと鉢合わせした。
「たわっ! ビックリしたぁ」
「きゅ、急に出てくんなよ!」
そっちこそ出入り口で突っ立ってるのはやめてよね。っていうか……。
「盗み聞きとは感心しませんな〜」
「しゃーねえだろ。戻りにくい雰囲気だったんだよ」
見れば両手に食材を抱えている。食料庫に行って戻るだけ、にしても早すぎない?
なにやら焦っているワッカをじっと見上げる。
「どっから聞いてた?」
「あー、なんだっけか。自宅の……デンワバンゴウ? って辺りから」
「ほぼ最初じゃん」
どんだけ急いで戻ってきたんだ。
「いや、だってよ。あいつは信用できそうだけど、あんまり長く二人にするのも、お前の保護者として、なんだ、その……なあ?」
なあって言われても困る。ほんっと過保護だなぁ。
ついでに飯食ってけと言われてワッカと一緒に家の中へと戻る。外にいても手伝いに駆り出されるだけだし。
奥を見れば、ティーダはすでに爆睡していた。
試合中をシンに襲われて異世界に飛ばされて魔物に襲われてアルベドに保護されてまたシンに襲われて漂流して……そりゃ、死ぬほど疲れてるだろうね。
気休め程度にケアルを唱えておいた。
私は魔力が少ないから、本当に気休めだけど。
ふと視線を感じて振り向くと、ワッカが微妙な顔で私を見ていた。
「なに?」
「……いろいろ初耳だったぞ」
「言ってないし」
「言っても信じないから、か?」
うーん、べつに隠してたわけじゃないけど、やっぱり気を悪くするよね。
「転生って概念はエボンの教えに反してるから、軽々しく言えなかったんだ」
「ほ〜〜〜〜ん」
「拗ねないでよ、もー」
子供の頃は誰彼構わず大人に話していたけれど、いくら幼くたってじきにそれが“口に出すべきではないこと”だと察してしまう。
ワッカやルー、ルッツと、チャップには……言おうかなと迷ったことも一度や二度じゃないけれど。
「私だってさ、もしかしたら全部ただの妄想なのかな、とか、こんな微に入り細を穿つ妄想するなんて頭やばいんじゃない? とか、いろいろ考えたんだよ。そうそう言えないよ」
信じてもらえないだろうと疑ってたわけじゃない。でも……。
いや、やっぱり、少しは疑ってたのかもしれない。
ワッカたちに「変なやつ」とか「付き合いきれない」とか思われたら立ち直れないもの。
ワッカは、だって、ティーダがザナルカンドから来たってことも信じてないくせに。
「その記憶があるから、あいつの話も信じたのか?」
「うーん。それもあるような、ないような」
私の記憶よりは信憑性が高いけれど、それでも正直なところを言うと、五分五分くらいだ。
彼が本当にザナルカンドから来たのか、そう“信じてる”だけなのか。
「前世の説話だけど、こんなのがあるんだ。『一人の男が蝶になった夢を見る。ひらひらと宙を舞っていた。目覚めると人間の男に戻っていたけれど、果たしてこれは蝶が“人間になった夢”を見ているのではないか。人間と蝶は違う。しかしそんな表面上の区別に意味はない。夢が現か、現が夢か』……」
ティーダの言うザナルカンドは、ベベル宮の北にある廃墟のことじゃない。
千年前からタイムスリップしてきたのでもなければ、その都市はティーダの脳内……夢の中にしか、存在しないことになる。
「私の前世や彼のザナルカンドが本当に、現実に存在したのかどうか。そんなのどうでもいいんだよ。たとえ妄想に過ぎないとしても、自分にとってその世界が真実だってことに変わりはないんだ」
なんだか腑に落ちない顔をしたまま、ワッカは遅めの昼食を作っている。
もののついでみたいになっちゃったけど、改まって前世の話をしなくて済んだのはよかったのかもしれない。
「……なあ、メル」
「うん?」
「その、前世っていうのか? 前の人生ではお前、男だったんじゃないか?」
「は!? な、なんでそう思うの」
「やっぱりなぁ……」
なんだその“やっぱり”ってのは、どういう意味。
私が女らしくないって言いたいのか。くうう、自分で言ってちゃ世話がないよ。
戦々恐々としてる私をよそに、ワッカは鍋をかき混ぜながらため息を吐いている。
「こりゃますます嫁の貰い手が見つからねえよなぁ」
「ええっ? い、言っとくけど私、ルカでは結構モテるんだからね!」
「黙ってれば、だろ」
「……」
「見た目は悪くないのに中身がなぁ〜」
「ええい、やかましい! 余計なお世話だわ!」
私の話を信じるかどうかで悩んでるのかと思ったら、斜め上の心配をされてたなんて。くそお。
「いざとなったらルッツが貰ってくれるからいいもん。約束はしてないけど」
「お前、酷いこと言うなよ、あいつが可哀想だろ」
とりあえず背中を蹴っ飛ばしといたら「調理中に危ねえな!」と怒られた。
ティーダが寝てるんだから静かにしてようと思ったのに。まったく。
「んで、その記憶って……やっぱ、シンに襲われて思い出したのか?」
「ああ、うん。ショックが大きかったせいかな」
「お前は妙に大人びたところがあったもんなぁ」
「七歳児の頭に三十年あまりの記憶だからねー。気味悪かったでしょ?」
「そんなことは思わね……って三十年!?」
「うん。物心ついてから死ぬまで、わりと細かく覚えてるよ」
たぶん性別や名前が違っていなければ現実と混同して錯乱してただろう。
あるいは、思い出したのがもっと幼い頃だったら、わけも分からないまま精神に異常を来していたかもしれない。
思春期も過ぎてメルという人格が確固たるものになった今だからこそ、その夢を現実と区別できてるんだ。
昔の私にとってそれは全然“夢”じゃなかった。自分の身に起きた出来事だと思ってた。
鍋を混ぜる手が止まり、どうしたのかとワッカの顔を覗き込む。
「死ぬまでって、前の自分が死んだところまで思い出すのか?」
「いや、死ぬ瞬間を思い出せるわけじゃないよ。さすがにそれは怖すぎ。ただ、あるところで記憶がぷっつり途切れてるから、そこで死んだんだろうなって思ってるだけ」
「……そうか」
それに、もうすぐ死にそうな雰囲気に向かってたからなんとなく分かる。その辺は誰にも言う気ないけど。
夢や妄想ではなく前世の記憶だと思う根拠の一端がそこにある。
事細かに思い出せる、別の世界での、もう一人の自分の姿。
その人の命はもう尽きている。もう終わった人生だって、ちゃんと分かってるから割り切れるんだと思う。
「別人になった夢を見るような……そんな感じ。昔は“私”が乗っ取られそうで怖かったけど、今は単なる夢でしかないんだ。大したことじゃなくなったから、相談もしなかった。ごめんね」
「べつに、お前が気にしてねえなら俺はいいんだよ」
ティーダは辛いだろうな。彼は私と違って、ザナルカンドに現実を置いてきてしまったんだ。
早く帰りたいだろう。すごく、帰りたいだろうに。
……あー。
期せずして私の打ち明け話になってしまった。
勢いに任せてついでに言っちゃえばよかったな。ミヘン・セッションに、参加するってこと。
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