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 シドがスイッチを入れるとモニターに波線が踊った。
 飛空艇から発信された祈りの歌が、大気と幻光虫に乗って世界中へと響いていく。
「空飛ぶ船が歌う、か……」
「あとは皆が歌ってくれりゃいいんだけどな」
 それはもう、私たちも祈るしかないよね。

 前方にシンがいる。今のところ動きはないけれど、歌の効果がどこまであるものか。
 攻撃を仕掛けてもじっとしていてくれる、なんて期待はしない方がいいだろう。
「おっし、行くぞ!」
「どうやってシンの中に入るんだ?」
「一番単純な方法しかないッス!」
「だね!」
「じゃ、行きましょう」
 ティーダを先頭に、皆はエレベーターリフトに向かう。
「口から入るか、シンの体に穴開けるか、どっちかだ!」
 えぇ……ご、豪快だなぁ。

 飛空艇の甲板に出ると、風の中に微かな歌声が紛れていた。
 シールドに遮られてハッキリとは聞こえない。
 だけど遮られていてさえ微かに聞こえるのなら、この船の外ではどんなに力強く響いていることか。
「みんな歌ってくれてるよ!」
「……本当だわ」
 スピラのすべてが歌っている。空にまで届く、祈りの歌……。
「期待に応えるッス!」
 シンを倒すために。死の螺旋を断ち切るために。
 紡ぎあげられた新しい想いがシンを取り巻いていく。

 飛空艇がシンに近づくと、大気が震えるのを感じた。
「おいおいおいおい……、なんかやべえぞ!?」
「撃ってくる!」
 ミヘン・セッションの時と同じ、重力波だ。
 シンがその巨体の周りにエネルギーを集め、海も風も巻き上げられる。
 放出された莫大な魔力は大地を抉り取り、海を引き裂いて彼方へと消えていった。
 後には塵も残らない。ただの一発で……世界ごと破壊してしまいそうな力。

 あれと戦うのかと身が竦みそうになったところへ、スピーカーからシドの声が聞こえてきた。
『おい! シンの腕んところ光ったの見えたか? ありゃ絶対なんかあるぜ!』
 そこまで見てる余裕はなかったよ。
 というか、祈りの歌と一緒にこの声までスピラに響いてやしないかと心配してしまう。

 シドの言う通り、シンの腕が不気味に光っているのが見えた。
 幻光虫がその辺りに集まっている。
「腕にエネルギーコアがあるのか、もっ!?」
 言うなり飛空艇が大きく揺れて、皆で甲板にへばりついた。
『ヤブミ! “シン”シリチモヘナエセウ!!』
「シンに引き寄せられてるって!」
『てめえら中に戻れ!』
 いや、遅いって……。シンは一気に距離を詰めてきて、もう目の前にいる。
 このまま戦うしかない。

 飛空艇のシールドによるものか、毒気の影響はあまりなかった。
 眼前に聳える、船よりもずっと大きなシンに立ち向かう。
「見て! 腕の継ぎ目のところ!」
「あれがコアってやつッスか!」
 闇雲に攻撃しても意味はない。
 遠隔攻撃が可能な全員でコアに集中攻撃を食らわせれば、目に見えてシンの巨体が傾き始めた。
『試しに一発かましてやっか! お前ら、そこで待機してろ! マッキャ!!』
 うわっ、こんなに揺れるなら待機じゃなく警戒を指示してほしかったな!

 シドの一声で砲台から雷撃が放たれる。
 な、なんか、大丈夫かな? 周りにまで被害が出そうだ。砲弾がないだけマシな方かも。
 頭に血がのぼってうっかり町の上空を飛ばないようにしてほしい。
 まあ、操縦してるのはシドじゃなくてアニキさんだから大丈夫か。

 地道にコアを弱らせていたお陰もあり、飛空艇からの雷撃はシンの腕部にとどめをさした。
 コアから光が失われ、重みで腕全体が根元からもげた。
「やった!」
『おっし、この勢いで反対側もやっちまうぞ!』
 飛空艇が傾き、急旋回してシンの向こう側に回り込む。
「こらー! 勝手に決めるなあ!」
 吹っ飛ばされそうになったリュックが甲板にしがみつきながら憤慨していて、場違いにも笑ってしまった。

 主砲との協力もあって右腕は一層早くぶっちぎった。
 このまま本体にも大ダメージを与えればシンを落とせる。
 そう期待したところで、アニキさんの落胆の声が。
『……トカニガ』
『スアヘ! ヨエアナギャメネア!!』
『ガッセ、キュロフズッヨカエヒヤッサモ!』
『ハンガソ!?』
「主砲、壊れたってさ……」
 あちゃ〜、やっぱり使い方も分からないまま無茶するもんじゃないね。

 シンは両腕をなくしてフラフラと飛んでいる。時間を置いたら……たぶん、また最初からやり直しかな。
『おい、戻れ! 作戦練り直〜し!!』
「いーや行くッス! 勢いがある時は勢いに乗る! これ、ブリッツの鉄則!!」
 傾ぐシンの巨体を指差し叫ぶティーダに駆け寄り、ユウナは彼の肩を叩いて追い抜いていく。
「頑張ろう!」
 そして召喚士様は自ら先陣を切った。
「待てよ! エースは俺だっつーの!」
 慌てたティーダもユウナの後を追って、間近にあるシンの背中に飛び移る。


「んっとに、緊張感ねえなぁ」
「お陰でリラックスできるっすよ」
「とはいえ気を抜きすぎないように、ね」
 苦笑しながらワッカたちも次々に飛び移っていく。
 ここは空の上、相手はシン。だけど落っこちてもユウナの召喚獣がついてるし、何も怖くない!

 マカラーニャぶりでシンの背中に乗っている。
 あの時の遺跡群は近くに見当たらず、着地点の辺りはザナルカンド渓谷のような景色になっていた。
 なんか生き物の背中に乗ってる気がしないな。
 もう一つのコアは谷の隙間に隠れるようにして、うじゃうじゃいるコケラに守られていた。
「雑魚はガードで片づけるぞ」
「んじゃ、コアをお願いしますね、召喚士さま!」
「はい!」
 バハムートの咆哮が轟いて、怯んだコケラを私たちで一掃する。

 調子はいいと思う。でも決め手がない。
 コケラもコアも問題にはならないけれど、シンの中に……エボン=ジュにまだ届かない。
 両腕と背中のコアを破壊されてエネルギーを保てなくなったのか、シンはゆっくりとベベルの町に墜落した。

 飛空艇から吊り下げられたカーゴに乗って脱出する。
 ちょっと……毒気に酔っちゃったな。でもシンが弱っているお陰か、あまり酷くはない。
 いや、幻光虫の濃度が薄くなってるってことはコアの修復にまわしてるのかも。
 あまり時間をかけると復活してしまう。
「これで倒せりゃ討伐隊も苦労しねえよな」
「でも、シンを弱らせたのは確かじゃない?」
「そうだよそうだよ!」
 せっかくシンを地に落としたんだ、このまま中に侵入してしまいたいところではある。

 あの巨体に風穴を開けると言っても易々とはいかない。
 シドたちは主砲の修理に励んでいる。
 その主砲もコアを狙って腕を引きちぎるのが精々で、外郭を突き破るほどの威力はなかった。
「あっ、見て! シンが……」
 リュックの声で顔をあげる。
 咆哮と共に気力を振り絞ってシンが空に舞い上がる。
 そして聖ベベル宮に体を預けるようにして、飛空艇を見つめていた。

「……ジェクト様、待ってるんだ」
 私たちが……ティーダが来るのを。終わらせてくれる時を。
 迷ってなんかいられないな。

 主砲は未だ沈黙している。イラついたようにシドが呟いた。
「おい、俺たちゃどうすりゃいい。もう船で援護できることもねえぞ」
「どうもこうもないだろ。正面から行く!」
 答えたのはティーダだ。
 うん。一口にシンを倒すとは言っても、無理して外郭を壊す必要はないはず。
 あのデカブツは単なる鎧なのだから。
「シンは幻光体、中身のエボン=ジュさえ倒せばあの巨体も消えると思う」
「脱出なんか気にせず飛び込め! ってことッスね!」
 そう、つまるところ……飛空艇ごとシンの口から入っちゃえっていうね。

「メルらしくもなく大胆ね」
「私だってできればもっと慎重にいきたいよ……」
「でもま、ここは勢いに乗るとこ、だろ?」
 おう……。ユウナもいるし、ワッカたちも一緒なんだ。覚悟は決まってる。

 飛空艇がシンの真正面に陣取る。もう一度、今度は頭部と真っ向勝負だ。
 究極召喚以外の方法をずっと探し求めていたけれど、まさかこんなガチバトルをするはめになるなんて思わなかったなぁ。
「待ってろよ親父!」
「父さんたちの願い……叶えに行こう!」
 ……この距離で重力波が発射されたら終わりだ。あとはもう、全力で叩き潰すだけ。




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