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 やっぱりマカラーニャの寒さには慣れねえな。ビサイドの砂浜が恋しくなる。
 残りはジョゼ寺院にキーリカとまわってビサイドが最後か。
 あそこから始まったってのに、今度は逆からビサイドを目指してるのは妙な感じだ。
 まあ、ナギ平原の崖下やレミアム寺院のことを考えると、他にも知られてない寺院があるかもしれないけどな。
 こんな旅になるとは、思いもしなかったよなあ。

 召喚獣の力を授かる儀式ってわけじゃないから、対話は短い。そろそろユウナも戻ってくるだろう。
 寺院を出る準備でもしておくかと部屋に向かって歩いてたら、いきなり後ろから何かがぶつかってきた。
「おわっ!?」
「ふへへ……」
「メルか? 何だよ、いきなり」
 なにやらくすくす不気味に笑ってるが、微かに酒の匂いがする。
「さてはお前、酔っ払ってるな?」
 まずいぞ。こいつは酔うとかなりめんどくさい。

 今まで何度も酒で失敗してるのに何やってんだよ。
 いや……こいつが自分から飲むことはあまりない。誰が飲ませたんだ?
 ルーじゃないよな、あいつなら面倒なことになるのはよーく分かってる。
 ユウナでもないし、ティーダやリュックもたぶん違うだろう。
 ってことはキマリかアーロンさんか? どっちも想像できねえぞ。

「ま、いいや。とりあえず手ぇ離せ」
 腰に抱き着かれたままじゃ話にならんと剥がそうとしたら、なおのこと力一杯しがみついてくる。
「離せってのに、この……」
「うぅ、いたいよ! たすけてぇ、ワッカが私に暴力をふるうー!」
「人聞きの悪いこと叫ぶな!」
 痛いと思うんなら意地になってないで離してくれ。

 抓ってやったら怯むかとも思ったんだが、必死でしがみついてくる細腕を見ると力ずくは気が引ける。
「こら、相手してやるから一旦離せって、な?」
「やだ離さないもん。ぜったい、離さないんだから!」
「これじゃ動けねえだろーが」
 そういや雷平原を抜ける時、リュックにしがみつかれたメルもちょうどこんなになってたっけな。
 この動きにくい体勢でよく振り払わずに付き合ってやったもんだ。

 と、どうでもいいことを思い出してたら、何やらメルの様子がおかしい。
「離さないもん……離したら、ガードになっちゃうんでしょ……」
「へ?」
「離しちゃやだよ……わたしを、置いてかないで……」
「何言ってんだよ」
 俺とルーが前に旅立った時のことでも思い出してんのか。

「ワッカもルーも、行かないでよぉ……」
 やっと手を離したと思ったらメルは泣き崩れてへたり込んでしまった。
 これ、誰かに見られたら俺が泣かせてるみたいじゃねーか。
「うぅっ……置いて、かないで……っ」
「だああっ! 分かった分かった、どこも行かねえって」
「……ほんと?」
「ああ、本当だ」

 床に座り込んでべそをかいてる酔っ払いの頭を撫でてやりながら、どうしたもんかと考える。
 こいつが酒飲んだらいつも何かしら変なことをやらかすんだ。酔いが醒めるまで隔離した方がいいな。
 本人は翌日になりゃ、きれいさっぱり忘れちまってるんだが……。
「じゃあ、約束のちゅーして」
「ああ、約束の……何っ?」
 今なんつった、と聞き返す間もなく、メルが抱き着いてきて唇に何かが当たった。
「んむ!?」

 ちょ、ちょっと待て!
 なんだこの柔らかいもんは? っていうか顔が近すぎるだろ!
 あとそんなに密着されると困ったことになる! お前いつの間にそんなにいろいろ育ってたんだ……。
 なんておたおたしてる間に、隙間から舌が入ってきて頭が真っ白になった。
「〜〜〜〜っ!!!」
 よりにもよって誰と何をやってんだ、俺は。
 というか、おいメル、なんで妙に慣れてるんだお前!

「ぶはっ、い、いい加減に離れ……!」
「えへへ……」
 肩を掴んで無理やり引っ剥がし、視界を占めたのは満面の笑みだった。
 こんな蕩けるような笑顔は最近ほとんど見ていない。
「ワッカ大好きぃ……」
 そう言うとメルは、俺に抱き着いたまま寝息を立て始めた。
「って、ここで寝るなよ……」

 首の後ろにまわされた腕をほどいたら今度は素直力を抜いて床に寝転んでしまった。
 しかし、こんなとこに放ったらかしてたら間違いなく風邪を引く。
「ったく、面倒かけやがって」
 起きたら絶対に説教を……しようと思ったら、さっきのあれについても言わなきゃならないのか。
 よ、よし、黙ってよう。むしろ忘れよう。
 いつもの暴走に比べりゃ、この程度は可愛いもんだ。なんてことない。……たぶん。

「よっ、と」
 とりあえず抱き上げたものの、どこに連れてきゃいいんだ?
 この冷たい床で寝かせるわけにはいかねえし、かといって寺院で一泊する予定もない。
 先に旅行公司まで戻っとくか。いや……メルを抱えてる状態で魔物に襲われたらやべえよな。

 寝顔だけは本当に、黙ってたら可愛いんだってのを実感する。
 起きたら何もかも台無しになっちまうけど。
 こうして紅潮した頬やら薄く開いた口許やら見てると、さっきの感触を思い出して変な気分に……。
 いやいやいや落ち着け俺。
「……」
 挙動不審になってる俺にまったく気づきもせず、メルは無防備に眠っている。
 さっきは混乱してて何が何やら分からなかったのに、後になるといろんな感触が頭から離れなくて困った。

 なんつーか……こいつも年頃だし、男の一人や二人いるのかねえ。二人もいたら困るけどよ。
 思い返せばダットたちも、ルカで働き始めてからメルは急に垢抜けたとか言ってた気がする。
 俺の目には昔から変わらないんだがなぁ。
 今だってずっと、親父さんたちの墓でびーびー泣いてたガキのまんまだ。

 まあ、本人もルカではモテるんだと言い張ってたし、まるっきり嘘だとは思わねえ。
 ゴワーズのやつらだの観戦に来た野郎共だのスタジアムのスタッフだの、何度か食事に誘われてるのを見た覚えもある。
 愛想はいい、話しやすいし、考え方だって俺と違って柔軟で、誰にでも優しい。
 ビサイドでは慣れちまってみんな友達感覚だったが、よそへ行けば声をかけてくる男なんて……。
 こいつに惚れる男なんて、きっと事欠かなかっただろう。
 あの誘い、全部断ってたんだろうか。それとも何度かは……。

 たとえば、だ。
 ああいうのに慣れてるってことは、もっと先まで経験があんのか?
 いやいやいや、こいつに限って結婚前にそんなことはしないはずだ。
 それにもし付き合ってるやつがいるなら俺やルーに報告くらい……するとも限らないか。
 誰を好きになったとか誰と付き合うとか、いちいちそんなこと、もう言わないかもな。
 ビサイドを出て一人で生きてくって宣言した時に、メルは俺の保護を必要としてる子供じゃなくなってたんだ。
 そんで、他の野郎と……ああいう……。

 唇の柔らかさだとか口ん中の温かさだとか、やけに艶かしい舌の動きだとか。
 小さい頃から知ってたメルの知りたくもないそんなところを思い出すと、体が熱くなってくる。
 もしかしたらその味をとっくに知っていた男がいるかもしれないと思うと。
 ……くそ、なんか、めちゃくちゃ腹立ってきた。

 誰だよ、俺に断りもなく勝手に妙なコトを教え込みやがって!
 こいつに惚れたなら、まずは保護者である俺のところへ挨拶に来るのが筋ってもんだろ。
 たとえ今はもう御役御免だとしてもだな、これまでメルの面倒を見てきたのは俺なんだ。
 手を出すことを許すとか許さんとか、口を挟む権利がちょっとくらいはあるはずだ。
 まあ口を挟むっつーか絶対に許さねえけどな。こいつには早すぎるんだ。
 ……うん。駄目だ、どつぼに嵌まっちまう。

 寝苦しいのかメルが俺の腕の中で身動ぎをして唸る。
「うぅ、ん……」
 さっきの声を思い出して胸が痛んだ。
『置いてかないで……』
 酔っ払いの戯言だろうが、それはメルの本音でもあった。
 俺もルーも、ユウナも、かつてメルの懇願を無視して旅に出た。
 親に置いていかれて故郷をなくして、ミヘン・セッションではルッツの死だって見届けて。
 もう、一人にはうんざりしてるだろうにな。
「大丈夫だ。俺たちは……、ちゃんとそばにいるからな」

 しゃーねえ。どうせそのうち起きるだろうと召喚士用の宿所に運び込む。
 毛布にくるんだメルを抱えたまま座り込むと、
「……おとーさん……」
 なんて寝言を聞かされ、がくっと力が抜けちまった。
「お前ね、お父さんはないだろうよ」
 それとも何か、お前はおとーさんとあんなコトをするってのか。
 しないよな、普通。うん、お父さんには普通しない。
 第一、俺はどっちかってーとお兄さんだろ、せめて。でも兄貴とだってあんなコトは普通しねえよな。
 だったら俺は……何なんだ?

 大好きなんて、ガキの頃には散々聞いた言葉じゃねえか。ほっぺにちゅーも日常だった。
 最近あんまり言ってくれないからってここまで動揺するこたぁないだろ。
 って、いつから聞いてなかったっけな。メルはいつ大人になっちまったんだろう。
 改めて考えると淋しいもんだ。

 目のところにかかってた前髪を退けてやると、メルはくすぐったそうに笑った。
「……もし、お前が……」
 誰かを好きになって結婚したら、ユウナがシーモア老師と結婚するって言った時よりキツいなぁ。
 あいつはスピラのために、召喚士の使命として結婚を選んだ。それだって充分キツかった。
 でもメルがそれを選ぶ時は、ただそいつのことを、すごく好きだからってことになるんだよな。

 体温が上がってうとうとしていただけなんだろう。メルはわりとすぐに目を覚ました。
 ボーッとしてるが、やがて自分を抱きかかえてる俺に気づく。
「ん……ワッカ? おはよー……」
「おはよー、じゃねえよ。お前……あー、その、覚えてるか?」
 酒飲んで寝ちまったことだけ覚えててくれ、他は忘れてろ、頼む。

「ん……ん? あー……ちょっと温まろうと思って、一杯だけお酒もらって……あっ!!」
 な、なんだ!? まさか全部覚えてるんじゃないよな?
 またいろいろ思い出しそうになって、慌ててメルの顔を見ないようにする。
「なんで私ワッカに抱っこされてんの!?」
 そっちかよ。
「お前が通路で寝ちまったから、ここまで運んできてやったんだ」
「そ、それは失礼しました」
 もう起きたのでと毛布を取っ払ってメルは俺の膝から降りた。
 今まで温かいものを抱えていた腕が妙に寒い。

「そんないっぱい飲んだつもりないけど、私なにもしなかった?」
「いっ!! いや? 寺院の床で酔っ払って寝転んだってだけだな」
「わりと大問題だね……」
「ま、まあ、気にすんな」
 いっぱい飲んだつもりないってわりに、まだ顔は赤いし呂律も怪しいぞ。
 ただ酔ってるだけなのは分かってんのに、そんな顔見てっとなんかこう……、あああああくそっ!!

「あのさ、へ……変なことしてたら、ちゃんと言ってね? 忘れて自覚ない方が恥ずかしい……」
 頬染めながら、んなこと言うんじゃねえよ。俺としてはずっと忘れててほしいぜ。
「ワッカしか見てないよね? 寝てるとこ」
 あんなとこを他のやつに見られて堪るかってんだ。
 何とも言えずに黙って頷くと、メルは安堵の表情を見せた。
「じゃあよかった」
 なんだよそりゃ、どういう意味だ。俺になら恥ずかしいところでも見せていいってか。

 ……確かに、今さらどんな姿を見たってなあ。
 何も変わりやしねえよ。ああ、そのはずだ。
「とりあえず、もう酒は止めとけな」
「はい、気をつけます……」
 本当に頼むぜ。相手が俺じゃなかったらどうなってたと思うんだ。




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