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 ビサイドまで飛空艇で行くのは気が引ける、と言い出したのはメルだった。
 俺たちの故郷はとにかく田舎だ。スピラの端っこだ。
 よっぽど熱心な僧官がいない限り、中央で何が起きてるかなんてほとんど伝わってこない。
 たぶんユウナが反逆者だとかそうじゃなかったとかって話もまだ伝わっていないだろう。
 皆は今でも、ユウナが究極召喚を得る旅の途中にあると思っているはずだ。

 あんな田舎にいきなり飛空艇を持ち込んで驚かせたくない。
 ユウナが何をしてるのかという、一から説明するのも難しい話をまだしたくない。
 何も知らないビサイドに不安の種を作りたくない、ってわけだ。
 とはいえ歌の件もあるから、ユウナとは関係のないところでビサイドの周辺も飛んでおく必要はある。
 実際に“空飛ぶ船”を見せとかないと、いざって時に気づいてもらえないからな。

 アルベド族や機械を拒絶するわけじゃないが、気を悪くしないでくれ、とメルが言ったら、アルベドのやつらは「気にするな」と笑っていた。
 ま、ビサイドみたいなド田舎に飛空艇が乗りつけたらパニックになるのは目に見えてる。
 俺みたいにアルベドを毛嫌いしてたってわけじゃなくても、ユウナ様は一体どうしちまったんだ? ってなことになるよなぁ。
 結局、飛空艇でルカまで行ってキーリカからは連絡船を乗り継いで帰ることになった。
 ……ほんとメルは、細かいことに気がつくぜ。そこんところは俺に似なくてよかった。

 ユウナたちが寺院に行ってる間、俺はジョゼ海岸でボーッとしていた。
 ミヘン・セッションの惨状はもう跡形もなく片づいている。
 あの時シンにブッ壊された兵器も無数の死体も、もうない。
 今の海岸線はただひたすら穏やかだ。
 が、ここで何が起きたのかは皆よく覚えている。
 嫌な思い出ができちまったよな。でも、忘れたいとも思わない。

 俺の知らない間に勝手にいろいろ考えて勝手に決心しちまってよ。
 討伐隊に入り、教えに反する機械を使って、シンに挑んで、そして……。
 メルも、チャップと同じところへ行ってしまうかと思った。
 あの時あいつの死体なんか見つけていたら俺は、シンに対する怒りも憎しみも全部なくしてたんじゃないかと思う。
 もう、そんな気力も失せてしまっただろう。
 あいつが生きててよかった。死なせたくない。
 そういう気持ちも一緒に抱えておくために、ここで起きたことを忘れるつもりはない。

「ワッカ、何してるの?」
「うおぁ!?」
「いや、驚きすぎ」
「な、なんだよ、メルか」
 つい今しがた頭に思い浮かべてたやつがいきなり目の前に現れて、必要以上に驚いちまった。
 ……この海岸で起きたことは忘れないが、それとはべつに、この場に立ってるメルの姿は見たくない。

 俺が見つけた時、悲しむことも忘れて呆然としていた。
 すぐ近くにいたルッツが死んじまって、自分だけ生きてることに罪悪感を抱いてたんだろう。
 俺が……機械を使うことを否定して、アルベド族を責めるたびに、こいつも黙って傷ついてたんだよな。

 あの時ルッツを見送って涙も流せなかったメルは、俺が抱き締めてやっと悲しいって気持ちを思い出したみたいだった。
 そうだ。チャップが死んだ時も、思い返せばメルは泣かなかった。
 俺やルーが心配で、自分が泣くどころじゃなかったんだろう。
 ……そのくせ、マカラーニャでは俺のせいで傷つけて泣かせちまった。
 メルが泣いてりゃ慰めてやるべき立場だってのに、俺が泣かせてどうするよ。

 海岸を見たまま呆然としてる俺を訝しそうに見つめつつ、メルはどうしたとは聞かなかった。
「ユウナが、祈り子様とのお話が終わったからもう飛空艇に戻ろうかって」
「……おう」
 よく見るとキノコ岩の間にまだ回収しきれていない機械の残骸が転がっている。
 あの日に抱き締めたぬくもりは、絶対に離しちゃいけねえ大事なものだ。
「……チャップの代わりにはなれないけど、私は、ワッカを置いてったりしないからね」
「誰にも誰かの代わりなんてできない、だろ。べつにお前をチャップの代わりなんて思ったことねえけどな」
「そうだね……。ま、かわいい妹として頑張るよ!」

 妹ねえ。
 妹とはあんなコトしねえだろうよ。
 というか、しちゃいかんだろ。
 ……駄目だ、まともに顔が見らんねえ!

「えっ、わ、ワッカ?」
 いきなり背中を向けて歩き出した俺をメルは慌てて追っかけてくる。
「なんでついて来るんだよ」
「ええっ、いやワッカを迎えに来たんだよ!?」
 そういやそうだったな。ついて来るなってのも無理な話だ。でもな……。
「だああっ、あんま引っつくな!」
「なに怒ってんの?」
「怒ってねえよ!」

 下心なんざあるわけがない。
 ただ家族として、ずっとそばにいた者として、彼女の命が喪われずに済んだことを心の底から喜んだだけだ。
 あの時は……。
 それがマカラーニャで妙なコトをしちまって以来、どうにも意識してしまう。
 おかしい。昔は赤ん坊に毛が生えたような、ほんの子供だったのに。
 いつからメルはこんな風に……。

 三年前にメルがビサイドを出て、ルカで働くようになってからだ。
 当たり前のように毎日顔を合わせ、当たり前のように毎日触れ合うこともなくなった。
 ブリッツの大会がある時、メルがうちに帰ってきた時、たまに会う時はいつも通りでいられたのに。
 独り立ちしたメルとの間に妙な距離があって、些細だが接し方も変わってきた。
 ……変な感じだ。ガキの頃から知ってるはずが、メルの中に俺の知らないメルがいる。
 そいつが出てくると、どうにも……今まで通りに接するのが難しくなる。

 本当に、おかしな話だよな。
 メルの方はいつもと同じなんだ。俺に対する態度が変わったわけでもない。
 まあ酔っ払ってやらかしたことを覚えてないから気まずくないってのも、あるんだろうけどな。
 もし思い出したらメルだって、俺にどんな態度とっていいやら分からなくなるだろうよ。

 顔見りゃ一部分に視線が吸い寄せられるし、ちょっと手が触れりゃあらぬ部分の柔らかさを思い出す。
 ……本当に妹だったら、こんなに困らねえっての。




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