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52


 ビサイドに着くと、メルは俺を追い回さなくなった。
 ……いや、俺が過剰に避けてただけで、べつに追い回してはいなかったんだろうが。
 たぶんルーかユウナかリュックか、他の誰かに相談してんだろうと思っていた。
 案の定、ユウナと二人で話してるのを見た時はホッとしたんだ。
 けど、あまりにも深刻な顔してるもんだから気になってつい聞き耳を立てちまった。

「私、このままビサイドに残ろうかなって思って」
「ええっ!?」
 ちょっと待てよ、なんだってそんな話になってんだ?
「ガードでもないのにいつまでもくっついてるのも迷惑だろうし」
「そんなこと! 究極召喚も、もうないんだよ。ガードとか関係ない。メルは私の大切な、仲間だもん」
 ユウナがそう言ってもメルの表情は固い。
 これは……つまり、あれだろ。……俺がキーリカで妙なこと言ったせいだよな。

 そりゃあな、ユウナが死ぬもんだと思ってた未来が変わって、生きていくことを考え始めた今は。
 せっかく誰も犠牲にならずに済むってのに、シンとの戦いで仲間を亡くしたらと思うと怖え気持ちはある。
 だが、メルだけ置いてこうなんて一瞬たりとも考えたことはねえぞ。
「ワッカさん?」
「悪い、ユウナ。ちょっとこいつと話があるんだ」
 戸惑う二人を無視してメルの腕を掴み、俺の家まで連れて行く。
 誤解は訂正しとかないといけねえ。

 とりあえずそこらにメルを座らせ、俺も向かい合って座る。
 まだ顔がまともに見られないんで仕方なく鍋でも睨んでおくことにした。
 ……あーあ、埃被ってんなぁ。
「あのな、俺がキーリカで言ったのはそんなんじゃねえ。ただ船賃ももったいねえし、ビサイドに行って戻る間くらい留守番してたらどうだって聞いただけだ」
 だからいきなり飛空艇を降りるなんて言われちゃ困るんだよ。

 フォローしたつもりだったんだがメルは神妙な声で呟いた。
「……ガードがどうこうってのは、ほんとの理由じゃないよ。だってワッカが、私を避けたいみたいだから」
「う!?」
「マカラーニャで酔っ払ったせいでしょ?」
「!! お、お前……おもおも思い出し、た、のか?」
「ううん」
 な、なんだ……驚かせんなよ。心臓が破裂するかと思ったぜ。

「今まで私が酔っ払って、練習用のボールを全部割った時も、干してある魚を全部海に返しちゃった時も、木の上から飛び降りてワッカの家を潰した時も、寺院に肥やしを撒き散らかした時も、」
「おう……よく覚えてんな」
「こっぴどく怒られたもん。だけど、すぐ許してくれたし、こんなに避けられたりしなかった……」
「うっ、い、いや、それは」
「説教もできないような、よっぽどのことしたんでしょ? あの口喧しくて口煩いワッカが説教もできないほどのことを」
 ……俺ってそんなに口煩かったのか?

 誤魔化したと思ってたが、どうやらメルはずっとあの時のことが引っかかってたらしい。
 そんなに飲んでなかったようだし、うっすらとは覚えてるのかもしれない。
 自分が“何か”やらかしたってことを。
「けどよ、船降りてどうすんだ。ビサイドに残るのか?」
「ルカに戻る。前に借りてた家はもう他の人が住んでたけど、友達がいつでも部屋貸してくれるって言ってたし」
 やっぱ抜け目ねえっつーか、ルカにいる間にもうそんな話をしてたのか。……と、嫌な予感がした。

「友達って……女か?」
 俺がジロッと睨んだらメルは気まずそうに目を逸らした。
「男かよ」
「い、いいでしょそこは」
「誰だ?」
「……ビクスン」
「お前……あいつと付き合ってんのか」
「へ? 違うよ! 友達だって言ってるじゃん」
「付き合ってもない男の部屋に住む気かよ」
「そ、そういう話じゃないから!」
 だったらどういう話だってんだ。飛空艇を降りてルカに行ってビクスンの部屋に……。
 お前、そんな状態で俺がまともにシンと戦えると思ってんのかよ。俺を殺す気か。

「とにかく、これ以上の迷惑はかけられないから、私もう……」
「ルカには行かなくていい。妙な態度とっちまったのは……まあ、俺が悪かった」
「無理しなくていいよ。顔も見たくないようなこと、私がしたんでしょ?」
 見たくないんじゃなくて、見られないというか、合わせる顔がないというかだな……。

 仕方ない。強情張るメルの肩を掴んで、まっすぐに目を合わせる。
「ほら、見たぞ。もう平気だ。だから気にすんな」
 メルは泣きそうな顔でじっと俺を見つめ返してきた。
「……」
 ああ、まずい。
「だって、ワッカをこんなに怒らせちゃったことないもん! もう無理!」
「怒ってるわけじゃねえよ!」
 今はちょっと怒ってるけどよ!

「じゃあ私あの時なにしたの?」
「う……」
 だから言いたくねえんだっての。
 言ってみたら「そんなくだらないことで意識しすぎだ!」と怒られる気もしてそれも嫌だ。
「た、大したこっちゃねえって」
「だったら教えてよ」
「お前な、本当に聞きたいか? 本っ当に聞きたいのか? よく考えろ!」
「聞かなきゃ謝ることもできないじゃん!」
 べつに謝ってほしくねえよ。謝ることでもねえし。

 ああくそ、もういい。だったら言ってやる、言やあいいんだろ!
「……ただけだ」
「え?」
「キスしただけだ!」
 あーほら言っちまった。でもなんか一気に軽くなったようにも思う。ヤケクソかもな。
「なっ、大したことじゃないだろ。そうだ。ガキん時だってよくしてたしな。あれとなんにも変わらな、」
 火を噴きそうな顔面を手で仰ぎつつメルを見ると、顔が、これ以上ないほど真っ赤になっていた。
 状況も忘れて思わず大丈夫かと聞きそうになるくらいに。

「ううぅう」
「おい……」
「うぅう〜〜、なんにも、覚えてない〜〜!」
 そ、そうかよ。
「だから……もういいだろ。べつに悪いことしたわけでもねえし、お前も覚えてないんだし」
「初めてだったのに〜〜!!」
「そりゃ悪かった……ってなんで俺が謝らなくちゃいけねーんだ」
 お前が勝手にやったことだろうが。……ん? 初めて?

「私のファーストキス返せーーー!」
 だから、そっちがやったんだろ……。なんで俺が責められるんだよ。
 確かにちょっと大人げなく避けたりしちまったが、なんか割に合わねえ。
 腹が立つうえに、もう自棄も自棄だ。憤慨してるメルの顎を掴んで口をつける。
「……!?」
「ほら、返したぞ。半分もないけどな」
 あの時と同じだけ返そうとすると、本格的にまずいことになる。

 メルは、相変わらず触ったら火傷するんじゃないかってくらいの顔で俯いている。
「ワッカは私にキスなんかしちゃ駄目」
「あぁ!? ……だ、だから、先にやったのはお前だっての」
「ワッカだけは絶対に駄目!」
「……」
 俺だけって何だ。他のやつならいいってのか。
 だったら、酔ってるからってあんなことしなきゃよかっただろうが。
 大好きだってのも口から出任せか? それともガキの頃と同じ意味だから勘違いすんなってか?
 ……べつに、勘違いしたかったわけでもないけどよ。

「とにかく、ちゃんと何があったかも言ったんだ。船を降りるなんて話もなしだな」
「付き合ってない人の部屋に住むのが駄目なら私ビクスンと付き合うからいいよ」
「……何だって? 聞こえなかった」
 思わず凄んじまったが、俺は悪くない。
「わた、私、ビクスンと付き合う。考えてみたら顔もそれなりに好きなタイプだし、ちょっと性格悪いけど女の子には優しいし、ブリッツやってる時はカッコいいし」
 お前はブリッツやってりゃ誰にでも言うのか、こら!
「ま、まあ、あいつモテるから、フラれるかもしんないけど……でも他にも宛はあるし」
 他にも宛はあるってところで何かがブチッと切れたのは分かった。

「駄目だ」
「だ、駄目って」
「俺は許さねえからな」
「私が誰と付き合おうとワッカには関係ないでしょ!」
 そりゃそうだよな。まったくもって、ご尤もだ。でもな、俺は絶対に、許さねえぞ。
「……関係ある」
「ないよ! 昔ならともかく……私だってもう子供じゃないんだから」
 もう子供じゃないから言ってんじゃねーか、馬鹿。

「お前は俺が好きなんだろーが」
「なっ、な、なに、いっ、てん、の!?」
「キスした後に言ってたぜ。『えへへ、ワッカ大好きぃ』って」
「真似しないでよキモい! てかそれはその、あれだ……妹的な意味でのやつじゃないかな?」
「じゃあなんで顔真っ赤なんだよ」
「変なこと言うから恥ずかしくなっただけだもん……」
 妹でしかないやつが、兄だと思ってるやつに、あんなコトするかよ。
「お前がどう思ってようと、俺はお前が好きだ。だから俺以外の男の部屋なんかに行くな」
 おい、驚きすぎて目ん玉落ちそうだぞ。

 まるで説教食らってるみたいに悄気たツラでメルは正座している。
 なんでこうややこしい話になってんだっけか。
「それはそういうあれじゃないよ」
「そういうあれってどれだよ?」
「妹みたいなものなんでしょ」
 いつの話をしてんだ。確かにメルは家族同然だが、始めから妹みたいに思ってたわけじゃねえ。

 その気にさせられたことは何度もあったんだ。
 チャップが死んだ時に、変えたのはメルだ。
 それをまた戻したのもメルだろ。

「あのなぁ、妹みたいなもんに、うっかり襲いかかりそうになって必死で堪えたりすると思うか」
「へあっ?」
「こないだの葛藤をまたやれってのか? 頼むから、あんまり惑わせんなよ」
 それともどんなにギリギリなのか教えてほしいってか。
「……だから、惑わせないように、船を降りるって、言ってるのに」
 あー……そうだっけか。

「じゃあ、惑わせてもいい。だからそんなこと言うな」
 その代わり、惑わされた結果どうなっても知らねえけどな。
「一緒にいろよメル。好きなんだ」
 兄だろうが妹だろうが、俺が想うのと同じようにメルも想っていた、そういうことなんだろ。
 つーか、俺がそうであってほしいんだ。

 メルは相変わらず赤い顔のまま、呆然と呟いた。
「……ど、どうしてこうなった」
「知るか、そんなこと」
 人は成りたいものに成るんだとよ。
 こう成ったってことは、きっと最初からそれを望んでたんだ。




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