×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
40


 ガガゼトの山道にはところどころ意味ありげに石が積んである。
 道半ばで斃れた召喚士とガードの墓標だ。
「ここまで来て倒れるのは、悔しかったでしょうね」
 もうザナルカンドは目前。
 シンを倒して果てるならまだしも、究極召喚を得ることさえできずに……。
 そういった強い未練が亡くなった召喚士の心を縛り、ここに留め、その身を魔物へと変える。
 怨念を宿した魔物がまた新たな死をもたらす。
 ここにある死の螺旋はまるでスピラの縮図のようだった。

 魔物が強すぎるので警戒範囲を広げて歩く。
 素早いティーダとリュックが斥候代わりに先行して、射程が広いワッカとルーが続き、キマリはユウナのそばで守り、殿はアーロン様だ。
 敵が外周に触れれば皆が集まる。第一手でユウナには触れさせない。
 私はちょっと聞きたいことがあって、アーロン様の隣を歩いていた。

「アーロン様は死人なんですか?」
 驚いてるのか無視してるのか、返事はない。
「……様は止めろ」
「えっ? あ、はい。じゃあアーロンさん」
 無視じゃなくて、いきなり聞かれて驚いただけみたい。

「なぜそんなことを聞く?」
「シーモア様が究極召喚のことを教えてくださって。シンになったのがジェクト様なら、アーロンさんは死んでない可能性もあるけど、なんとなく……」
 グアドサラムに行った時、異界の前で苦しんでいた。
 あれは今にして思えば、ジスカル様を送るユウナの異界送りに抗っていたんじゃないか。
 そして雷平原でリンさんが言っていたこと。
 十年前ブラスカ様がシンを倒したあと、彼は瀕死の重傷を負って保護されたのに、翌朝には消えていた。
 いろんな心当たりを合わせて考え、彼は死人なのだろうと腑に落ちた。

「それで、アーロンさんが死人だというのは分かるとして、ティーダは……何なんですか?」
 彼のザナルカンドはこれから行く廃墟とは違う、どこか別の世界にある町だ。
 私にも“メル”として生まれる前の記憶がある。だから彼の故郷の話を信じられる。
 けれどそこは……生身の人間が往き来できる世界なのだろうか。

 そこに行ったことがあるのは、シンと、アーロンさんと、ティーダだけ。
「彼のザナルカンドは、異界か……それに類するもののように思えます」
「他人から得た言葉では答えになるまい」
「厳しいですね」
「……本当のところを言えば、ザナルカンドのことは俺にも分からん。分かるのは、それが実在し、あいつらはそこから来たということだけだ」
 そっか、アーロンさんも知らないんだ。
 いつでも当たり前のようにすべてを知ってるみたいな口振りだから、この人に聞けば何でも分かる気がしてた。

 ジェクト様がザナルカンドからいなくなったのは海に出ていた時のことだという。
 きっと彼もシンに触れてスピラに連れて来られたんだ。
 シンが二つの世界を繋いでいる。
 そのシンを倒したら、ティーダは、二度とザナルカンドに帰れないんじゃないのかと心配だった。

 二つの世界の繋がりを断つことは……彼らのザナルカンドにどんな影響を及ぼすだろう。
 ……シンか、死人でもなければ行けない世界に住む彼らは……何なのだろう?

「私、究極召喚以外でシンを倒す方法ばかり考えてたけど、もしかしたら倒さなくてもいいんじゃないかなって思うんですよね」
「何だと?」
「共存できたら、いいのになって」
 それは本当にアーロンさんにでもなければ言えない戯言だ。
 でもシンがジェクト様だと聞いてから、可能性の一つとして考えたことがある。
「たとえばですけど、機械だらけの都市を建設して囮にするんです。兵器を集めて無人で戦闘を行わせて、シンの注意を引く」
 町が壊されるたびに直し続ける。人々は、その島から離れたところで細々と暮らす。
 そうすれば危険をおかしてシンを倒さなくても被害が最小限に押さえられる。

「まあ、それはあくまでも“たとえ”ですけど。実行したらきっと厄介なことになるし」
 そんな町に誰も行きたがらないだろうから、シンに破壊された囮都市を修復するために奴隷制度ができたり、アルベド族が送られたりするかもしれない。
 改善案は必要だ。でも発想として悪くないと思うんだよね
 シンのいる世界でも、うまくやっていく方法はあるんじゃないのかな。
「管理された世界が望みか」
「……自由なんて、心持ち次第ですよ」

 私は別の人間として生きた記憶を持っている。
 その世界にシンはいなかったけれど、その世界に死に救いを求めるような人生を送っていた人がいる。
「シンがいなくなっただけで幸せになれるわけじゃない」
 それは自分の努力次第だ。
 幸せになろうと足掻く意思がなければどんな願いも叶わない。

 私は、“メル”はスピラに生まれて育った。
 この世界の両親も幼馴染みも故郷も、シンに奪われはしたけれど……。
「シンがいる世界は、不幸なだけでしょうか?」
 だとすれば私たちが今、笑っていられるはずもない。
 悲しみに囚われてしまえばそれは管理された檻の中の世界に思えるだろう。
 でも前を見て進み続ける意志があるのなら、世界の果てに檻があったとしても私の魂は自由だ。

 生まれた時から世界にはシンがいた。シンはたくさんの悲しみをもたらした。
 それでも私はここで、自分の意志で幸せになる自信がある。
「召喚士を犠牲にして、ガードも犠牲にして、新たなシンが生まれて……そんなこと繰り返すよりは、シンを受け入れる方法を探すのもいいかな、って思うんです」
「だが、ジェクトはどうなる」
 静かだけれど、アーロンさんの声は怒りも絶望も孕んではいなかった。
「あいつはシンになることなど望んでいない。シンとして生きることも、望んでいない」
「……ブラスカ様たちは、知らなかったんですか?」

 シーモア様が知っていて、アーロンさんも真実を知っている。
 だから当たり前のようにブラスカ様たちは“承知のうえで”それを選んだのかと思っていた。
 究極召喚が何の解決にもならないのを分かっていて、それでも次代に想いを託したのだと。
 ……酷い親だと思ってて、悪かったな。
「知らずに命を捧げて、シンになってしまったんですね」
「ああ」
「でも、すべてを知ったら、ユウナはきっと究極召喚を選ばないと思う。彼女は……そういう娘です」
「そうだな。あれは間違いなく、ブラスカの娘だ」
 きっとブラスカ様たちだって、最初から真実を知ってさえいれば違う選択をしただろう。

 どれくらい登ってきたのか。もうかなり空気も薄い山頂近く。
 先頭に立っていたリュックが慌てた様子で駆けてきた。
「おっちゃんメル! 急いで〜!」
「また魔物?」
「シーモアが出た〜!!」
 出たって、そんな言い方はないでしょ。

 雪山を走るのはキツい。アーロンさんの後ろについて彼の足跡を踏みながらなんとか皆のもとへ走る。
 シーモア様と対峙したティーダたちは既に剣を抜いていた。
「死の螺旋に囚われた、悲しみと苦しみの大地。すべてを滅ぼし癒すために、私はシンになる。そう……あなたの力によって」
 シーモア様、しつこい。私たちとあなたは考え方が違うんですよ。
 と言いたいけれど息が切れてダメだ。
「共に来るがいい。私が新たなシンとなれば、お前の父も救われるのだ」
「お前に何が分かるってんだ!」

 キマリがユウナの前に立つ。
 彼女を守る意思以上に、何かいつにない激情を感じた。
「悲しみを癒したくはないのか。滅びの力に身を委ねれば、安らかに眠れるのだ」
「キマリはお前を許さない! ロンゾの怒りが宿った槍で、打ち倒す!」
 一体シーモア様は何をしたんだ。温厚なキマリがあんなに怒るなんて……。

 息を整え、私もフラガラッハを構える。この雪深い崖っぷちで走り回るのは無理だから支援に徹しよう。
 ユウナがシヴァを呼び寄せる。対してシーモア様は、あの召喚獣を呼ばなかった。
 先日ベベルで戦った時よりもっと異形に近づいたその腕を振るう。
「憐れなものだ。だが、その絶望もこれまで。すべての嘆きを断ち切ってやろう」
「シーモア老師。あなたは逃げているだけです!」
 生きてれば悲しみは癒える……足掻くことに疲れたなら、一人で眠ってください。

 彼はもう、死人ですらない。
 倒れたシーモア様は幻光虫となって散りながら崖下に消えていった。
 これが本当に最後になればいいのだけれど。
 でも、彼の遺した言葉がユウナに疑念を抱かせた。

「私の力でシンになる……」
「戯言だ。忘れろ」
「彼がシンになれば、ジェクトさんが救われる……?」
「行くぞ」
「何か知ってるなら教えてください!」
 アーロンさんが答えずにいると、ユウナはティーダに向き直る。
「教えて」
 潮時なのかもしれないね。ティーダが本当のことを知ったように、ユウナも知らなくちゃいけないんだ。

「シン……親父なんだ」
「何だそりゃ?」
 冗談だと言ってほしい。皆そんな顔でティーダの言葉を聞いていた。
「シンは俺の親父だ。親父が、シンになったんだ。理屈とか、そういうのよく分からない。でも俺……感じた。シンの中には親父がいる。親父がスピラを苦しめてるんだ。……ごめん」
 ティーダが謝ることじゃないのに……、なぜかユウナまで、彼に頭を下げる。

「ごめんね。たとえシンがジェクトさんでも……シンがシンである限り、私は……」
「分かってる。倒そう。親父もそれを望んでる」
「父親と……戦える?」
「大丈夫。やるよ、俺」
 ジェクト様はシンでいることを望んでいない。
 なら、倒して解放するのが彼を救う道になるんだろう。
 ……やっぱり、方法はともかく、シンは倒さなきゃいけないんだよね……。

 山の高いところにいるとは思えないほど空気が重たかった。
 そしてワッカが恐る恐る口を開く。
「その話よぉ……シンの毒気にやられて夢を見た……ってわけじゃ、ねえよな」
「……おう」
「んじゃ、チャップは……」
 チャップを殺したのは……シン。
 ルッツを殺したのも。兵士たちを吹き飛ばしたのも、キーリカを破壊したのも、シンの仕業だ。
 ……ジェクト様の意志は関係ない。
「悪ぃけどよ、俺は何も聞いてねえことにしとくわ。頭こんがらがってきたぜ。なんでまたそんなことになっちまったんだ?」
「行けば分かる。……もうすぐだ」
 ジェクト様の意志を、彼に返してあげなくては。




|

back|menu|index