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 ガガゼトの洞窟を抜ける途中で異様なモニュメントに遭遇した。
 絡み合う人の像、そこに纏わりつく恐ろしい数の幻光虫。
 ……これ、祈り子様だ。こんなにたくさん……。
 ユウナが近づき、圧倒されたように見上げている。
「誰かが召喚してる……。この祈り子様たちから、力を引き出してる」
「並外れた力ね。でも……誰が、何を?」
 寺院に安置されている祈り子像でさえ一体で凄まじい魔力を秘めているのに。
 この群像に相当するほど強大な魔力を使って召喚するものなんて……一つしか思い当たらない。

 リュックは訳知り顔で黙っているアーロンさんに詰め寄った。
「ねえ、なんか知ってるんでしょ? 教えてよ!」
「他人の知識などあてにするな。何のための旅だ」
「ユウナの命が懸かってるんだよ!」
 ザナルカンドに程近いガガゼト洞窟で、“何か”を召喚している無数の祈り子像。
 私も気になるけど……。

 リュックを制止したのは意外にもティーダだった。
「アーロンの言う通りだ。これは俺たち……俺の物語なんだから」
 懐かしいものでも見るような顔でティーダが近寄り、祈り子像に触れる。

 べつに、何かが起きたようには見えなかった。
「うわっ!」
「ティーダ!?」
 弾かれるように飛び退いた彼は床に倒れ、そのまま起き上がらない。
「どうしちまったんだよ、おい!?」
 慌てて駆け寄って触れてみる。脈も呼吸も正常でホッとした。
「……眠ってるだけみたいだよ」
「でも、どうして突然……」

 こんなにも大量の祈り子を必要とする“召喚獣”は何なのか?
 私は……これがシンを生み出しているのでは、と思った。でも……。
「ねえ、起きてってば〜!」
「お願い、目を開けて!」
 祈り子様たちはシンを倒すために自らの身命を擲った。
 だとすれば彼らが召喚しているものがシンであるはずはない。

 大召喚士に敗北した後、新たなシンは究極召喚獣を糧に作られる。
 だから……この群像が召喚しているものはシンじゃなくて、もしかしたら……。

 見守る方には長く感じたけれど、たぶん実際には数分ほどでティーダが目を覚ました。
「大丈夫?」
「よかった、起きてくれて……」
「もー、すんごく心配したんだからー!」
「……うん」
 珍しく覇気のない彼にユウナは不安そうだった。
「どうしたの……?」
「何でもないよ。気ぃ失って、夢見てた。皆に呼ばれて……目が覚めた」
 皆の視線を振り払うように伸びをして、ティーダはいつもの笑顔を見せる。
「よく寝たし気力回復! んじゃ、行くッス!」
 どんな夢を見たのか。彼は自分のこと、どこまで知っているのか……。

 アーロンさんによると、間もなく洞窟を抜けてザナルカンドが見えてくる頃だそうだ。
「そろそろ来るぞ。召喚士の力を試すため、奴が魔物を放った」
 奴って誰? という顔をした皆の視線がアーロンさんに集める。
「ユウナレスカだ」
「ええ!?」
「ザナルカンドで召喚士を待っている」
 史上初めてシンを倒した召喚士、エボンの始祖たる御方だ。つまり、千年前の時代に生きていた人。
 寺院からは離れたはずなのに、結局のところすへてはエボンに通じている。

 マイカ総老師が死人だった。そればかりか、偉大なる召喚士の母でさえも死を超越して留まっている。
 その事実にユウナも表情を硬くした。
「怖じ気づいたか」
「いいえ。もう、何も怖くないんです」
「……ブラスカの娘だな」
「最後まで、そうありたいと思っています」
「ユウナ……」
「行こう、メル」
 怖くないなんておかしいよ。死ぬのが怖くないなんて。
 生きていたいから戦うんでしょ? 命を捧げる覚悟なんか、決めないでよ。

「ねえ……ちょっと休憩しない?」
「あと一息で山頂だ」
「あとちょっとだから休みたいんだってば!」
 自然と誰の足取りも重くなる。ユウナとキマリ、二人に続くアーロンさんだけが歩調を緩めない。
「考える時間、少ししかないんだもん」
「リュック……」
「……いーよ。歩きながら考えるから」

 ガガゼトの雪の名残はとうになくなり、最果ての荒野を歩いていく。
 ティーダが立ち止まり、断崖から遠くを見ていた。
「おい、どした。行こうぜ」
「ほんとに……もうすぐなんだよな」
「とうとうここまで来ちまったなぁ……」
 いっそ来られなければよかったのに。なんか事情があって引き返すとか、そんなことでもあればよかった。
 ……ユウナを死なせないって決心はしてても、やっぱり怖い。

 何か話題を探しては立ち止まろうとするティーダとワッカを見て、アーロンさんは微かに笑った。
「何がおかしいんだよ」
「昔の俺と同じだ……と思ってな」
 彼も十年前は、こうして迷ったんだろうか。

「ザナルカンドに近づくほど、俺も揺れた。辿り着いたらブラスカは究極召喚を得て、シンと戦い……死ぬ。始めから覚悟していたはずだったが、いざその時が迫ると怖くてな」
「……なんつうか、意外です。伝説のガードでも迷ったりするもんなんすか」
「何が伝説なものか。あの頃の俺はただの若造だ」
 若造なアーロンさんってのは、今の姿からは全然想像ができないな。
「ちょうどお前くらいの歳だった。何かを変えたいと願っていたが、結局は何もできなかった。……それが俺の物語だ」

 大地の起伏も緩やかになってきて、かつて町だったところに差し掛かっているんだと実感する。
「みんなホントにいいの!? あそこに着いたら……」
 足を止めたリュックに近寄り、ユウナはいつものように穏やかな笑みを浮かべた。
「リュックの気持ちは、とても嬉しいんだ。でもね、もう……引き返さない」
「引き返せなんて言わないよ! でも、考えようよ! ユウナを助ける方法考えようよ!」
「考えたら……迷うかもしれないから」
 だったらそれは……、召喚士が考えられないなら、それは私たちの役目だ。

 私、考えることを諦めない。ユウナレスカ様にお会いしても、その後も。
 ユウナを死なせない方法が見つかるまで考え続ける。

「あれが、エボン=ドーム……」
 ベベル宮殿よりもずっと大きな建物がそこに待っていた。
 屋根が崩れて骨組みまで剥き出しになっているのに、荘厳な印象は少しも失われていない。
「ねえユウナ、寺院に入る前は充分に休まないと。ここまで来て祈り子様と対話する気力がなかったら、意味ないでしょ」
「……うん。そうだね」
「焚き火でもして、ちょっとだけ休もう」

 あそこに祈り子様はいない。いるのはユウナレスカ様……千年前の死人だ。
 シンの生まれた時代を知る御方だ。
 シンを倒す、まやかしの夢を授けてくれる。
 そしてある意味では、ユウナレスカ様こそがシンを生み出している張本人とも言える。
 彼女と対峙して私たちの旅がどうなるかは分からない。
 でも、きっとそこで何かが得られるだろう。




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