×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
53


 ティーダが最初にアルベド族と出会った廃墟で微かに祈りの歌を聞いた覚えがあるらしい。
 っつー曖昧な情報をもとにスフィア波検索装置で探した結果、確かに知られざる寺院が見つかった。
 話には聞いてたが、実際に来てみると本当に荒れ果てた廃墟だ。

 ナギ平原の外れにあったレミアム寺院も寂しげな雰囲気ではあったが、それとは趣が違う。
 かつて町があった名残が見られるせいで、破壊された跡が余計に目立つんだ。
 どうしようもなく悲しい光景だった。
 単に寂れて忘れられたんじゃなく、当たり前だった日々の暮らしがいきなり破壊されたって、実感させられる。

 ユウナが対面した祈り子様は、シーモア老師の御母上だったようだ。
 以前ルカやマカラーニャで見た召喚獣であり、ザナルカンドで見た幻の、あの人だ。
 祈り子像はザナルカンドにあったはすだが、つまりシーモア老師がここまで運んできたってことか。

 ジスカル老師と結婚した当初の奥方はグアドサラムで迫害を受けていた。
 そして母子ともども、ここに流されて暮らすようになった。
 ザナルカンドを目指し、母親は究極召喚の祈り子となって命を落としたが……。
 取り残された子供は、シンを倒すことなくエボンの中枢で老師にのしあがることを選んだ。
 そこにどんな想いがあったのかは、もう誰にも分からない。

 破壊の手が伸びてくるまでは細々と人が暮らしていたんだろう。
 廃墟のあちこちに、そういった形跡があった。
 だが、ここに漂う幻光虫は少なく薄い。
 想いさえも忘れ去られていたんだと思うと胸が痛んだ。
 俺は……グアドがシーモア様たちにやったように、アルベドを毛嫌いしていた。
 だからこの痛みは、忘れずに抱えてかねえと駄目だ。

 召喚獣アニマとの契約を終え、ユウナとメルは寺院を見上げて物思いに沈んでいる。
「シーモア老師は……お母様を呼ぶのが嫌だったのかな……」
「……そうだね。シンを倒すなら嫌でも究極召喚を使うことになる」
 自分の母を、新たなシンにすることになる。
 究極召喚の祈り子となれば、最後の戦いで身を捧げ、そしてやがてシンになって……。
 また次の召喚獣に倒されて、永遠に消えてしまう。あのゼイオンの抜け殻のように。
 母親のいなくなった像を見るのが忍びなくて、老師はザナルカンドを去ったのか。

「メイチェンさんが、ユウナレスカ様はエボン=ジュの名を残そうとしたのかもしれない、って言ってたでしょ。……シーモア様もそうだったのかも。自分がシンになることで、お母様の存在を永遠に……」
 メルは前からシーモア老師贔屓だったよな。
 あの方がミヘン・セッションに賛同していたからかもしれない。
 それとも迫害のことを知っていたのかもしれない。
 シーモア老師の孤独に薄々気づいていたから、ヒトとアルベドの子であるユウナと彼の結婚を喜んでたのか。

 シーモア老師には本当に散々な目に遭わされた。面倒に巻き込まれたし、殺されそうにもなった。
 はっきり言って今でも人間的には好きじゃねえ。
 ……それでも、何か一つ違っていたら、と思うことはある。

「やったことはどうでも、永遠を願う気持ちだけは尊いものだと思うんだ。そう思いたいだけかもしれないけど……」
「メル……」
「私たちが新しい道を選ぶとしても、今までに成されてきたことのすべてが否定されるわけじゃないよね」
 死に救いを求めたシーモア老師も、永遠の螺旋を目の当たりにして絶望したマイカ様も。
 最果てでシンを倒す召喚士を待ち続けていたユウナレスカ様も、ザナルカンドの永遠を願ったエボン=ジュも。
 それがどんなものであれ、俺たちの心を育んできたのはエボンの教えだ。
 嘘偽りの中にも真実の願いがあったんだと信じていたい。

 メルは寺院から視線を逸らすと、傍らに立つユウナを振り向いた。
「ずっと思ってたんだけど、ユウナが召喚士になってくれてよかった。ありがとう」
 急にそんなことを言われたユウナは呆気にとられ、見開いた目からポロっと涙が零れた。
「えっ? なに!? なんで!!」
 あーあ。滅多に泣かないユウナを泣かせちまってよ。
 大慌てするメルはちょっと見物だ。
「ごめんユウナ、私なんか悪いこと言った?」
「……違うの。ありがとう、メル……」

 メルはユウナのガードになることを頑なに拒絶していた。
 しかしユウナが召喚士になるのを嫌がっていたのは、何もその意志に反発してのことじゃない。
 メルはただユウナが死なずに済む方法を探したかっただけだ。
 シンを倒すというユウナの意思を尊重しながら、親友の命を犠牲にしなくていい方法を求めていた。
 それでも、メルの想いに反して歩いてきたことがどこかでずっと引っかかっていたのかもしれない。
 ユウナは久々に、思い切り泣いた。

 他のやつらに見られる前になんとか泣き止んだユウナは、ティーダとリュックの案内で探索に出かけた。
 廃墟に取り残された魂のために異界送りをしておきたいそうだ。
 ナギ平原と違って、ここにはシンを倒した後でも旅人が来そうにない。今ユウナが送ってやらなきゃそれきりになるだろう。
 これで皆……異界に行けるといいんだがな。

 ユウナの行く先で幻光虫が舞い、メルは瓦礫に座ったままそれを見上げている。
 ここを廃墟にしたのはシンだ。
 メルの故郷を破壊したのも、ユウナの両親を殺したのも。俺やルーの家族を奪ったのも。
 だが、シンがいなけりゃ俺たちは今ここにいなかった。
 メルが島に来ることも、ユウナと出会うこともなかった。
 ……悲しくても生きるなら、今この時を喜んだっていいよな。

「この戦いが終わったら結婚すっか」
「はあ!? やめてよ!」
「や、やめてよってことはねえだろ」
 もしかして俺は今フラれたのか? いや、まさかな……。
 メルの横顔を見てたら勢いで言っちまったが、間髪を入れずに断られてへこんだ。

 肩を落とす俺を見てメルは「そういう意味じゃない」と慌てている。
 ……んなに慌てなくたって、ユウナじゃあるめえし、いくらなんでも俺は泣かねえよ。
「この戦いが終わったら、とか……死亡フラグみたいで心臓に悪い。今そういうこと言わないで」
「……」
 ルッツみたいに、か。言うだけ言って満足して勝手に逝っちまうなんて話はないよな、確かに。
「分かった。じゃ、言わねえ」
 ビサイドに帰ってから言やあいいんだろ?
 まあ……それを決めちまってたら同じことのような気もするけどよ。

 一拍置いて冷静になったのか、メルは急にぷりぷり怒り始めた。
「大体、ここで言う? こんな荒れ果てた廃墟で?」
 もっと景色とか雰囲気とか考えられないのか、と言われて返す言葉もない。つーか、俺にそんなもん求める方がどうかしてるぞ。
「信じられない……ワッカはそんなだからモテないんだよ」
「ほっとけ。お前にモテてんだからいーだろ」
 そもそも改まって言わなくてもそのつもりだったんだ。
 顔見てたら、ついでだから今言っとくか、と軽く思っただけでだなぁ……。

「んん?」
 ふと見れば、メルは頬を染めて俯いていた。
「お前、今さら照れてんのか」
「うううるさい!!」
 こうなっちまったらべつに、強いて妹として見る必要もない。
 吹っ切れて真正面からじっと見つめたメルは、やっぱり可愛かった。

 しばらく仏頂面で照れていたメルだが、やがて真剣な顔で呟く。
「私ずっと、ワッカとルーに結婚してほしかった。今でも若干そう思ってるけど」
「へ? なんだそりゃ……あー」
 チャップがいなくなったせいか?
 あいつがいた頃はしょっちゅう「ワッカのお嫁さんになる」とか言ってたのに、変わったのは一年前からだもんな。

 ルーと結婚させたいとはいっても俺をチャップの代わりにするつもりはないんだと思う。
 ただ一番幸せだった頃を取り戻すために、そうなったらいいと願った。
 その気持ち自体は分からないもんでもない。
 チャップが死んだ当時は俺もルーも余裕がなくて、メルたちには辛い思いをさせちまった。
 ……あの頃からメルは俺の嫁になりたいだとか冗談でも言わなくなった。
 本命の相手を見つけたんだと、思ってたんだがなあ。

 嫁になりたいとか嫁になってくれだとか、それ自体は島の人間なら誰でも誰かに言ったことあるような言葉だ。
 俺やルーもガキの頃には年上の誰かに言っただろう。もうその相手が誰かも忘れちまった。
 メルはその気持ちのまま、他のやつに想いを寄せるでもなく大人になっちまったんだな。

「べつにチャップのことがなくてもさ、ワッカとルー、お似合いだと思うよ?」
「さぁて、どうだか……」
 俺よりは余程しっかりしてるが、ルーも俺と似たような性格だ。
 傷つけたり傷ついたりしてまで新しいものに目を向けられない。自分から変わる勇気がない。
 俺たちには足りないものがある。
 がむしゃらに引っ張ってくれる、チャップのような、あいつのような。
 メルのような思い切りの良さが、俺にもルーにもない。

 義妹になるはずだったんだ。幸せになってほしいに決まってる。
 ルーの美点も欠点も全部分かったうえで、あいつの怒りっぽいとこも素直じゃないとこも笑って受け止めてくれるようなやつに。
 チャップと同じくらい、いい男に……出会う日を待つしか、ないだろう。

「ま、お前はどうか知らんが俺はこんなようなことになる気もしてたぜ」
「え?」
「どうせお前は行き遅れるから、俺がもらってやらなきゃいけないんだろうな、ってな」
「なにそれ? 失礼だなぁ!」
 嫁になりたいって何度も言われてりゃ悪い気はしねえよ。
 妹みたいなもんだが妹じゃない。ただ一生、当たり前のように隣にいるものだと……。
 俺だってな、ずっと嫁になってくれたらいいと思ってたんだ。




|

back|menu|index