39
極寒のマカラーニャを越えてナギ平原はちょっと暖かく、かと思えばまた雪の舞い落ちるガガゼト山へ。
寒暖差で頭が変になりそう。寒いんだかなんだかよく分からなくなってきちゃったよ。
いや、寒いんだけどね。
皆で防寒着を羽織ってもこもこになり、いざ霊峰へと足を踏み入れる。
そこで待ち構えていたのはまたしてもシーモア様の追っ手!
……ではなくて、屈強なロンゾ族の一団だった。
ケルク=ロンゾ老師……じゃなくて、元老師の姿もある。
一族総出で召喚士を歓迎してくれてる、なんて雰囲気ではなかった。
「召喚士ユウナとガード衆よ。ガガゼトはエボンの聖なる御山。教えに背いた反逆者に、御山の土は踏ませない」
ケルク様の厳粛な言葉に他のロンゾの若者も唱和する。
「エボンの敵は、ロンゾの敵。帰れ、反逆者」
でもユウナは最早、反逆者という言葉にも揺らがなかった。
「私は寺院を捨てました。もう寺院の命令には従いません」
「その言葉、取り返しがつかぬぞ!」
「構いません。寺院は教えを歪め、スピラを裏切っています。未練はありません」
キッパリと言い切ったユウナにワッカが続く。
「裏で小細工ばっかしやがってよ。教えに背いてんのはどっちなんだ!」
「そうだそうだ!」
「そぉだ〜!!」
ティーダとリュックは、ちょっと黙ってようか。
こちらの言葉に顔を顰めはしたものの、ケルク様はすぐに力ずくで追い払おうというつもりはないらしい。
「召喚士とガードともあろう者が……」
老師を辞任するくらいだからマイカ様の命令にも賛同していらっしゃらないのだろう。
「お言葉ですが、ケルク=ロンゾ様。あなたもベベルを離れたのではありませんか」
ルーの指摘にアーロン様も同調する。
「それでも山を守るのは一族の誇りのため。ユウナも同じだ」
寺院を離れてもロンゾの使命は変わらない、そう言うのなら、彼らはユウナを通すべきだ。
「ケルク大老! こいつらビランが八つ裂きにしてくれよう!」
「一人も逃がさん!」
「ええ、逃げません。戦って旅を続けます」
槍を持っていきり立つ彼らを前に、こちらは誰も怯まない。
「反逆者の汚名を着せられてなお、シンに挑むというか。寺院に背き、民に憎まれても旅を続けるというか! そうまでして戦うのは、何故か!」
ユウナはケルク様をまっすぐに見つめ、答えた。
「スピラが好きです。ナギ節を待つ人たちに、私ができるたった一つの贈り物……それは、シンを倒すこと。それだけです」
すべての音が雪に吸い込まれたように静寂が満ちる。
次の音が開戦の合図にならないことを祈りつつ、すぐに武器を取れるよう身構える。
ケルク様は片手をあげて、背後に控える一族全員に宣った。
「者ども、道を開けい」
やっぱり、ロンゾ族っていうのは気高い一族だ。
寺院に仕えるためじゃなく、教えの貴さに賛同したからこそ老師を務めていた。
だからベベルを離れても、召喚士がその使命を全うしているかどうかだけを見る。
「召喚士ユウナよ、汝の意志は鋼より硬い。ロンゾの強者が束になろうと汝の意志は曲がらぬであろう。まこと見事な覚悟である。……行くがよい。霊峰ガガゼトは汝らを受け入れようぞ」
「ありがとうございます」
……女子供まで猛者揃いだというロンゾ族と、戦いにならなくてよかった。
開かれた道を粛々と歩く。ケルク様に一礼して通りすぎたところで、背後から怒声が聞こえた。
「待て!」
さっき威勢のよかった若者がキマリの前を槍で塞いでいた。
「まだ邪魔するってのかよ!」
「召喚士は通す。ガードも通す。キマリは通さない」
なんだそれ、ケルク様がいいって言ってるのに。ムッとして私もティーダの後ろから食ってかかる。
「キマリだってユウナのガードです!」
私は違うけど。バレませんように。
先程ビランと名乗った若者と、その弟分らしきロンゾは譲らない。
「キマリはロンゾの面汚し。ロンゾの使命を捨てた者」
「一族を捨て、御山も捨てた! 小さいロンゾ、弱いロンゾ!」
な、なにこいつら、いじめっ子なの?
「御山は弱く小さき者を嫌う。登りたければ」
「力を示せばいいのだな」
それともキマリがガガゼトを出たロンゾだから、ということだろうか。どっちにしろ少し面倒だ。
あっちは二人、こっちは一人。ティーダが加勢に入ろうとすると、とうのキマリに止められた。
「ロンゾの問題だってのかよ!」
「キマリの問題だ」
生真面目なんだから……。そう言われたら何もできないじゃない。
でも確かに、私たちが手を貸してキマリが勝っても彼らは納得しないだろう。
あの大きな体で二人はよく動く。翻弄され、時には挟み撃ちにもなった。
でも俊敏さならキマリの方が上だ。
それにユウナの旅にずっとついてきて、いろんな敵と戦って、彼らよりずっとずっと成長している。
ユウナを守ること。それがキマリの使命。こんなところで敗けるはずもなかった。
「強くなったなキマリ。ビランは嬉しいぞ」
馬鹿にしていたはずのキマリに膝をつかされ、ビランさんはなぜか嬉しそうだ。
う、うーん。好きな子ほどいじめちゃうってやつなの?
あるいは、不器用だけどロンゾなりの流儀でキマリを心配してただけなのかもしれない。
自分に敗けるようではガガゼトに入るのは危険だ、ならば止めなければ、と。……それはないか。
なんにせよ納得してもらえてよかった。
二人は立ち上がり、聳え立つガガゼト山に向かって咆哮する。
「霊峰ガガゼトよ! ビランを負かした強者の栄えある名を伝えよう! しかと覚えよガガゼトよ! その名はキマリ=ロンゾなり!!」
「御山はキマリの強さを知った。キマリを受け入れるだろう!」
夕陽の土手で殴りあって友情が芽生える……いつの時代の不良だ。
「む、むさい……」
「そッスか? あいつら、結構いいやつじゃん」
「男の世界、だな」
えー、私には分かんないです。前世の“彼”もそういう暑苦しさは嫌っていた。
だってさ。
キマリは一人で幼いユウナを守ってベベルからビサイドまで行ったんだよ。
べつに今さら腕試しなんかしなくてもね。
キマリと話がついて、ビランさんは次にユウナを見据える。
「召喚士! 寺院からの追っ手は、我らロンゾが食い止める!」
意外な言葉に驚いてユウナが目を見開いた。
「昔、キマリのツノを折った償いだ」
「召喚士の後ろから来る敵は我らが倒す」
「ユウナの前に立つ敵は、キマリが倒す」
「お前ほど恵まれた召喚士はいない」
「……はい!」
追っ手の心配をしなくていいのは確かに心強い。
ガガゼトに寺院はなく、祈り子様もいない。
けれどロンゾ族もまたエボンの民だ。
ザナルカンドに向かって歩き出したユウナを、彼らは力強い祈りの歌で見送ってくれた。
「……来るのかな、追っ手」
「いくら反逆者ったって、シンを倒す邪魔はしないんじゃないかなぁ?」
ユウナをザナルカンドに行かせないのは寺院の本意ではないはずだとリュックと二人で言い合う。
でも、ティーダは違う意見らしい。
「シーモアは追ってくるだろ」
……そうかも。
ナギ平原に来たグアド族が「ユウナの生死は問わない」と言っていた。
それが今のシーモア様の意思なんだ。
彼女が死んだら、究極召喚の祈り子となって新たなシンになることもできないのに。
あの人はもう、自分の望みが何だったのかも、分からなくなっているのだろうか。
← | →