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55


 シンの内部には、もう一つの世界が広がっていた。
 飛空艇の上にはどこまでも空が続いており地平にも果てがない。
 そりゃあ確かにシンは大きいけれども、体内にこんな空間をしまっておけるほどではなかった。
 これはたぶんグアドサラムの異界みたいに……。
 幻光虫が、実在しない遠い景色を見せているんだと思う。

 水辺を探して近くに飛空艇を停め、仮初めの大地に足を下ろす。
 エボン=ジュはジェクト様に取り憑いているということだけれど……どこにいるんだろう。
「前進あるのみ! 案内は任せるッス!」
「ティーダ、道分かるの?」
「分かんない!」
 あ、そう……。

 自信満々のティーダにユウナが微笑みかけた。召喚士様は我らがエースを全面的に信頼しているようだ。
「君に任せるよ」
 それを聞いてティーダも笑顔で頷く。
「行こう!」
 ……悲しい顔をしてはいけない。希望へ向かう旅なんだから。
 エボン=ジュを倒して死の螺旋を終わらせ、その先にある未来のことだけ考えて進むんだ。

 シンの中にまだ残るジェクト様がティーダと繋がっている。
 しばらく進むと、そのことがなんとなく理解できた。
「景色が変わっていく……」
「ジェクト様の記憶に反応しているのかしら?」
 何もない空と大地だったものが、ティーダが近づくごとに姿を変える。
 遠くに町並みが見えてきた。おそらくは、あれが彼らのザナルカンド。

 ティーダを導き、迎え入れるためにシンの内部が変化しているんだろう。
 きっとジェクト様はあそこにいる。

 しかし、途中で邪魔が入った。
「ホントしつっこい野郎だな!」
 魔力の矢が降り注ぎ、ヴァルファーレが私たちを庇ってくれる。
 シーモア様……ガガゼトで消滅して異界に行ってくださったと思ってたのに。
「シンは私を受け入れたのだ。私はシンの一部となり、不滅のシンと共にゆく。永遠にな」
「受け入れたんじゃなくて、吸収されただけだろ!」
「いずれ内部から支配してやろう。時間は……そう、無限にある」
 死は生と同じく永遠じゃないよ。
 死人だってシンだって、いつかは終わりを迎えて、次の世界に向かっていくんだ。

「ごめんなさいシーモア様。あんま時間ないみたいですよ」
「永遠なんて、私たちが終わらせます!」
 もうあなたの出る幕は終わったんだ。大人しく退場してください。

 背後のスフィア盤がシーモア様に力を与えているようだ。
 召喚獣に守られながらそれを破壊すると、僅かながらシーモア様に隙が見えた。
 ヴァルファーレの姿が揺らいで消える。そしてユウナの周りから幻光虫が溢れた。
 虚空を見上げ、ユウナが頷く。
「……分かりました」
 いつもとは逆。あちらからの呼びかけに応えるようにユウナが舞って、現れたのは召喚獣アニマだ。
 シーモア様の……御母君。
「すべてが私を拒むか。……それもよかろう」
 あらゆる苦痛を呑んだかのようなあの視線が、彼の体を薙いだ。

 ありったけの力を解放したアニマが消えると同時、シーモア様も膝をつく。
 もう立ち上がる気力もないらしい。どうか、そのまま……。
「ユウナ、異界に送ってやれ!」
「はい!」
 異界送りの舞と共に彼の輪郭がほどけていく。彼は最後にいつもの微笑を浮かべていた。
「……私を消すのは、やはりあなたか」
「シーモア老師……さようなら」
 今度こそ安らかに。あなたが真に求めたはずの、深い眠りが訪れることを……祈っている。

 足を動かしてもいないのに景色が勝手に流れ始めた。
 まるでグアドサラムで見せてもらったホログラムみたいだ。
 自分がどこに立ってるのかよく分からなくなり目眩がする。思わず近くにいたワッカの腕に掴まった。
 支配を試みていたシーモア様が消えたから、シンの……ジェクト様の意思が強く働き始めたんだろうか。
 その流れは明らかな意思をもって、私たちを運んでいった。
「ブリッツスタジアム……?」

 あまり多くのスフィアに残っていない。
 御姿を留めおく像もない。
 ブラスカ様と共に旅をしてシンを倒したことだけが伝わる、もう一人の伝説のガード。
「おせえぞ、アーロン」
「……すまん」
 ザナルカンドから来てスピラを救うために戦ってくれた、ティーダのお父さん……。
 ジェクト様が、そこで待っていた。

 螺旋を断ち、スピラを解放する。
 この戦いは今まで螺旋に取り込まれた人との別れを告げる戦いでもあった。
「よお」
「ああ」
 交わされた言葉は感動の再会と思えないほど短く、その分だけ形にならない想いをたくさん纏っていた。
「へっ! 背ばっか伸びてヒョロヒョロじゃねーか。ちゃんと飯食ってんのか、ああん?」
 俯いたまま何も言えないティーダの背中は泣いているようにも見えた。

「でかくなったな」
「まだ、あんたのがデカイ」
「はっはっはっ! なんつっても俺様はシンだからなあ」
「笑えないっつーの」
 ……ほんとだよ。

 思ってた以上に豪快で野性的な人だった。
 前向きで快活でまっすぐで、どんな時でも明るくみんなを引っ張っていく力がある。
 ティーダは、この人の子供なんだね。
「じゃあ、まあ、なんだ。……その……ケリ、着けっか」
「親父」
「おお?」
「……ばか」
「はははは……、それでいいさ! どうすりゃいいか、分かってんな」
「ああ!」

 ジェクト様が夜空を見上げ、つられて顔をあげると空から小さな音が聞こえてきた。
 ……祈りの歌だ。外で皆がまだ歌ってくれているのだろうか。でも、もう……。
「歌もあんまし聞こえねえんだ。もうちっとで俺は……心の底からシンになっちまう。間に合って助かったぜ」
 人のざわめき、産声、悲鳴、いろいろな営みの音が混然となって祈りを掻き消していく。
 これが、シンの聞いていた音なんだ。
「んでよ……始まったら……俺は壊れちまう。手加減とか、できねえからよ。……すまねえな」

 ジェクト様の体から幻光虫が零れ出す。彼の存在ごと変質し始めていた。
「もういいって! うだうだ言ってないでさあ!」
 悲鳴じみたティーダの言葉にジェクト様が笑う。
「……だな。じゃあ……いっちょやるか!」
 彼を避けてエボン=ジュだけを倒せればよかったのに、それは叶わない。
 ならば、せめて彼の意思が残っているうちに。私たちも武器を構える。
「すぐに終わらせてやるからな! さっさとやられろよ……!!」
 人の像が溶けてジェクト様の肉体は変貌を遂げてゆく。
 まやかしの希望……でも確かに一時、私たちを救ってくれた、究極召喚獣の姿へと……。

 お父さんも……ちょっとがさつで乱暴で、不器用な人だったな。
 何かっていうと私の頭を撫でくりまわすのが好きで、力が強すぎるってお母さんに怒られてた。
 一緒に過ごした時間はあまりにも短くて、思い出せる記憶もほんの僅か。
 私の故郷を壊したシンを倒してくれたのはブラスカ様たちだった。
 そのことはちゃんと覚えておく。
 エボン=ジュの創りあげた螺旋を断ち切っても、彼らが成そうとしたこと、遺してくれた想いは忘れない。

 シンそのものに対抗し得る唯一の力、究極召喚。
 文字通り命を削る激戦の後に人の姿を取り戻したジェクト様は崩れ落ち、ティーダがそれを支えた。
 ほんの束の間、父子の邂逅……それもすぐに終わってしまう。

「ジェクトさん……、あの……」
「駄目だユウナちゃん……時間がねえ」
 ジェクト様と重なるように何かの影が見え、やがて異形が飛び出してきた。
 あれがエボン=ジュだ。新しく取り憑く先を探すかのようにさ迷っている。
 こうやってシンを作り出してきたんだ。
 切なる想いで捧げられた命を食んで、螺旋を生み出してきたんだ。
「ユウナちゃん、分かってんな? 召喚獣を……呼ぶんだぞ!」
 ジェクト様は最後まで自信に満ちた笑みを見せ、淡い光となって消えた。

 究極召喚がなくとも高密度の幻光体さえあれば、シン……エボン=ジュの鎧は何度でも形作られる。
 つまり、召喚獣が新たな依り代になるんだ。
 彼らがいる限り、召喚獣がこの世にある限り、シンは蘇ってしまう。
 ……悲しくても、生きるなら戦わなければいけない。
 ユウナが舞う。

 始めはヴァルファーレだった。ユウナが最初に絆を結んだ……ビサイドの祈り子様。
 次はイフリート。ポルト=キーリカに宿る獣の勇猛な魂。
 イクシオンは、ユウナを攫いに来たアルベド族の兵器を軽々と防いでくれた。
 その次はシヴァ。マカラーニャでアニマとの戦いに手を貸してくれた。
 バハムート……聖ベベル宮で導きを与えてくれた。
 忘れ去られた洞窟で、ギンネム様の想いに応えてくれた用心棒。
 ナギ平原の中心でずっと召喚士を待っていたメーガス三姉妹。
 そして、アニマとなった彼女も、ようやくシーモア様と同じ場所に……。

 一人が倒れるたびにエボン=ジュが次の召喚獣へと乗り移り、それをまた倒す。
 涙を浮かべながらユウナは舞い続けた。
 これまで私たちを、幾多の召喚士とスピラの民を助けてくれた召喚獣が消えていく。
 千年前より託された、祈り子様の想いの結晶が……。
 すべての召喚獣が消滅した時、エボン=ジュは真の姿を曝け出した。

「みんな! 一緒に戦えるのは、これが最後だ。俺の引退試合、よろしく!」
 いきなりの宣言に皆は呆気にとられた。
「へっ?」
「なんつったらいいかな……。エボン=ジュを倒したら俺、消えっから!」
「あんた何言ってんのよ!?」
「さよならってこと!」
「そんな……」
 祈り子様と対話し、召喚獣に最も近いところにいたユウナは、きっと気づいていた。
 何も言えずに見つめる彼女に、ティーダは優しく微笑みかける。

「勝手で悪いけどさ! これが俺の物語だ!!」




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