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 焚き火に当たりながら、これまでの道程をティーダが振り返る。
 彼がスピラに連れてこられ、アルベド族に出会い、ビサイドに流れ着いて……。
 ユウナと一緒に歩んできた道程、そこかしこに刻んできた思い出。
 やがて記憶の旅も現実と同じくザナルカンドへと辿り着く。
 もう引き延ばす話題も尽きて、私たちは歩き出すしかなかった。

 エボン=ドームに入ると、意外なことに案内の僧官が出迎えてくれる。
 まず間違いなく死人だろうけれど、もう驚きもなくなっていた。
「長き旅路を歩む者よ、名乗りなさい」
「召喚士ユウナです。ビサイドより参りました」
 こんな時だっていうのに、ベベルではなくビサイドを故郷としてくれるユウナの言葉が嬉しい。
「顔を。そなたが歩いてきた道を見せなさい」
 僧官は彼女の顔つきに今までの旅路を見出だし、満足そうに頷いた。
「よろしい。大いに励んだようだ。ユウナレスカ様もそなたを歓迎するであろう。ガード衆ともども、ユウナレスカ様の御許に向かうがよい」
「……はい」

 ドームの中では外以上に多くの幻光虫が飛び交っていた。
 まるで異界のような光景に、ゆらりと人影が現れる。
『スピラを救うためならば、私の命など喜んで捧げましょう。それこそがガードにとっての最高の栄誉。ヨンクン様……必ずや、シンを倒してください』
 澄んだ声を響かせて、幻影は消える。
「い、今のってナニ〜?」
「かつてここを訪れた者の記憶だ」
「じゃあ、あの人は……大召喚士様のガード!?」
 グアドサラムの異界でさえ死者の声を聞くことはできない。あれは生者の記憶を映しているだけだから。
「幻光虫に満ちたエボン=ドームは巨大なスフィアも同然だ。人の想いを留めて残す。いつまでもな……」
 ここにあるのは、死者自身の、あるいはドームの記憶……。

 幻影は何度も現れた。行く先に、通りすぎたあとに、遠く離れたところでも。
 死者の遺した想いが、いつまでもここで過去を演じ続ける。
『いやだ! やだよ母様! 母様が祈り子になるなんて……!』
『こうするしかないの。私を召喚して、シンを倒しなさい。そうすれば、皆あなたを受け入れてくれる』
『みんななんてどうでもいいよ! 母様がいてくれたら何もいらないよ!』
 ヒトならざる髪色の少年とヒト族の母親らしき二人組の幻が現れ、消えていく。
「おい、今のってよ……」
「シーモア?」

 シーモア様はあんな幼い頃に、ここへ来ていたのか。
 あんな幼い時分にシンを倒す旅に出て、ここで……母親に置いていかれたのか。
 あの召喚獣、シーモア様の母君だったんだね。シンを倒すための、究極召喚だったんだ。
「ひどいな……」
 だけどシーモア様はシンを倒していない。
 グアドの族長に、エボンの老師になって、スピラ中に自分の存在を認めさせた。
 それは死による唯一無二の救済を求めてのことだったけれど。
 母君……あなたさえ、生きていてくだされば、きっと彼は……。

 ともすれば引きずられそうになるほど、死者の想いは強くて濃厚だ。
 いなくなった人たちの幻が生への執着を掻き立てる。
 この先には行くな、引き返して生きろと言われているようで……。
 それでもユウナは、歩みを止めなかった。

『なあブラスカ、やめてもいいんだぜ』
『気持ちだけ受け取っておこう』
『……わーったよ。もう言わねえよ』
 新たな幻影にティーダとユウナの肩が震える。
 寺院の像で何度も見た御姿、あれはブラスカ様だ。そしてもう一人は、ジェクト様?

 ドームの奥へと向かう二人を引き留めようと、もう一人の幻影が現れた。
『俺は何度でも言います! ブラスカ様、帰りましょう! あなたが死ぬのは……嫌だ……』
 アーロンさん……。
『君も覚悟していたはずじゃないか』
『あの時は、どうかしていました』
『私のために悲しんでくれるのは嬉しい。でも、私は悲しみを消しに行くのだ。シンを倒し、スピラを覆う悲しみを消しに。分かってくれ、アーロン』
 消えるわけ、ないじゃないか。悲しみが消えるわけないじゃないか。
 あなたを犠牲にして得た平和の中で幸せになんてなれない。

 やがて、祈り子の間に辿り着いた。
「ユウナ……」
「……行ってきます」
 扉の向こうに一人で消えていくユウナを追いかける。
「メル!」
 制止の声を振り切って、私たちの背後で扉は閉ざされた。

 私が祈り子様の像を見る機会なんてほぼないけれど、それが“違う”のは見れば分かった。
 もう何の力も想いも遺されてはいない。
「どうして……? これ、祈り子様じゃない」
「ただの石像だね。究極召喚の祈り子像なんてもの、ここにはないんだよ」
『ああん? 究極召喚がねえだあ!?』
「どういう、こと……?」
 声を荒げるジェクト様の幻に顔を上げ、ユウナは私を振り向いた。
「メル、知ってたの?」
「シーモア様に聞かされた。でもよく分かってない私が説明するより、ユウナレスカ様にお話を聞こうよ」
 さっきのジェクト様の声を聞いたんだろう、皆も慌てた様子で祈り子の間に入ってきた。

 空っぽになった像はなんだか悲しい。思い出を留める器というより、御遺体のようだ。
「その像はすでに祈り子としての力を失っておる。史上初めて究極召喚の祈り子となったゼイオン様、その御姿を留める像に過ぎぬ」
 ドームの入り口で出会った僧官がどこからか現れ、静かに告げた。
「ゼイオン様はもう……消えてしまわれた」
「消えたぁ!?」
「じゃあ、究極召喚もなくなっちゃったの!?」
「ご安心召されよ。ユウナレスカ様が新たな究極召喚を授けてくださる。召喚士と一心同体に結びつく、大いなる力を。さあ、奥に進むがよい……」

 祈り子の間のさらに奥、何もなかった壁に、おそらくユウナレスカ様の御座所へと繋がる扉が現れた。
「アーロン、知ってたのかよ!」
「どーして黙ってたの!?」
「お前たちに真実の姿を見せるためだ」
 でも、まだ私たちは真実に辿り着いてない……。
 本当のことが分かるのはこれからだ。

 新たな究極召喚を授けるというその意味に、聡いユウナは気づきかけている。
「……『シンを倒したのは、二つの心を固く結んだ、永遠に変わらぬ愛の絆』?」
 それはシーモア様が残した言葉だった。
「『母様が祈り子になるなんて』……?」
 ゼイオン様がどうなったのかなんて、像の有り様を見れば一目瞭然だ。
 ほんの少し思考を進めれば、究極召喚の真実が見える。
「ユウナ」
「……もう、戻れないよ」
「キマリが先に行く。ユウナの前はキマリが守る」
 扉が開かれる。キマリが先導し、私たちはそこへ足を踏み入れた。




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