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「ワッカ暗い! 見えない!」
「へいへい、すんませんねえ」
もうちっと言い方ってもんがあるだろーが、とは思いつつ言い返すとうるさいから黙って従った。
この辺りの地形を書きつけるメルの手元をスフィア灯で照らす。
メルは、盗まれた祈り子様がいるこの洞窟の地図を作るつもりらしい。
で、それをアルベドに売るつもりだってんだから強かっちゅーかなんちゅーかだよな。
ユウナたちは奥で祈り子様と話をしている。
元々ほとんど人も来ない忘れられた洞窟だ、たまに出る魔物は強力だが、数は少ないのが幸いだった。
前回ユウナが異界送りを済ませたお陰で、今はかなり安全になっている。
メルの地図作りに付き合うのも俺とリュックだけで、他の皆はユウナの護衛についていた。
シンがいなくなった後、ここまで来る旅人も増えるだろう。
地図を作っておくのもいいことだとは思う。しかしなあ……。
軽食として飛空艇から持ってきたパンをかじりながら、リュックはメルの顔を覗き込む。
「ねえ、メルはさ、ワッカに料理作ってあげたりしないの?」
「しないよ。私ヘタだから。料理はワッカの担当だもん」
俺はそんなもんになった覚えはないんだが、まあメルに作らせるほど命知らずでもねえな。
「ワッカって料理うまいんだ」
「うーん。普通。べつにすごく美味しくはない」
その言い種は何なんだ。……否定はしねーけど。
実のところメルの料理は結構な破壊力だ。
しかし食事の用意は飛空艇の乗組員がやってくれているので、皆はそれを知らない。リュックもだ。
「たまにはメルが作ってあげなよ。おいしい手料理を食べさせてあげたいって思うでしょ?」
「や、だからこそ私は作らないんだって」
「そんなにまずいんだ」
「少なくとも私は、お金をもらっても私の作った料理を食べたくない」
「そんなに、まずいんだ……?」
いや……、食っても死なないんだし、そこまで酷くはないぞ。
ただルカのカフェで働いてた時に「厨房出入り禁止」を言い渡されるって程度だ。
いくつかの行き止まりに当たって、洞窟内は大方探索を終えただろうか。
メルの手帳には入り口から祈り子像までの道順に距離、かかる時間や出てくる魔物の種類が記されていた。
手帳を畳むとメルたちは完全に雑談の体勢に入っちまった。
やることが終わったんで緊張感も何もあったもんじゃない。
「じゃあさ、料理の特訓とかしないの? 自分の作ったものを『おいしい!』って言ってもらえたら嬉しくない?」
「おいしいものを食べたいなら料理うまい人に作ってもらった方が効率いいよ?」
「そうなんだけどそういうことじゃなーい!」
「非効率的で無意味な行為を努力と言い張ってまで手料理をおいしいと言わせたいのは、相手を喜ばせるのが目的なんじゃなく『作ってあげた』という自己満足を得たいだけだと私は思います」
「うわーー、乙女心のカケラもないっ! メルってばなんでそんな頑固なのさっ!」
……あー、うん。それってやっぱ、俺の責任か? 俺の責任だよな。
ビサイドは他の小さな島に比べりゃ食材に恵まれてる方だが、メルはあんまり食に興味を示さなかった。
それというのもガキの頃から飯を作ってやってたのが俺だからだろう。
こいつがガキだった頃にもっとうまいもんをいっぱい食わせて、興味を持たせておくべきだったな。
……でもこいつ、ルカの店に連れてってやるより俺が作ったうまくもない飯の方が喜ぶんだよなあ。
そんで味覚がいまひとつ育たなかったってことか。難しいぜ……。
「ねえねえ、ワッカもさ、メルの手料理を食べてみたい、とか思わない?」
「リュック……。アルベド嫌いの件については考え直したし、謝ったろ? そりゃ俺も散々キツいこと言っちまったけどよ」
「いや仕返しで言ってるんじゃないよ!? てかどんだけまずいのさ!!」
「ほらね。だから言ってんじゃん」
「メルもちょっとは悔しがろうよ!?」
味のほどは知ってるからなあ。食えないわけじゃなくたって積極的に「メルの手料理が食いてえ!」とは、思わんだろ。
メルはどうやら違うところが気になったらしい。俺の方をじっと見上げてくる。
「ワッカ、謝ったんだ」
「んあ? あー、まあ、な」
うっかり口を滑らせたのはまずかった。せっかくメルのいない隙にやったってのに……。
「ザナルカンドから戻って、とりあえずベベルに行こーってなった時にね。親父たちの前で、ちゃんと頭下げてくれたんだよ」
「おいリュック、それは言わなくていいって」
「え〜、私も見たかった」
「なんでだよ。見なくていいだろ、そんなもん」
考えを改めたのは確かだが、それはそれとして頭下げてるとこなんかメルにだけは見られたくねえ。
兄としてのプライドっちゅーか……まあ、そういうやつだ。
「でも、サイクスのやつらに落とし前つけさせるまで問題は片づかないけどね」
「お前まだ言ってんのかよ!? しつっけえなぁ」
「私がしつこいとしたらワッカに似たんだよ」
「うっ……」
ここでも教育を間違ってたのか、俺は。
……や、でもメルはべつにアルベド嫌いってわけじゃなかったしな。
俺に引きずられずにちゃんと自分の考えで機械のこともアルベドのことも受け入れてたんだ。
そういうところは誇りに思うぞ。
「と、とにかく、サイクスのことも、もういいだろ。仕返しならあの試合に勝ったので充分だ」
あとの借りはこれからもオーラカが勝って返しゃいい。正々堂々とな。
メルは今でも不満そうだが……また勝手に暴走しないように、ちゃんと見ておかないとな。
改めて喧嘩してメルがサイクスのやつらと揉めて、そっから険悪になる方が俺は困る。
俺とメルの会話をうんうん頷きながら聞いてたリュックだが、何やら気づいたような顔で慌て始める。
「……はっ! なんかいい話に流されて忘れるとこだったよ! メルの料理の話〜」
「え、それもう終わったでしょ?」
「終わってないよ! 下手なら下手で特訓すればいいじゃん」
「べつに料理できなくても生きていくのには困らないし」
「ワッカも何とか言いなよ! メルが結婚する時に困ったらどうすんの?」
「へ!?」
なんでそういう話になるんだ? というか、俺は関係ないだろ。
料理ができなくても困らない、ってのは事実だ。現にメルは今、困っちゃいない。
結婚する時に云々にしてもだな。
「たかが料理の腕前で破談になるような男はこっちから願い下げなんですけどー」
「だよなあ?」
他に問題があるならともかく、メルは料理以外に大して欠点もねえし、絶対いい嫁になるだろう。
それを飯がまずいとか、くだらねえことで文句を言う野郎なんかにそもそも渡せるかってんだ。
メル本人がどうでもいいと言ってるんだが、リュックはまだ食い下がる。
「でもさでもさ、もしメルがおいしい料理を作ってくれたら、ワッカだって食べたいでしょ?」
「そりゃ、うめえもんなら食いてえけどよ」
「メルがワッカのために頑張って特訓して、おいしいもの作れるようになったらどうよ?」
まあ、結婚云々は置いといて、できないままよりはできた方がいいんじゃねえかとは思うが。
「あー……そりゃ、なあ? 今はあれだが、うまくなったら食ってみたいかもな」
「ほらぁ〜! ねっ、ねっ?」
にしてもリュックはなんでこんなに熱心なんだ……?
自分が食に興味ないせいでさっきまで頑固に拒否していたメルだが、なぜか急にやる気を出したらしい。
「……じゃあ、リュック、教えてよ」
「教える教える! 船に帰ったらリンにも聞きなよ。公司で出してる食事も作ってるから上手いし!」
できなくても困らないが、できて悪いもんでもないよな。
こうやってちょっと出かける時の軽食も自分で用意できりゃ楽になる。
「練習すんのか」
「自炊できれば節約になるし健康にもいいし」
「そっか。頑張れよ。できたら俺にも食わせてくれ」
「……う、うん」
ま、メルのためにもいいことか。
「ずっこいなぁ」
「へ?」
なにやらメルを見つめてリュックが呟いた。
誰がずっこいって? メルか、俺か?
「ワッカと話してる時のメル、なんか可愛いもん」
「そうかぁ? いつでも似たようなもんだろ」
いきなり可愛いとか言われたせいか、メルは照れてるようだ。
洞窟が暗くてよく分からんが、ちょっと頬が赤い。
スフィア灯で照らしたら怒られた。
「メルって誰かさんのためなら基本的に何でも頑張っちゃうよねー」
「ああ。こいつは誰にでも懐っこいからなぁ。人様のためになることなら努力は厭わねーし。育て方がよかったんだな」
なんだかんだ言って、メルはいいやつだ。俺はそれが嬉しい。
が、リュックはそういうことじゃないと首を振った。
……そういうことだと思うんだけどな?
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