×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
43


「ようこそザナルカンドへ。長き旅路を越え、よくぞ辿り着きました。大いなる祝福を今こそ授けましょう。シンを打ち倒す秘儀……究極召喚を」
 ユウナレスカ様は、ユウナとその背後に並ぶガードの一人一人を見つめた。
「強く確かな、多くの絆を結びましたね。さあ、選ぶのです」
「え……?」
「あなたの選んだ勇士を一人、私の力で変えましょう。そう……、究極召喚の祈り子に」

 言葉の意味を理解したくなくて、ユウナたちは呆然と立ち尽くしている。
 ユウナレスカ様はなおも静かに言葉を紡いだ。
「想いの力、絆の力。その結晶こそが究極召喚。二人を結ぶ想いの絆がシンを倒す光となります。千年前……私は、我が夫ゼイオンを選びました」
 一番に愛する人……誰よりも生きていてほしい相手だからこそ、その絆が力となってシンを倒した?
 美談と思えとでも言うのだろうか。そのゼイオン様がシンを倒してどうなったのか、彼女は知っているだろうに。
「怖れることはありません。あなたの悲しみは解き放たれるでしょう。命果てるその時に、悲しみは消え去ります」
 それは違う。命果てても悲しみは続く……生きて、その死を見送る人がいる限りは。

 もし本当にそれが唯一の道なら、それが真の救済だとするならば、縋ってしまったかもしれないけれど。
 私はそんなの認めない。
「ユウナレスカ様の悲しみはそれで消えたんですか? 愛する人を捧げて……、ゼイオン様を亡くした悲しみをまやかしで忘れたふりして、それが救いだと思ってるんですか!」
「生命への愛なくして想いは生まれません。死人たる身に落ちた私は最早、力の残滓……この心でシンを倒すことは成りません。なればこそ、強き想いを抱くあなた方に託すのです」
「私たちは死ぬために生きてるわけじゃない!!」

 誰も選ばせまいとユウナの前に立つ。私を見つめてユウナレスカ様は、あくまでも優しく微笑んだ。
「ユウナ。我が名を継ぎし召喚士。彼女を選ぶのがよいでしょう。この飽くなき執着こそがシンを討ち滅ぼし、新たな螺旋を紡ぎあげます」
「な……」
 勝手なことを言うなと叫ぶより早く、また幻影が姿を現した。
『決めた。祈り子には俺がなる』
 ……ジェクト様たちも十年前、ここで同じ言葉を聞いたんだ。

『俺の夢は、あのチビを一流の選手に育て上げて……てっぺんからの眺めってやつを見せてやりたくてよ。でもな……どうやら俺、ザナルカンドにゃ帰れねえらしい』
 過去の記憶がブラスカ様の方を振り返る。
『あいつには……もう会えねえよ。となりゃ、俺の夢はここでおしまいだ』
 ちょうどジェクト様の視線の先にいたティーダが、顔を強張らせていた。
『だからよ、俺は祈り子ってやつになってみるぜ。ブラスカと一緒にシンと戦ってやらあ。そうすれば、俺の人生にも意味ができるってもんよ』

 嫌だ。これが過去の、すでに終わった記憶だと分かっているけれど。
 誰か彼らを止めてほしい……その願いに反応し、十年前のアーロンさんが慟哭する。
『自棄になるな! 生きていれば……生きてさえいれば、無限の可能性があんたを待っているんだ!』
『自棄じゃねえ! 俺なりに考えたことだ。それによ、アーロン。無限の可能性なんて信じる歳でもねえんだ、俺は』

 黙したままのユウナに向かって、ルーとワッカが予想通りの言葉を告げた。
「誰かが祈り子になる必要があるなら……私、いいよ」
「俺もだ、ユウナ」
『俺の分までブラスカを守れよ。んじゃ、行くか!』
「それじゃ親父たちと一緒だろ! ナギ節作って……そんだけだ! また復活しちゃうだろ!」
『シンは何度でも蘇る! この流れを止めないと、二人とも無駄死にだぞ!!』
『だが、今度こそ復活しないかもしれない。賭けてみるさ』
 十年の時を経てやはりシンは蘇った。……ジェクト様の犠牲を依り代にして。

『ま、アーロンの言うことも尤もだ。……よし、俺が何とかしてやる!』
『ジェクト?』
『何か策があるのか?』
『無限の可能性にでも期待すっか!』
 項垂れる十年前の自分を、アーロンさんがその太刀で斬り伏せる。
「そして……何も変わらなかった」

 違う。ちゃんと変わったよ。変わったんだ。
 アーロンさんはザナルカンドに渡った。そしてティーダと出会い、彼を導いた。
 たとえシンになってもジェクト様は……ザナルカンドに帰り、彼を迎えに行った。
「俺たちが変えてやる!」
 螺旋の外からティーダを連れて来てくれたんだ。

「どうやって! 作戦なんか何もねえんだろ?」
 履き違えないでよワッカ。覚悟するのと諦めるのは違う。
 悲しみを消すことができるのはもっと大きな喜びだけ。
 だからユウナは、その尊い喜びのためなら自分を犠牲にしても構わないと考えたけれど。
 召喚士の、ガードの覚悟は、一時の夢を見るために捧げられたわけじゃない。

「ねえ、ユウナ。私は嫌だから。私は祈り子にならない。ユウナが決めたことなら何だって手を貸したいけど……ここにいる誰も、祈り子にはさせない」
 私にも譲れないものがある。やるだけやったんだって、笑って死にたいんだ。

「シンを倒してユウナも死なせねえ、そんでシンの復活も止めたいってか? 全部叶えば最高だけどよ!」
「欲張りすぎたら……失敗する」
「嫌だ。欲張る」
「青臭いこと言ってんなよ!」
「青くてもいい! 大人ぶってかっこつけて、物分かり良くなってなんか変えられんのか!? 俺……この青さはなくさない。十年前のアーロンが言ってたこと、俺も信じるッス!」
 まだ生きて、ここに立っている。私たちには無限の可能性がある。
「俺の物語……くだらない結末なら、ここで終わらせてやる!」

 誰かの意見に揺らいで流されてはいけない。自分の意思で決めるとユウナは言った。
 まっすぐに、ユウナレスカ様を見つめながら。
「教えてください。究極召喚で倒しても、シンは絶対に蘇るのでしょうか?」
「シンは不滅です。シンを倒した究極召喚獣が新たなシンとなり、必ずや復活を遂げるでしょう。シンはスピラが背負った運命。永遠に変えられぬ宿命」
「永遠にって……人間が罪を全部償えば、シンの復活は止まるんだろ? いつかはきっと、何とかなるんだろ!?」
「ひとの罪が消えることなどありますか?」
「答えになっていません! 罪が消えればシンも消える、エボンはそう教えてきたのです! その教えだけが……スピラの希望だった!」

 彼女も私たちにかつての自分を見ているのだろうか。
 死人となってしまう前に、自らと愛する人を捧げる、覚悟を決めた日のこと……思い出しているのかな。
「希望は……慰め。悲しい定めも諦めて、受け入れるための力となる」
「ふざけんな!」
『ただの気休めではないか! ブラスカは教えを信じて命を捨てた……ジェクトはブラスカを信じて犠牲になった!』
『信じていたから、自ら死んでゆけたのですよ』

 もう召喚士が旅をしなくてもいいように。ガードが命を捨てなくてもいいように。
 シンのいない世界を取り戻すために。
 いつか悲しみの螺旋を断ち切る日が来ると願って、すべての召喚士は旅に出る。
 ユウナレスカ様。ゼイオン様が新たなシンになった時、あなたの絶望は如何ばかりだったでしょうか。
 ……でも、あなたもマイカ様たちと同じだ。ただ諦めてるだけだ。

「こんなの真実じゃない。無限の可能性を信じること、希望を探すことを諦めただけだよ」
「俺は諦めない! ユウナを死なせない! ガードも死なせない! シンを……倒して、復活させない方法、見つけてやる!」
 ユウナの唇が震えた。そして瞳に光が宿る。
 宥めてもすかしても聞き分けのない、ビサイドで育まれた頑固な意志の光。
「私……死んでもいいと思ってました。私の命で希望を購えるなら、死ぬのも怖くないって。でも……それは、何一つ変えられないまやかしなのですね」
「いいえ、それは希望の光です。あなたの父も、希望のために犠牲となりました。悲しみを忘れるために」
「父さんは……父さんの願いは、悲しみの螺旋を消すことだった! 忘れたり、誤魔化したりすることじゃない。……父さんの願い、私の手で叶えたい」

 シンを倒すためにシンを作る……そんな死が死を呼ぶだけの輪廻を断ち切らなくては。
「悲しくても……生きます。生きて、戦って、いつか……今は変えられない運命でも、いつか、必ず変える! まやかしの希望なんか、いらない……」
 ユウナは私たち一人一人を見つめ、こう言った。
「皆……私に、手を貸して」

「キマリが死んだら誰がユウナを守るのだ」
「あたし、やっちゃうよ!」
「ユウナレスカ様と戦うって? 冗談キツいぜ」
「じゃあ逃げる?」
「へっ! ここで逃げちゃあ……俺ぁ、俺を許せねえよ、たとえ死んだってな!」
「……同じこと、考えてた」
「ユウナ! 一緒に続けよう、俺たちの物語をさ!」

 ユウナ。偉大なる始祖、ユウナレスカの名を継ぐ召喚士。
 だけどブラスカ様は、同じことをさせるためにその名をつけたんじゃないはずだ。
 ユウナは彼女自身の意思で生きていく。
 過去を忘れずに、思い出を抱えて、新しい未来に向かっていくために。
 ブラスカ様たちがくれた命で、その意志を継ぐために。
 螺旋の先にある世界を勝ち取るために。




|

back|menu|index