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 ここから先の道を知っているのはアーロン様だけだ。
 もちろん私だって、知識としてはザナルカンドまでの道順も方角も知っているのだけれど。
 そこに何があるのか、理解して旅の終着点から帰って来られたのはアーロン様ただ一人。
 でもあの人はガードであって案内人じゃないし、これから先に何が待ち受けているのかは全然教えてくれないけれど。

 平原が途切れ、峡谷を抜ければガガゼト山の麓だ。その直前にあった横道をティーダが覗き込む。
「こっちの道は違うのか?」
「それは谷底に降りる道よ」
 答えたのはルールーだ。
「よく知ってんなぁ」
「なんでワッカは知らないの?」
「俺はこっちまで来たことねえんだよ……、あん?」
 ってことは、ルーの最初の旅……ギンネム様の時に、この辺りまで来たんだろう。

 黙り込んだ私とワッカを見つめ、ルーは先に進もうとするユウナたちを呼び止めた。
「……一緒に来て、ユウナ」
 それが必要なことだと思う、と言って。

 崖の下には深い洞窟が口を開けていた。
 暗くて不気味な感じ、それに幻光虫がすごく多いのがまた怖い。
「ねえ……ここ、ナニ〜?」
「奥に祈り子様がいらっしゃるわ。……魔物もね」
「おい、ここなのか?」
 ワッカの問いかけに、ルーは無言で小さく頷いた。
「なんかあったのか?」
「……私が初めてガードを務めた召喚士……、ここで死んだのよ」
 こんな魔物の巣窟で祈り子様と対話しなきゃいけないなんて……やだなぁ。

「うぅ〜。なんでこんなところに祈り子があるのさ?」
「それ、俺に聞くかぁ?」
 雷ほどではないにしても、リュックはこういう雰囲気が苦手らしい。
 魔物が出ればはりきって戦うけれど、他はティーダの後ろに隠れるようにして歩いている。
「随分と昔に、寺院から盗まれたそうよ」
「えぇ、祈り子様を盗んだの?」
 無茶苦茶するなぁ。

 なんでまたそんなことを、という疑問に珍しくアーロン様が答えてくれた。
「祈り子がなければ召喚士は修行にならん。修行が足らねば究極召喚も手に入らん。究極召喚がなければシンとは戦えん」
「そしたら、召喚士も死なない?」
「ま、そう考えたやつが盗んだんだろうなあ」
「犯人の気持ち……、なんか、分かるな」
 召喚士を死なせないために、守るために召喚術をなくしちゃえって?

「……私は分かんないよ。だって、簡単に盗めるわけないのに」
 きっと寺院から盗み出す時にも争いがあっただろう。それに……。
「結局ここで召喚士が命を落としてる……」
 寺院に管理された場所であれば、祈り子様と対話中に魔物が襲ってきて死ぬなんてあり得ないのに。
 この場所を無視してザナルカンドに行ったせいで、力及ばず果てた人がいたかもしれない。
 祈り子様との交信は、究極召喚を得るための精神修練でもあるのに。
 召喚士の想いを無理矢理に止めたって根本的なものが変わらなければどうしようもないんだ。

 ルーの言う通り洞窟の奥に祈り子像が見えてきた。そしてあまりにも多い幻光虫。
 ただふよふよと漂っているのではなく、実体を持った影がゆらりと揺れる。
「またグアドの魔物か!?」
「違う。死者だ」
 何年も経っているのにまだ人の形をしていた。でもそれは、もう形だけのものだった。
「ギンネム様……。私が、未熟だったばかりに……」
 もしかしたらルーは、もう一度ここに召喚士を連れて来たくて、ズーク様について行ったのかな。

 ユウナが異界送りを始めると、その死人は殺意もあらわに私たちを睨みつけた。
 送られることを拒絶してる。未練が怨念になり、生者への憎悪に変わってゆく。
「もう、人の心はなくしてしまわれたのですね」
 死人ではなく……魔物に変貌してしまっている。
「分かりました。ガードとしての務め、最後まで果たさせていただきます」
 召喚士が旅の途上で死んだら多くの場合は送る人がいない。
 だから……ガードに強さが求められるのは、こういう理由もあるんだ。

 ギンネム様は見たことのない召喚獣を連れていた。あれが、この奥にいる祈り子様なんだろう。
 彼らの対話が果たせたのかどうかは分からない。
 でも祈り子様は、ギンネム様の最後の想いを受け止めてくれたんだ。
「不思議ね……。もっと、悲しいと思ってた。人と別れることに慣れすぎたのかな」
「強くなったんだろ」
「……そうだね」
 異界送りに舞って消えていく幻光虫を見上げながら、ルーは静かに呟いた。
「そうだといいね」

 祈り子像は、洞窟の一番奥にある袋小路に安置されていた。
 強固な扉はないけれど、せめてもの気持ちで柵が立てられている。簡易式の祈り子の間だ。
 きっと、どんなに遠ざけても、必ずいつか召喚士がここに来ることは像を盗んだ人たちも分かってたんだろう。
 現にギンネム様はここに来て……命を落としてしまった。
「ルーがユウナを連れてきてくれたから、ギンネム様の想いも、ちゃんと異界に行けたよね」
「……ええ」
 祈り子様を盗んだ犯人もホッとしているだろう。

 私たちはユウナが集中できるように、離れたところで見守ることにした。
「ねえメル」
「ん?」
「チャップが討伐隊に入ったのは、私がガードになったから?」
「……え」
 急に思いもしないところから話が飛んできてビックリした。

「私をガードにしないために、討伐隊に入ったの?」
「それは……そうだけど、ルーのせいじゃない。犠牲になるとか、身を捧げるとか……そうじゃないよ。分かってるでしょ」
 ビサイドを出て行く時にチャップが言っていたことを思い出した。
「チャップは、ルールーと一緒に生きるために戦ったんだよ」
 死んでも守るためじゃなくて、一緒に生きていくために。

 大切な人を守るためなら自分の命を捨ててもいい、なんて思ってない。
 彼女を死なせるくらいなら自分が死ぬなんて勝手な話じゃない。
 誰だって生きていたい。生きて願いを果たしたい。
 チャップは帰ってくるつもりだった。
 シンを倒して、生きて帰って、誰も召喚士やガードにならなくてもいい世界を夢見ていた。
「メルも……同じ?」
「うん。私はずっと、これからも生きてくために戦ってるよ。ルーもユウナも、ワッカも一緒に、この先を生きていたいから」

 ルーは洞窟の暗闇を静かに見つめている。
「マカラーニャでのこと、もっとショックを受けてるかと思ったわ」
 は、話が飛ぶなあ。……きっとギンネム様を異界送りできて、いろんな想いが彼女の中で渦巻いてるんだ。
「まあ、ショックというか、実際あれはかなりキツかったよ。空腹と疲労と説教のトリプルパンチ」
「そうじゃなくて。……あれは無効試合よね。告白の返事ではないもの」
 え、あ、そっちのこと?

「うーん。思わせ振りなこと言われてビックリしたのはあるけど、ショックはないよ? やっぱり私、ワッカのことお兄さんとしても好きだから。たまにウザいけど、心配してもらうのは嬉しい」
 改めて妹と言われてガクッときた部分もあるけど。
 それよりも、家族として想われていることが嬉しかった。
 ワッカがチャップを亡くした時みたいにならないように、私は生きて、ずっとワッカを守ろうと思った。

 ちょっと離れたところでティーダと話してるワッカを見つめ、ルーは落ち着いて宣言する。
「私やっぱり、ワッカのことは好きにならないと思うわ」
 な、なんですと!?
「なんか嫌になるようなことあったっけ!?」
「声が大きい」
 あっちに聞こえるでしょって思いきり頭を叩かれた。容赦ないよ、ルー……。
「嫌になるわけじゃないけど。あんたを見てる方が、楽しいもの」
「えぇ……」
 私は動物園のパンダじゃないんだぞ。

「何が欲しいとか、どうしてほしいとか、昔からあんまり言わない子だった。だからメルがワッカを好きだって知った時、嬉しかった。いつか私とチャップが……メルとワッカが……」
 いつかチャップとルーが結婚したら、私も。……その夢は、ルーだって見ていたんだ。
「シンを倒したら、私の夢を叶えてくれない?」
 だから彼女に言われたら、私は……。
「うーーーっ」
「駄目?」
 私は……! でも、それはルーのために決めることじゃないと思うんだ!

 ルーが言うなら告白しようってのはなんか違う。もちろん、二人に結婚してほしいから諦めるというのも違う。
 私は私の気持ちを、ちゃんと大切にしなきゃいけないんだよね。
「まだルーとワッカに結婚してほしい、ってのはあるけど、それはもう二人の気持ちに任せるよ。……たぶん私、単純に告白するのが怖いんだ」
「今でもフラれると思ってるのね」
「マカラーニャのあれは、やっぱりワッカの本音だと思うし」
 家族として想われていることが嬉しかった。
 それ以上を望んで、駄目だと言われるのが怖い。

「……あんただって、兄みたいに想う気持ちと恋とを両立してるじゃない」
 ま、まあそれはそうなんだけど、でもワッカは私じゃないし。
 妹に対する好きと恋の両方を持っとけるほど器用じゃないよ、ワッカは。
 どっちか心を決めたら、もう片方はない。
「変なとこで臆病だよね、メルって」
「うぅ……」
「大丈夫。私が男だったら、絶対に断らないよ」
「それは素直に嬉しいっす……」
 私も、もし自分が男だったら今ごろは、ワッカに悪いと思いつつルーに告白してたと思うけどね。




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