51
キーリカに向かう船の中で、メルは厨房を借りて料理の練習に励んでいた。
いきなりボヤを起こしてルーがウォータで消火したそうだ。
それでもめげずに再挑戦している。……誰のために特訓してんだかな。
できあがった料理は未だなかなかの見た目で、俺は実験台にされたくないってのを大義名分にしてメルを避けていた。
キノコ岩街道からこっち、まともに話してないような気もする。
メルがビサイドに来たのは十一年前だった。
その一年後にユウナも加わって、あいつらの面倒を見てたのは主に俺だ。
メルは両親と故郷をいっぺんになくし、ユウナも親父さんを亡くしたばかりだった……。
二人ともろくに泣きもせず、周りを励ますために笑ってたけどな。
まあメルの場合は、ガキの頭には入りきらない前世の記憶のせいで泣く余裕がなかったってのもあるだろう。
あんまり、手のかからない妹二人だった。
初めてメルが泣くのを見たのは、五年前だったか。
ルーが島を出ると言い出して、その時は泣かなかったくせに、後になって親父さんたちの墓の前で一人、泣いていた。
それから俺とルーがズーク先生の旅に同行すると決めた時も……メルは号泣した。
二度とあいつを泣かせないためにもシンを倒さなきゃなんねえ、と思った。
でもメルは、そんなことはいいからビサイドにいて、ブリッツを続けてくれと泣いて頼んできた。
そういやあ、ユウナは泣かなかったな。
……あいつ、あの頃にはもう召喚士になるって決めてたのか。
誰かを見送るのが嫌で……自分が犠牲になる道を選んだのか。
そして俺たちがあいつらを置いてったから、メルは誰も犠牲にならずに済む道を探し始めたのか。
手がかかんねえどころか、出来がよすぎる妹どもだな。
船が港に入る。ポルト=キーリカは今も復興の真っ最中だ。
この辺りには顔見知りも多いんで、ユウナたちが寺院に行ってる間、俺はせめて荷運びでもしようと港に残っていた。
……メルまでこっちに残るとは思わなかった。
「ワッカはさ、もうブリッツボールは本当にやめちゃうの?」
俺たちが旅を続けてる間にキーリカ・ビーストが何度か勝ったようだとメルは言う。
それはそれで嬉しいけどやっぱりオーラカに勝ってほしい、と。
「シンを倒したらチームに戻ればいいのに。まだ引退する歳じゃないんだし、ガードやる必要もなくなるんだから」
シンを倒したら……それもいいかもな。
昔からメルは俺を焚き付けてブリッツをやらせたがった。
今にして思えば、ガードにさせないためだったのかもしれない。
健気な妹だよなとしんみりしていたところへメルが続ける。
「それにやっぱりワッカはブリッツやってる時が一番かっこい……いっ? ちょ、無視して行かないでよー!」
あー、急に寺院に参拝したくなってきた。オハランド様の像の前で心を鎮めなくちゃならねえ。
森に入ってもメルは俺の後をついて来た。
「ねえ、どこ行くの?」
「寺院で……ど、どこでもいいだろーが!」
ちょっとオーラカの必勝祈願に行くだけだ。特にゴワーズにだけは絶対に勝てるように、ってな。
ビクスンのやつ相手には、ちっとばかり反則すれすれにぶつかっても俺が許すぜ。
石段にさしかかってもメルはついて来る。
「トレーニング? やっぱり、まだブリッツしたいんじゃないの?」
なんだってやたらと絡んでくるんだよ? 頼むから放っといてくれ。
「私……またワッカがブリッツしてるとこ、見たいな」
メルは家族だ。手のかからない、もっと手を焼かせてほしいと思えるくらい、大事な家族なんだ。
妙に意識して……この関係が変わっちまったら嫌なんだよ。
「うぅ、この石段ほんと長すぎ……」
「じゃあ戻ってろ。ついて来いとは言ってねえだろ」
後ろにぴったりくっついてたメルの足音が止まった。
大会の前はいつも寺院参りに付き合わせてたが、こいつはやたらと嫌がってたっけな。
そんなに体力のあるわけでもねえし。文句を言いつつちゃんとついて来てくれた辺り律儀なやつだぜ……。
面倒見がいいっちゅーか付き合いがいいっちゅーか、俺はメルに何か頼み事をして断られた記憶がほとんどない。
まったく、ルーの言う通りだ。
誰かがメルを好きになったら、そして想いを打ち明けたとしたら。
きっとメルはすぐに受け入れて、そいつのことを好きになっちまうんだろう。
そうして結婚して家族になって……どこか俺の知らないところで、自分の家庭を築いていく。
それは、いいことのはずなんだ。
「はあ……」
この石段で息を切らすなんてのは鈍りすぎだな。
それとも余計なことを考えながら昇ってきたせいだろうか。
ったく、かっこいいとか、久しぶりに言われた気がするぞ。昔はもっと言ってくれたのによ。
万年初戦敗退だってのに「ブリッツしてるワッカはカッコいい!」ってな。
どうせなら優勝杯を持ってる時に言われたくて頑張ってたが、駄目だったなあ。
ようやく最後に勝てた試合ですら、カッコ悪いところしか見せられなかった。
あいつにはそんなんばっかだ。なのに、俺のどこがカッコいいってんだ。
……ああ、オハランド様。不純な動機があったせいで俺はずっと勝てなかったんでしょうか……。
でも、あいつが喜ぶならまたチームに入るのもいいかもな。
オーラカのやつらも補欠なら俺を入れてくれるだろう、たぶん。
ちょうど祈り子様との話が終わって出てきたユウナたちと合流して石段を降りる。
メルは一人で港に戻って俺たちを待っていた。
「あ……おかえり」
頬が夕陽に染まって赤い。心なしか目も潤んでるように見えたのは、俺に疚しいところがあるからか。
まるであの時みたいな顔から気を抜くと目を離せなくなりそうで、思わず顔を背けた。
ずっと妹みたいなもんだった。それで満足してたんだ。
勘違いで血迷って俺だけ変わっちまったら、そんな関係すら消えてしまうかもしれない。
「なあ、お前よ、ここに残ったらどうだ?」
「え!? な、なんで?」
「祈り子様と話すのはユウナなんだ、べつに全員でぞろぞろ行かなきゃならないわけでもねえしよ」
ビサイドからは、また船に乗ってルカまで戻ることになる。
無駄に行ったり来たりしないでルカで待っててもいいだろう。
と思ったが、やっぱりルカは駄目だ。待つならこのキーリカで待ってりゃいい。
何の返事もないので、正面から見ないように横目でメルを窺った。
って、おいおい、なんでそんなに落ち込んでるんだ?
「……私、本当はユウナのガードじゃないもんね。こっから先までついてくのは、足手まといだよね……」
「へ? いや! 馬鹿、そういう意味じゃねえよ!」
なにも飛空艇から降りろなんて言ってねえ。
けど、だったらどういう意味なのかは聞かれても言えるわけがない。
「……やっぱ何でもねえ。今のは聞かなかったことにしてくれ」
リキ号に乗ったらまた顔合わせないように避けるのが難しくなるだろ。それだけの話だったんだ。
俺ぁ今いろいろと瀬戸際なんだよ……。
案の定、リキ号の中ではビサイドに着くまで顔を合わせないようにするのがほとんど不可能だった。
ウイノ号より小さい船だ。厨房がないからメルはそこに籠らない。客室も共有だ。
逃げ場はなかった。
「ねえ、ワッカなんか最近……」
後ろから声をかけられて驚き、棚にぶつかった。
「ってえ!」
しかも上から何か落ちてきた。誰だよ、揺れる船ん中で固定もせずに重い物を高いとこに置きやがって。
落ちたのがメルやユウナの頭の上だったらどうしてくれやがる。
頭を押さえて踞る俺を、メルは呆気にとられたように見つめていた。
「だ、大丈夫?」
「おう。大丈夫だ。問題ない。じゃあな!」
「え? いや、ちょっと待っ……!」
何か話があんのかもしれねえ。でも今は、俺は無理だ。
悪いがルーにでも相談しといてくれ。
← | →